映画『旅人は夢を奏でる』より ©Road North
フィンランドのミカ・カウリスマキ監督の映画『旅人は夢を奏でる』が1月11日(土)より公開される。一流のコンサート・ピアニストとして成功を収めたものの、ストイックなあまり娘との別居を余儀なくされてしまった男・ティモと、その彼の前に35年ぶりに突然現れた奔放な父・レオ。ふたりの旅の行方を、独特のリズム感とユーモアそしてペーソスをもって描くミカ・カウリスマキ監督に、制作の経緯について聞いた。
本当の息子と父のような主演のふたり
── 最初に、完成に至るいきさつを教えてください。なぜ主役の父親役にヴェサ・マッティ・ロイリを起用したのでしょうか?
レオ役のヴェサ・マッティ・ロイリはフィンランドではとても有名なアーティストで、俳優であり、ミュージシャンで詩人なんです。彼は、酒やドラッグ、離婚など波乱万丈な人生をおくり、糖尿病を患っていました。あるときスクリーンで映っている自分を観て、もう2度と映画に出ないと言っていたのですが、テレビで彼のドキュメントを製作した時、彼から「今度映画を撮るなら僕を使ってください」と申し出がありました。私には80年代にローマに住んでいたときから父と息子の物語の構想があり、ローマからシシリアに向かうので『南へ続く道(Road South)』というタイトルだったのですが、実現しませんでした。そこで、この物語を、彼を主役にして、レオと彼自身の人生が重なるような、人生を映し出すドラマが撮れると思いました。今回はその逆をとって『北へ続く道(原題のTie pohjoiseen)』というタイトルにしました。
映画『旅人は夢を奏でる』のミカ・カウリスマキ監督
── ロイリの健康に問題はなかったのですか?
撮影初日には車椅子で現れましたが、撮影が進むに連れてどんどん元気になり、最後には走ることもできました。彼自身もその回復ぶりがうれしかったのか、撮影終了後には「今度はいつ映画を撮るんだい?」と聞いてきたほどでした。
── それでは、ピアニストの息子役にサムリ・エデルマンについては?
彼も『ミッション・インポッシブル/ゴーストプロトコル』(2011年)に出たことで世界的な人気を得た俳優であり、歌手であり、ロイリの大ファンなんです。「もし彼と映画を作るのであればぜひ僕も出して下さい」と声をかけてきてくれました。私もロイリと映画を作ったことはなかったので、やりましょう!ということになりました。2人と会って、2人のやりとりをみているうちに、なんだか本当の息子と父を見ているように感じられて、そこから今回のテーマに繋がっていきました。
映画『旅人は夢を奏でる』より ©Road North
救いをもってきてくれた父親
── 主人公ふたりの旅の、一番の原動力になったものはなんだと思いますか?
息子は、記憶になかった父に会えたことで、自分の父親がどういう人か知りたかった、ということが最大の目的だったと思います。その旅の途中で、最後にでてくる彼の出生に 関する真実があるように、旅をしていく途中で目的がどんどん新しく追加されていきます。自分の人生がうまくいかなかったことの一番の要因、コンプレックスを父親の不在としていた彼が、旅を通していくなかで、それを克服し、自分自身を知っていくことに繋がったのです。
こうしたロードムービーにはよくあることかと思いますが、「何のために旅にでるか」ということよりも「旅にでること」そのもののほうが重要だと思います。旅にでることにより、いろいろなことが理解できるようになり、旅の理由も見つかってくるのではないかと思います。
映画『旅人は夢を奏でる』より ©Road North
── ふたりは旅の途中で祖母や、姉、妻、娘と出会います。父と息子というテーマであると同時に、女性たちともう一度繋がりをもつストーリーなのではないでしょうか。
われわれ男性にとって、女性の存在は本当に大事だと思います。この作品はフィクションであって、実在する人物が登場するわけではありません。話も事実に基づくものではありませんが、実際に私をはじめ、男優や男性の制作者も離婚を経験していたり、自分が父に対しては息子であり、父であり夫である、というような様々な立場を人生のなかで抱えています。制作を進めていく途中で、彼らと様々な話をして、それぞれの人たちに共通することをテーマに少しずつ加えていきました。
映画の中で父親が息子に対して「君は私の唯一の息子だよ」と言うセリフがありますが、ストーリーが進んでいくなかで、実はお姉さんがいたり、母親がいたりということが判明する。ある意味、そこで新しい家族が少しずつ出現することにより、父親の不在が原因で今までの人生がうまくいかなかったという重荷を背負って生きているティモにとっては、救いをもってきてくれた父親、と言えるのではないでしょうか。
とても模範的な父親とはいえない、自分自身も複雑な環境にいる父親がある意味、少しずつ息子に許しを乞う、それと同時に息子が抱えていた質問にも答えていく、そして最終的には息子には新しい家族を提供していく……そうした内容を、ユーモアを交えて軽いタッチにしたほうが、観客に受け入れて頂けると思って制作しました。私たちの人生そのものも、幸せから急にどん底に突き落とされたりするものですが、それも一つの線でつながっていく……それが今作のテーマになっています。
映画『旅人は夢を奏でる』より ©Road North
── あなたの作品にはいつも音楽が重要な役割を果たしていますね。今作の音楽については?
サムリが普段やっている音楽はロック&ポップス。ロイリの音楽はトラッドやジャズ。年齢の差、ジャンルの違いもいいコントラストだと思いました。彼は撮影にあたり、2ヵ月でピアノをマスターしましたよ。
そのほか、レオがステージに上がって歌う場面で演奏しているグループ、カイホン・カラヴァーニが中心になって音楽を構成しました。セルジュ・ゲンスブールの「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」も使っています。
── 次回作について教えて下さい。
スウェーデン出身の女優、グレタ・ガルボを、ハリウッド映画とは違うアプローチから描くつもりです(2014年の冬に公開予定)。主演はスウェーデン人女優のマリン・ブスカ。ミカエル・ニークヴィスト(『ミレニアム』)も出演することになっています。
── 新作だけでなく、弟のアキさんと毎年開催しているミッドナイトサン映画祭も毎回盛況だそうですね。
2013年は、5日間で80作程の新旧作を上映し、25,000枚のチケットが売れました。やめるわけにはいかない映画祭なんですよ(笑)。
(オフィシャル・インタビューより)
ミカ・カウリスマキ プロフィール
1955年9月21日生まれ。1977年からミュンヘンテレビ映画大学で映画を学び、1980年、卒業製作として『Valehtelija(原題)(英題:The Liar)』を発表。同じく映画監督のアキ・カウリスマキが主役を演じ、脚本を共同執筆した。この作品の成功の後、弟と友達と共に製作会社ヴィレアルファ・フィルムプロダクションズを設立。インディペンデント系低コスト映画の製作拠点となる。この時代の作品には、『Arvottomat (原題)(英題:The Worthless)』(1982年)や『Rosso(原題)』(1985年)、『ヘルシンキ・ナポリ/オールナイトロング』(1987年)、『アマゾン』(1990年)などがある。ミカが製作担当した『罪と罰』(1984年)で監督としてのキャリアを開始。1987年にマリアナ・フィルムズを設立、『ゾンビ・アンド・ザ・ゴースト・トレイン』(1991年)でフィンランド映画賞を受賞。1994年の『ティグレロ - A Film That Was Never Made 』でベルリン国際映画祭国際批評家賞に輝いた。1990年代は拠点と第2の故郷をリオデジャネイロに据え、『コンディション・レッド/禁断のプリズン』(1996年)『GO!GO!L.A.』(1998年)を監督。21世紀に入ってからも『モロ・ノ・ブラジル』(2002年)『Honey Baby(原題)』(2003年)を監督。そのほか『Brasileirinho(原題)』『Sonic Mirror (原題)』『Kolme viisasta miesta(原題)(英題:Three Wise Men)』『Haarautuvan rakkauden talo(原題)(英題:The House of Branching Love』)『Vesku(原題)(英題:Vesku from Finland)』など精力的に制作を続けている。
映画『旅人は夢を奏でる』
2014年1月11日(土)、シアター・イメージフォーラム他にて全国順次公開
ピアニストとして成功を収めたが、私生活には失敗してしまった男、ティモ。音楽に全てを捧げる彼のストイックすぎる生活についていけなくなった妻が、幼い娘を連れて家を出て行ってしまったのだ。そんなティモの前に、3歳の時に別れたきり、35年間も音信不通だった父、レオが突然現れる。レオの口車に乗せられて、無理やり始まった親子の二人旅は、ティモにとって、自分のルーツを探る旅となる。最初は反発しか覚えなかった父に、次第に共感を抱き、いつしか自分のなかにも父と同じ人生への愛を見出し始めるティモ。しかし、旅の終わりにレオは、さらに驚く“真実”を用意していた──。
監督・脚本・製作:ミカ・カウリスマキ
出演:ヴェサ・マッティ・ロイリ、サムリ・エデルマン、ピーター・フランゼン、マリ・ペランコスキ、レア・マウラネン、イーリナ・ビョルクルンド
配給:アルシネテラン
2012年/フィンランド/フィンランド語/113分
原題:Tie pohjoiseen
©Road North
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