映画『キューティー&ボクサー』より © 2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.
ボクシンググローブに絵の具を付けてキャンバスに叩きつける“ボクシング・ペインティング”で知られる現代芸術家、篠原有司男と彼の妻であり画家の乃り子。ニューヨークでの出会いから二人展を開催するまで、40年にわたる二人の愛と闘いを描くドキュメンタリー『キューティー&ボクサー』が12月21日(土)より公開。監督のザッカリー・ハインザーリングに、制作の過程を聞いた。
会った時から二人の間には愛憎のようなものがあると感じた
── この映画を制作することになったきっかけから教えてください。
この映画の企画は篠原有司男さんと乃り子さんに初めて会った約5年前にスタートした。友人でプロデューサーのパトリック・バーンズに誘われ、ビデオカメラとともにブルックリンにある彼らのロフトに向かった。以前、パトリックから彼が撮った印象的な2人の写真の数々を見せてもらっていて、何か特別なものを感じていた。
映画『キューティー&ボクサー』のザッカリー・ハインザーリング監督 photo:IDE Yasuro
二人と出会った日、自分の素性と目的を説明したら、早速ボクシング・ペインティングを披露してくれたり、自分が美術史の中でいかに重要な役割を果たしているかをアピールされた。注目を浴びることで頑張れるタイプなんだと思う。乃り子さんは、静かなんだけど、口を開くと、結構ユーモラスで、辛辣な部分もあった。ボクシング・ペインティングの色を選んだのは私、と言ったり、有司男は全て私のアイディアを盗んだのよ、とユーモラスに言ったりするんだけど、時々「おっ」と思うこともある。
会った時から二人の間には愛憎のようなものがあるのかな、と感じた。幸せなだけのカップルではないと感じた。とてもチャーミングな二人なんだけど、明らかに二人の間には葛藤があり、それが何からきているのかわからなかった。40年を共にした夫婦だから、口げんかが多いのは理解できるけど、より深いところでの摩擦があると感じた。そして、乃り子さんの作品を観た時に、彼女が抱える葛藤を感じることができた。いつから、というのは覚えてないけど、日ごろ、彼女が発する言葉、彼女が表現する作品からそういった部分を感じることができた。
映画『キューティー&ボクサー』より © 2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.
──有司男さんと乃り子さんの過去の映像や作品紹介については、最低限に抑えられており、現在の二人の暮らしと表現活動がメインに描かれています。
今回の作品の目的は、観客が篠原家のゲストになるようにすることだった。今日の苦しみや葛藤、夫婦の歴史を感じてほしかった。過去の映像は使ったけれど、主体となるのは今日の二人の生活。過去の映像はあったし、特に有司男さんに関する美術史を紐解いても面白いんだけど、僕の興味は違った。観客は、今日の二人を観て、現在の二人の生活はこうなのか、何でこのような生き方をするのか、ということを理解してもらいたかった。過去の映像を比較的入れ込んだバージョンも作ったけど、結果、違う作品になると思った。今作では、観客の視点を第一に考えた。
乃り子さんと有司男さんは浮き沈みの激しい人生を送っている。実際は快楽より苦難を味わうことの方が多い。彼らの関係性は際立って複雑だ。彼らが言うには、ロマンスという意味ではなく、真にお互いを信頼する、それこそが純粋でクリエイティブな関係性なのだという。映画を制作するにあたっての最大のチャレンジは、お互いめったに表現することのない、その絶対的な愛を明らかにさせようとしたことだった。観客には、有司男さんと乃り子さんの物語に自身も重ね合わせ、観終わった後に周りの人間関係について考えてもらえれば嬉しい。この題材から発せられる純真な精神と美しさのなかに観客を取り込むこと、有司男さんと乃り子さんのようなクリエイティブで秘密に満ちた世界への扉を開かせること、それが最終的な僕の目標だ。
映画『キューティー&ボクサー』より © 2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.
ドキュメンタリーで一番大変なのは編集
── 資金調達についてはどのように進めましたか。クラウドファンディングは活用しましたか?
最初は一銭も無かった。自分は商業的なカメラマンの仕事をするので機材を持っていて、一人で篠原家に行って撮影することが多かった。最初の経費は少なくていいんだけど、ポスト・プロダクションの段階でお金がかかってくる。今回はクラウドファンディングは活用していない。全て助成金を集めるやり方をした。最初の数年に自分が撮りためた映像で「こういう作品」になりますとフッテージを作って色んな機関に応募をした。最初にレスポンスがあったのがニューヨークにある「シネリーチ」というところ。ここは、ドキュメンタリー、フィクション問わず、アーティスティックな作品に助成金を出してくれる。この機関は1年に1回、計3年間助成金を出してくれたんだ。
他の機関として、サンフランシスコのフィルム・ソサエティ、ジェローム・ファウンデーション、ニューヨーク・ステイツ・カウンセル・オブ・ザ・アーツ、それからトライベッカ・インスティトゥートというところから助成金を編集作業ができた。
アメリカでは本作のような作品、特にドキュメンタリーではお金を集めるのはすごく大変だ。なかなか制作段階でテレビの放映権や配給がつくことは難しいので、僕たちのような監督は少しずつ撮り溜めして、そしてそれを見せて、補償金を得て、という作業だった。
この作品において、最初に雇ったのは編集者。アニメーションに関しては、毎日ではないけど、8ヵ月の期間制作をし、作曲家を起用し、それからサウンド・ミックス、このあたりに大きな金額がかかった。
── 4年間の密着取材により撮影した素材は、どのようにまとめましたか?
ドキュメンタリーで一番大変なのは編集。脚本を書きながら編集しているようなもの。今回は4年間で300時間もの素材があったから、どういう風に形作って物語化していくのに時間を大きく割いた。最初の1年半にわたる編集作業で作ったラフカットは3時間ぐらいで、その後1年をかけて現在の82分の作品にしていった。どういう物語にしていくかが、一番の挑戦だった。苦労した点は日本語。最初は10人ぐらいのインターンに字幕作業を地道にやってもらった。そして、アニメーション化することも僕にとって挑戦だった。今回はニューヨークにベースがあるアート・シェルという会社で作業した。乃り子さんの作品をスキャンして、この会社の編集者と作品の編集者と僕が作品を選び、アニメ―ション化していった。技術的にも大変だし、乃り子さんが意図するイメージと離れてもいけない。また、実写からアニメーションへ移行していく部分にも気を使った。映画のトーンとも合わせないといけないし、スムーズに移行が行われるように気を使った。スコアも大変だったけど、楽しい作業だったし、音楽の清水靖晃さんは天才だし、一緒に仕事が出来て刺激にもなったし、楽しかった。
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言いたいことを「ピュア」に表現する、それが二人の信条
──乃り子さんのペインティングをアニメーションで表現する以外に、編集のリズムや音楽、日常の描き方など、どんな手法で二人のドラマを描こうとしましたか?
物語をドラマティックにするための「個」の部分は、乃り子さんの変化を追うことがとても大きくて、映画冒頭では有司男さんの助手的な彼女だったけど、だんだんと自分のアートを創りだし、一般の人に自分の作品を見せて、自分がスポットライトを浴びるようになり、それを観て有司男さんが反応する。こういった点が物語のキーだった。今回の作品のドラマ性は二人の関係が中心になっていて、二人の間に見られるアーティスト同士の競争心、40年間結婚生活を送っている、というところが核になっている。
ドラマ性を表現するためには、編集段階でアニメーションだったり、僕が「happy sad」と呼んでいるんだけど、二人の生活のトーンをあらゆる形で描くようにした。ユーモアラスな二人の関係、チャーミングで少し変わった二人の個性、シリアスなやりとり、特に過去を振り返ると哀愁を漂わせているし……こういった二人が織りなすトーンを非常に大切に描こうとした。清水さんが提供してくれたスコアはこのトーンを出すために非常に大きな力となった。彼のサックスの高めの音は気まぐれでメロウな感触があって、低い音はリズミカルでシリアスで、「happy sad」なトーンがある。彼の音楽はマジカルでとても詩的で、この音楽が二人の世界にぴったりだったし、僕がイメージするこのトーンを固める助けにもなった。
それから大切だったのが、色彩補正。二人が住んでいる空間というものに一貫性を持たせたかった。彼らの世界観を音を通して、そして映像を通して一貫性を持たせることで、観客が作品世界から離れてしまわないようにした。今回の撮影は、ニコンのレンズを使用しているんだけど、少し昔ながらの柔らかい、少しエッジがぼやけているような、昔っぽい印象を取り入れるようにしたんだ。
映画『キューティー&ボクサー』より © 2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.
──有司男さんと乃り子さんとの制作は、監督の今後のドキュメンタリー制作におけるアチチュードにどのような影響を与えましたか?
二人ともすごいインスピレーションを与えてくれる方々で、制作時から「DIY」、全て自身でやる、というメンタリティーを持っていた。彼らは苦労しているアーティストではあるけれども、僕も一人のアーティストして一つの作品を作らねばと、もがいていた。彼らは常に前へ進むことを大切にしていた。例えば、有司男さんは寝る間も惜しんで、いまだにモノづくりをしている。乃り子さんも同様。彼らと長い時間過ごしたことは、自分にとって、大きなインパクトだったし、僕が作品創りを継続する大きな力になった。二人は、言いたいことを「ピュア」に表現するというやり方をする。それが信条のように感じる。
「アーティスト」とはそういった部分が本質的に内在しているんだろうけど、なかなか直接的に感じることはない。二人は「アーティスト」という「人」と彼らが表現したい「アート」がすごく直接的に純粋なコネクションを持っている。これから自分がアーティストとしてどういうものを伝えたいのか、より直接的に伝えたいという気持ちになったし、とにかく自分のやりたいこと、言いたいことをやるべきだと思った。この先の将来、そういう精神を持っていきたい。また、二人はやりたいことをやる、といった衝動的な部分もある。僕も将来、大胆な選択をしていきたい。
(オフィシャル・インタビューより)
ザッカリー・ハインザーリング プロフィール
1984年生まれ。ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動する映画監督、カメラマン。哲学と映画研究の学位を取得し、2006年にオースティンのテキサス大学を卒業。HBO(アメリカの大手ケーブル放送局)でいくつかの長編映画に取り組み、その中でアソシエイト・プロデューサーとカメラオペレーターを務めたドキュメンタリーがエミー賞3部門を受賞する。2010年にはエミー賞を受賞したHBOのドキュメンタリーシリーズ「24/7」のフィールド・プロデューサーを務めた。2011年には、ベルリン・タレントキャンパスに参加。2011年ニューヨーク映画祭において、フィルム・ソサエティ・オブ・リンカーン・センターとIFPのEmerging Visions Programが選出する25人のフィルムメーカーうちの一人として選ばれた。長編映画デビュー作となる本作で2013年サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門監督賞を受賞。カメラマンとしては、PBS(公共放送サービス)用長編ドキュメンタリー『Town Hall』の制作などが予定されている。
映画『キューティー&ボクサー』
12月21日(土)、シネマライズほか全国ロードショー!
映画『キューティー&ボクサー』より © 2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.
ニューヨーク、ブルックリン。 篠原有司男は、1960年に日本で結成された芸術集団「ネオダダイズム・オルガナイザーズ」の中心的メンバーで、ジャンク・アート、パフォーマンス、のちに「ボクシング・ペインティング」で有名となり、1969年、さらなる活躍の場を求めて渡米する。その3年後。妻・乃り子は19歳のとき、美術を学びにやってきたニューヨークでギュウチャンと出会い、恋に落ち、結婚。学業の道を捨て、裕福な家族からの仕送りは打ち切られた。80歳の有司男は、自身がつくりだした絵画と彫刻を旺盛に探求しつづけている。売れるチャンスをつかもうと、制作活動に励む毎日だ。一方、59歳の乃り子は、妻であり、母であり、ときにアシスタントであることに甘んじていた。しかし、息子も成長した今、ついに自分を表現する方法を見つけた。それは、夫婦のカオスに満ちた40年の歴史を、自分の分身であるヒロイン“キューティー”に託してドローイングで綴ること……。
監督:ザッカリー・ハインザーリング
出演 : 篠原有司男、篠原乃り子
アメリカ/カラー/82分/ビスタ
提供:キングレコード、パルコ
配給:ザジフィルムズ、パルコ
公式HP:http://www.cutieandboxer.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/cutieboxer
公式Twitter:https://twitter.com/cutie_boxer
▼映画『キューティー&ボクサー』予告編