骰子の眼

cinema

2014-07-11 12:46


神などいない霞んだ世界で仕組まれたミステリー『複製された男』

ジェイク・ギレンホール主演、カナダのケベック州出身ドゥニ・ビルヌーブ監督の仕掛ける罠
神などいない霞んだ世界で仕組まれたミステリー『複製された男』
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『灼熱の魂』『プリズナーズ』ドゥニ・ビルヌーブ監督の新作『複製された男』が2014年7月18日(金)に公開される。ドゥニ・ビルヌーブ監督の『灼熱の魂』は中東を舞台に内戦に翻弄された女の人生を描きアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。その後、『プリズナーズ』でハリウッドに進出。ジェイク・ギレンホールは本作『複製された男』でも一人二役で主演している。

高層ビルが立ち並ぶ霞んだトロント市街に鳴り響くのは、不穏なドラムの音。少々くたびれた高層マンションでの主人公の生活は特に不便も無さそうだが空虚に映る。歴史教師である彼が学校で生徒たちに説くのは人類が世紀をまたいで幾度となく繰り返す人を操る術。そして、目の前に現れる自分とそっくりな男。『複製された男』の原作はポルトガルの作家ジョゼ・サラマーゴの長編小説。機械工、福祉施設職員、ジャーナリストなどの職を経て小説家となった彼はポルトガル共産党員で無神論者であったという。神などいない霞んだ世界で、仕組まれたミステリー。そこには何者の意図もなく、ただの現実でしかないように感じた。

ドゥニ・ビルヌーブ監督はカナダ、ケベック州の出身。本作を観ていてその作風から同郷のデヴィッド・クローネンバーグ監督を思い出した。プロデューサーのニヴ・フィッチマンもカナダ人であり、クローネンバーグの長男ブランドン・クローネンバーグの『アンチヴァイラル』にもプロデューサーとしてクレジットされている人物だ。そして、最近のクローネンバーグ親子の作品には常連の女優サラ・ガトンも本作では、美しく儚くも力強い存在感を放っている。

主演のジェイク・ギレンホールは、歴史教師のアダムともう一人のそっくりな男を一人二役演じている。ふたりは多くの同じ点を持つキャラクターであるが別の人間である。ジェイク・ギレンホールはその微細な違いを見事に演じきっており、葛藤しながらも欲望に弱い彼らを非常に魅力的にしている。

アメリカともヨーロッパとも違うカナダの景色と空気がとても奇妙に、乾いた美しさで切り取られた映画だった。webDICEでは、ドゥニ・ビルヌーブ監督のインタビューをお届けする。




ドゥニ・ビルヌーブ監督インタビュー

プロデューサー、ニヴ・フィッチマンとのコラボレーションについて

プロデューサーのニヴとは長い付き合いだよ。12,3年位になるかな。前作『灼熱の魂』を撮り終えた後は、色々大変だったから慌ただしくしてたんだけど、常々ニヴと一緒に仕事をしたいと考えていたから電話したんだ。それで一緒に手がけるプロジェクトを探そうって言ったんだ。ここ10年くらいずっと一緒に仕事をしたいと思っていたからね。それでいい仕事が出来るように、アイデアを出しあった。

そんなとき、ニヴはジョゼ・サラマーゴ原作2つの映像権を取得した。最初の話し合いでその2つの小説について話をして、両方読んだ僕は「複製された男」を選んだんだ。色んなアイデアを模索したけど、「複製された男」を読んだ時、これは映画に出来ると思ったんだ。何故か?第一に一人の男のアイデンティティーと潜在意識、自己を深く考察するといったテーマに非常に惹きつけられたこと。加えて役者の数が非常に少ない点だ。一人か二人、または三人ぐらい。そうすると彼らとの試行錯誤に多くの時間が持てる。

何のために映画を作るのか理由は様々だけど、アーティストとして言うなら、何かしら新しい分野で進化をして、映画を作る人間として成長したいと思うんだ。今回で言えば物語の紡ぎ方──役者との関わり方を模索して、どうやって一緒に映画を作り上げていくか。それは僕の今までの作品では追求出来なかった側面なんだ。映画を作る時、最終的にどのような形になるかは分からない。どこに向かいたいかは分かるし、方向性は定まっているけれど、頭の中のヴィジョンそのものをカメラに収めるのは並大抵のことじゃない。当たり前だけど、結果には過程が必要だ。僕にとって今回の映画のプロセスは正に思い描いていた通りになった。それはフェラーリのようにパワフルな俳優たちと仕事をし、その実力を存分に活かすチャンスを与えられたことだ。正にそれこそが私の求めていたことなんだ。

『複製された男』ドゥニ・ビルヌーブ監督
ドゥニ・ビルヌーブ監督

今作では指揮するのではなく、コラボレートしたかった

私は本作の俳優陣が大好きで、彼らと契約出来たことで安心したし、作品に深みも出たよ。これまでの映画では、もう少し独裁的なやり方をしていたんだ。今日のように全員に指示を出したりね。けれど撮影を重ねる中で、クリエイティビティをシェアして他のスタッフの強みを活かすことの重要さに気が付いたんだ。だから私は撮影監督を慎重に選ぶ。現場で多大な自由と権限を与えるから、私が目指す方向を理解している人がいいんだ。エゴを持たずプロジェクトのためだけに尽くすことの出来る、いわば兄弟のような人物が必要なんだ。

役者も同様だね。現場で撮影監督と密接に関わるように、今回は役者にもそれを求めた。創造性を共有出来て、判断を任せて大丈夫な人物。ジェイク自身のことをよく知っていたわけではなかったからリスクはあったけれど、彼の功績にはとても感嘆していたし、出演作にも印象的なものが多かった。『ブロークバック・マウンテン』には深い感銘を受けたよ。才能豊かな俳優だとは知っていたけれど、これだけ親密になれるとは思わなかった。こんな関係を築くのが私の夢だったんだ。凄く嫌な奴だった可能性もあるし、そう考えるとラッキーだったね(笑)もしそうだったとしたら、違う撮り方になっていたかもね。でも彼は知性と創造性、豊かな想像力と役に対する的確な捉え方を持った俳優だった。監督として嬉しいのは、俳優がそれだけ上手いと、いちいち指示を出さなくても、彼の後に付いて行けば間違いないことだ。幸せなことだよ。

映画『複製された男』
大学の歴史講師アダム(ジェイク・ギレンホール)は、ある日同僚から1本のビデオを薦められる

ハビエル・グヨンとは女優の演技に幅を持たせる脚本作りを意識した

相手役を演じた女優の二人にとってはチャレンジだったろうね。始めは小さな役だったから、脚本作りの段階で脚本家のハビエルともっともっと肉付けしようと考えたんだ。だから彼女達には怖がらすに役を膨らませてみてくれと言ったよ。それほど多くの台詞やシーンは無いにしても、リアルな人間を演じられるように、彼女達には出来るだけ自由に演じてもらった。そして彼女達はそれぞれのやり方で見事にそれを成し遂げた。とても満足しているよ。

映画『複製された男』
顔、声、体格に加え生年月日も同じ"複製された男"

"複製"された人物の見せ方について

今までにも何度か特殊効果を使ったけれど、それほど多くはないよ。それも今回のような複雑なものではなかった。俳優にテニスボールを相手に演技してくれと頼んだのは初めてだよ。でもどんなに高度な技術や、演技手法を用いたとしても、結局俳優自身の演技力が全てなんだ。技術力そのものではなく、それをどう活かして演じられるかが大切なんだよ。その点、ジェイクはこれ以上ないくらい素晴らしかった。もちろん特殊効果や技術担当のスタッフも素晴らしい仕事をしてくれたけれど、完成した映像の現実味はジェイクの演技によるところが大きいし、それなくしては成り立たない。最も重要なのは、演技なんだと言いたいね。

映画『複製された男』
なぜ自分と全く同じ人間が存在するのか

ジョゼ・サラマーゴの「複製された男」の映画化について

長くて複雑な小説を90分の映画にまとめることに成功したハビエルの仕事は脚本家としてとても素晴らしい。原作の内容は、延々と続く主人公の狂気とも言える内なる自分との独白劇のようなものなんだ。それをハビエルは動きを与えてイメージを具現化させたんだ。驚くべき成果だよ。それから映画が実際に作られていく過程で、感情面の脚色も加えていった。言葉だけでは表現しきれなかった部分も、映像化することである意味脚本よりも深くて力強いものになった。まあ大抵の映画はそう言えるだろうけどね。けれど本作の映像化は、原作とは大きく異なる部分がある。映画では独自の解釈を加えたんだ。

私はサラマーゴに会った事はないし、既に他界しているから今後も会う事は出来ないけれど、著者に最大限の敬意をはらうためには、加味する解釈は真摯なものでなければならない。それと同時に、いい意味で原作を壊し、自分のものにする必要がある。そうでなければ本当の脚色とは言えないと思う。だから原作と映画には全く繋がりがないと言えるけれど、ある側面ではとても似通ったものだとも言える。まあ、私からすればね。

映画『複製された男』
それぞれの恋人と妻を巻き込みながら、想像を絶する運命をたどっていく

蜘蛛が象徴するものについて

蜘蛛についてはこんな短い時間じゃ的確に話せないね(笑)でもしいて言うなら、男の潜在意識と性を象徴するような具体的なイメージを私はしばらく探していたんだ。私にとって蜘蛛は完璧なイメージだった。今はこれ以上話さないよ。説明しない方が遥かに面白いと思うからね。以前同じような事を聞かれた時には答えるべきプレッシャーを感じて話したけど、今はそれがないからね。個々の解釈に任せるのがベストだと思う。私個人としての見解はあるけど、それぞれの想像力と映像を通して、そのイメージを見た方がインパクトは強いと思う。明確にした方が鮮明なイメージが出来るかもしれないけど、やはり観客の解釈に任せるのが一番いいと思うんだ。




■ドゥニ・ヴィルヌーヴ / DENIS VILLENEUVE

1967年10月3日、カナダ、ケベック州出身。 1998年の映画デビュー作「UN 32 AOUT SUR TERRE」(未)がカンヌ国際映画祭に正式出品され、テルライド映画祭、トロント国際映画祭を含む32の映画祭で上映された。2000年には、第2作目『渦』がサンダンス国際映画祭とトロント国際映画祭で上映され、ベルリン国際映画祭批評家協会賞、SACD賞など数々の国際映画祭で賞を受賞。ケベック映画賞(ジュトラ賞)では作品賞、監督賞を含む9部門、ジニー賞では作品賞を含む5部門を受賞した。2008年短編「NEXT FLOOR」(未)が世界各国150以上の映画祭で上映され、カンヌ国際映画祭批評家週間でカナルプリュス最優秀作品賞に選ばれ、ジニー賞、ケベック映画賞の短編賞を含む70以上の賞を受賞した。2009年には長編3作目「POLYTECHNIQUE」(未)がカンヌの監督週間でプレミア上映され、トロント映画批評家協会の2009年度カナダ映画ナンバーワンの座に輝き、ジニー賞では作品賞と監督賞を含む9部門を、そしてケベック映画賞では監督賞を含む5部門を受賞した。長編4作目となる『灼熱の魂』(10)は第83回アカデミー賞®外国語映画賞にノミネートされた。ナショナル・ボード・オブ・レビューは同作品を2011年度最優秀外国映画5本の1本に選出、ニューヨーク・タイムズでもベストテンに選ばれた。『プリズナーズ』(13)ではジェイク・ギレンホールと組んでいる。




映画『複製された男』
2014年7月18日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:ジェイク・ギレンホール、メラニー・ロラン、サラ・ガドン、イザベラ・ロッセリーニ
原作:「複製された男」(ジョゼ・サラマーゴ著、彩流社刊)
後援:カナダ大使館、ケベック州政府在日事務所
2013年/カナダ・スペイン合作/英語/カラー/シネマスコープ/90分/原題:ENEMY
公式サイト

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