骰子の眼

cinema

東京都 中央区

2013-12-24 23:40


「中国には物質的な豊かさを得た後の喪失感が漂っている」新鋭チュエン・リン監督語る

東京フィルメックスで上映された初監督作品『見知らぬあなた』で浮き彫りになる中国中流社会
「中国には物質的な豊かさを得た後の喪失感が漂っている」新鋭チュエン・リン監督語る
映画『見知らぬあなた』より

ロウ・イエ監督(48歳)の『パリ、ただよう花』の公開のタイミングで、中国の監督作品が東京で上映される機会が第14回東京フィルメックス第14回東京フィルメックスと中国インディペンデント映画祭2013とあったので中国の映画製作の現状を監督たちに聞いてみた。
1989年に起きた天安門事件から来年で25年。社会を映す映画はそのテーマを経済的に豊かになったことを受けて「自由」の希求から「幸福」の追求へとシフトしている。ロウ・イエ監督の作品は、そのシフトの「自由」から「幸福」の追求の過程を忠実にトレースしている。
『天安門、恋人たち』(2006)では、北京からベルリンへと留学する女性を通して自由を描き、「スプリング・フィーバー』(2009)では、経済発展を遂げる南京を舞台に自由と幸福を描き、『パリ、ただよう花』では、パリと北京を舞台に自由の中の幸福とはなんなのかを描いてきた。
そして、天安門事件などリアルタイムで経験していない世代のチュエン・リン監督(38歳)は、『見知らぬあなた』で、大都市重慶を舞台に中流階級の夫婦が抱える問題を通して経済的に豊かになった末の「幸福」とはなにかを描く。

男と女では焦りのタイプが違う

── この『見知らぬあなた』は初監督作で脚本も手がけられています。

私はこれまで小説家として活動してきましたが、もともと映画を観るのは好きだったんです。
[※編集部注:中国で現在活躍する作家の作品を翻訳し紹介する雑誌『火鍋子』80号で短編『ハーディーの詩における神秘の結末』が掲載されている]

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映画『見知らぬあなた』のチュエン・リン監督

── ジャ・ジャンクーのスタッフや、撮影のユー・リクウァイの力が大きかったのですか?

もちろん、ふたりのサポートなくしてはできませんでした。ジャ・ジャンクー監督とは文芸界で共通の友人がいたものですから、最初に作った物語の骨子をもって「こういう作品を作りたい」と話をしたんです。そうしたら、「脚本にしてみたら。プロットを書いて、見せてみてください」と薦めがありました。それを上海国際映画祭の企画に出し、その後に脚本を書くことになりました。

上海国際映画祭でアン・リーの『恋人たちの食卓』プロデューサーである台湾のシュー・リーコンに会い、東京フィルメックスの市山さんにもお話して、この脚本をこのプロットで書くことになりました。そのときは、タイトルも『陌生』(原題:見知らぬ人)ではありませんでした。

──この映画の主人公の女性は、若い男から言われていたように、ずっとハッピーじゃない表情をしている。中国の人々は、生活が豊かになったのに、ハッピーじゃないんでしょうか?

そうですね、この映画のキャラクターは、私の周りの人たちや友人たち、中国人の様子や状態を全体的に見て、ひとつひとつ組み立てていきました。ですから、彼女たちには、中国に漂っているある種の情緒が反映されているのです。特にこの夫婦は、焦りをずっと抱えている。夫が発展した社会で、ビジネスやそのなかでの付き合いに注力し、次第に家庭を顧みなくなっていくことで、夫婦間の気持ちが冷めていく。その焦燥感は、社会の状況から生まれてくるものです。そのような「社会」から「個人」が変わっていく状況を描きたかったのです。

── 焦り、というのは、金銭的に豊かな暮らしをしたいけれど、それに乗り遅れてしまう、という焦りなんですか?

男と女では焦りのタイプが違うと思います。男は社会のなかで成功を目指しているので、いろんなことが成功に向かって動いています。遊び場に行くにしてもお金がいる、家を買いたいと思うけれど資金がない、と常にお金がその焦りの裏にあります。けれど、妻の立場というのは、夫がそうした社会的な名誉欲や遊びに捕らわれて、自分と家を顧みてくれない。週末は夫と一緒に過ごしたいと思っても、夫はお付き合いや仕事に忙しくて、一緒にいてくれない。そうすると子供の面倒はすべて自分で見なければならないという負担を抱えていく。そうしたことに妻は焦りを感じるのです。

── チュエン・リンさんが思い描く、あるいは一般の中国人が思い描く幸せのかたちについて教えてください。映画のなかの夫婦はどのようになっていれば、いちばんの幸せのかたちなのでしょう?浮気もせず、家族を顧みて、子供と週末遊園地に行き、かつ出世していく、ということを多くの中国人が考えているんでしょうか?

子供がいて、親たちがいて、仲良くしていて、そしてゆったりとした生活ができるというのが理想的な家庭でしょう。お金だけを目指すのではなくて、ほどほどに困らない程度あればいいと考えるわけです。

── そうした生活が保障されている人たちは中国で多いのですか?

大都市では難しいと思います。この映画のヒントになっているのですが、私の友人で、6回離婚して、6回復縁した夫婦がいます。途中で夫に愛人がいたといったことが発覚して離婚に至ったのですが、結局はよりを戻しているのです。

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映画『見知らぬあなた』より

── この映画でも、最後に妻が「離婚したい」といって出ていくのを夫が追いかけます。その後どうなるかはお客さんの判断に委ねられていますが、監督はどちらだと思いますか?

女性はいちど自我を求めようと飛び出したら、徹底的に走っていくものです。どうしても夫がいなくてはいけない、というのは経済的な理由も大いにあります。しかし、そうした理由がないならば、女性は、他の人を愛するためではないかもしれないけれど、独立して、自我を貫き、自分の人生を決めると思います。

ある程度の豊かさや富を得た後に途方にくれることを描く

── この『見知らぬあなたは』は中国の人は観られるのですか?

検閲を通っていますが、まだ公開はされていません。2014年の3月くらいに公開されます。

── 台本が出来上がったところで、電影局から「ここを直してくれ」といった話はありましたか?

脚本の修正はほとんど出ませんでした。作家としては社会の暗部を描くのは好きではありません。そこは今作でも意識して、あえて政治的な内容は書かないようにして、ストーリー展開に全ての力を注ぐことにしました。

── 制作はジャ・ジャンクーのプロダクションが手伝っていますが、そこから制作費も出ているのですか?

ジャ・ジャンクー監督も出資してくれていますし、私の友人のいくつかの会社が出資してくれています。

── 中国でインディペンデントで映画を作る場合、無許可で作っている人もいるし、チュエン・リンさんの場合はちゃんと許可をとって公開できるかたちで作っています。その違いというのは、公開できるということ、つまり出資した人にお金が戻ってくる可能性あることだと思います。

理屈としてはそういう流れなんですが、こうしたアートフィルムが全て回収できるかどうかは分からないです。

── では、どうして出資してくれる人がいるのでしょうか?

それは、私が作家としてある程度の知名度があるので、「この人なら大丈夫だろう」ということで出資してくれたのだと思います。ジャ・ジャンクー監督も小説を読んで、力量を信じてくれたのだと思います。いま第2作の脚本を書いているところなのですが、第1作を観たうえで出資してくれる人がいます。中国では現在、脚本は売り手市場になっていて、映画会社から「商業映画の脚本を書かないか」と言われています。

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映画『見知らぬあなた』より

── 商業映画の方向に進む気持ちはありますか?

やはり自己表現としての自分の作品をまずしっかり撮っていきたいです。そして余力があれば、他の作品を撮ってもいいと思っています。ただ商業映画には、何人かのチームで脚本を書くという習慣があります。それは、自分の創作の態度に適さないのです。

── チュエン・リンさんは小説家としてある程度名が売れているのに、あえて時間を使い経済的にも大変な映画監督の方向を選ぶのはどうしてですか?

まず、私はまだお金の稼げる作家ではありませんし、最近の中国の傾向として、作家や画家が映画を撮る、という傾向がありますので、私が最初でもないですし、最後でもありません。

── チュエン・リンさんは現在、香港を拠点に活動しているのですか?

そうです。もともと北京にいて、香港に移り、仕事の関係で北京と香港の間を行き来しています。私のような生活をしている人はすごく多くなりました。例えば上海と北京や広州との間を行き来したり、深センに住んで北京で仕事をしたり、と居住範囲が広くなっているのです。

── それは、映画のなかの夫婦のようにひとつのところに留まって小さな幸せを望む中流家庭の人と比べ、経済的余裕が多少あるので、自分の作りたいものを求めて中国のなかで自由に移動している人が増えている、ということですか?

そうした人たちのことを「飛行生活」というのですが、けっこういて、私も含め必ずしもセレブというわけではありませんし、普通の状況だと言えると思います。なぜ私がこの映画で、四川省の夫婦を撮ったかについてですが、重慶は自分の郷里で、毎年夏休みに帰省し、いろんな人間を観察して見ていたことが、映画に繋がっています。小説でも人物は四川語をしゃべります。

── 中国の最近の映画では自由を求めている人を描く作品から自分の生活や豊かさを追い求める中での苦悩について描く映画が増えているように思います。政治的自由や、生きていく上での自由とは別に、経済発展の過程で、生活の豊かさがいちばん大きな問題だと言えるのでしょうか?

ある程度の豊かさや富を得た後に途方にくれることを描く、ということです。最近ですと自分が買ったブランド品や高級車と一緒に撮った自分の写真をネットにアップしたりする人たちがいます。以前は特別な階級のお金持ちしかできなかったのですが、最近はそういう豊かさを得ることができる人が増えてきた。でも物質的な豊かさを得た後の喪失感が、現在の世の中に漂っているのではないでしょうか。

とはいえ、人間の求めるものは多元化しています。お金持ちになった後、ブランドを追いかけたりする他に、精神的な豊かさを求める人も多いのです。例えば、クラシックのコンサートに行ったり、舞台を観に行ったりといくことを大切にする人も社会の一部としています。

なぜ私がこの重慶の街を舞台にして撮ることを決めたかというと、こうしたちいさな街の場合、様々な欲望や刺激がすごく明らかに見えてくるからです。例えば、不動産業者が物件を売るために「ヨーロッパ風」「エーゲ海」という名前をつけるようなことが氾濫しています。そこに人々の純粋な欲望が見えてくるのです。大都会にいる人たちは自分の欲望をあからさまに人に見せません。しかし小さな街だと、「素敵な靴下を買ったよ」というような小さなことでさえ、明らかに見えてくるのが興味深い点なのです。今作でも、家具屋の社長の運転手の名前がソロモンだと名刺に書いてある。わざわざ外国語の名前を使ったりするのです。

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映画『見知らぬあなた』より

今村昌平監督の作品は現代の中国社会に合う

── 中国の映画監督は、海賊版のDVDで日本映画を研究している人が多いと聞いています。監督は何か参考にされた作品はありますか?

すみません、わたしも海賊版を見ています(笑)。小津安二郎監督の作品はもちろん大好きですし、最近は今村昌平監督の作品がとてもいいなと思っています。今の日本から見れば古いと感じるかもしれないけれど、今村監督の作品はかえって現代の中国社会にぴったり合うのです。今村監督が描く人間は非常に野望を持っているし、人間の野蛮なところや社会の底辺の人たちをしっかりと描き出しているので、中国の現在の現実と照らし合わせるとリアルだと思います。

── 日本は豊かになった後の混乱を過ぎているのですが、今の日本をどう見ていますか?あるいはそれは中国の未来、と言えるかもしれませんが。

私の映画に対する知識は映画や映像でしかないので、現在の本当の日本の姿はよく分かりません。ただ、山田洋次監督の『東京家族』を観ると、日本人はとても穏やかな印象がありますが、家族間の関係はとても冷たいイメージがあります。『東京家族』で描かれるのは、典型的な日本の家族でしょうか?中国人として理解できないのは、わざわざ田舎から出てきた両親を、なぜ自分の家ではなくホテルに泊めることにしたのかです。

── あれは、両親も気を遣ってホテルに行ったのです。経済的に同じ家庭であったら、東京と中国のほうが家が広いのではないですか。日本は悲しいほど家が狭いのです。

中国人であれば、喜んで自分の家に迎えるでしょう。あんなに親と子が疎遠なのは、とても嘘っぽく思えましたね。

(2013年11月24日、朝日ホールにて 取材:浅井隆 構成:駒井憲嗣)



チュエン・リン プロフィール

1975年、重慶に生まれる。99年より多くの短編小説を執筆。2010年、上海映画祭のピッチング・セッションCFPCに『見知らぬあなた』の企画をもって参加し、最優秀企画賞を受賞。本作はジャ・ジャンクーが若手映画作家の製作をサポートする「添翼計画」の一環として製作され、13年ベルリン映画祭フォーラム部門でワールド・プレミア上映された。




映画『見知らぬあなた』

家具工場の労働者である夫と、娘を育てながら雑貨屋で働いている妻。妻がかつてボーイフレンドであった実業家といまだに会っていることを知った夫は、妻とその実業家との関係を疑い、更には娘が自分の子供なのかどうかまで疑い始める。

監督:チュエン・リン(QUAN Ling)
原題:Forgetting to Know You/陌生(Mo sheng)
中国/2013年/87分

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