骰子の眼

cinema

2014-06-21 22:04


スパイク・ジョーンズ監督インタビュー:女(OS)は経験から進化し、男(人間)のヴァージョンアップの頻度は遅い

「『her/世界でひとつの彼女』は『ウディ・アレンの重罪と軽罪』を参考にしたんだ」
スパイク・ジョーンズ監督インタビュー:女(OS)は経験から進化し、男(人間)のヴァージョンアップの頻度は遅い
Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

2014年6月28日(土)より公開となる、スパイク・ジョーンズ監督の新作『her/世界でひとつの彼女』。本作は主人公セオドア(ホアキン・フェニックス)が人工知能(AI)のサマンサに恋をする、ちょっと変わったラブストーリー。webDICEでは、スパイク・ジョーンズ監督インタビューをお届けしますが、その前に本作を観た男女の会話の一部をどうぞ。





女性ライター(30代独身・以下J):「スパイク・ジョーンズの新作どうだった?現代の都市生活の孤独ってこういうことだなって、リアルに胸が痛くて。OSの彼氏なんてイヤだけど、家に帰ったら、思わず“男性版サマンサ”がいてくれたら……と思ってしまったもの」

男性編集者(40代独身・以下D):「スパイク・ジョーンズって、怪獣やロボットを出してくるけど、中身は人間的で、意外に保守的なんだよね」

J:「たしかに、、保守的で草食系の男子ばかり出てくるわね」

D:「実は最近Huluにはまっていて、海ドラばかり観てるんだけど、アメリカのドラマは自己のアイデンティティを維持するために、他人の承認を必要とし、それがセックスという場合が多い。『グレイズ・アナトミー』なんか、病院内でインターン同士がやりまくって、その関係がパズルみたいに入り組んできて、コミュニケーションの手段がまずセックスという登場人物ばかり。テレビなんでアメリカの視聴者の欲望の現れだと思うけど、それに比べるとなんと繊細で優しい人ばかりでてくるんだろう、スパイク・ジョンーズの映画には」

J:「逆にそれだけテレビの中でセックスがイージーになったからこそ、それ以上の何かを求めてしまう人は多いと思う。草食系映画も多いし、二極化しているのかしら」

D:「それは日本もだと思うけど、少なくともドラマの中は肉食系オンリーだよ」

J:「でも私、この映画のホアキン・フェニックス演じるセオドアって、AI型OSのサマンサと付き合っているように描かれているけど、結局、草食系男子の願望を満たす"自分の思い通りになる彼女"なわけで、ちょっと気持ち悪いし、自分の鏡としか付き合えない男にはそんなに魅力を感じなかったわ」

D:「そうだよね、サマンサは"私は経験から学ぶ力があるの、一瞬ごとに成長している"と言ってるんだけど、セオドアの場合は、恋愛していても成長がない。人間関係が面白いのは互いに刺激し合って成長できることなのに、彼はセンチメンタルなだけの世界に生きようとする」

J:「そうね、それだけ前の奥さんとの関係性で深く傷ついてしまったのかもしれない。はじめの方のセオドア、自殺しちゃいそうだったもの。そう思うとOS=機械も悪くないとは思うの。つらい時の心の応急処置になるならね。でも、OSのサマンサが自分だけでなく、いろんな人と会話をしていると知ると、人間であるセオドアは、嫉妬と失意の感情を抱いて、落ち込むじゃない?」

D:「情けないよ、サマンサは同時に何万人の相手と会話をしながら秒速で成長していて、そんなの人間じゃ絶対無理なんだから。僕だったらそんなサマンサをすごく魅力的に思うし、秒速で成長する知識や感情を持つ彼女と付き合いたいとすごく思う」

J:「なにそれ(笑)。人間には無理でしょう」

D:「そこがスパイク・ジョーンズの保守的なところで、自分の脳の記憶を全部コンピュータに移植して、人間の意識も知能も拡張して、人間がOSになって、OSのサマンサと付き合うぐらいのSFにしてほしかったな」

J:「もう、ついていけない(笑)。仮にそうなったら、もう人間とOSじゃなくて、OS同士の疑似恋愛じゃない(笑)でも、はじめはセオドアも、それをやろうとするのよ。自分の肉体を脇において、OSのサマンサに合わせて、付き合っていこうとするじゃない。あたかも自分も機械になりきって。そこが切ないの。ここまでは、付き合い始めた生身の男女となんら変わらないと思うわ。そうなると恋愛ってどういうことだろうって考えちゃったな……。 セオドアもOSになれたなら、生きることは随分らくになったのだろうけど、<心>と<肉体>が邪魔をして引き裂かれる。結局、テクノロジーが進化しても、人間は機械になりきれない。その部分の孤独感を上手く浮き彫りにしていると思ったわ。アナログ時代万歳っていう安易な回顧趣味に陥らず、もうその時代には戻れないという、あきらめとともにね。怪獣やロボットが出てきても、誰もが持っている心のひだがセンスよく描かれて、ちょっぴりセンチメンタル気持ちに浸れるのが彼のいいところなのよ」

D:「まあ、彼の映画は、怪獣もロボットも見かけだけで、要するに擬人化だよね。人間原理主義なんだけど、今作は目に見えないOSが恋愛対象で、しかも秒速で進化するという擬人化しようがない相手だっただけに、恋愛するとはどういうことかという哲学的なレベルまでSFの手法を使って描けそうな気がしたんだよね。土屋豊監督の『タリウム少女の毒殺日記』が捉える人間と比較すると面白いかもね。その中で主人公の少女は、外見はもとより遺伝子だって改変できる時代に、古い人間を脱して光りたいー!って叫ぶんだけど」

J:「でも、そのタリウム少女だって、自分自身が光りたいのでしょ。女は経験からアップデートできるのよ。それに比べて、男の人はいつまでも古いバージョンのOSのままがいいって、アップデート自体を拒否する人も多い気がする」

D:「そういう意味では、セオドアは古いOSの持ち主かもね」


『her/世界でひとつの彼女』
主人公セオドア(ホワキン・フェニックス)



スパイク・ジョーンズ監督インタビュー

── この映画を作るきっかけとなったのは何だったのでしょうか?Siriが誕生する前からこの映画について長い間構想があったということですが。

「元々この映画についてのひらめきは、10年くらい前に、アーティフィシャル・インテリジェンスとインスタント・メッセージのやり取りができるサイトを偶然見付けたことがきっかけだったんだ。確か"アリス・ボット"みたいな名前だったような気がするんだけど、そのサイトに行って、例えば僕が"ハロー"って書くと、"ハロー"って返事がくるんだよね。"元気?""元気です。あなたは?""うーん、僕は少し疲れてるかな"というような感じでちょっとしたやり取りができたんだ。それで、その時に、"わお、本当に会話しているよ!僕の言ってることを本当に聞いてくれている"という衝撃があったんだよね。だけど、その会話はすぐに崩壊してしまって、簡単なやり取りはパターンとしてシステムされているけど、実際それほどの知能があるわけではないことが分かるんだ。それでも、やっぱりかなり賢いプログラムだとは思ったんだよね。だけど、それについてはしばらくの間考えていなくて、だけど徐々に、ある男が完璧な意識があるそういう存在と恋愛関係を持つようになる、という物語を書いたらどうだろう、と考え始めたんだよね。それで、そういうものと恋に落ちて恋愛関係を持つ様になったらどうなるのか?ということを考えてみたんだ。最終的には、それを描くことを通して、恋愛関係とラブストーリーを描いた映画を作りたいと思ったんだよね」

『her/世界でひとつの彼女』スパイク・ジョーンズ監督
スパイク・ジョーンズ監督

── この作品と『かいじゅうたちのいるところ』の間に、アンドリュー・ガーフィールドが主演の"I Am Here"という短編を作りましたが、それも同様に人間ではないロボットを主人公にしたLA舞台のラブストーリーですが、この作品と何かしらのつながりはあったのでしょうか?あの映画も恋愛物語で、ロボットが主人公なので、同時に作業していたのかなあと思ったのですか?

「間違いなく、そうだね。この映画の構想を練っている最中に、あの映画を作る機会に恵まれたからね。それに、『かいじゅうたち~』は作るのに、5年もかかって、その直後だったから、数ヶ月で短編を作るというのは、僕にとっても非常に魅力的に思えたんだ。それで実際この映画とあの作品は、ラブストーリーであるという意味で共通点があるし、しかもLAラブストーリーだしね。ただあの映画では、20代初期のラブストーリーを描いているんだよね。20代初期のキャラクターにとって恋愛というのがどんなものなのかを描いた作品だったんだ」

▼"I Am Here"予告編


── 映画を作るにあたって参考にした映画などありましたか?

「この脚本を書いている間に、見ていた映画のひとつは、『ウディ・アレンの重罪と軽罪』(1989年)だったんだ。あの映画の脚本は本当にあり得ないくらい素晴らしく書けていると思ったからね。あの映画が何についてなのかについて語る場面が非常にたくさんある。そして、それでいて、物語を進めていくのはキャラクター達の力そのものであり、彼らのその時々の選択なんだよね。それがとてもインスピレーションになったんだ」


僕らが何も実際の近未来がどうなるのかをその"正解"を考える必要もないんだと気付いた

── 映画の舞台となった近未来の設定は非常に詳細まで描かれていましたが、どのように作ったかし教えていただけますか?あなたが長い間一緒のコラボレーションしているKKバレットが手がけていますが。さらに、LAと上海を組み合わせたことについても。

「元々のアイディアは、LAの近未来で、住むのが心地よいと思えるような空間にしたい、というのがあったんだよね。それで、LAでもNYでもそうだと思うけど、今、生活環境というのはどんどん良くなっているから、近未来も生活環境は良くなっているという想定にしたんだ。とりわけLAは、天気も良いし、海があって、山もあるしね。だけど、例えどんなにより住みやすい場所にいたとしても、人間というのは、隔離されるし、孤独になるんだ、ということをそこで描きたかったんだ。だから、そういう風に舞台を設定するのは、面白いなあと思ったんだよね。それに、明るくて、ユートピア的で、何もかもが可能に思える設定の中で、主人公が孤独であることを描くほうがよりその苦痛が浮き彫りになると思ったんだ。それに、構想の段階で、僕らが何も実際の近未来がどうなるのかをその"正解"を考える必要もないんだと気付いたしね」

『her/世界でひとつの彼女』
Photo courtesy of Warner Bros. Pictures
近未来のLAに住む主人公セオドア

── サマンサを声だけにして、コンピューターやスクリーン上で、アヴァターなどにしなかったのはどうしてですか?

「彼女は存在するわけだけど、でも、それが彼の心や精神の中にだけ存在するというアイディアが好きだったからなんだよね」

── スカーレットは声だけの出演ですがその存在感は非常にパワフルです。彼女の演技についてはどのように思いますか?

「ありがとう。彼女には、見えても見えていなくても、本当にその存在感がある人だと思う。映画を見ている人が彼女を感じることができると思うんだ。彼女の持っている存在感は、否定しようもないと思うよ」

『her/世界でひとつの彼女』
Photo courtesy of Warner Bros. Pictures
人工知能であるサマンサ役のスカーレット・ヨハンソンは声のみの出演

── それぞれの女優のキャラクターがユニークですが、どのように演出を行ったのですか?

「それぞれの女優と事前に色々な話し合いをしたんだ。例えば、リハーサル中に僕とオリヴィア(・ワイルド)とよく話していたのは、誰かが自分に何かを言った時に、そこから自分が聞き取るものか、ということ。オリヴィアのシーンでは、セオドラが、『次にいつ会える?』という質問をするわけだけど、それを聞いた彼女が、最終的には『あなたは気持ち悪いわ』というところに辿り着くまで、どのような会話はこびにするのがいいのか、を見付けていこうとしたんだよね。それを考えてみることはつまり、人が自分に何かを言った時に自分がそこから何を聞き取るのか、を考えてみるということだったんだ。つまり、その言葉を正確に聞くという意味ではなくて、その言葉が何を意味するのかを考えるということだったんだよね」

『her/世界でひとつの彼女』
Photo courtesy of Warner Bros. Pictures
一年前に別れた彼女キャサリン役にはルーニー・マーラ

── スカーレット・ヨハンソンとは。

「ひとつ言えるのは、サマンサのキャラクターにとっては、この世界がすべて真新しいものであるということ。彼女のキャラクターはまるで子供みたいな感じで、不安や自信喪失をまだ知らないんだよね。だけど、そういうことを映画が進む中で学んでいく。彼女がすごく苦痛を感じる状況に陥ることで、自信喪失をしていくんだ。それで、スカーレットと初めて仕事している時に、そういうことを話したんだけど、その時彼女は、この役を演じるのがどれだけ難しいことになるのか理解したようだったんだよね。つまり、彼女自身が、不安のようなものをまるで感じないまっさらな場所に戻らなくてはいけないわけだからね。それから、エイミー(・アダムス)に関しては、彼女は、自分の夫のために、そしてすべてのために、何かもちゃんとやり遂げようと一生懸命やってきてキャラクターなんだ。人間関係のすべてをきっちりとやろうとした。それである意味彼女は頑張りすぎて自滅してしまったんだよね。というようなことを話していたんだよね。」

『her/世界でひとつの彼女』
Photo by Merrick Morton
同じマンションに住む仲の良い友人のエイミー役にはエイミー・アダムス

僕はここで、僕らが永遠に話題にしてきたことも描いている

── この映画は、恋愛関係とテクノロジーについての解答だと思いますか?

「それに対する簡単な答えはないように思うんだよね。この映画はそれに対して疑問を投げかけようとする試みではあったと思う。この映画には、僕らが今、日常的に話題にしている現代の生き方が描かれているからね。だけど、それと同時に僕はここで、僕らが永遠に話題にしてきたことも描いていると思うんだ。それは、人と繋がりを持ちたいという願望や、親密な関係を持つことの必要性。そして、時に、僕らの内面において、何がそれを妨げているのかということ。そういう緊迫感というのはいつだってここにあったと思う。だから、確かに僕らは今テクノロジーとの関わり合いについて新たな局面にいると思うけど、でも、僕がここで究極的に語っていることは、人間が誕生した瞬間から存在してきたものだと思うんだよね」

── この世界に入って20年近くが経ちますが、"スパイク・ジョーンズ"らしい映画を作り続けることは難しくなっていますか?

「それは良い質問だな。上手く答えられるか分からないけど。でも、唯一の方法は、たぶん色々なことに挑戦しながら、失敗をおかすことじゃないかと思うよ。その過程で、これはあまり自分らしくなかったと思ったり、その代わりに違うものに挑戦して、うん、これは本当にぼくらしいなあと感じたりね。それで、そういう間違いの中から本当の自分をより表現してくれているのは何なのかを学んだんだと思うんだよね。他の人がやっているようなことをして自分ではない人になろうとするのではなくてね」




『her/世界でひとつの彼女』
2014年6月28日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー

監督&脚本:スパイク・ジョーンズ
出演:ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド、スカーレット・ヨハンソン
公式サイト


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