映画『ノア 約束の舟』より © 2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
ダーレン・アロノフスキー監督デビュー作の『π』公開時に、ニューヨークのアンジェリカ・フィルムセンター周辺の路上にπのステンシルでスプレーするという宣伝手法を日本でも取り入れ、渋谷シネマライズの周辺の路上にアップリンク配給の非公式宣伝としてスプレーしまくったことを思い出しながら試写を観ていた。
当時『π』の製作費は600万円といわれ、『ブラック・スワン』では13億円になり、そして本作『ノア 約束の舟』では125億円だという。多分、自分が配給した事のある監督で一番出世したのがダーレン・アロノフスキーだろう。そして本作のヒットが評価され、最近では映画よりも大きな予算で製作される事も多いというテレビドラマの製作を先頃HBOと契約し、SF作品『MaddAddam』[マーガレット・アトウッド原作]を手がけるという。
さて、本作であるが、世界各国で大ヒットしている一方、イスラム圏のアラブ首長国連邦、カタール、バーレーン、エジプト、インドネシアとマレーシアでは上映禁止となっている。コーランでは、アラー(神)や予言者を偶像崇拝する行為を禁じており、この映画がその教えに反しているからだという。
なるほど、映画の世界を信じるならば、「神」と約束した行動をとる「ノア」(ラッセル・クロウ)の決断により、我々はこの世に存在する事になる。映画を観終わった後、神と神に仕えるラッセル・クロウに私たちを生かしてくれてありがとうと感謝の念でいっぱいになり、今この世に生きていて映画を鑑賞できるという至福の気持ちになる物語になっている。アラー以外の神を認めないイスラム圏の国が、本作を異教の映画として禁じるのもわからなくはない。
さて、無神論者の僕は、ノアの物語については、世界が洪水に襲われ、方舟に一対ずつの動物と人間が乗り込むという話が記憶にあるだけで、本作をスペクタクル作品として観ていた。神はこの世から邪悪な行いをする人間を消し去り、それをノアに託したという旧約聖書の前提さえ知らなかった。宗教的知識として多分、自分は日本の観客のマジョリティの一人ではあると思うのが。
旧約聖書になじみのない人は、アロノフスキー監督が語っている「世界のあらゆる文化に洪水物語がある。それは、水には信じられない破壊力とともに、信じられない再生の力があるからだ」という視点でこの映画を観る方法があるだろう。
予算を掛けてCGを使用すれば、どんな想像上のイメージでもスクリーンに映しだせる。そして、エマ・ワトソンやジェニファー・コネリーらの等身大の演技と、途方もないスケールの天地創造のCG映像を観ていると、まさに観客こそが神の視点で映画を見る特権を与えられているのだと実感するのだった。
ちなみにアロノフスキー監督は、ユダヤ教徒の家に育ったが、自分は無神論者だと公言しており、「映画の主人公ノアは、世界最初の環境保護主義者だ」と言っている。
文◎浅井隆(webDICE編集長)
「ノアの方舟」は人類最高の物語の一つ
──最初に、『ノア 約束の舟』のストーリーに魅力を感じるようになったきっかけは何ですか。
もとはと言えば僕が13歳のときからあたためていたものだった。ある日学校で、恩師といえる英語の先生から「平和について詩を書いてください」と言われたんだ。そのとき僕が書いたのが、「ノアの箱舟」についての詩だった。なぜそんな詩を書いたのか、自分でもわからないけどね。でも私は、その詩で国連のコンテストで優勝し、それが私がストーリーテラーを目指すきっかけにもなったんだ。つい最近、当時書いたその詩を見つけたんだ。7歳の息子に見せようと思って、地下室で昔のベースボールカードを探していたときに見つけて、「おぉ、これは貴重なものだぞ」と思った(笑)。
映画『ノア 約束の舟』のダーレン・アロノフスキー監督
──なぜ、それほど昔からこの物語に関心があったのでしょうか。
人類最高の物語の一つだと思うんだ。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教と、主だった3つの宗教の核となる物語だ。何千年も伝えられてきて、世界中の人が「ノアの箱舟」の話は聞いたことがあるだろうし、聖書を知らなくても、独自の洪水物語を持つ文化も他に数多くある。洪水は誰にとっても切っても切れない、破壊と再生を示すものだ。この物語には人類の根源となる何かがある。映画化しようとした人間がこれまで一人もいなかったのは、この物語のすべてが奇跡であり、1990年以前には映像化するのが非常に困難だったからだ。今では、それを実写することが可能になってきている。いろいろな観念、希望の観念がつまった大作だ。
──これらの物語はなぜ、これほど息が長いのだと思いますか。
最初のスーパーヒーローものであり、類まれな物語だからだ。
──今作を手がけたのには、ご自身の信仰も関係していますか。
僕が何を信じているかは重要ではない。重要なのは僕が聖書に書かれている内容をどのように扱ったかということだ。僕にとって聖書は完全なる真実だ。それを読み、ノアの物語に命を吹き込みたいと思った。重要なのはそこだ。劇場で観客が見るのは聖書にあるリアリティと真実だ。個人の問題ではない。そこは僕が非常に重要視している点だ。小説を映画化しようとする人間が、「これはどういう物語だろう。どうすればこれを尊重できるか」と考えるのと同じようにね。『レクイエム・フォー・ドリーム』でも同じように、物語を理解し、21世紀の観客が共感できるように描く努力をした。「ノア」の物語には、今の世の中で起きていることと深いところで繋がっているテーマがたくさんあると思う。既に作品を見た友人たちから、「これほど古い物語なのに、テーマが現代的だと感じた」と言われたのが何よりの褒め言葉だった。
映画『ノア 約束の舟』より © 2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
──もっと以前にこの映画を作ろうとしたことはあったのですか。
そう。最初に考え始めたのは、『π』を作り終えた98年だった。今から15、6年前だね。当時の僕は映画を作り始めたばかりで、スケールというものを理解していなかった。ナイーブさが最大の才能になる場合もあるけれど、そのときは違った。次に、今から6年ほど前にあるスタジオのために、脚本を書いたけれど、そこのお偉方が交代して実現しなかった。確か話が決まった一か月後にスタジオの経営が変わったんだ。そのために頓挫してしまい、ずっと棚上げ状態だった。その後、『ブラック・スワン』の撮影が終わった頃に、ニュー・リージェンシーのアーノン・ミルチャンから、「一緒に何かクレイジーなものを作ろう」と電話をもらい、「実は、一つクレイジーなものがあるんだ」と言ったら、彼が飛行機でやってきて脚本を読み、「よし、始めよう」ということになったんだ。その後パラマウントに話を持ち込んだ。最終的には、撮影まではそれほど険しい道のりでもなかった。
映画『ノア 約束の舟』より © 2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
ラッセル・クロウはこの役に最適な男だった
──アリ・ハンデルとの共同脚本については、どのように仕事を進めたのですか。
アリとは、いろいろなアイデアについて長い時間をかけて話し合ったことを一緒に組み立てていく。アイディアをインデックス・カードに書いていって、並べていく。キャラクター同士やシーンとシーンのつながりについて考えるために、カードを色分けすることもある。そうすることで図解されたものを見ながら考えることができるんだ。壁に貼ってね。大抵の場合、勇気を出して先に書き始めるのはアリだ。彼が書いた脚本を10ページごとに送ってくるので、僕が書き直すんだ。それを最後まで続けてドラフトができる。80から90番目のドラフトが出来上がったところで撮影に入る。脚本作りの大半は書き直しなんだよ。
──ラッセル・クロウとの仕事はいかがでしたか。
この映画の中では、奇蹟といえる出来事が起きる。観客がそれを、リアリティを持って観ることができるような演技ができる俳優が必要だった。クロウは、目の動き、唇の動きひとつで様々な感情を表すことができる俳優で、彼しかいないと思ってオファーした。ラッセルは優れた役者だ。彼はセットで僕らの様子を見ていて、かなり早い段階から安心して、「この映画はちゃんと作られているだろうか」という不安は払しょくされたようだ。僕らが映画製作について深く理解していることわかって貰ってから、彼から少し敬意を感じるようになった。彼の敬意を得るには、こちらがそれ相応の仕事をする必要があるんだと思う。彼は、相手の過去の仕事を見て、あっさりと敬意を払うような人間じゃない。彼の尊敬に値する人間だということを実証してみせないといけないんだ。僕はそれでまったく構わない。彼はこの役に最適な男だった。
映画『ノア 約束の舟』より、主演のラッセル・クロウ © 2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
──エマ・ワトソン演じるイラの役柄について、そしてエマ・ワトソンをキャスティングした理由を教えてください。
正義と慈悲、善と悪のなかで登場人物が悩む、エモーショナルな物語にしたかった。イラは善を象徴しており、未来への希望でもある。ノアとイラが対立するような物語にすることで、ドラマを生み出すことができたと思います。エマは『ハリー・ポッター』シリーズで世界中で愛されている女優だけれど、オーディションをしてみたら、もっと大きな可能性がある女優だということがわかりキャスティングした。本作では、大人の女性として、今までに見せたことのない、新しい表情で演技をしている。
映画『ノア 約束の舟』より、エマ・ワトソン © 2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
役者との作業が僕は何よりも好きなんだ
──大作の制作は、小さい作品と同じ楽しさがありますか。
『ノア』のような大作では、役者とのやり取り以外にもいろいろとやるべきことがある。役者との作業が僕は何よりも好きなんだ。「アクション」と「カット」の間の時間。自分と役者だけの時間。すべての人が、一つのことに集中している時間。でもこういう大作ではそれ以外の作業がたくさん発生する。でも、はるかに大きなスケールでストーリーを語ることができるし、うまくいけばはるかに大勢の観客の心を動かすことができる。それもエキサイティングなことだ。でも僕が何よりも好きなのは役者と仕事をすることだから、次に小作品を手掛けることになっても驚かないでほしい。
──このような大作につきものの、様々な噂は気にしますか。
公開後は、ようやく休暇をとってしばらくの間姿を消すよ。でも世間と繋がっていることは重要だと思う。世間で何が起きていて、みんながどんなことを話しているかを知るのは大切だと思うから。そういう繋がりは、僕らにとって大きな希望なんだと思う。僕は、ツイッターやフェイスブックなどがアラブの春に影響したのは確かだと思う。ある意味、それらは僕らを救うツールになり得る。真実を隠しておくことが困難だからね。あのようなひどいことが起きた時、画像や映像が撮られ、拡散する。以前は、秘密を保持することはとても簡単だった。壁を築くことがとても簡単だった。今の世の中にベルリンの壁があることなんて想像できるかい?壁で隔たれた人々がフェイスブックで交流することを想像できるかい?今はもう情報を隠しておくことはできない。エドワード・スノーデンが世の中に与えた影響など、実に興味深いことが今は起きている。いろいろな苦難がある中、人々はコミュニケーションをすることができる。真実を外の世界に知らせることができるんだ。
映画『ノア 約束の舟』より © 2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
──それでは、映画監督として、ご自身の作品に対する意見には注意を払いますか。
それに関しては気にしない。今はもうすっかり慣れたよ。『レスラー』を作っているときには、「なぜ、ミッキー・ロークをレスリングの映画に出すんだ。頭がおかしいんじゃないか」と言われたし、『ブラック・スワン』を作ったときには、「一体、なんだってバレエの映画なんて作ってるんだ」と言われた。そして今回の『ノア』では、「なぜ聖書の話なんてやるんだ。彼も魂を売ったな」という声ばかりだ。しかし、僕は昔から、自分が作りたいと思うものをやってきた。この作品も観てもらえば、僕がこれを作りたいと思った理由を理解してもらえるはずだ。
(オフィシャル・インタビューより)
ダーレン・アロノフスキー プロフィール
1969年、ニューヨーク市ブルックリン生まれ。ハーバード大学で実写映画とアニメーションを学ぶ。1997年、数学に取り憑かれた男の破壊的な運命を描いた不条理スリラー『π』(97)で長編デビュー。1998年のサンダンス映画祭で最優秀監督賞を受賞。『ブラック・スワン』(10)で、アカデミー賞監督賞にノミネート。主な監督作品に、『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000)、『ファウンテン 永遠につづく愛』(06)、『レスラー』(08)、『ブラック・スワン』(10)などがある。ほかに『ビロウ』(02)脚本・製作総指揮、『ザ・ファイター』(10)製作総指揮 など。
映画『ノア 約束の舟』より
6月13日(金)TOHOシネマズ 日劇1ほか全国ロードショー
ある夜、ノアは眠りの中で恐るべき光景を見る。それは、堕落した人間を滅ぼすために、すべてを地上から消し去り、新たな世界を創るという神のお告げだった。大洪水が来ると知ったノアは家族と共に、罪のない動物たちを守る巨大な箱舟を作り始める。やがてノアの父を殺した宿敵がノアの計画を知り、舟を奪おうとする。壮絶な戦いのなか、遂に大洪水が始まり、ノアの家族と動物たちを乗せた箱舟だけが流されていく。閉ざされた箱舟の中で、ノアは神に託された驚くべき使命を打ち明ける。箱舟に乗ったノアの家族の未来とは?人類が犯した罪とは?そして世界を新たに創造するという途方もない約束の結末とは──?
監督・共同脚本・製作:ダーレン・アロノフスキー
出演:ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、レイ・ウィンストン、エマ・ワトソン、アンソニー・ホプキンス、ローガン・ラーマン、ダグラス・ブース
共同脚本:アリ・ハンデル
撮影:マシュー・リバティーク
美術:マーク・フリードバーグ
衣装:マイケル・ウィルキンソン
編集:アンドリュー・ワイズブラム
音楽:クリント・マンセル
製作:スコット・フランクリン、メアリー・ペアレント、アーノン・ミルチャン
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