映画『フォスター卿の建築術』より。(C) Valentin Alvarez.
「宇宙船型」アップル本社新社屋(Apple Campus2 Project)でも話題のノーマン・フォスターのドキュメンタリー映画『フォスター卿の建築術』が1月3日(金)から公開になる。鉄とガラスを多用し構造体を外部に露出させたハイテク建築で独自のスタイルを確立し、40年間にわたって最前線を走リ続けるフォスター卿の建築を、建築史・建築批評家である五十嵐太郎氏が解説する。
空を飛ぶ建築家、ノーマン・フォスター
──五十嵐太郎(建築史・建築批評家)
スティーブ・ジョブズからアップル社の新社屋を依頼された建築家が、ノーマン・フォスターである。このオフィスでは1万3千人が働くことになるが、巨大なリング型というユニークな造形だけではなく、緑豊かな植栽、太陽光発電、電気自動車のチャージング・ステーションなど、地球の環境を意識したデザインをもつ。地上に舞い降りた宇宙船のような建築から、東京オリンピックの新国立競技場の是非をめぐって話題になったザハ・ハディドを想起するかもしれない。実際、彼らはまさにグローバリズムの時代の建築家として活躍している。歴史を振り返ると、かつてのスター建築家は、それぞれの時代において彼らが拠点をおく都市の景観を形成してきた。ロンドンの場合、17世紀はクリストファー・レン、18世紀はジョン・ナッシュ、19世紀はジョン・ソーンが、都市のあちこちで設計し、今も数多く残っている。だが、フォスターは、東京、北京、香港、ニューヨーク、フランクフルト、ベルリン、ニーム、アブダビなど、世界各地でプロジェクトを手がけるようになった。21世紀のグローバリズムは、ランドマークとなるアイコン建築を求めている。
フォスターのプロジェクトは、世界各地で忘れがたい風景をつくりだしている。ベルリンの国会議事堂にガラスのドームをかけたライヒスターク(1999)は、大勢の観光客が集まる新しい名所であり、筆者が訪れたときも長い行列があった。歴史的な場所とはいえ、斬新なデザインの力が大きいだろう。古建築でなくとも、現代建築がこれだけ多くの人を魅了することができる。ほかに大英博物館のグレート・コート(2000)、ロンドン市庁舎(2002)、スイス・リ本社(2004)も、独特のデザインで異彩を放つ。小難しい説明なしに、どれも一般の人を素直に驚嘆させる空間である。建築の専門でなくても、一目でその特徴がわかるという意味では、やはりザハが連想されるだろう。しかし、二人のデザインの思想は大きく違う。ザハがきわめて彫刻的な造形であるのに対し、フォスターは合理性、機能性、環境性を強く意識したうえで、幾何学的な形態を知的に導きだしているからだ。
独特な円錐形状のスイス・リ本社ビル
フォスターがその名声を不動のものにしたのは、香港上海銀行(1986)だろう。ファサードに太いブレースがハンガーのように並び、室内を数フロアごとに吊り下げる大胆な構造である。カーテンウォールとコアという従来のオフィスビルの構成ではなく、外部に骨組みを顕在化させて、内部に大きなアトリウムをもつ。また中央の吹抜けに光を導くために、角度を変えられる反射板を設置した。ちなみに、東京のセンチュリー・タワー(1991)も、これと同じ構造のシステムをもったフォスターの作品である。香港上海銀行は、紙幣のデザインにも使われたが、ハイテクと呼ばれるスタイルの傑作としても歴史に刻まれた。ハイテクとは、工場のように、構造や設備などを隠すことなく、外部に露出させて、ダイナミックな表現を行うデザインの傾向を意味する。もちろん、モダニズムの建築も、機械をモデルとしていたが、内部の構造や設備をむき出しにはしていない。しかし、1960年代のアーキグラムのユートピア的な実験建築を露払いとし、1970年代からしばしばまるで工場のようと形容されるハイテクの建築が登場するようになった。
構造・工法などのあらゆる面で革新性を備えた香港上海銀行
ハイテクの建築家としては、このドキュメンタリーでも度々コメントしているリチャード・ロジャースのほか、レンゾ・ピアノらがよく知られている。彼らはカラフルなポンピドーセンター(1977)を設計し、ハイテクの潮流を決定づけた。これは外部に構造体をだすことで、無柱の大空間による展示室を実現したが、工場のような外観がパリに衝撃を与えている。もともとフォスターとロジャースは、ともにアメリカのイェール大学で、力強い造形で知られる当時のスター建築家ポール・ルドルフらに学んだ後、イギリスに帰国して、チーム4を結成し、そのキャリアを開始している。ロジャースは、工場や配送センターなどのプロジェクトにおいて屋根の上で吊り構造を表現したが、そのデザインをフォスターと比べると、メタリックなシルバーの外観をもつロイズ・オブ・ロンドン(1986)や、効果的に色彩を使う新宿の林原第五ビル(1993)など、装飾的な要素が多い。
フォスターは、スタンステッド空港(1991)、香港空港(1997)、世界最大級の北京空港(2008)など、幾つかの空港を手がけている。これもグローバリズムのシンボルであると同時に、それぞれの国の表玄関となる重要な建築だ。現在、世界の空港はハイテク系のデザインが主流になっている。おそらく、空港は、建築に興味がなくとも、知らずにもっとも多くの人に経験されるビルディングタイプのひとつだろう。フォスターが、子供のときに最初に描いたスケッチが飛行機だったというエピソードは興味深い。そしてパイロットに憧れ、操縦免許をもっている。また、私は建築家として働きながら空を飛ぶ感覚を味わっているという言葉からは、航空のテクノロジーに魅せられた宮崎駿の映画『風立ちぬ』の主人公が思い出されるだろう。環境にも配慮したエレガントなデザイン、大きくても軽やかさをもったデザイン。フォスターの飽くことなき追求は、今や建築単体を超え、都市まるごとを創出しようと展開している。
北京首都国際空港ターミナル3(写真上)とその内部(写真下)
ところで、このドキュメントのオリジナル・タイトルは、あなたのビルの重さはどれくらい?、というものだ。これはフォスターと会話したときの、バックミンスター・フラーの言葉である。フラーは、通常の建築という枠組に囚われることなく、グローバリズムどころか、地球的な視野からデザインを構想した。彼のユートピア的なプロジェクトとしては、モバイル建築や浮遊する都市などが挙げられる。ビルの重さに興味をもつことは、そのあらわれのひとつだが、日本ではコルゲートハウスの自邸を実現した技術者、川合健二も同じような視点をもっていた。フォスターはフラーからの影響も受けている。だが、夢物語では終わらせない。今や1400人の大所帯になった彼の事務所は、他分野とのコラボレーションを行いながら、アップル社の新社屋やアブダビの実験都市マスダールなど、新しい未来を切り開く力と可能性をもっている。
アブダビに建設中のマスダール・シティ
五十嵐太郎(いがらし・たろう)
1967年パリ生まれ。建築史・建築批評家。1992年東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。現在、東北大学大学院教授。せんだいスクール・オブ・デザイン教員を兼任。あいちトリエンナーレ2013芸術監督、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館コミッショナーを務める。『被災地を歩きながら考えたこと』(みすず書房)、『あいち建築ガイド』(監修・美術出版社)、『おかしな建築の歴史』(編著・エクスナレッジ)ほか著書多数。
映画『フォスター卿の建築術』
1月3日(金)渋谷アップリンクにて3週間限定公開
監督:ノルベルト・ロペス・アマド&カルロス・カルカス
出演:ノーマン・フォスター、バックミンスター・フラー、リチャード・ロジャース、リチャード・ロング、ボノ、蔡國強、他 (英/2010年/76分)
配給・宣伝:アップリンク
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/foster/
東京:渋谷アップリンク
1月3日(金)より3週間限定公開
http://www.uplink.co.jp/movie/2013/19837
横浜:ブリリア ショートショート シアター
1月4日(土)~1月12日(日)
http://www.brillia-sst.jp/
大阪:シアターセブン
1月4日(土)~1月24日(金)
http://www.theater-seven.com/
京都:元・立誠小学校 特設シアター
1月18日(土)~
http://risseicinema.com/
愛知:名古屋シネマテーク
近日公開
http://cineaste.jp/
▼『フォスター卿の建築術』予告編