骰子の眼

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東京都 渋谷区

2014-05-02 17:17


明るくポップなビーチ・ボーイズのサウンドの影には、メンバー間の熾烈なライバル関係があった

映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』を萩原健太氏と鈴木慶一氏が語る
明るくポップなビーチ・ボーイズのサウンドの影には、メンバー間の熾烈なライバル関係があった
映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より © 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

世界中のファンを魅了し続けるザ・ビーチ・ボーイズのリーダーとしてカリスマ的な人気を誇るブライアン・ウィルソン。彼のバンドデビューした62年から69年までの7年間にスポットを当てたドキュメンタリー映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』が、5月10日(土)より23日(金)まで渋谷アップリンクで上映される。今回は、4月にシネマート六本木での上映時で行われた音楽評論家の萩原健太氏とミュージシャンの鈴木慶一氏による登壇の模様をレポート。両氏により、このドキュメンタリーの魅力、そしてそれぞれの60年代ビーチ・ボーイズ体験が語られた。

ブライアンのインスピレーションに溢れた画期的な7年間

萩原健太(以下、萩原):僕が最初にビーチ・ボーイズにのめり込んだのが、『20/20』というアルバムでした。

鈴木慶一(以下、鈴木):最初にびっくりしたのは、ちょうどラジオから流れてくるヒットソングを聞いていた年頃で、ブライアン・ウィルソン作曲の「キャロライン・ノー」を聞いて、いい曲だなぁと。

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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』シネマート六本木でのトーク・イベントより、萩原健太氏(左)、鈴木慶一氏(右)

萩原::ここにいらっしゃる方々は、ブライアン・ウィルソンの普通ではない人生についてご存知ですか? 知らない方?(客席少し手が挙がる)若干いる感じですかね。彼がどういう人生を歩んだかを知っていると、この映画を観ても、そんなに暗い気持ちにならない。

鈴木:この後を知らないでこの映画を観ると相当暗い気持ちになります(笑)。

萩原:僕は1969年にビーチ・ボーイズに魅せられたんですけど、その年はビーチ・ボーイズの人気が最低で、誰も聞いている人がいない、ビーチ・ボーイズは過去のものだ、的な状況だった。その最低の時代までのドキュメンタリーです(笑)。

鈴木:でも、この後があるんですよ。

萩原:その時期までのブライアンがやったことが、ものすごくインスピレーションに溢れていて、画期的だった。

鈴木:1960年代のハイスピードな感じがこの映画に描かれていると思います。

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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より © 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

ブライアンの不思議なコード感覚

萩原:62年から66年までというのは、音楽シーンはものすごい勢いで進んでいった時期で。

鈴木:ラジオを聞いていて、今までのビーチ・ボーイズの曲を聞いているのと、がらっと気持ちが変わったのは「アイ・ゲット・アラウンド」ですね。ギターに夢中だったので、コピーしようとするんですよ。でも、変な構造なの。リフとか、このコード進行なんだろう?と。そのときは夢中でコピーしていたのだけど、後々考えると暗いコードだな、というのが沢山埋まっているんですよ、曲の中に。マイナーなコードも含めてね。かなり尋常じゃないコード進行だぞと。

萩原:複雑といっても、ブライアン・ウィルソンが使うのは、そんなに数字が沢山つくコードじゃないですよね。普通の三和音に対して、ちょっと意外なベースを入れることによってそのコード自体が不思議な音を奏でる。

鈴木:例えばキーのAだとベースはAを弾くんですが、ちょっと違うところを弾いたりするんですね。そういうところも含めて、転調するんですが、その転調の仕方、「ドント・ウォーリー・ベイビー」で転調するでしょう。そのするっと転調する感じが非常に素晴らしいんです。それを分析している教授がこの作品に出てくるんですけど、その教授のピアノが、けっこう危ういんですよ(笑)。

萩原:ブライアンと転調については、私も随分研究してきたんですけど、『サーファー・ガール』というアルバムに入っている「ユア・サマー・ドリーム」という曲があって、ひとりギター鳴らして歌っている曲なんですけども、2小節だけ転調して何事もなく戻ってくる、そのぐらいの感じなんですよ。この人にとっての転調は。

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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より © 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

兄弟の血の濃さがバンドに与える影響

萩原:映画にもちょっとその話がありますけども、ブライアン・ウィルソンという人はライヴ・パフォーマーではなかったし、むしろアメリカのショービジネスのポップ・ミュージックの範疇の中では居心地は良くなかった人だと。ソングライター、音を作る人間としては、むしろクラシック・ミュージックの作曲家に近い。メロディーに対して、どういうアンサンブルがつくか。それを否定するという事が彼にとっての作曲であって。ていうあたりがね、中で触れられますけども。60年代はそういう人が珍しかった、特にパフォーマーとしてやっている人では珍しかった。

鈴木:ビートルズもそういうとこもありますけども、オーケストラ以上の録音を60年代後半になるとひとりでやっている。スタジオにスタジオミュージシャンを呼んで、若造だけれども、ガツガツいってやっている。ひとりでやっていたのが凄いと思うんですよ。そこで軋轢を生むというのもあります、バンドですからね。例えば、ツアーには出ないで、ツアーはブルース・ジョンストンが入るでしょ。66年の1月の来日公演をTVで観て「ライヴではブライアン・ウィルソン、いないんだ」って気付く訳ですよ。でも、ブルース・ジョンストンは、ブライアンのベース・ラインをなぞってるので、曲のブレイクのところで、すごく良いフレーズ弾いたりする。

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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より ブルース・ジョンストン(ザ・ビーチ・ボーイズ) © 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

鈴木:バンドが残酷なのはね、時として一人を悪者にしますから。バンドでもソロでもやってて、曲も書いてプロデュースもしていて、兄弟がいて。いろいろ辛かったんですかね。ムーンライダーズはふたり兄弟ですけど、ビーチ・ボーイズは3人兄弟ですからね。この血の濃さが問題になるんじゃなかろうかと思います。

萩原:しかもお父さんがマーリー・ウィルソンという、自分も音楽家を目指していた人で、一曲だけヒットした栄光にすがっているんです。自分もジーニアスなんだ、ということを強調しながら、自分の息子をコントロールして、音楽の作り手となりたかったのでしょうね。その親の才能を遥かに超えた、ブライアン・ウィルソンという子供がいたことによる、親子の中でのライバル関係は、なかなか悲惨なものがありますよね。

鈴木:いわゆる、アメリカーナのディープな感じだよね。ブライアンは、サーフィンとかホットロッドで入ってきて、先住民族とのことだったり、だんだん交響楽的なアメリカーナを目指していると思うんだよね。『ペット・サウンズ』はそういう匂いがすごくする。更には『スマイル』になると、現代音楽的な手法だよね。断片をエディットして。ポップ・ミュージックのポジションにいるんだけど、アメリカの現代音楽作曲家な気がする。その辺までをこの映画は捉えているんだけれども、やっぱり、一人突出していると、マイク・ラヴを除いて、「他のメンバー、どうしてたんだ?」ということになるんですよ。他のメンバーは、この映画の後、いろいろやりだすのですが、そこがまた良かったですよね。

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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より デヴィッド・マークス(ザ・ビーチ・ボーイズ) © 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

ブライアンとマイク、ふたりのジーニアス

萩原:ビーチ・ボーイズというバンドは様々な歴史をもっていて、スタジオ・レコーディング・バンドとしての形があったり、メンバーそれぞれ、ライヴ・パフォーマーとしての顔がある。

鈴木:分離しているんだよね。ビートルズは、スタジオで自分達でレコーディングする。ダビングするときには、また別のミュージシャン呼ぶんでしょうけども、録音のアイデアを4人で出していた。でもブライアン・ウィルソンはひとりでやって、スタジオ・ミュージシャンを集めている。ビーチ・ボーイズのメンバーには演奏させてない、この映画の後半ではね。誰かいればよかったと思うのだけど。

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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より © 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

萩原:ブライアンという人は、最初は流行りものだったサーフィンとかホットロッドの文化を取り入れていた。

鈴木:当時の新発明だよね。それに特化した音楽をするというのは。

萩原:いろんなアイデアを他の人からもらっていて、ブライアン自身が作っていたものはあんまり時代に特化したものではないですよね。だから、そこがもたらすレコード会社との軋轢が生まれた。

鈴木:そうですね。我々も「世の中のイメージと違うもの演ってるんじゃん」って言われた事ありますよ(笑)。

萩原:それはやっぱり、心配される訳じゃないですか。

鈴木:それに対して、メンバー内の意見が割れたり、非常に切り抜けにくい状況を作り出してしまったんだね。それで、メンバーの代わりにレッキング・クルー(プロのスタジオ・ミュージシャン集団)に演奏させた。そのまま入ってきてヴォーカルだけ入れること自体、他のメンバーにしたらどうだったんだろう?と思いますよ。

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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より キャロル・ケイ(レッキング・クルー)© 2012 Chrome Dreams Media, Ltd
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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より ハル・ブレイン(レッキング・クルー/ドラマー) © 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

萩原:カール・ウィルソンはお兄ちゃん(ブライアン)のこと大歓迎なので、全てすごいって言って。アル・ジャーディンが、若干「俺のアイデアも取り入れろよ」と思っていた様ですけども。デニス・ウィルソンは、女の子と遊べれば大丈夫みたいなね(笑)。微妙なのはマイクですよね。ただ、どうしてもブライアン・ウィルソン好きな人ってマイクが嫌いな人多いですけど。

僕ね、ブライアン・ウィルソンにインタビュー何度かしたことありますけど、一番印象に残っているのは、これまでコラボレーターとして曲を作っているけど、誰ともう一度曲作りたいですか?って聞くと、即答で「マイク」って答えるんですよね。だから、こっちが入りこめない愛憎って、ジョンとポールにもあるんでしょうし、あのふたりにもあるのかなとは思いますよね。

で、マイクもある種のジーニアスじゃないですか。「グッド・ヴァイブレーション」というナンバーが1966年に出ますけど、最初はいまひとつポップじゃないので、マイクが歌詞を修正して。「完璧なヴァイブレーション」というフレーズはマイクが入れるまでなかった。だから、マイクがいて初めてそういうポップな切り口が成立する、みたいなところがあった。マイク・ラヴはいかにも60年代のサニー・カリフォルニアの女の子大好きみたいな、外向きの何かを象徴するものじゃないですか。で、ブライアンは部屋の中で音楽に没頭しているのが好き。この2つが合体すると、すごいものになるんですよね。

鈴木:ステージでは、パフォーマーとしてはマイク・ラヴが中心ですよね。

萩原:だから、どんなものでもそうですけど、ビートルズでもジョンとポールがそうだし、2つの異質なものがひとつのユニットの中にいる時に、すごいものが生まれる。

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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より フレッド・ヴェイル(元マネージャー) © 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

鈴木:ライバルが至近距離にいるということが非常に大事なんですよ。

萩原:この映画はブライアン・ウィルソンに特化しているので、マイク・ラヴはどちらかというと足を引っ張る存在としてしか描かれていないですけれどね。

ブライアンはクラシカルな影響とノベルティ的な影響の両方があった

鈴木:この映画で私が注目したのは「アイ・ゲット・アラウンド」「ヘルプ・ミー・ロンダ」。この2曲がラジオから流れてきた時に、なんか変だなと。単にハーモニーを付けているだけではなくて、コード進行も含めて、段々暗い匂いもしてくるわけで。それでしびれたんですよ。中高生の時は暗かったんで(笑)。

萩原:マイク・ラヴ的な観点から聞けば、すごくポップで明るくてキャッチーで。

鈴木:あれだけ能天気な声出す人いませんから。低い声も出るし。

萩原::ブライアン・ウィルソン・バンドも、50周年に一緒にビーチ・ボーイズやったじゃないですか。マイクのやり方にはあんまり入り込めない人が多いんだけど、メンバーと話していて、マイクどうなのって聞くと「あいつ酷くてさ」って話をするんだけど、「でもあのベース・ヴォーカルはスゲエよ」って。

鈴木:また来日の時のテレビに戻りますけども、「モンスター・マッシュ」がほんとに怖い。ポップ・ミュージックじゃなくて、ノベルティ・ソングですよね。

萩原:どちらかというとコミック・ソングに近いですけども、ノベルティ・ソングはけっこうビーチ・ボーイズも取り上げています。当時の西海岸の若者たちも大好きで。そういうノベルティ・ソングの下地が『ペット・サウンズ』とか『スマイル』の楽曲にもある。スパイク・ジョーンズの流れですよ。

鈴木:たぶんブライアン・ウィルソンもノベルティ・ソング的なものもいっぱい聞いていたんでしょうね。

萩原:好きだったみたいですよ。彼もすごく冗談好きな人だし。これはいろんなとことで話していて、またそれか、って思われるかも知れないけど、あの特徴的なラッパの音色についてものすごく指示を出しているんですよ、ブライアンが。「パッパッじゃない、パフパフって鳴らせ」って。必死に何度もやり直しさせている。

鈴木:俺たちも同じ事させている(笑)。今気付いた。

萩原:そういう、入っていればいいだろって感じではない、常人には良く分からないこだわり。クラシカルな影響とノベルティ的な影響は同時にあったんじゃないかと思います。ただ、この映画では、外部から見たブライアンが語られているので、逆に面白いですよね。いろんな人がいろんな考え方でブライアン・ウィルソンについて、分析している。

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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』より © 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

かっこ悪いビーチ・ボーイズを好意的に観てください(笑)。

萩原:最後に、これからご覧になる方に言っておきたいんですけど、これは基本的にブライアン・ウィルソンを賛美している映画です。昔からすごかったってずっと語っています。でも、演奏するビーチ・ボーイズの風景が中途半端で格好悪かったりするわけですよ。どういうこと?って思うかもしれない。

鈴木:白いパンツが短かったんですよね。

萩原:みんな同じ長さのを履いているんですよ。しかもその後、ライバルとして出てくるビートルズが演奏する姿がめちゃくちゃ格好良い。だからそこは、脳内で変換しつつ、今でも高い評価を受けている、ということを頭の隅に入れておいてビーチ・ボーイズに好意的に観るようにしてください(笑)。

鈴木:そしてこの後もあったんだぞ、というのも思いつつ観てほしいです。

(4月11日、シネマート六本木にて)



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映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』
渋谷アップリンクにて5月10日(土)から5月23日(金)まで上映

ポピュラー音楽史上最も重要なバンド=ザ・ビーチ・ボーイズの中心人物であり、数々の名曲を生み出してきた不世出のソングライター=ブライアン・ウィルソン。その栄光と苦悩の軌跡を追った決定版ドキュメンタリー。天才ブライアンの波乱万丈な半生と卓越した作曲術を検証していく、英国発大河ドキュメンタリー・シリーズの第1作。デビューの1962年から1969年までの7年間に於ける歴史に残る代表曲と名作アルバムを時系列に紹介していく。

監督:トム・オーディル
製作:ロブ・ジョンストーン
出演:ブルース・ジョンストン、デイヴィッド・マークス(ビーチ・ボーイズ)、キャロル・ケイ、ハル・ブレイン(レッキング・クルー)、ドミニク・プライア(「スマイル」著者)、ピーター・エイムズ・カーリン(ブライアンの伝記著者)、フレッド・ヴェイル(ビーチ・ボーイズ元マネージャー)、ダニー・ハットン(スリー・ドッグ・ナイト)ほか
2010年/イギリス/カラー/ステレオ/ヴィスタサイズ/190分
配給:ジェットリンク
© 2012 Chrome Dreams Media, Ltd

公式サイト:http://brianwilson-movie.com
公式Facebook:https://www.facebook.com/brianwilsonmovie
公式Twitter:https://twitter.com/BrianWilson_mov

▼映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』予告編

▼映画『ブライアン・ウィルソン ソングライター ~ザ・ビーチ・ボーイズの光と影~』特別プロモ映像

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