『フィルス』のジョン・S・ベアード監督
『トレインスポッティング』の原作者アーヴィン・ウェルシュによる小説をジェームズ・マカヴォイを主演に迎え映画化した『フィルス』が、本国イギリスでのヒットに続き、11月16日(土)より日本でもロードショー公開される。ジョン・S・ベアード監督に、ウェルシュとの共同作業、そして制作のプロセスについて聞いた。
女性から指示される理由
── 日本公開を前に既にイギリスでは大ヒットを記録していますが、この反響をどう分析しますか?
『フィルス』はアーヴィン・ウェルシュの4作目の小説で、1998年の発表から映画化に15年かかりましたが、既に『トレインスポッティング』が1996年に映画化されていたので、その当時から話題になっていました。
予想外だったのは、イギリスの配給会社は男ウケする映画だと思っていましたが、公開が始まると女性から「良かった」という声をたくさん聞いたことです。この映画をダークだけれど、悲劇的なラヴ・ストーリーとして観てくれたようです。複雑な問題を抱えている主人公のブルースに対して、女性は彼を救ってあげたい、守ってあげたいと思い、乱暴な言葉やクレイジーな部分の奥の、自分の愛を失った男が愛と自己の尊厳を取り戻そうというところを観てくれたのです。
さらに、コメディの要素もあり、エモーショナルなので、幅広い観客に楽しんでもらえると思います。特に日本の人は、クレイジーでワイルドなユーモアに反応してくれるんじゃないでしょうか。
映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.
── 脚本も手がけていますが、アーヴィン・ウェルシュの原作をどのように脚色していったのですか?
『フィルス』は私がいちばん大好きな小説で、アーヴィンは少年時代からのヒーローでした。よく「自分のヒーローには会わないほうがいい」といいますが、私にとっては違いました。最初に友人の紹介でパーティーで会ったのですが、すごく酔っ払っていてその勢いで「『フィルス』がすごい大好きで、映画を作りたい」と伝えました。小説はダークでクレイジーですが、思ったよりもノーマルな人だな、という印象でした。
彼は私が脚本を書くことにまったく関与しませんでした。彼は『アシッド・ハウス』『エクスタシー』と自分の小説2作が映画化され、『アシッド・ハウス』では自ら脚本を手がけましたが、それがあまりうまくいかなかったという経験があったので、そのことも理由にあったのだと思います。彼は、脚本が完成してから、読んで意見をくれました。
この『フィルス』は長い間映画化不可能と言われてきました。脚本を作るにあたって、私は原作を5回読み、重要なところにハイライトをしていって、その部分をカードにして、壁に貼っていきました。順番を入れ替えたり、ふたつのキャラクターをひとつにしたりして、小説を濃縮していきました。私はこの小説に限らず、そうしたテクニカルなプロセスを経て脚色していきます。さらに、登場するサナダムシを擬人化して精神科医に変更したりしました。小説では主人公の肉体的な崩壊を書いていますが、映画では精神的な崩壊に焦点を当てるようにしました。そして、アーヴィンの作品はダークだけれど必ずコメディの要素があるので、ユーモアを大切にすることを心がけました。
── 今でも『トレインスポッティング』の熱狂的なファンは少なくありませんが、プレッシャーはありませんでしたか?
『トレインスポッティング』は小説も映画も大好きで、ダニー・ボイル監督は素晴らしいと思います。ですが、この映画では影響を受けていません。アーヴィンも「『この映画を作るにあたっては『トレインスポッティングのことは頭から出すべきだ」」と言ってくれました。『トレインスポッティング』は若者たちのグループの物語だけれど、『フィルス』はひとりの中年の話ですし、それも警察官ですから、少年たちとは逆の立場です。スタイルやトーンでいえば『時計じかけのオレンジ』や『ファイト・クラブ』『未来世紀ブラジル』のほうに影響を受けています。例えばスティーヴン・キングの作品でも『ミザリー』があれば『シューシャンクの空に』があるように、『フィルス』は『トレインスポッティング』とは違う映画です。もっとコメディで、もっとダークです。
テリー・ギリアムからは、スタイルの面で非常に影響を受けています。スティングの奥さんであるトゥルーディー・スタイラーがプロデューサーなのですが、彼女がこの映画のスクリーニングをしてくれたときのことです。「特別な友達が来るから」ということで会場の最前列の席に行くと、その隣にギリアムがいたんです。しゃべれないくらい緊張していたのですが、映画が終わって少し話しをしたら、良かったと言ってくれました。 主人公がアンチヒーロであるところなど、キューブリックからも影響を受けています。BAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)のスクリーニングのとき、お年の女性が私のところにきて、「実は『時計じかけのオレンジ』でメーキャップデザインをしていた、キューブリックはきっと大好きだと思うわ」と言ってくれたことも、すごく嬉しかったです。
映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.
ブルースの正直さに共感を覚える
── アーヴィン・ウェルシュとの意見の食い違いはありませんでしたか?
仕事という感じがしないくらい楽しかったです。それは、ユーモアの感覚や世界観、自分をあまり深刻に捉えすぎないというところがお互い似ていたからだと思います。そして、こういう映画にしたいというゴールが同じだったこともあります。アーヴィンはシカゴに、私はロンドンに住んでいるので、Eメールでのやりとりが多かったのですが、私がブルースになりきってメールすると、アーヴィンが他のキャラクターになって返してくれたりしました。
私はいろんな話が交差するプロットで進んでいく映画より、ひとりのキャラクターで進んでいく映画が好きなんです。実は、脚本の段階であるシーンがすごく面白かったので時間をかけて撮ったのですが、ポスト・プロダクションでブルースの物語から逸脱してしまうので、入れないことを決めました。そこで私が学んだのは、原作や脚本の段階ではすごくいいと思っても、やはりそれが映画として最終的にいいかどうかは分からないということです。映画としていいものを選ばなければいけない、と自分を律しました。
映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.
── ブルースは、彼のような人が隣にいたら嫌だなと思うようなキャラクターですが、どこか憎めません。
私は、生まれつき嫌な人というのはいない、人生のなかの過程でそうなっているんだと思います。仕事の場などでは、それぞれ人はバリアを張っているし、その人の生活をぜんぶ見ることはできません。しかし映画だと、ブルースの生活をぜんぶ見ることができ、この人がなぜこのような状況になったかが分かります。
例えば、メアリーの夫を助けようとするシーンですが、原作ではあのシーンは後半にあるんですが、映画にするにあたって前に持ってきました。本と映画は違うメディアなので、観客にブルースに共感できる、その装置として使いました。彼女にとっては彼はナイト(騎士)のように見えるのです。
個人によって、そして文化によってブルースの受け止め方は違うようです。アメリカではブルースを受け入れがたい、と思っている人が多いように思います。脚本家として思うのは、ブルースはとても極端なキャラクターで、誇張されたリアリティであるけれど、人間というのはだれでも欠点があるものだということです。ブルースは、いろいろあるけれど、ものすごく正直である。そこに観客は共感できるのだと思います。
この役柄はジェームズ・マカヴォイのベスト
── そんなブルースにジェームズ・マカヴォイを起用したのは?
脚本が出来上がった時点で、イギリスとアメリカでエージェントに送ったところ、様々な俳優がこの役をやりたがりました。スコットランド人がいいと思ったのですが、スコットランド人の俳優で資金集めができるほど有名な人がいませんでした。
そこに、ジェームズのエージェントから彼が興味を持っていると電話がありました。最初に私たちは「彼では若すぎるし、ちょっとイメージが違うのではないか」と思ったのですが、アーヴィンと私とふたりで会うことにしました。会って10分で、彼はパブリック・イメージと全く違うことが分かり、その日のうちに彼に演じてもらおうと決めました。
これまでミスター・ナイスガイみたいな役ばかりでしたが、本当の彼はもっとエッジが立っています。タフな育ち方をしていて、ブルースに近いんです。いちばん大きかったのは、彼がブルースの精神的な病の理解をしていたということです。私も彼も精神的な疾患のある人と一緒に育ってきたこともあり、その経験をぜんぶ引き出して、そして脚本にあることをどのようにスクリーンに持っていくかということをよく分かっていました。ブルースのキャラクターについては脚本にすべて書かれているので、舞台のようにリハーサルをやりこんで、たくさん話し合って、撮影に臨みました。
撮影の時は気付かなかったのですが、ジェームズは主人公がどんな気持ちでいるのか理解するために、そして見かけもキャラクターに近づけるために、毎晩ウイスキーのボトル半分を空けていたそうなんです。
ジェームズはオープンに様々な役を演じたがるので、来年また『X-MEN』シリーズに出演しますが、私はこのブルースがベストだと思いますし、イギリスでもそうした評価です。この映画でみなさんのジェームズに対する意見が変わると思いますよ。
映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.
── ブルースがフリーメイソンという設定については?
イギリスの警察官は歴史的にフリーメイソンが多いんです。職業柄、秘密が多いので、匿名性を守っている組織に惹かれるんじゃないでしょうか。実は私のおじいさんはフリーメイソンだったのですが、家でも、よくフリーメイソンはいいものだ、と言われていました。実際、慈善事業などもしています。これまで他の映画で描かれるフリーメイソンは、ストーリーテリングとして悪い設定にしたほうがドラマチックな効果が出るからでしょう。今作に出てくる衣装やシンボルは現実に即してはいるけれどよりシュールにしています。イギリス、ドイツなどでたくさんのインタビューに答えましたけれど、フリーメイソンについて誰も質問されませんでしたね(笑)。
── アーヴィン・ウェルシュは「40代がいちばんクレイジーになれる」と言っていましたが、現在41歳のあなたはどうですか?
私は20代のときレールから外れていたので、40代はほんとに仕事一本ですね(笑)。この映画を作るために資金的にもたいへんでした。妻もいて子供いるのでアーヴィンの言う40代よりはクレイジーではないと思いますよ(笑)。
この本を最初に読んだのはまだ10代の頃でした。現在までいろんな経験を経て、年齢もブルースに近づいた今だからこの本を映画化できたのだと思います。
(構成:駒井憲嗣)
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ジョン・S・ベアード プロフィール
スコットランド生まれ。90年代後半に映画制作のためロンドンへ渡る。2004年、初の短編映画『ACasualLife』で脚本・監督・製作した。それがきっかけとなり『フーリガン』(05)の共同プロデューサーに抜擢される。その後、実話を元にした『Cass』(08)でよく知られるようになった。現在はロンドンとスコットランドを行き来している。
映画『フィルス』
2013年11月16日(土)より渋谷シネマライズ、新宿シネマカリテにて公開
監督・脚本:ジョン・S・ベアード
原作:アーヴィン・ウェルシュ 「フィルス」渡辺佐智江 訳(パルコ出版より11月2日発売)
出演:ジェームズ・マカヴォイ、ジェイミー・ベル、イモージェン・プーツ、ジョアンヌ・フロガット、ジム・ブロードベント、シャーリー・ヘンダーソン、エディ・マーサン、イーモン・エリオット、マーティン・コムストン、ショーナ・マクドナルド、ゲイリー・ルイス
編集:マーク・エカーズリー
音楽:クリント・マンセル
撮影監督:マシュー・ジェンセン
提供:パルコ
配給:アップリンク パルコ
宣伝:ブラウニー オデュッセイア エレクトロ89
2013年/イギリス/97分/カラー/英語/シネマスコープ/R18+
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/filth/
公式Twitter:https://twitter.com/filth_movie
公式Facebook:https://www.facebook.com/FilthMovieJP
「フィルス」
著:アーヴィン・ウェルシュ
翻訳:渡辺佐智江
発売中
ISBN:978-4865060454
価格:1,890円(税込)
発行:PARCO出版
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