映画『モンサントの不自然な食べもの』より
私たちの食生活を脅かす原因のひとつとして、TPP参加問題をきっかけにあらためて論議の対象となっている遺伝子組み換え食品。その世界市場を支配するグローバル企業の実態を描くドキュメンタリー映画『モンサントの不自然な食べもの』が11月15日、DVDでリリースされる。2012年に公開されロングランを記録した今作の公開の後、日本、そして世界はどう変わったのか、『遺伝子組み換え食品の真実』『それでも遺伝子組み換え食品を食べますか?』などの翻訳で知られ、生活クラブ・スピリッツ代表取締役専務である白井和宏さんに、遺伝子組み換え食品、そしてTPP問題を中心とした世界の状況について聞いた。
なお、DVDリリースに合わせて、11月16日、17日渋谷アップリンク・ファクトリーで発売記念イベントが開催。16日には『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』著者の手島奈緒さん、そして17日は白井和宏さんがトークゲストとして登壇する。
世界に広がる遺伝子組み換え食品の危険
── 昨年9月に『モンサントの不自然な食べもの』が公開され、たくさんの反響が寄せられました。白井さんは遺伝子組み換え作物について、ここ数年で一般の人たちの意識が変わってきたと感じることはありますか?
2009年に翻訳出版した『それでも遺伝子組み換え食品を食べますか?』は、遺伝子組み換え食品に関する入門編だったのですが、当時はそれほど反応がなかったんです。遺伝子組み換えというテーマは難しいなと思っていました。ですが、今年刊行した『遺伝子組み換え食品の真実』は、この映画と、TPP問題が話題になっていることもあって、反応が全然ちがいますね。
白井和宏さん
『モンサントの不自然な食べもの』は、かなり深いところ、種子の支配や、政治家の利権問題、科学者への抑圧まで描いている。一回観ただけではなかなか全てを理解できないという声は多くなかったですか?
──そうですね。情報量が多いから、何度観ても新しい発見があるという意見が多かったです。2回目は、違うところに驚かされたり、また、種子の問題について知ったことで新しい気づきがあったりと、切り口の豊かさが反響を呼びつづけている理由だと思います。ここまで、反響が広がったのは、映画の力とみなさんの強い気持ちが大きいと思います。
311の事故も重なったため、各地で講演をしていても、とくに小さい子供をお持ちのお母さんの反応がすごく真剣です。原発事故から時間が経ってから内部被曝の危険性について知り、食べものに注意し始めたけれど、「食に関心が薄かったために、自分は子供たちを被爆させてしまったのではないか」と悔いているお母さんが多いのです。子供の健康を守るためにも、もっと食についての知識を持たなければいけない、と思った方に大勢、お会いしました。
── 世界でシェアが伸び続けている遺伝子組み換え食品の危険性については、その後どんな問題が起きていますか?
南米でも遺伝子組み換え作物がどんどん広がっていますし、オーストラリアにも遺伝子組み換え菜種が広がっています。先日は、アメリカで未承認のGM小麦が発見されました。以前はアメリカ人もパンの原料である小麦まで遺伝子組み換えになることに抵抗が大きく、一度は遺伝子組み換え小麦の開発が中止されましたが、今再び、開発が進んでいます。フィリピンでも遺伝子組み換え稲を2~3年で商品化する計画でいます。そうなればトウモロコシ、大豆、小麦、コメと、世界の主要穀物がすべて遺伝子組み換えになってしまいます。
すでにインターフェロンやインスリンなどのバイオ医薬品が一般化しています。その上、日本では遺伝子組み換え蚕から作ったコラーゲンが商品化されました。遺伝子組み換えイチゴを用いた、犬用歯周病の治療薬も販売されようとしています。遺伝子組み換え作物そのものを原料とする医薬品が商品化されるのは世界初のことです。もし、医薬品用の遺伝子組み換え作物が、一般に流通したら大変な問題になるため、さすがにアメリカでも反対が大きくストップしています。ところが、日本政府は、「ビルの中で閉鎖してイチゴを作っているから大丈夫」と認めてしまったのです。しかしもしも、誰かがイチゴの種子を持ちだして、野外に植えたとしても誰も気づきません。人々が知らない場所で恐ろしいことが進行しています。
映画『モンサントの不自然な食べもの』より
政治に関わる人が少ない
──世界的な反グローバリゼーションの動きとともに、遺伝子組み換え作物についての反対運動が活発になっています。アメリカでも通称「モンサント保護法」を削除する法案が米国上院で可決されました。
あまり知られてませんが、アメリカでも根強い遺伝子組み換え反対運動がありました。たとえば2007年には、「食品安全センター」の事務局長アンドリュー・キンブレル氏が、様々な市民団体と連携して、農務省を相手に裁判を起こしました。その結果、農務省による環境影響評価が不十分と判断されて、遺伝子組み換えアルファルファの作付けが一時、中止されたこともありました。
「市民団体がモンサントをストップさせた」としてニュースになりましたが、その当時、運動そのものは、そんなに盛り上がっていなかったんです。ところがその後、アメリカも空気が一変しました。2008年にはリーマン・ショックがあり、グローバリゼーションの流れの中で貧困層が急激に拡大し、一握りの巨大企業に権力が集中しすぎているという批判がアメリカ中に広まったことが影響しています。そこから、「We are 99%」(我々が99パーセントだ)や「オキュパイ・ウォール・ストリート」、さらには、モンサントに反対する運動が活発化し、遺伝子組み換え食品の表示運動が広がっています。
── アメリカでは失業や貧困など、個人の生活が大変な状況にあり、一部の巨大企業が社会全体を支配していると肌で感じることが多いため、ウォール・ストリートやモンサントへの強い反発がある。それと比べると、日本は政治的な視点が少ないようにも感じますが。
2012年にはカリフォルニア州で、遺伝子組み換え食品の表示を義務付ける住民投票が実施されました。ところが、それに対して、モンサントなどのバイテク企業はもとより、コカ・コーラ、ネスレ、ケロッグやデルモンテといった食品メーカーまでが40数億円を投じて、大々的にテレビやラジオで2週間も反対キャンペーンを行ない、食品表示の義務化を阻止しました。オバマ大統領も最初に立候補する前は、食品表示に賛成していたのですが、今ではモンサント社の副社長を食品医薬品局(FDA)長官の上級顧問に任命しました。アメリカ政府そのものが企業に乗っ取られています。テレビも新聞も遺伝子組み換え問題についてはほとんど報道しませんし。もっとも日本も今ではアメリカと同様の状況になってしまいました。
アメリカでは失業してフードスタンプをもらっている人が5,000万人もおり、社会が崩壊しつつあります。日本にも深刻な問題は山ほどあるのに、この間の参議院選挙では自民党が圧勝しました。
── 原発やTPPや遺伝子組み換えの関心が、選挙に反映されないことに、疑問や無力感を覚えることもあります。
日本の原発事故の後、欧州では緑の党が躍進しました。既成政党に代わる新たな選択肢があることを伝えたくて、私も『緑の政治ガイドブック: 公正で持続可能な社会をつくる』『変貌する世界の緑の党─草の根民主主義の終焉か?』という世界の緑の党についての書籍を2冊、翻訳しました。
ところが参議院選挙で驚いたのは、脱原発の集会や学習会、デモには大勢が参加するけれど、いざ選挙になると、時間的余裕がないのか、あるいは政治そのものにあまり期待を抱いていないのか、関わる人が本当に少なかったことです。
── それは議員に市民の意見を伝えて法律や制度を変えることが社会を変える近道だということを、私たちもなかなか認識していないからなのでしょうか。
それも理由のひとつでしょうね。そもそも日本は、議員と市民との距離が開きすぎています。日常的に普通の人が選挙に関わったり、議員に接触する機会がまったくないですよね。利権に関わりのある業界団体や労働組合が選挙を支えており、普通の人たちが選挙に参加したり、地域の問題を解決するため議員に要請しに行く機会が、ほとんどなくなっていますから。
映画『モンサントの不自然な食べもの』より
── 市民と議員との距離の問題と同じように、生産者と消費者の距離も開きすぎてしまったと感じます。
それが根本的な問題だと思います。政治でも食の問題でも、多くの人が現場から離れすぎて、受け身の消費者になりきっています。たとえば、今、有名レストランでメニューの偽装が起こり、大騒ぎになっていますが、表示レベルの話にとどまり、その奥にあるもっと大きな問題に疑問を持ちません。表示の問題は氷山の一角に過ぎないはずです。つまり、表示が正しければ問題はないのでしょうか。もっと本質的な問題は、エビや牛肉がどのようにして生産されているのか、安全性に問題はないのか、環境を破壊してないのか、これから増え続ける世界の人口はエビや牛肉を食べ続けることができるのかという点にあるはずです。ところがそうした問題についてメディアは報道しないし、それを問題にしないメディアを人々は疑問に思わない。
たとえば、アメリカはBSE(いわゆる狂牛病)対策についても、検査頭数が全体の0.1%以下しかなく、いい加減と指摘されます。しかも食中毒が深刻な問題であり、そのために年間3000人が死亡していると政府機関が発表しています。そこで食肉の殺菌のために放射線照射も認められています。さらに、日本やEUは肉牛の肥育のために成長ホルモン剤を使用していませんが、アメリカではOKです。
乳牛には、モンサントの遺伝子組み換え牛成長ホルモンが、肉牛には成長促進のために抗生物質が使われています。抗生物質は日本でも家畜に大量に使用している可能性がありますが、アメリカでは家畜に抗生物質を与えすぎたために、耐性を持つ菌が生まれ、年間200万人が感染症にかかり2万3千人が亡くなっていると報告されています。
遺伝子組み換え飼料についても、アメリカとオーストラリアの共同研究で、豚に5カ月間与えたら、胃炎の発症率が増大したという研究が発表されました。
ちなみにフランスとEUでは、映画『世界が食べられなくなる日』が伝えているフランス・カーン大学の研究がきっかけになって、長期的な健康への影響試験が今度始まるそうです。
消費者はどうやって牛が飼われているのか知らないし、畜産業者は自分が育てている家畜のことしか知らない。家畜の餌となる種子、その栽培方法、農薬の影響、飼育方法、と畜場の検査体制、食肉の加工方法、添加物の使用、流通から販売までのルートなど、食べものの生産から消費に至るまでの全体像を知っている人はほとんどいないのです。
知識を得ること、そして食べものを自分たちで作ること
── TPPに入るから食卓が危なくなる、のではなく、既に食卓に危険は迫っている、ということを伝えていきたいのです。TPPはこの後どのような状況になるのでしょうか?
そもそも日本が「年内妥結を目指す」と発言すること自体がおかしな話ですね。交渉で有利な条件を引き出したいなら、「この条件が呑まれなければ参加できない」と時間をかけて、日本の有利な状況に持ち込むべきなのに。最初からアメリカに全面的に協力します、と言っているのと同じわけですから、お話になりません。このままでは日本の農業は崩壊し、食料自給率は確実に下がるでしょう。すでに世界的に起きている食料危機が日本を襲った時になって、TPPに参加したことを後悔することになるでしょうが、それでは遅すぎます。
── 食品表示は見るひとが増えても、真実が書かれていない、偽装という問題があります。ほんとうの食べ物を選ぶために、私たちができることはなんでしょうか?
ひとつは知識を得ること。そのために映画の役割は重要です。マスコミが報道しない、食べものに関する映画が増えてきたことで、消費者の意識が変わってきたことは確かな事実です。本だけでは実感がわかない部分を補うために、映像の力は欠かせません。
さらに重要なのはやっぱり、食べものを自分たちで作ることでしょう。すでにパリやロンドン、カリファルニアなど世界の大都市に広がっています。都会の真ん中で畑を作り、自分の庭やベランダで、野菜や蜂、鶏を飼い始めています。野菜だけでなく、家畜を育てるところまで行くと、人々の意識は相当、変わっていくでしょう。
ちなみに、パリのオペラ座の屋上でも養蜂をしており、世界で一番高価な蜂蜜と呼ばれて人気です。ここ数年、世界中でミツバチが突然に大量死して問題になっています。ネオニコチノイド系の農薬が原因だと言われ、フランスでは禁止されました。しかしパリでは以前から街中で農薬を撒くことが禁止されているためか、田舎より都市の真ん中にいる蜂のほうが元気なそうです。
── 日本ではネオニコチノイド系の農薬が公共の公園でも撒かれているんですよね。
この映画に出てくるモンサント社の除草剤「ラウンドアップ」も、ホームセンターで大量に売られています。みんな本当の怖さを知らないんですよ。
── 食が危ない、ということはこれまで手がけてきた『未来の食卓』『モンサントの不自然な食べもの』『世界が食べられなくなる日』で伝わると思うので、これから映画も解決策を伝えること、ポジティブなエッセンスとメッセージが必要なのかと思います。
ヨーロッパの経済が悪化しはじめたのは1970年代のオイルショック以降ですから、多くのヨーロッパ人は、お金を使わずに生活を豊かにする工夫を長年してきました。ところが日本はオイルショック後の構造転換でバブル経済を迎え、長らくその余韻が残っていました。2008年のリーマン・ショックと2011年の原発事故を経験した今でも経済成長が可能だと信じ込まされています。実際には日本も、お金がなくてもどうやって豊かに暮らすのか考える時代に入っていますが、多くの人はまだ、何をしたらいいのか分からず途方に暮れています。世界ですでに始まっている最新の活動を、映画が広めてくれるのを期待しています。
(インタビュー:松下加奈、構成:駒井憲嗣)
白井和宏 プロフィール
1957年、神奈川県横浜市生まれ。中央大学法学部卒、英国ブラッドフォード大学大学院ヨーロッパ政治研究修士課程修了。生活クラブ生協神奈川理事、生活クラブ生協連合会企画部長を経て、生活クラブ・スピリッツ株式会社代表取締役専務。1990年代後半、日本に遺伝子組換え食品が輸入され始めた時期から、遺伝子組み換え作物の生産やトレーサビリティ、食品表示についての現地調査のため、アメリカ、オーストラリア、中国、アルゼンチン、インド、イギリス、ベルギー、イタリア等を視察。訳書にA・リーズ『遺伝子組み換え食品の真実』(白水社)、A・キンプレル『それでも遺伝子組み換え食品を食べますか?』(筑摩書房)、D・ウォール『緑の政治ガイドブック』(ちくま新書)、著書に『家族に伝える牛肉問題』(光文社)などがある。
http://www.s-spirits.co.jp/
【関連記事】
倫理とは与えられるものではなく、自分で創りあげるものである
『モンサントの不自然な食べもの』クロスレビュー(2012-08-31)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3619/
「遺伝子組み換え作物の健康への危険について追求する姿勢がないことが問題」
『モンサントの不自然な食べもの』ロバン監督が訴える巨大多国籍企業の暴走(2012-09-16)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3628/
「モンサントの遺伝子組み換え食品に毒性の疑い」ルモンド紙報じる(2012-10-01)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3664/
[TOPICS]カリフォルニアで遺伝子組み換え表示義務否決(2012-11-09)
http://www.webdice.jp/topics/detail/3699/
[TOPICS]モンサント 欧州のGM反対運動にギブアップ(2013-06-10 15:44)
http://www.webdice.jp/topics/detail/3900/
市民の声によりモンサント保護法の破棄がアメリカ上院で決定(2013-09-29)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3992/
『モンサントの不自然な食べもの』DVD発売記念イベント
2013年11月16日(土)、11月17日(日)
渋谷アップリンク・ファクトリー
2013年11月16日(土)12:30開場/13:00上映
トークゲスト:手島奈緒さん(「いでんしくみかえさくもつのないせいかつ」著者)
2013年11月17日(日)12:30開場/13:00上映
トークゲスト:白井和宏さん(『遺伝子組み換え食品の真実』 『それでも遺伝子組み換え食品を食べますか?』著者、生活クラブ・スピリッツ代表取締役専務)
料金:1,000円
当日はNON-GMマルシェを開催。遺伝子組み換え食品を使用していない食品を販売いたします。(内容は変動する可能性があります。ご了承ください)
ご予約はこちら http://www.uplink.co.jp/event/2013/18545
DVD『モンサントの不自然な食べもの』
2013年11月15日発売
監督:マリー=モニク・ロバン
原題:Le monde selon Monsanto
製作国:フランス=カナダ=ドイツ(2008年)
言語:フランス語・英語/日本語字幕付き
商品仕様:1層ディスク/ステレオ
尺:本編108分+特典約10分
品番:ULD-623
価格:3,800円(税抜)
発売・販売:アップリンク
協力:作品社、大地を守る会、食と農から生物多様性を考える市民ネットワーク、生活クラブ生協、株式会社アバンティ、日本オーガニックコットン協会
映画公式サイト:http://www.uplink.co.jp/monsanto/
DVD特典映像
■マリー=モニク・ロバン監督からのビデオメッセージ(3分33秒)
(2012年6月14日に衆議院議員会館で開催された“映画を観て遺伝子組み換えとTPPを考える院内学習会”より)【画像提供/IWJ】
■ダイジェスト版『モンサントの不自然な食べもの』(6分18秒)
★アマゾンでのご購入はこちら
▼映画『モンサントの不自然な食べもの』予告編