映画『サッドティー』より
2013年の東京国際映画祭やイベントでの上映などで話題を集めてきた今泉力哉監督の『サッドティー』が5月31日(土)よりロードショー公開される。二股を解消したい映画監督・柏木とその2人の彼女を軸に、12人の男女の群像劇を、今泉監督ならではのリアリズムとユーモアで描いている。登場するキャラクターについて、そして東京に住む若者の普通の生活感を捉えた世界観について、今泉監督が映画評論家の森直人氏と語った。
生きるための葛藤とかじゃない
森直人(以下、森):若手が作る日本映画ってミニマムな日常を描きがちだと言われつつも、実は今の東京の普通の生活を描く作家ってほとんどいないような気がするんですよ。でも今泉映画は、本作でも暇なカフェとか古着屋でバイトしながら、帰ったら手狭なアパートに住んでいたり。或いは古い一軒家を借りていたりとか。輝かしい過剰な幻想が消えたあとの東京がフラットに映っている。
今泉力哉(以下、今泉):別に、地方から東京に夢を持ってきているとかじゃないというか。
映画『サッドティー』の今泉力哉監督
森:そう、上京者もいれば、地元の人もいるし。先例としては井口奈己さんの『犬猫』あたりが近いけど、井口さんの目線はすごく「地元=東京」的。一方、今泉さんの場合は「あそこに行けば何か…」っていう自己実現の幻想の名残りが匂うっていうのが、田舎出身の僕にはリアルでね。だから、連作感っていうのと東京の土地っていう生活感を合わせると、案外、昔のウディ・アレンに近いですよね。彼は「地元=N.Y.」ですけど。
今泉:ウディ・アレンのポジションって、ちょっと金持ちの階級じゃないですか。それを自分の庶民的な階級でやってることはありますよね(笑)。
映画『サッドティー』より
森:だから今泉映画はクラスタというかトライブで言うとなんなのかなって考えた時に、僕ね、「リア充文化系」かなって思ったんです(笑)。ヤンキー的な地元LOVEでもないから、東京で難民っぽくなっているんだけど、友人も恋人もいて、経済的にも身の丈で何となく暮らせている。非モテみたいなモチーフがあったとしても、いわゆる童貞イズム的な流れとは全然違いますもんね。
今泉:冒頭の会話の喫茶店の「暇だから二股してるんですか?」とか「暇だからバイト2つしてる」みたいな。結構、それがまさにそこで(笑)。生きるための葛藤とかじゃないから。もし忙しくて大変な生活してたら考えないことを考えていて、それが主題、みたいな。
映画『サッドティー』より
森:要するに「恋愛」と「労働」が「暇だから」モードという等価で扱われていて、どちらも完全燃焼ではない世界。生きることって死ぬまでの暇つぶしだよね、みたいな浮遊感。そこでちょっといい生活しようとすると労働に傾いたり、もっと人間関係をディープに詰めて行こうとすると恋愛に傾くのかもしれないんですけど。「貧乏なんだけど、そこそこ楽しく暮せてしまう」今の東京の感じっていうのは、意外と劇場用映画の中で観ることって少なくなったなって思います。みんな郊外や田舎に「現代」を求めて行っちゃうから。
今泉:ああいう部屋感とか街感とかって、撮影規模にもよりますよね。商業とか、規模が大きくなれば、制作部が場所を探すし、セットをつくることもある。美術や照明さんもいますし。今回は、それこそ自分の家以外のロケ場所で出てくる家は、ほとんどtwitterで探しましたもん(笑)。「女性の一人暮らしの家で撮影できる場所、探してます。」っていうので反応があった5、6人の方の家を自分一人でフラフラ回っていくっていうロケハンで。
長く付き合ってる人たちの倦怠や退屈さを描きたかった
森:なるほど。だから映画に流れる空気自体が本当に「そこ」なんですね。あと登場人物でいうと、岡部成司さんの演じた映画監督の柏木が、「二股」という今泉的モチーフを纏いつつも、意外に今泉さんの過去作にはなかったキャラのような気がしたんですよ。
今泉:確かにいないっちゃいないかもしれないですね。今回の脚本の原点で言うと、脚本を書けなくているっていうのは今回この映画をENBUゼミでつくるにあたっての自分の状態だったんですけどね。今回は脚本が書けるようになるっていう成長もの的なことには、したくなくて。今回は絶対最後まで書かないぞって決めてて。本当にそう、最後、寝ちゃうぐらいの(笑)。
映画『サッドティー』より
森:でも柏木ってね、クリエイターのくせに何の情緒も人間的関心もない。だから殺人的に鈍感で無神経なことを悪気なく口走るじゃないですか。
今泉:あれはね、本人も、俺もすごい迷ったんですよ。別れ話で「羨ましいよ、ちゃんと好きな人いて」って彼女に言うみたいなことは、コイツはどんだけわかってんのか。嫌われてもいいということの中での自覚なのか、本当にわかってないのか。まあわかってなく見えますけど。どうすればいいだろうねって、柏木役の岡部さんと話してて。
映画『サッドティー』より
森:だから柏木と彼の友達・早稲田が「真面目さ」をめぐって喧嘩してるシーンは僕から見るとすげえ酷い(笑)。だから面白い。本作の思想性みたいなものを示す決定的なシーンですよね。この二人が今泉キャラのエクストリームな両極だなっていう風に思いました。
今泉:(笑)。今回は、長く付き合ってる人たちの倦怠だったり退屈さだったりとかがすごくやりたくて。冒頭の公園の競歩でぐるぐるとかも、(ソフィア・コッポラ監督の)『SOMEWHERE』っていう映画の冒頭でめっちゃ車走ってるんですけど。あの映画って階級で貧しいとかではないけど、主人公の男の人の日常の退屈さや倦怠も含めて大好きな映画で、引用しようと思った。
森:なるほど。『SOMEWHERE』の円のイメージっていうのは「どこにもいけない」っていう倦怠そのものですよね。ある種の出口なしの状態なんだけども。ただ、今泉さんのはもうちょっとポジティブなイメージなんですよね。円を楽しんでる感じがあるというか。暗くないんですよ。今泉さんって陰陽でいうと「陽」だと思うんですよね。作家のタイプとしては。だから幻想が消えた東京だとか、煮え切らない関係とか、それこそ『最低』とか『終わってる』のタイトルもそうだけど、ネガティブワードが多いわりに、僕は変な明るさが基本的にあるなって思っていて。
今泉:震災の時に、サイトとかいろんなところで、本当は気づいているのに、何か取り繕って明るく振舞おうとしてた社会状況、例えば不況とか、色んなうまくいってないことが、震災が起きて全部それが嘘だったみたいな、夢がなかったじゃないですけど、いろんなことが表面化してバレちゃったね、みたいなことを言ってる大人たちがたくさんいたんですが、その風潮に全然乗れなくて。というのも、元々何も期待してない、バブルとかも知らない世代だから。不幸なことや大変な状況、今の社会が「陰」っていう発想があまりなくて。ずっと普通に「陽」っていうか。あとはやっぱり良くも悪くも観る人が面白がれるものであるべきで、娯楽的な感覚が映画においてあるので。山下(敦弘)さんの影響もちろんあると思うけど、コメディ的な笑わせるよりも、気まずいとかそっち側で可笑しみとか笑えるとか。お客さんが笑うっていうのが一番難しいし、やってみたいことだっていうのは、ずっとあるので。その部分でどうしても重く重くっていうのはやろうと思っていないし、逆にそれも嘘っぽくなる気がして。作りもの感というか。すごく泣いたりとか、触ったりとか抱きしめたりとかもそうですけど。やっぱり「人を触わる行為」って自分は普段しないので。どっかで意識的にやってる芝居は、見ていてこっちが冷めてしまうというか。
(文:森直人 オフィシャル・インタビューより転載)
今泉力哉 プロフィール
1981年福島県生まれ。『たまの映画』(10年)で商業監督デビュー。恋愛群像劇『こっぴどい猫』(12年/モト冬樹主演)がトランシルヴァニア国際映画祭(最優秀監督賞受賞)を含む多くの海外映画祭で上映。TVドラマ『イロドリヒムラ』への脚本参加(監督・犬童一心)や、山下敦弘監督とともに共同監督したドラマ『午前3時の無法地帯』(出演:本田翼、オダギリジョー)など、映画以外にもその活動の場を広げている。最新作はTVドラマ『セーラーゾンビ』(14年)。
映画『サッドティー』より
映画『サッドティー』
5月31日(土)からユーロスペースほか全国順次上映
二股を解消したい映画監督とその2人の彼女。彼の行きつけの喫茶店のアルバイトの女の子とマスター。彼女へのプレゼントを買いに行ったお店の店員に一目惚れする男。元アイドルを10年間想い続けるファンとその存在を知って彼に会いに行こうとする結婚間近の元アイドル。さまざまな恋愛を通して描く、「ちゃんと好き」ということについての考察。
監督・脚本・編集:今泉力哉
出演:岡部成司、青柳文子、内田 慈、永井ちひろ、阿部隼也、國武 綾、富士たくや、佐藤由美、武田知久、星野かよ
音楽:トリプルファイヤー
製作:ENBUゼミナール
制作:松尾圭太、後藤貴志
プロデューサー:市橋浩治
撮影監督:岩永洋
録音・整音:根本飛鳥
助監督:平波亘
ヘアメイク:寺沢ルミ
スチール:天津優貴
キャスティング協力:吉住モータース
配給・宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS
120分/2013年
公式サイト:http://www.sad-tea.com/
公式Twitter:https://twitter.com/SAD_TEA