映画『オンリー・ゴッド』のニコラス・ウィンディング・レフン監督
『ドライヴ』のニコラス・ウィンディング・レフン監督がふたたびライアン・ゴズリングを主演に迎え、タイのボクシング・クラブを舞台に裏社会に暗躍する人々と暴力を描いた映画『オンリー・ゴッド』が1月25日(土)よりロードショーとなる。公開にあたりレフン監督が来日、今後のコラボレーションが噂されているアレハンドロ・ホドロフスキー監督との関係、ジャンル映画や宮﨑駿監督への心酔についてインタビューに答えた。なお本作の原題は『Only God Forgives』で"神よ許したもう"という意味である。
『オンリー・ゴッド』は観ている人の意識の中に浸透する
──今回の新作『オンリー・ゴッド』と前作『ドライヴ』との違いについて、監督は先日の一般試写会の時に、「『ドライヴ』が質のいいコカインだとしたら、『オンリー・ゴッド』はアシッド(LSD)映画」と例えていましたが、ハード・ドラッグの例えは日本人にはわかりにくいので説明願えますか?
あの発言のせいで、帰りの入管で捕まったりしませんか?(笑)
──出国するので大丈夫です。それに、ポール・マッカートニーは大麻所持で空港で逮捕されたことがありましたが、先日も来日していますから(笑)。[※1980年、ウィングスとしての来日公演の際に成田空港で現行犯逮捕、9日間の拘留の後に国外退去処分となった。その後、1990年に再来日し初ソロ公演を行なった。なお、コカインなどのハードドラッグと大麻は別物と区別する動きが欧米では広がっており、現在アメリカではワシントン、コロラドの2州で大麻は合法化されている]
でも、再来日するまで、だいぶ時間がかかりましたよね(笑)。
──(笑)では、あなた個人の経験ではなく、一般論として解説をしてください。
『ドライヴ』がコカインのようだというのは、アドレナリンが出てハイになった状態についての映画だからです。バイオレンスをセクシャルに、ドライバーと女性の関係をロマンティックに描いています。観ていると映画の中に入りたくなるでしょう。『オンリー・ゴッド』をアシッドに例えたのは、観ている人の意識の中にこの映画が浸透すると、現実が変容するからです。現実の別の解釈が生まれる。色彩とも深く関係していると思います。それと、何事にも目に見えないサブリミナルな意味がある、ということについての映画だからです。心拍数が下がって、感覚が研ぎ澄まされる、深い瞑想状態と近いですね。毎日慌ただしく過ごすことに慣れているわれわれにとっては、そういう心理状態になるのは難しいですが。
──『オンリー・ゴッド』は、儀式のような映画だと感じました。生贄のヤギならぬ映画を供物として捧げているような。誰に捧げているのだろうと思っていたら、エンド・クレジットで「アレハンドロ・ホドロフスキーに捧ぐ」と出てきましたね。
彼へのオマージュであることは間違いありません。ホドロフスキーは長年の友人ですが、彼の発想には昔から魅了されてきました。僕が育った時代は、VHSが映画を観る手段でした。まだDVDがなかった80年代後半から90年代初頭にかけて、入手困難だったホドロフスキーの映画について、いろんな都市伝説がありました。アメリカに行けば買えるけど、コピーのコピーのそのまたコピーだとか。僕自身、彼の復帰作だった『サンタ・サングレ/聖なる血』はイギリスで出たVHSを買って1990年頃に観ていましたが、『エル・トポ』と『ホーリー・マウンテン』はずっと観ることができずにいました。日本から発売されたレーザーディスクを買って、ようやく初めてその2作を観ました。インターネットがない時代だったから、そのレーザーディスクの情報にたどり着くのにも時間がかかったんです。その時に、自分もいつかこんな映画を作りたいと思いました。自分がこれらの映画から受けたような影響を与える映画を作りたいと。後年、ホドロフスキーと知り合いになったわけですが、『オンリー・ゴッド』は彼の人格から非常に影響を受けていると感じたので、それを示したかったのと、彼との友情に対して感謝を伝えたかったのです。彼は今や、かなり高齢でもありますし。だからある意味、この映画は私から彼への贈り物です。
映画『オンリー・ゴッド』より © Copyright 2012 : Space Rocket Nation, Gaumont & Wild Bunch
ジャンル映画は60年代の前衛映画のような位置づけになってきている
──いつも新しい企画を始めるときに、ホドロフスキーにタロットで占ってもらうというのは本当ですか?
はい、そうです。3週間後にも彼とローマで会う予定です。
──占いの結果、「ノー」と言われたらどうするんですか?
彼は「イエス」「ノー」とは言いません。タロットは答えではなく、カードを読む人の解釈を、どう自分の人生に役立てるかなんです。たとえば『ドライヴ』に着手する前、パリで彼と夕食を共にしたとき、「この映画は成功するか?」と彼に尋ねました。すると彼は「イエス」「ノー」とは言わず、「この映画と旅をするだろう」と言いました。『オンリー・ゴッド』を撮るべきか尋ねたときは、「撮らなければならない」と言いました。そして撮影後、成功するかどうか聞いたら「この映画について考えるのをやめたら成功する。なぜならこれは盲目の中で作った映画だから、なるようにしかならない」と。それはまったくそのとおりなのです。そして、TVドラマ版『バーバレラ』[※監督兼製作総指揮をレフン、脚本を『007 スカイフォール』のN.パーヴィスとR.ウェイドが担当し、2014年内にも放送開始予定]をやるべきか聞いたときは、彼はとても怒りました。
──(笑)それでもやることにしたんですか?
『バーバレラ』には僕の映画の出資会社も参加しているので、そのあたりの配慮も必要なんです。あと、GucciのCMをやったことについても怒られました。「なぜコマーシャルをやるんだ」「金に囚われすぎている」と。それはそのとおりです。「『バーバレラ』も君にとってはお金だけだ」と言われました。そのとおりです。その流れで[ホドロフスキー原作、メビウス画の]『アンカル』の映画化を一緒にやろうという話になりました。『アンカル』か、もしくは他の題材をやるか、今度ローマで会う時に話し合う予定です。
映画『オンリー・ゴッド』より (C)Copyright 2012 : Space Rocket Nation, Gaumont & Wild Bunch
──映画製作についてお聞きします。国際的に成功するには、英語で作ることがインディペンデントの監督にとって必須だと思いますか?
ええ、絶対的にそうだと思います。配給の可能性が広がりますから。もし僕がデンマーク語の映画だけ作っていたら、ごく限られた配給にならざるをえなかったでしょう。英語ならキャストも有名俳優を使うこともできるし。
──レフン監督の作品にしても、日本は『ドライヴ』であなたを発見し、それ以前の『プッシャー』などデンマーク語の作品は『ドライヴ』の後でDVDリリースされるという順番になりますからね。
僕が映画を撮り始めた頃は、インディペンデント映画界で成功するのはドラマ作品だけでした。ジャンル映画には芸術的な価値が認められていない、単なるB級映画扱いされていた時代です。“サンダンス映画の時代”と僕は呼んでいますが。僕の1本目の『プッシャー』はB級だからという理由で、どの映画祭から受け入れてもらえませんでした。でも最近、ジャンル映画は60年代の前衛映画のような位置づけになってきているように思います。例えばゴダールの『勝手にしやがれ』が典型ですが、人々の映画に対する見方があの映画によって変わりましたよね。あれは本質的にはジャンル映画です。そして今日、テレビがドラマを飲み込んでいる。だからジャンル映画が、金を生む最後のインディペンデント市場になっているんです。というか、テレビでさえジャンルものを追いかけているのが現状です。『ウォーキング・デッド』や『ソプラノズ』、『アメリカン・ホラー・ストーリー』然り。今やジャンル映画に、高い芸術的なクオリティーが求められるようになった。僕はそうなるだろうと予想していたけれど、その変化の多くはアジアから流入したものです。日本映画や韓国映画、香港映画などによってもたらされた変化で、欧米の映画はそういう上質のアジア映画を模倣しているのです。
──『バーバレラ』は何語ですか?
英語です。
──製作会社はフランスですね?
そうです。アメリカ、イギリス、オーストラリアに売るために英語で作ります。特にアメリカは、英語以外のものは触れようともしませんから。
──日本で撮る予定だという新しい映画(『The Avenging Silence』)は何語になるのでしょうか?
『オンリー・ゴッド』(英語、タイ語)と同じように、日本語と英語のミックスになります。ただ、『オンリー・ゴッド』も『The Avenging Silence』も言語はアクションです。アクションは世界共通言語ですから。
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映画作りを学びたければ脚本を書けるようになれ
──『オンリー・ゴッド』では、元警官の男チャンがもつ刀が突然背中から出てくるので途中から「これはファンタジーとして観るべきなんだ」と頭を切り替えました。
欧米ではああした要素をいちいち説明しなければなりませんが、アジアでは物語にスピリチュアルなものとそうでないものとが共存しているのは、当たり前のこととして受け入れてもらえます。欧米のメディアは、ロジックを通してしか観ようとしませんから。
──ハリウッド映画の肉弾戦と比べて、『オンリー・ゴッド』のためがあるアクションの方が日本人にとって共感できます。
そう言ってもらえて誇りに思います。
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──長くインディペンデントでやってきたあなたの経験から、日本の若いインディーズの映画監督にアドバイスをするとしたら?
僕は常にビジネスの実際的な視点から考えます。お金がない程、製作資金が少ない程、自分でクリエイティブなコントロールができますよね。基本的に監督1人の考えで進めるのが、映画作りはベストだと僕は思っています。映画は監督のものですから。若い映画監督たちと会ってこういう話をするたびに「自分も年だな」と思うのですが、彼らにいつも言うのは、映画作りを学びたければ脚本を書けるようになれ、ということです。すべて自分でやるという意味ではなく、自分の好きなものを見つけろという意味です。僕は自分がいい脚本家とは思っていないし、脚本を書くのが好きなわけでもありません。ただ、自分が撮りたい映画のためには、他の人には任せられない、自分で書かなければならないときがあるんです。そして、それに注いだ時間とエネルギーに見合った映画を撮ることが大事です。でも、映画業界で生き残っていくためには、配給についても知らなければならない。マーケットがどう機能しているかも知る必要がある。「レッドカーペット・シンドローム」という言葉があります。あっというまに映画祭やマスコミの喧噪に取り込まれて、“賞”という小さな世界に飲み込まれてしまうこと指します。でも、その裏には経済面でのシビアな現実があるのです。そして実際に自分の映画が人々にどれだけ観てもらえているかも、そこで知るわけです。マーケットが価値を置く“良い”映画を作るのであれば、いつでも映画を作れるようになる。だけど、“良い”映画とは何でしょう? それが大きな問いですよね。
──ご自身もレッドカーペット・シンドロームを経験したのですね。
僕自身、若い時に経験しました。最初の映画が簡単に作れたので、この調子でずっと行けると思ってしまった。だけど、その後つまずいて、今振り返ってみれば幸運ですが、選択は慎重にしなければならないとか、いろんなことを学べたんです。おかげで映画監督として成長できて、本当の成功と失敗の意味がわかりました。芸術は、失敗と成功の両方を経験しない限り、理解したとは言えません。恋愛も一緒ですよね。傷ついたことがなければ、愛とは何なのかわからないでしょう。ただ、今の世の中、特に映画業界は、趣味が良くてなるべく利益が大きいものを常に目指そうとします。それはクリエイティビティにとって大きな敵です。
アートは暴力行為だ
──レフン監督のウィキペディアに、教室の壁に机を投げつけてアメリカの学校を放校処分になった、とあります。それを読むと、つい、あなたの映画の暴力性と結びつけて考えてしまうのですが、あの記述は正しいのですか?
僕は常々、アートは暴力行為だと思っています。ただ、机を壁にぶつけたのは、そのとき授業で演技をしていたからです。演劇学校では、そういう自分の直感に従った芝居を教えられるんです。もちろん、学校のような機関は、生徒をコントロールします。僕はコントロールされたくない。誰かにレッテルを貼られたりするときには、いつでもそれを破り捨てて、違うことをやってやります。だから例えば、なぜ『ドライヴ』続編を作らないのかよく聞かれますが、そう聞かれるから作らないのです。
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──ジブリ美術館に行かれるご予定だそうですね。『オンリー・ゴッド』とジブリ映画のイメージがまったく結びつきませんが、トトロを切り刻むようなアイデアがあるのですか?(笑)
宮崎駿監督の大大大ファンで、うちの子供2人は年が離れているんですが、それぞれが成長していく過程で一緒に宮崎監督の映画を観てきました。サントラCDも何枚も持っていて、家族でよく聴きます。コペンハーゲンの映画館で、日本語のオリジナル・バージョンとデンマーク語の吹き替え版の両方とも観るくらいです。ジブリ美術館では宮崎映画のポスターを、子供たちへのお土産に買って帰りたいと思っています。いつか宮崎監督の映画を作りたいです。
──それは血塗られた宮崎の映画ではなくて?(笑)
いや、自分の子供たちが観られる映画を作りたいんです。宮崎監督の映画なら観てくれるでしょうから。宮崎監督による原作の映画なのか、あるいは宮崎監督と一緒に作るのか、どんなかたちになるのかはわかりませんが。
──その映画は最後に「子供たちに捧ぐ」とクレジットされるわけですね。
はい(笑)。その通りです。
(2013年11月20日、恵比寿にて インタビュー:浅井隆 構成:駒井憲嗣)
ニコラス・ウィンディング・レフン プロフィール
1970年デンマーク、コペンハーゲン生まれ。8歳から17歳までニューヨークに在住、93年に再びアメリカに渡り、アメリカン・アカデミー・オブ・ドラマティック・アーツで学ぶ。弱冠24歳で、とてつもなく暴力的で容赦のない『プッシャー』(96)の監督・脚本を手掛ける。本作はカルト現象を巻き起こし、国際的な評価を得る。続く「Bleeder」(99/未)もベネチア国際映画祭でプレミア上映され、高く評価された。03年初の英語作品「Fear X」はサンダンス映画祭でプレミア上映された。その後、デンマークに戻り『プッシャー2』(04/未)、『プッシャー3』 (05/未)の脚本・監督・製作を手掛け、『プッシャー』トリロジーは05年度トロント国際映画祭でプレミア上映された。11年『ドライヴ』で2011年カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したほか、世界各国で賞を受章し絶賛された。現在は「I Walk With The Dead」(未)に取り掛かっており、テレビでは「バーバレラ」の準備中。今年開催されたTIFFCOMでは、日本を舞台にしたプロジェクト「The Avenging Silence」が発表された。主な監督作品:『ブロンソン』(09/未)、『ヴァルハラ・ライジング』(09)
映画『オンリー・ゴッド』より © Copyright 2012 : Space Rocket Nation, Gaumont & Wild Bunch
映画『オンリー・ゴッド』
2014年1月25日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー
アメリカを追われたジュリアンは、今はタイのバンコクでボクシング・クラブを経営しているが、実は裏で麻薬の密売に関わっていた。そんなある日、兄のビリーが、若き売春婦を殺した罪で惨殺される。巨大な犯罪組織を取り仕切る母のクリスタルは、溺愛する息子ビリーの死を聞きアメリカから駆け付けると、怒りのあまりジュリアンに復讐を命じるのだった。復讐を果たそうとするジュリアンたちの前に、元警官で今は裏社会を取り仕切っている謎の男チャンが立ちはだかる。そして、壮絶な日々が幕を開ける―
監督・脚本:ニコラス・ウィンディング・レフン
出演:ライアン・ゴズリング、クリスティン・スコット・トーマス、ヴィタヤ・パンスリンガム
撮影:ラリー・スミス
美術:ベス・マイクル
編集:マシュー・ニューマン
提供・配給:クロックワークス、コムストック・グループ
原題:Only God Forgives
2013年/デンマーク・フランス/ビスタ/カラー/ドルビーデジタル/90分
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