大阪芸術大学の卒業制作として監督した『剥き出しにっぽん』(2005年)が、昨年ぴあフィルムフェスティバルにてグランプリを受賞し、バンクーバー国際映画祭ドラゴン&タイガー・ヤングシネマ・アワードにノミネート。さらにその勢いは止まらず、『反逆次郎の恋』(2006年)、『ガール・スパークス』(2007年)、『ばけもの模様』(2007年)を合わせた4本全ての長編映画がロッテルダム国際映画祭で特集上映されるなど、海外で高い評価を受けている前代未聞の新人監督、石井裕也。弱冠24歳にして、長編4本と短編5本を製作した石井裕也とは一体どんな人物なのか。大阪芸大時代から現在までの映画との関係性について、いろいろと質問をぶつけてみた。
ただの「意地」だけで、16ミリフィルムを使った
── 『剥き出しにっぽん』や『ばけもの模様』などの長編映画が立て続けに海外で上映され、しかも今年は第1回「エドワード・ヤン記念」アジア新人監督大賞を受賞されたりと、日本以上に海外で評価されていると思いますが、そのことについてはどう思われますか?
助監督の中村無何有君と一緒にロッテルダム映画祭に行ったんですけど、やっぱりすごいですよね。シネコンが連日ソールドアウトなんですよ。動員して、それなりの反応もあるのを見ちゃうと、嬉しいと言うか、微妙でしたね。
── 海外のお客さんの反応はどうでしたか?
やっぱり、空気ってありますよね。上映後に、「面白かった」って言ってくれる人が多くて、それはそれでもちろん褒められて嬉しいんですけど、意見としてはあんまり信用していないんです。映画が終わった後の場内の空気だけが一番反応がよくわかるし、信用できる。4作品上映したんですが、こんなの見たことないっていうざわつき方をしている作品もあって、それは嬉しかったですね。「なんなんだ、この日本人の若者は!?」みたいな。完璧に困ってる人もいましたし。
── 情緒不安定で女々しい青年が、大好きな女の子とリストラされた父親と一緒に自給自足の奇妙な共同生活をするという群像喜劇『剥き出しにっぽん』は、昨年「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」でグランプリを受賞されていますが、それは予想していましたか?
やっぱり最初からPFFしかなかったですからね。成り上がるためにはPFFで賞とって、スカラシップをもらわなければ。その道を作ったのが熊切(和嘉)監督なんだと思います。それ以外は前例がなかったですから、とりあえずみんなでPFFを目指していました。
── プレスに書いてありますが、『剥き出しにっぽん』をつくるのに、犬のように働いて制作費400万円を捻出したそうですね。
大阪の西成にあるビデオ試写室で、週6日、時給700円でバイトをしたんですけど、この地域は覚醒剤が蔓延しているんですよ。だから、お客さんでAVを見る人はあまりいなくて、覚醒剤の常習者か売人しかいない(笑)。途中で稼ぎが厳しいなって思った時は、僕も売人に転身しようと本気で考えました(笑)。結局、4人で働いて一人100万円ずつ稼ぎました。
(写真)『剥き出しにっぽん』より
── デジタルでの撮影が多い中で、なぜ16ミリフィルムを使ったのですか?
僕の世代は、もう完全に世代交代が終わった後だったんですよね。だけど、意地で。その頃フィルムライクで撮れるビデオカメラが発売された時で、周りのみんなが浮かれて、そのカメラを取り合ってたんですよ。醜いなぁって思って(笑)。“これ、ラクで安くていいよね”って言ってる人たちが、ほんとにイヤだったんです。そんなんだからダメなんだよっていう、ちょっと見てろよ、みたいな意地。ただの意地で16ミリを使いましたね。16ミリの質感がいいとか言うけど、実はあんまりよくわからない(笑)。
母親がブサイクな子供をあやす姿に感動する。
そういう理屈じゃない関係って面白い
── 「人はばけもの 世にないものはなし」という井原西鶴の言に想を得たという群像劇として、裏切り、殺人未遂、食品偽装など化け物じみた人間たちが登場し、人間の哀しき本性が暴かれるという『ばけもの模様』は、長編4作目となります。どういう発想でスタートしたのですか?
今まで長編を3本撮ってきて、みんな23歳とかいい歳になってきた。そうするとだんだん現実的な考え方をするようになってきて、モチベーションが下がってくるんです。20歳の時は「これで一旗揚げようぜ」ってノリノリだったのに、現実問題そうでもなくなってくる。『ばけもの模様』は3人でお金を出し合って作ったんですけど、そういうスタンスで長編映画をしっかり作れるのはこれで最後だっていう予感というか、確信があったんですね。もうこの流れじゃやっていけないと。だから、インディーズはこれで最後と決めた。最後に、もう1回やって終わろうよって。
── なるほど。では、次回作はインディーズではやらないと?
そうですね。当分は自費ではやらないですね。次回作の脚本はもう出来上がっているので、9月から撮影に入る予定です。
── 『ばけもの模様』では独特な存在感のある方々が出演していますが、どういう経緯でキャスティングされたんですか?
落語家の桂都んぼさんは、僕の映画の常連ですね。「次撮りたいんですよね」って話してると「スケジュール、空いてんで」っていつも言う人で(笑)。
── 石井さんの映画に出演するのが好きなんですね。
そうですね。ただの趣味だと思います(笑)。僕が映画で目指していることと、都んぼさんが落語で目指していることがかなりシンクロする。だから一緒にやる機会が多い。元・宝塚歌劇団の大鳥れいさんは、都んぼさんと舞台が一緒だった方で紹介してもらったんです。実は、最初にキャスティングしていた母親役の方が降りたんですよね。野グソのシーンが加わった瞬間に降りたんです。やっぱり大人の女性に野グソをさせるのは酷かなーって思っていて(笑)。大鳥さんに会った時に、「こうこうこういった経緯があって、ちょっと野グソして頂きたいんですけど」って言ったら、「ええで」って(笑)。男気のある方ですね。
(写真)『ばけもの模様』より。左が主演の大鳥れいさん。元・宝塚歌劇団からは想像できない大胆な演技が印象に残る
── 人間模様を描くのが石井監督作品の特徴であり魅力だと思いますが、やはりキャスティングも人間にこだわっていますか?
結局、そうですよね。俳優やってますっていう人に限って、けっこう面白くない人が多いんですよ。ひっかかりがないというか、見てるとすぐ飽きてきちゃうんですよね。だから、スタッフの人に出演してもらうことが多いです。助監督の中村無何有(本名:中村祐介)、美術のとんとろとん(本名:内堀義之)、音楽担当の今村左悶(本名:今村悠輔)はもはや常連俳優になっています。この人たちは、どこでやっても俳優として普通に通用すると思いますよ。
── 「むき出し」の人間を描いた群像喜劇『剥き出しにっぽん』と、人間の駄目さから見える人間の魅力を描いた『ばけもの模様』の両作品どちらにも出てくるのは“家族”ですが、家族に対して何か思いがあるんですか?
ありますね。理屈じゃないものに憧れがすごく強いんですよ。母親がブサイクな子供のウンコとかを掃除してたりすると、すごく感動するんです。これは理屈じゃないです。そういう人間関係ってすごいなって思って。基本的に家族の在り方を描いているわけじゃないし、家族の崩壊とか再生なんていうのはどうでもいいと思ってるんです。ただ単純に、そういう理屈じゃない関係って面白いなと思うんですよね。だから家族じゃなくてもいいんです。そういうのが好きなんですね。まぁ、趣味です(笑)。
(写真)『剥き出しにっぽん』より
── 『剥き出しにっぽん』では母親の存在は薄いですが、『ばけもの模様』では母親が主役で描かれています。これはなにを意図しているんですか?
僕には母親がいないんですよ、小さい時に死んでるから。だから、便宜的に『剥き出しにっぽん』では母親が出てくるんですけど、途中から説明もなしにいなくなるんですね。その感覚ってすごい僕はわかるし、普通はそういうものだと思っていたんですよ。だけど、ロッテルダム映画祭では、母親を放置して、父親が勝手に出ていっちゃって、あれはひどいよって言われたんです。僕なんかは、初めてそういう見方があるんだってビックリしたくらい、母親というのは途中からいなくなるもんだっていう意識が強い。だからダメなんですよ、人間として僕は問題なのかもしれない。
(写真)『ばけもの模様』より
── ちなみに、マンガは好きですか?
あまり読まないですね。
── 映像を見ているとマンガっぽいなと思ったので、マンガから影響を受けてるのかと思ったんですけど。
世界観をバシって作っちゃうから、マンガっぽく見えることもあるかもしれません。あと、ある要素を誇張してわかりやすくベタに見せちゃうっていう。マンガって言い方もできるし、コントって言い方もできる。けっこうベタなのが好きなんですよ。
── 映画作りのなかで、一番重要視していることはありますか?
う~ん…人でなしになること。映画を1本作るには、いい人ではいられないんですよね。それこそ俳優を直前までキャスティングしてたのに、もう駄目だから切らなきゃいけないとか、安く早く撮りきるためには誰かの生活を犠牲にしなきゃいけない時ってあるんです。いい人で好かれる人でありたいというのがあると、できなくなってくるんですね。心を鬼にするというか。限られた予算と時間の中で一番いいものを作るために、やっぱり悪人にならないといけない。基本的に僕は性格が温厚なんですけど。でも、そうじゃダメだし。モチベーションが大事ですよね。
「止まったら死ぬ」。その焦りから映画を撮り続ける
── 石井監督が求める映画とは、どんな作品ですか?
やっぱり、「本物」が見たいんですよね。本当の部分というのを見たい。恥ずかしい表現で言えば、真実というか。役者の本当が見たいし、作り手の本当にやりたかったことを知りたい。そういうのが見えた時に喜びを感じるんです。
── 具体的に、どの監督の作品に本物が見えますか?
チャップリン。たまに、本当の部分が見え隠れしますね。他には、今村昌平監督や岡本喜八監督です。ユーモアがあるっていうのが、好きなんでしょうね。
── そもそも映画を撮り始めたきっかけとは?
何かしらやりたいなと思っていたんです。でも別に、絶対映画じゃないといけなかったというわけではないんですよ。たまたまです。
── 何かを表現したいということで、たまたま映画ですか!
縁ですよね。もし、僕の家が防音の壁だったらもっとギターを練習して音楽をやっていただろうし。ほんとに紙一重だったと思います。
── 石井監督は埼玉県出身ですが、なぜ大阪芸大を選ばれたんですか?
逃避願望じゃないですけど…こういう言い方をしたら悪いですけど、大阪に行くっていう事はほとんど西遊記みたいな感覚だったんです、個人的には(笑)。要は、そういう違った新しい世界を見てみたかったんです。
── 芸大といえば熊切和嘉監督や山下敦弘監督など多くの映画監督を輩出していますが、影響を受けたり意識したりしましたか?
意識しないと言ったら嘘になりますね。大学に入る前は全然知らなかったんですけど。入った後に、4年間で自分が納得いく作品が残せるかというと、実際は難しいなって思っていたけど、周りを見たらちゃんと作品を残していた人がいたという。そういう意味では影響を受けました。
── 監督たちを知らずに大阪芸大に入ったんですか?
ええ。フィルムとビデオの違いもわかんなかったですからね。多分、ただのバカですよ(笑)。
── いつ頃から映画監督でやっていこうと思ったんですか?
今でも思ってないですけどね。自分だけでなくみんなのモチベーションを高めつつ、作品を完成させないといけない。それってすごい労力と時間がかかる。それをやってくれる人が他にいれば、俺も手伝うってなってたかもしれないけど、周りにはいなかった。だから、しょうがなくやっていたっていうのが18、19歳で。今でも自分がやらないといけないという意識があります。映画監督という肩書きにもあまり憧れはないですね。
── 他にやってみたいことがあるんですか?
それが、あまりないんですよね。でも、プロデュースはしてみたいですね。あとはアイドルのスカウトもやってみたい(笑)。あれ、僕絶対うまいと思うんですよ。
── にしても、1年に1~2本というペースで作品をつくられているのには驚きです。その原動力はどこからくるんですか?
焦り、ですね。
── 何の焦りなんですか?
結局、止まったら死ぬっていう。いろんな理由で止まって、あきらめた先輩をいっぱい見ているんですよ。止まったらダメなんだと思って、僕は映画を撮り続けているんです。
(インタビュー・文:牧智美)
■石井裕也PROFILE
1983年生まれ、埼玉県出身。大阪芸術大学の卒業制作として長編第一作『剥き出しにっぽん』(2005年)が、第29回ぴあフィルムフェスティバル「PFFアワード2007」にてグランプリ&音楽賞(TOKYO FM賞)を受賞。さらに第26回バンクーバー国際映画祭ドラゴン&タイガー・ヤングシネマ・アワードにノミネートされた。また、驚異的なスピードで長編映画『反逆次郎の恋』(2006年)、『ガール・スパークス』(2007年)、『ばけもの模様』(2007年)を製作。それら4本全ての長編映画が第37回ロッテルダム国際映画祭で特集上映されるなど、前代未聞の新人監督が出現したとして世界的なムーブメントに発展。2008年、アジア・フィルム・アワードでは、第1回「エドワード・ヤン記念」アジア新人監督大賞を受賞し、第32回香港国際映画祭では4本全ての長編映画が特集上映された。次回作は、「21世紀型の男気、男の道」をテーマに製作が進んでいる。
アップリンク・ニュー・ディレクターズ・シリーズ公式HP
★5月31日(土)より池袋シネマ・ロサにて、連日21:00レイトショー
5月31日(土)~6月6日(金)
『剥き出しにっぽん』(2005年/16ミリ)
脚本・監督:石井裕也/出演:登米裕一、二宮留美、西薗修也、他
6月7日(土)~6月20日(金)
『ばけもの模様』(2007年/HD)*日本初公開
脚本・監督・編集:石井裕也/出演:大鳥れい、桂都んぼ、潮見諭、他
会場:池袋シネマ・ロサ[地図を表示]
(東京都豊島区西池袋1-37-12/池袋西口徒歩5分)