映画『フィルス』のジェームズ・マカヴォイ
幅広い役をこなすその演技力が高く評価されている俳優ジェームズ・マカヴォイが、裏工作や不正申告、アルコールやコカインに手を染める悪徳警官役に体当たりした映画『フィルス』が11月16日(土)より公開される。『トレインスポッティング』のアーヴィン・ウェルシュによる原作をスコットランド出身の気鋭ジョン・S・ベアード監督が映画化した今作にどのように挑んだのか聞いた。
テーマはブルースの精神状態の悪化と衰弱、破壊
──最近は『トレインスポッティング』をこの世に送り出したダニー・ボイル監督の新作に出演したりしていますね。本作『フィルス』は『トレインスポッティング』の原作であるスコットランドの作家アーヴィン・ウェルシュの文学作品となるわけですが、この役を凄くやりたかったそうですね。
そうだよ。僕がこれまで読んだ脚本の中で最高と言える出来だったんだ。だからこの役がもらえなかったら、かなり打ちのめされていたと思う。
──原作には馴染みがありましたか?
いいや。読んだことはなかった。アーヴィン・ウェルシュの他の小説は読んだことがあるけれど。
──原作は実験的、前衛とも言える内容ですが、それについてはどう思いましたか?
映画は小説とは全くことなる表現媒体だし、映画では、身体的な側面のほうに焦点が意向している。彼の健康や性器についての具体的な表現などもある。原作に出てくる殺人ももっとむごたらしい。そういった人を不快にする表現が物語を一貫している。テーマはブルースの精神状態の悪化と衰弱、破壊だと思うんだ。そのきっかけは彼を取り巻く環境が悪化し崩壊しはじめたことだ。それによって彼自身の精神状態の破壊の引金となるわけだ。だからそういった面を映画は言葉ではなく映像で追っているんだよ。その点では原作よりずっとわかり易いと思う。
──アーヴィンは撮影に来て、彼といつでも話せたりしたんですか?
全然。最初のミーティングで会っただけだよ。
──それはどんなミーティングだったんですか?
ただざっくばらんに話をしただけ。途中でアーヴィンがミーティングから抜けたんでジョン(監督)と話していたんだよ。アーヴィンは、ミーティングに帰ってきたときの僕がその間に変わってたって。オーディションはなかったんだ。でもミーティングの最後には、最初あった不安が消え、僕が演じることに対して凄く満足したって言ってたよ。20代に見えるというのはNGだという点をアーヴィンは強調したんだ。20代というのは若い、何かやっても許されるんだよ。30歳を過ぎると、償う時間も短くなるから、20代のように許されないんだ。映画を観ている観客もそう感じる。ブルースは観客が観ていて許せるキャラではないんだよ。同情を感じることはできても。
──彼はカメオで出演したそうですが、残念なことに編集でカットされてしまったそうですね。
アーヴィンは撮影にはほとんど顔を出さなかったよ。カメオで出演したとき以外は。それも不幸にもカットされてしまったけれど。彼は資金集めや脚本の段階で深くかかわったが撮影に入ると、ジョンが好きなように映画が作れる環境を与えたんだと思うよ。これはジョンの監督作だから。
映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.
──ベアード監督とは撮影前にどんなことを話しあったのですか?
主に精神の病についてだね。それをこの映画の核とすること。そうすることで良い映画を作ることについて、いろいろ話し合ったよ。時代遅れな偏見に満ちたジョークを連発したり、ショッキングなシーンをショッキングでなく何気なく描くことなどね。しかし本のテーマはそこにはなく、ブルースのメンタル・ブレイクダンについてだという事とかね。
──精神の病んだブルースをいかに正確に演じようと思いましたか?正確に演じるのは難しかったですか?
可能な限り正確に演じようと思った。でもこの映画は現代イギリスの精神病の現状を描いた社会レポートじゃないんだ。1998年版の社会ポートレートでもない。これはただ一人の男の心理についての映画だから、その点が大切だったんだ。ジョンも僕も身近に精神で病んだ人に触れたことがあるから、その経験が役にたったよ。
獣のような人間になることへの恐れ
──原作では、エディンバラのスラングが意図的に使われていますが、映画では、全体的にスコットランド訛りではあるものの、特にこだわった感じがありませんね。
あまり重要ではないと思う。でもそれを映画でやらなくてがっかりした原作のファンもいるかもしれない。ブルースが使ったエディンバラの方言が欠如しているって。じつのところエディンバラ出身なのはキャストのほんの一部だけなんだ。今回は自分の英語と言うか、自分なりの解釈で話すというのがキャストの演技の鍵となったのかな。映画は表現媒体としては、文学よりもずっと具体的な表現手段だから、キャストの演じ方がそのまま観客の理解を決定すると言えるかもね。
映画『フィルス』より ©2013 Lithium Picture Limited.
──特に大変だったシーンは?
ひとつだけ。脚本は問題なかったんだけれど。フェラを強いるシーンかな。凄く不快なシーンだったし、やる気にならなかった。だからといって役を降りるわけにもいかないし。ただ彼女は15歳でなく21歳だったからよかったけれど、でもあの時は唯一モラルに疑問を感じたよ。
──観ていて恐ろしい男としてブルースを演じることは重要でしたか?観客に恐怖を与えるような獣みたいな男になりきることが。
この映画には動物がたびたび登場する。心の底ではブルースは動物みたいになったことを後悔しているんだ。そして彼は最終的には恐怖と本能だけで行動するようになる。そしてある日気がつくんだ。いかにその穴に自分は深く落ち込んでしまったかと……。そして鏡の中の自分を覗き込む。そこにいるのは獣なんだ。そこで彼は唯一出来る決心をするんだ。でもそれだからといって彼が許されることはない。彼のやったことには償いが通用しない。だから彼は唯一可能な決断をする。確かに獣のような人間になることへの恐れというのはテーマの一つだと思う。人間は動物から進化したわけだし。現代社会というのも、動物からの進化し本能ではなく知性によって行動するということこそが人間らしさとする概念であるわけで。だからこそまた元の獣に戻ってしまうということは、人間の根源的な恐れだと思う。だから獣のようにふるまうことへの不安とうのはいつの時代にもどんな社会にもある。あきらかにブルースは獣のようにふるまったことへの後悔の念がある。ブルースの内部にある脅迫感をそのまま演じようと思った。ブルースを怖く演じるのが重要だったか?それは何とも言えないな。このシーンは怖く、あのシーンはおかしく、という風に意識して演じたわけではないから。撮影ではただその日その日のシーンを脚本に忠実に撮ろうと努めた。それは素晴らしい脚本だったから。脚本がおかしければおかしく、怖ければ怖く、そのまま忠実に演じただけなんだよ。
(インタビュー・文:高野裕子)
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ジェームズ・マカヴォイ プロフィール
1979年生まれ、スコットランド出身。映画やテレビや舞台でひっぱりだこの最高の英国若手俳優と称される。『ラストキング・オブ・スコットランド』(06)で英国アカデミー賞を初め多数の賞でノミネートされ、『ダンシング・インサイド/明日を生きる』(05)でロンドン映画批評家協会賞の最優秀イギリス人俳優賞部門にノミネートされ、『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』(05)では英国アカデミー賞のライジングスター賞(新人賞)を受賞している。さらに2007年、『つぐない』でゴールデングローブ賞と英国アカデミー賞の最優秀男優賞にノミネートされ、多数の賞でも受賞した。その他の作品は、『ペネロピ』(06)、『ウォンテッド』(08)、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(11)など。最近の出演作には、『ビトレイヤー』(13)、『トランス』(13)がある。また、『The Disappearance of Eleanor Rigby』(13)撮影を終え、『X-Men : Day sof Future Past』(14)の撮影が控えている。
映画『フィルス』
2013年11月16日(土)より渋谷シネマライズ、新宿シネマカリテにて公開
監督・脚本:ジョン・S・ベアード
原作:アーヴィン・ウェルシュ 「フィルス」渡辺佐智江 訳(パルコ出版より11月2日発売)
出演:ジェームズ・マカヴォイ、ジェイミー・ベル、イモージェン・プーツ、ジョアンヌ・フロガット、ジム・ブロードベント、シャーリー・ヘンダーソン、エディ・マーサン、イーモン・エリオット、マーティン・コムストン、ショーナ・マクドナルド、ゲイリー・ルイス
編集:マーク・エカーズリー
音楽:クリント・マンセル
撮影監督:マシュー・ジェンセン
提供:パルコ
配給:アップリンク パルコ
宣伝:ブラウニー オデュッセイア エレクトロ89
2013年/イギリス/97分/カラー/英語/シネマスコープ/R18+
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/filth/
公式Twitter:https://twitter.com/filth_movie
公式Facebook:https://www.facebook.com/FilthMovieJP
「フィルス」
著:アーヴィン・ウェルシュ
翻訳:渡辺佐智江
発売中
ISBN:978-4865060454
価格:1,890円(税込)
発行:PARCO出版
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