映画『コーヒーをめぐる冒険』より © 2012 Schiwago Film GmbH, Chromosom Filmproduktion, HR, arte All rights reserved
ドイツの新鋭、ヤン・オーレ・ゲルスター監督が、ベルリンを舞台にひとりの若者の「ついていない」1日を描く映画『コーヒーをめぐる冒険』が3月1日(土)より公開される。大学を中退してモラトリアムな日々を過ごしていた主人公ニコが、行く先々でコーヒーを飲むチャンスを逃してしまいながら、様々な人々との出会いを続けていく、というオフビートなコメディだ。歴史と文化の根付く街・ベルリンをモノクロームのスタイリッシュな映像で捉え、2013年ドイツ・アカデミー賞では最優秀作品賞、監督賞、脚本賞のほか、主演男優賞助演男優賞、音楽賞の計6部門を受賞。ゴダールやトリュフォー、ジャームッシュら巨匠とも比較されるこの瑞々しいデビュー作について、ゲルスター監督が語った。
モノクロは観客に選択肢を与えられる
──まず、モラトリアムな日々を送っている主人公ニコのさえない1日を捉えたこの映画において、舞台となるベルリンの風景は、もうひとりの主人公とも言える大きな要素ですね。
私は13年前にベルリンに移り住みました。とても芸術的な街で、活気があり生き生きとしていて、そこが他のドイツの都市と違うところです。ベルリンには、歴史が息づいています。商業エリアを歩いているかと思うと、突然東ドイツの社会主義時代の建物が現れます。私が見せたかったのは、観光絵葉書のようなベルリンでも、今風のヒップスターのような一面でもありません。現代のベルリンを舞台としていますが、時代を映すポートレートではなく、時代の壁を越えた普遍的な姿を捉えたかったのです。
映画『コーヒーをめぐる冒険』のヤン・オーレ・ゲルスター監督
──それがモノクロームで撮った理由でしょうか?
物語に主人公の私的な要素を取り入れる場合、モノクロで撮ると一種の距離を持たせることができ、観客に選択肢を与えられると思うのです。客観的に見るか、または共感するか、見方の自由の幅が広がります。
──恋人の家から始まるドタバタを描いていますが、彼が過ごした時間というよりも、彼が出会う人々を中心に構成されていて、どちらかというと断片的ですね。
最初に脚本を書いていたときは構成を重視して考えていましたが、途中でそれが最も退屈な作業だと気づきました。それよりも私が興味を持っていることは、そこに流れる雰囲気であり感情なのです。また、ロードムービーの定義も取り入れました。最後にはたくさんの経験から自分の可能性に気づくという、素敵な隠喩がいつもあるからです。
──主人公の男・ニコの素姓については、2年前に大学を退学して、父からの送金で暮らしていることなど、僅かなことしか観客は知らされません。しかし、友人のマッツェやアパートの上階に住む住人や売れっ子俳優、退学したことを咎める父親など、彼が出会う人々が、ニコ自身のポートレートの断片のような気がします……。
ニコは彼が出会う人々によって、より浮き彫りにされていきます。彼らは、自分たちの不満や悩みを包み隠さずに出します。ニコは彼らとの出会いで、自分がどうすべきかが見えてくるのです。私の大好きな本の一つに、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」があります。小説の中では“インチキな”という言葉が繰り返し使われます。インチキなものは本物ではないし、自分自身に嘘をつく人々です。撮影中、トムを演出する時は繰り返し言っていました。ニコには“インチキな”人たちを見抜く能力があるのだということを。
映画『コーヒーをめぐる冒険』より © 2012 Schiwago Film GmbH, Chromosom Filmproduktion, HR, arte All rights reserved
──キャスティングについて教えてください。主演のニコ役にトム・シリングを起用したのは?
トム・シリングは、古い友人の一人です。でも脚本を執筆中には彼のことは頭にありませんでした。当初、ニコ役には30代前半のもう少し成熟した人を考えていたのです。しかし彼は脚本を読み、役をやりたいと言ってきたのです。そして同じ頃、彼は私生活で父親になり、幼さが抜けました。最終的に今回の配役は正解だと思いました。あとは知り合いの役者たちを使いましたが、ドイツの有名俳優たちも数名、1日撮影することを承諾してくれて、このようなキャスティングが実現しました。
生活の中に存在する歴史的な場所を描く
──今作の原題は『OH BOY』ですが、他にもタイトル候補を考えましたか?
脚本の執筆中、いつもビートルズを聴いていました。生活の中の詩的な瞬間のことを彼らは上手に歌詞に反映していて、大きなヒントやインスピレーションになりました。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」は “I read the news today oh boy...”という歌詞で始まります。“オー、ボーイ”この深く誠実なビートルズの溜息が、脚本段階での仮題となり最後まで残りました。実際に後で考えたドイツ語のタイトルよりも存在感を持ち、はっきりとした方向性を持っていました。
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──本作はヌーヴェル・ヴァーグへのオマージュともいえますね。モノクローム、街、そして冒頭のショートヘアの女性はゴダールの『勝手にしやがれ』のジーン・セバーグと同じようなセイラーTシャツを着ています。
私は全てのトリュフォー作品を入念に研究し、そのエッセンスを映画の中に落とし込みました。冒頭シーンの女性がジーン・セバーグに似ていたのは全くの偶然で、撮影中スタッフで盛り上がったくらいです。
──ベルリンの街並みに流れるジャズがぴったりだと感じました。音楽をジャズにしたことについて理由を教えてください。
編集段階で試行錯誤しました。まず様々なジャンルを合わせてみました。音楽は、映画の登場人物になります。ジャズは、感傷的な登場人物に釣り合う皮肉さが根底にあります。ジャズが街を表しているのです。そしてカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭への出品が決まる1ヵ月前、まだ確信の持てる音楽が決まっていなかったちょうどその時、4人のジャズを勉強している学生たち“ザ・メジャー・マイナーズ”に出会い、彼らに音楽を依頼することにしました。
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──ニコが映画の撮影現場を訪れるシーンでは、第二次世界大戦を扱ったドイツ映画を揶揄してもいますね?
ドイツにはこの戦争を扱った映画があまりにもたくさんあり、まさに芸術的な危機というべき問題に直面しています。私にとってそれ以上に興味があるのは、生活の中に存在する歴史的な場所を描くことです。若い世代は、この重すぎるテーマを背負って向き合わなければならないのと同時に、新しいドイツを具現化していかなければならないのです。第二次世界大戦というテーマを、映画の中で記憶に留めようとしていることはとても興味深いことだと思いますし、尊重しますが、同時に怖れもあります。
──ラストシーンで、ニコが出会うナチス政権下を生き抜いた老人が、水晶の夜事件(1938年11月9日、10日にドイツの各地で発生した反ユダヤ主義暴動)について語ることで、このテーマを直接的に取り入れています。
この事件を経験した人と人生で初めて出会い、まるで遠い過去が私に近づいてきたようでした。しかし多くのナチスを描いた映画と違って、この出来事について説明したり意見を言ったりはせず、事実のみをスケッチしたのです。ニコと老人は同じ世代ではなくても、同じ孤独の時間を分かち合います。そしてニコは自分の置かれている状況に向き合い、考えるのです。このシーンを取り入れることに、とてもこだわり議論しました。ユーモラスな雰囲気を重くしているというのが周囲のスタッフたちの意見でしたが、この映画は、まさに悲喜劇なのです。ユーモアがそれぞれの悲劇的な状況を軽く持ち上げているのです。
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──ニコが再会する元同級生・ユリカが参加している、という設定で、ベルリンの芸術・前衛演劇も登場しています。
どこかの劇団のもったいぶったステージを見せたいとは思いませんでした。ニコの親友はこの場に受容性があるとは思えず、見て笑ってしまいます。しかしニコは、舞台の上で踊っているユリカに何かが起こっていることを感じ取ります。この舞台を見たことが物事を見分け、より大きな視点で彼の周りに何が起こるのかを感じる大事な経験になるのです。
──ベルリンで一杯の安いコーヒーを見つけることは、本当に難しいのでしょうか?
そんなことはありません!ニコが何かを達成するための動機として、シンプルな目標が必要だったのです。これは彼が本当に望んでいることを表していると同時に、映画の中で彼が何であれ見出したものも象徴しています。私としては、1日の始まりは、まずコーヒーからですけどね!
(オフィシャル・インタビューより)
ヤン・オーレ・ゲルスター プロフィール
1978年、ドイツ・ハーゲン生まれ。Xフィルム・クリエイティブ・プール社でインターンとしてヴォルフガング・ベッカーのアシスタントにつき、『グッバイ、レーニン!』(03年)の準備から撮影、編集、ポストプロダクションまで広くかかわり経験を積む。2003年からはドイツ映画テレビ・アカデミー(DFFB)で演出および脚本執筆を学ぶ。在学中に『グッバイ、レーニン!』のメイキングドキュメンタリーなどいくつかのプロジェクトに参加、オムニバス映画「Deutschland 09 - 13 kurze Filme zur Lage der Nation」(09年)の一篇「Krankes Haus」でヴォルフガング・ベッカーと共同脚本も務める。自身でも短編映画を数本製作した後、2010年からDFFB卒業作品としてとりかかった本作によって、2012年ミュンヘン映画祭でデビュー作を対象とする「新しいドイツ映画 奨励賞」最優秀脚本賞を受賞。2013年バイエルン映画賞で脚本賞受賞、2013年ドイツ・アカデミー賞では最優秀作品賞、監督賞、脚本賞に輝く鮮烈なデビューを飾る。
映画『コーヒーをめぐる冒険』より © 2012 Schiwago Film GmbH, Chromosom Filmproduktion, HR, arte All rights reserved
映画『コーヒーをめぐる冒険』
2014年3月1日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
2年前に大学をやめてから、ベルリンでただ“考える”日々を送っているニコ。恋人の部屋でコーヒーを飲みそこねた朝、ツイてない1日が幕を開ける。車の免許は停止になり、銀行のキャッシュカードはATMに吸い込まれ、アパートの上階に住むオヤジに絡まれる。親友マッツェと街に繰り出せば、ダイエットに成功してまるで別人の元同級生ユリカ、クサい芝居の売れっ子俳優等々、ひとクセある人たちが次々に現れる。さらに退学が父親にバレ、ユリカに誘惑され、行く先々でコーヒーにふられ──と災難は続き、逃げ出した夜の街で、ナチス政権下を生き抜いた老人と出遭う。果たして、ツイてない1日の幕切れは──?
監督・脚本:ヤン・オーレ・ゲルスター
出演:トム・シリング、マルク・ホーゼマン、フリデリーケ・ケンプターほか
製作:マルコス・カンティス、アレクサンダー・ワドー
撮影:フィリップ・キルスアーマー
編集:アンニャ・ズィーメンス
美術:ユリアーネ・フリードリヒ
衣装:ユリアーネ・マイヤー、イルディコ・オコリクサンニ
音楽:ザ・メジャー・マイナーズ、シェリリン・マクニール
原題:OH BOY
2012年/ドイツ/85分/ドイツ語/モノクロ
日本語字幕:吉川美奈子
協力:Goethe-Insutitut Tokyo東京ドイツ文化センター
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル
宣伝協力:Lem
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公式サイト:http://www.cetera.co.jp/coffee/
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▼映画『コーヒーをめぐる冒険』予告編