骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2014-02-08 11:00


ホドロフスキーとは何者か?:哲学映画というには俗すぎる、娯楽映画と呼ぶには謎だらけ。

ドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』、23年ぶりの新作『リアリティのダンス』が連続公開
ホドロフスキーとは何者か?:哲学映画というには俗すぎる、娯楽映画と呼ぶには謎だらけ。

2014年6月14日(土)にドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』、2014年7月12日(土)に23年ぶりの新作『リアリティのダンス』が連続公開となる、アレハンドロ・ホドロフスキー監督。多くのクリエイターに衝撃と影響を与えた伝説の映画監督を解剖。現在、配布中のホドロフスキー新聞の中から、映画評論家・特殊翻訳家の柳下毅一郎さんによる解説をお届けします。

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なぜこんな不思議な映画を作ったのか

哲学映画というには俗すぎる、娯楽映画と呼ぶには謎だらけ。

 アレハンドロ・ホドロフスキーとは何者か?
『エル・トポ』がはじめて日本で紹介されたとき、それは「ジョン・レノンも認めたフリーク総出演のカルトムービー」だった。メキシコの無名監督が作った哲学的な内容の映画がニューヨークでカルト的なヒットを続けている。ジョン・レノンも惚れこんで、配給権を買ったという。中身は見られぬまま、"ホドロフスキー"というエキゾチックな名前だけが世に広まっていった。

 ついにその映画が日本で見られる日が来たとき、観客が目にしたのは形而上的西部劇とでも言うべき映画だった。黒づくめの殺し屋は名うてのガンマンを皆殺しにし、砂漠の最強者となるものの、すべてを失い聖者として再生する。哲学映画というには俗すぎるし、娯楽映画と呼ぶには謎だらけだ。一口では咀嚼できない謎に満ちた巨大作品。それが『エル・トポ』だった。だからこそ一部に熱狂的なファンを作りつつ、多くの困惑した反応を呼び起こしたのである。さらなる本格的魔術映画『ホーリー・マウンテン』が紹介されても、その評価は変わらなかった。ホドロフスキーとは何者であり、なぜこんな不思議な映画を作ったのか。  映画だけを見ていたならば、その答えは永遠にわからないかもしれない。そもそもホドロフスキーは映画マニアが高じて映画を作りはじめるタイプの映画監督ではない。むしろそれは映画の作り方など何も知らなかった野蛮人がはじめて手にしたカメラで撮ってみたような映画だと言える。映画こそが至高のメディアである、と語るホドロフスキーだが、映画は広汎な活動の一部でしかない。ホドロフスキーにはいくつもの顔がある。

エル・トポ
『エル・トポ』より

演出家ホドロフスキー

シュルレアリストたるホドロフスキーはハプニングによって現実を攪乱する。

 そもそも映画を撮りはじめる前、ホドロフスキーは舞台演出家として知られた名前だった。1960年にメキシコに渡ってのち、ホドロフスキーはシュルレアリスムの影響を受けた「前衛演劇」なる劇団を主宰し、ほぼ十年にわたってメキシコ演劇の最前衛として活躍してきた。ベケットやイヨネスコ、ジャリなどの戯曲のほか、ウィルヘルム・ライヒを原作にした自作の芝居も演出したという。

 62年にはスペインの映画監督フェルナンド・アラバル、フランス人作家ローラン・トポールとともに、「パニック・ムーブメント」なるパフォーマンス・グループを結成する。ブルトンとの出会いから元祖シュルレアリストたちが老いて保守化していると考え、シュルレアリスム本来の攻撃性を取り戻そうとしたのだ。1965年のパリ自由表現祭では、ホドロフスキーは蛇を胸に貼りつけ、ガチョウの首を切って、裸になって鞭打たれるパフォーマンスを演じた。メキシコでテレビ出演したときには大ハンマーでグランドピアノをぶちこわすパフォーマンスによって抗議電話の嵐を巻き起こした。シュルレアリストたるホドロフスキーはハプニングによって現実を攪乱しようとする。  ホドロフスキーにとって、演劇とは決して舞台の上にとどまるものではなかった。街頭パフォーマンスと演劇のあいだに違いはなかったのだ。ホドロフスキーの映画もまた現実を攪乱する。だが、そのことはどこまで理解されていただろうか。

 『エル・トポ』と『ホーリー・マウンテン』という二本の傑作により、カルト映画監督としての地位をゆるぎないものにしたホドロフスキーは、その次の作品としてフランク・ハーバートの『デューン/砂の惑星』の映画化にとりかかる。この奇跡の映画がいかなるものとなるはずだったか、そしてそれがいかに頓挫することになったかはフランク・パヴィッチ監督のドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』に詳しい。どう考えても無謀なオールスター超大作は誰もが予想したように空中分解することになった。それ見たことか、という人も多かったろう。だが、そうした反応は根本的に誤っていると言わねばならない。ホドロフスキーにとって、映画はただの映画ではない。それはつねに人生を変える経験でなければならないのだ(ちょうど『エル・トポ』がカルト映画として多くの人生の道筋を変えたように)。だから普通のSF映画、ホリデーシーズンの大作エンターテイメントなど、ホドロフスキーには最初から作るつもりはなかったし、実際作れはしなかったろう。『デューン』は「見た人の意識を変える映画にするつもりだった」とホドロフスキーは言う。それは決して比喩的な意味ではない。文字通りの見るドラッグをホドロフスキーは作るつもりだったのだ。それが可能だったかどうかは問題ではない。

ホーリーマウンテン
『ホーリー・マウンテン』より

漫画家ホドロフスキー

詩よりも鮮烈なイメージを。メビウスとの共作『アンカル』で本格的にコミック作家へ。

 畢生の大作『デューン』が頓挫したのち、ホドロフスキーは『デューン』製作時のパートナーだったフランスのBD作家メビウスとともにコミックを描きはじめる。実際には、ホドロフスキーはメキシコ時代からコミックを手がけていたはいたが、本格的なコミック作家となるのはメビウスとの共作『アンカル』からである。『アンカル』、そして同一宇宙を舞台にしたシリーズ『メタ・バロンの一族』は、未完成に終わった『デューン』の脚色からアイデアを借りて描かれている。『デューン』では実現できなかったことを、コミックのかたちで世に送り出したのが『アンカル』なのだと言える。

 コミックなら映画の莫大な予算がなくとも壮大な宇宙を描くことができる。とはいえ、それは単なる映画の代替物ではない。ホドロフスキーはもともと詩人として創作活動をスタートしたのだが、そのシュルレアリストとしての夢想がもっとも鮮烈に発揮されたのはコミックにおいてかもしれない。メビウスとの共作『天使の爪』はときに危険な領域にまで性的夢想をさまよわす。たぶん実写では決して実現できない(生々しすぎて、まったくの別物になってしまう)し、詩よりもはるかに鮮烈なイメージを伝えてくれる。メビウス以外の画家との共作でも、ホドロフスキーのイメージ喚起力はいささかも衰えない。ホドロフスキーのコミックは次々に現実を貫くイメージをくりだす。決して映画の代替物でもないし、読み捨ての娯楽にもなりえないのである。

『アンカル』表紙

魔術師ホドロフスキー

無から有を生みだし、見る者を眩惑し、奇跡を引き起こす。

 ホドロフスキーとは何者なのか?
 イメージによって現実に変化を引き起こす、それは魔術と呼ばれる行為である。ホドロフスキーは詩人、演出家、パフォーマー、映画監督、コミック作家として創作を発表するかたわら、タロットや禅、また瞑想などにとりくんできた。タロット・リーディングのかたわら、ホドロフスキーは心理療法を考案する。ホドロフスキーが呼ぶところのサイコマジックは、ロールプレイングと精神分析を合わせたような自己改革療法である。たとえば足の指のあいだにイボができた友人に対しては、母親をチリに残してきたことへの罪悪感が根底にあると考え、母親の写真を十枚コピーして、毎朝緑色の粘土で足の裏に写真を貼り付けるように命じる。あるいは、進路への迷いを感じている若者には、取れなかった学位証書の模造品を本物より大きなサイズで作り、額装した下にボクシングの優勝カップを置いてから仕事にとりかかれ、とアドバイスする。冗談のような儀式行為によって無意識を欺き、希望を実現するのがサイコマジックなのだ。ホドロフスキーの魔術はもちろん自分自身にも適用される。メキシコからパリへと旅立つにあたって、ホドロフスキーは「勝利」の名を持つ四頭立ての馬車を借りあげ、その後を走った。つまり「勝利」を追い求め、最後にはそれに追いついてつかみとった。ホドロフスキーは儀式によって現実を自分の願うようにねじ曲げてみせたのだ。ホドロフスキーは魔術師である。無から有を生みだし、見る者を眩惑し、奇跡を引き起こす。それがホドロフスキーの芸術なのだ。

リアリティのダンス
23年ぶりの新作『リアリティのダンス』より

柳下毅一郎(映画評論家・特殊翻訳家)



ホドロフスキー新聞
THIS IS ALEXANDRO JODOROWSKY

多くのクリエイターに衝撃と影響を与えた映画監督、アレハンドロ・ホドロフスキーの魅力に迫るフリーペーパー、通称"ホドロフスキー新聞"は、全3号発行予定。PDFでもダウンロードすることができます。
http://www.uplink.co.jp/jodorowsky/

VOL.1 ホドロフスキーとは何者か?



『ホドロフスキーのDUNE』
2014年6月14日(土)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリンクほか、全国順次公開

監督:フランク・パヴィッチ
出演:アレハンドロ・ホドロフスキー、ミシェル・セイドゥ、H.R.ギーガー、クリス・フォス、ニコラス・ウィンディング・レフン
(2013年/アメリカ/90分/英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語/カラー/16:9/DCP)
配給:アップリンク/パルコ
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/dune/




『リアリティのダンス』
2014年7月12日(土)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリンクほか、全国順次公開

監督・脚本:アレハンドロ・ホドロフスキー
出演:ブロンティス・ホドロフスキー(『エル・トポ』)、パメラ・フローレス、クリストバル・ホドロフスキー、アダン・ホドロフスキー
音楽:アダン・ホドロフスキー
原作:アレハンドロ・ホドロフスキー『リアリティのダンス』(文遊社)
原題:La Danza de la Realidad(The Dance Of Reality)
(2013年/チリ・フランス/130分/スペイン語/カラー/1:1.85/DCP)
配給:アップリンク/パルコ 公式サイト:http://www.uplink.co.jp/dance/

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