『天安門、恋人たち』『スプリング・フィーバー』のロウ・イエ監督の新作『パリ、ただよう花』が12月21日(土)より公開される。出演は、LOUISVUITTON、Diorなど、トップブランドの広告等で活躍するフランス生まれの中国人モデル兼女優コリーヌ・ヤンと、ジャック・オディアール監督『預言者』のタハール・ラヒム。撮影は、ジャ・ジャンク―作品には欠かせない撮影監督、ユー・リクァイが務める。原作は、リウ・ジエが自身の体験をもとに、インターネット上で発表した小説「裸」。監督にとって初の原作作品となる。本作についてロウ・イエ監督に聞いた。
活動禁止令の5年間に『スプリング・フィーバー』『パリ、ただよう花』の2本を作った
― 前作『スプリング・フィーバー』と本作『パリ、ただよう花』は、2005年の『天安門、恋人たち』で中国当局が下した5年間の活動禁止令の期間に製作された作品ですね。
プリプロダクションとポストプロダクションを含めると、ちょうどその5年間に2本作ったことになります。禁令はあってはならないものだと思いますが、自分にとってはいい機会になりました。検閲を通す必要もなかったし、撮りたいと思う場所で自由に撮れた。自分の望みどおりに作れて、映画監督であることを心底、楽しみました。映画とは常にそうあるべきです。
映画『スプリング・フィーバー』より
露骨な性描写もたくさん出てくる原作小説と、どのように向き合い、脚本を書いたのか
― ロウ・イエ監督の作品の中で、原作のあるものは本作が初めてです。非常に個人的な内容で、露骨な性描写もたくさん出てくる原作小説と、どのように向き合い、脚本を書いたのでしょうか。
まずリウ・ジエの小説と、彼女がそれを脚本化したものを読みました。それらを読んで、彼女自身についてと、なぜ彼女がそれを書いたのかを理解することができ、あとで僕が脚本を書き直す際にも役立ちました。作家の世界に入るには、本人を知ることが大切なのです。
― 登場人物たちは、自分たちの行動の理由を明かしてはくれません。これは原作でも同じなのでしょうか。
原作には直感的でミステリアスな要素がたくさんあります。リウ・ジエは登場人物たちを丸裸で素のままに放置している。最初に感動したのはそこでした。僕にとっては不可解であることが、人間の最も興味深いところなのです。
― 主人公の2人は対照的で相補的です。ホアは暗く、静かで真面目。マチューはよく喋り、行動し、よく笑います。しかし、2人とも秘密を持っていて、今を生きようとしています。それについて、もう少し教えていただけますか?
2人は特別なキャラクターではなく、ありふれた人たちです。僕は"特別"より"普通"を描きたかった。彼らに特別なところは何もありません。一番重要なのは、ホアとマチューが未来がどうなるかを知らないことです。われわれとまったく同じようにね。
― 原作は痛烈な内容と聞きましたが、あなたの映画はメランコリックです。セックスは人を結びつけると同時に引き離す。ほとんど絶望的です。どのような意図があったのでしょうか?
登場人物たちは、僕がくっつけたからカップルになったとは思わないし、僕が引き離したから別れたとも思いません。"希望"についても同じです。僕らはたいてい、相手が遠いのか近いのか、希望があるのかないのか分かりません。自分自身に「こういうふうに生きるべきだ」と言ったら、その人はすでに人生の真実を失っていることになる。なぜなら、そう発言する前の、すぐそこに、人生や人間性は横たわっているからです。たぶんね。
― 今作には、セクシュアリティーが人や時代を示すという、過去の作品にも出てきたテーマが見られます。
セックスは、自然で自由な人間にとって欠かせない要素です。人間を描きたいならセックスを避けることは困難ですし、時代を描くのに人間を避けることもできません。
ロウ・イエ監督
カメラのフレーム内で起こっているリアリティを示すと共に、カメラの向こうのコントロールできないものも暗示したい
― 2人の愛は非常に直情的で、破壊的ですらあります。このようなストーリーをどのように撮影しようと計画しましたか。
プランはありませんでした。登場人物を愛し、信じ、彼らについていくだけです。自分にはまったく分からない未来へと、登場人物たちに導いてもらうのです。彼らと一緒に冒険するわけです。
― 前作『スプリング・フィーバー』に続き、カメラを手持ちで撮影した理由は?
僕はカメラのフレーム内で起こっているリアリティを示すと共に、カメラの向こうのコントロールできないものも暗示したいと思っています。僕にとって、何かをシーンに含めない、あるいは最終的な編集に含めないことには、重要な意味があります。これは技術的なこととは無関係です。
― 編集が一定の緊張を生み、登場人物たちの内面の混乱や孤独、苦悩を暴露する役割を果たしているように見えます。編集はどのように行われたのでしょうか?
理想は、登場人物たちの前にカメラが存在しないことです。僕にとって編集は脚本を書くことの続きです。僕のやり方は、撮影中は脚本のスピリットと要求を厳密にたどり、編集のことは忘れる。そして、その後の編集作業では、今度は脚本も含めすべてを忘れる。撮影した各シーンやフレームを注意深く見て必要なものをピックアップし、不必要なものは捨てる。そのためには撮影したすべての映像を見る必要があるし、全テイクにおける俳優の演技に精通する必要があります。細かい違いが、映画全体に影響するからです。僕の映画の編集はとても大変だと思いますし、編集者にとても感謝しています。
― ロウ・イエ監督の作品では、いつも都市が大きな意味を持っています。都市をまるで人物のように、そのノイズ、色、激しさを撮影しますが、本作ではパリのどこに惹かれましたか?
日々の生活です。
― ロケーションは、どのように選んだのですか?
通常、撮影場所を選ぶときは登場人物たちに従います。ロケーションはキャラクターの一部だからです。顔や体だけでなく時に場所自体が、登場人物を表現するのです。
言葉を理解しないことで、監督の注意は、俳優がセリフを喋っているときの他の側面にシフトされる
― タハール・ラヒムはどんなタイプの俳優ですか?
彼は魅力のある素晴らしい俳優です。彼は演じる人物を表現するのではなく、その人物そのものになって生きるのです。優れた俳優にとって、それは非常に難しいことです。演技が巧いほど、演技中に無意識の"自意識"が出てしまうからです。自分が優れた俳優であることを知っていて、時にそのせいで演じているキャラクターから離れてしまいます。多くの俳優はそれを乗り越えられませんが、タハールにはそういう限界がありません。
映画『パリ、ただよう花』より タハール・ラヒム/マチュー
― コリーヌ・ヤンは?
ホアは社会学とフランス語の教師です。だから上海、北京、パリ、アメリカ、カナダで、フランス語に堪能な中国人女性を探しました。100人以上の女優と会いましたが見つからず、苦労しました。そして最後に、別の女優が主役のテレビシリーズでコリーヌを見つけました。数シーンにしか出ていませんでしたが、素晴らしいと思いました。彼女を見つけることができてラッキーでした。
映画『パリ、ただよう花』より コリーヌ・ヤン/花(ホア)
― ロウ・イエ監督はフランス語を話しませんが、役者たちとどのようにコミュニケーションを取りましたか?
撮影中はヘッドホンで俳優たちのフランス語のセリフを聞きながら、同時通訳も聞いていました。ドイツ語(『天安門、恋人たち』のベルリンのシーン)や日本語(『パープル・バタフライ』)でも同じような経験をしましたが、セリフがフランス語の映画を監督するのはこれが初めてでした。製作に関わったすべての人に心から感謝しているし、2人のフランス語通訳者にもお礼を言いたいです。
― 言葉が分からないことは障害になったでしょうか。それとも、より自由を得たのでしょうか。
映画監督が母国語以外の映画を監督するのは、その監督の経験や感性への挑戦となります。具体的に言うと、言葉を理解しないことで、監督の注意は、俳優がセリフを喋っているときの他の側面にシフトされます。ムードやイントネーション、トーン、リズム、ジェスチャーなど、言葉を越えた表現です。それは監督の決定を、ある種、視覚的で身体的な表現の方向に傾けることになります。
― 音楽が素晴らしかったですし、その使い方も興味深かったです。まるで息づかいのようでした。作曲家とはどのように仕事をしたのですか?
「息づかい」という言葉は嬉しいですね。撮影のユー・リクウァイと僕が、いつも使っていた言葉です。彼とは映像についても、撮影中に自然の光が変わってしまっても、"画の息づかい"を記録するためにカメラを回し続けるということで合意していました。音楽についても同じです。ペイマン・ヤザニアンとの仕事は(『天安門、恋人たち』『スプリング・フィーバー』に続き)3作目になります。他の作品と同様、編集の時点で、編集者と僕で参考用の音楽を選んで乗せ、提案としてペイマンに送りました。そのあとペイマンと僕の2人で、それぞれの曲やほかの可能性について話し合いました。
ロウ・イエ プロフィール
1965 年劇団員の両親のもと、上海に生まれる。1985年北京電影学院映画学科監督科に入学。『ふたりの人魚』(00)は中国国内で上映を禁止されながらも、ロッテルダム映画祭、TOKYO FILMeX2000でグランプリを獲得。1989年の天安門事件にまつわる出来事を扱った『天安門 恋人たち』(06)は、2006年カンヌ国際映画祭で上映された結果、5年間の映画製作・上映禁止処分となる。禁止処分の最中に、中国では未だタブー視されている同性愛を描いた『スプリング・フィーバー』は、第62回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した。本作『パリ、ただよう花』は第68回ヴェツィア国際映画祭のヴェニス・デイズ、および第36回トロント国際映画祭ヴァンガード部門に正式出品された。2011年に電影局の禁令が解け、中国本土に戻って撮影された『Mystery/浮城謎事(原題)』は、第65回カンヌ国際映画祭ある視点部門に正式招待。中国本土での劇場公開にあたっては、電影局から暴力シーンの削除を求められ、最終的に「監督署名権」を放棄し自分の名前をクレジットから外した。現在、中国現代文学の代表的作家でありロウ・イエと親しい友人でもあるピー・フェイウー(畢飛宇)の『Massage/按摩(原題)』を原作にした新作を製作中。
映画『パリ、ただよう花』
2013年12月21日、渋谷アップリンク、新宿K'sシネマほか、全国順次公開
パリ、北京、二つの都市で居場所を求めてさまよう女の「愛の問題」を描く、ロウ・イエ版『ラスト・タンゴ・イン・パリ』
監督:ロウ・イエ(『スプリング・フィーバー』『天安門、恋人たち』)
出演:コリーヌ・ヤン、タハール・ラヒム(『預言者』ジャック・オディアール監督)
撮影:ユー・リクウァイ(『長江哀歌』ジャ・ジャンクー監督)
(仏・中国/2011年/105分) 配給・宣伝:アップリンク