『マイク・ミルズのうつの話』のマイク・ミルズ監督 ©Sebastian Mayer
映像作家マイク・ミルズが日本のうつを抱える5人の若者の生活を記録したドキュメンタリー『マイク・ミルズのうつの話』が10月19日(土)よりロードショー。公開を記念して、ミルクマン斉藤氏が彼の作品に共通するメッセージを、これまでの映像作品を通して解説する。
『サムサッカー』の日本公開直前、2006年6月26日。Apple Store銀座で行われたマイク・ミルズ監督とホンマタカシ氏とのトークショウで、僕は映像面でのコメンテイター的役割を仰せつかって、舞台で一緒に喋ったことがある。その夜、マイクは2時間ほどのイヴェントが終わるや日米混成の撮影クルーとともに慌ただしく姿を消し、ウチアゲ場所に戻ってきたのは数時間後。なんでも「うつ」に関するドキュメンタリを東京で制作中とかで、寸暇を惜しむように撮影に出かけていたというわけだ。間違いなくそのときの素材も本作の一部になっているのだろう。
しかし当時の日本ではまだ、マイクの映像への取り組みについて、グラフィック・デザイナーの余技程度と思われていたフシがある。日本でも放送された、「ウェスト・サイド物語」の音楽に乗せて男女が歌い踊るGAP社のCF[“Cool”('99)、 “Mambo”('00)]等の仕事や、いくつかの個性的なPV作品は一部で話題になっていたはいたのだが。
▼GAP社のCF“Cool”('99)
▼GAP社のCF“Mambo”('00)
しかし実際は10年前の'96年、すでに彼は映像を中心としたクリエイター集団「ザ・ディレクターズ・ビューロー」をローマン・コッポラとともに設立していたのだった。友人のソフィア・コッポラやスパイク・ジョンズにそそのかされたとはいえ、この時点で「自分たちの撮りたいものを自分たちのペースで撮る」ことが設立動機としてあったらしく、まださほど実作はなかったにしろ、「映像」への興味はずいぶん前からマイクの中で大きくなっていたのだ。
もっとも、彼の永遠のヒーローはチャールズ&レイ・イームズ。デザインだけでなくさまざまなジャンルを駆使したトータルなヴィジュアル・コミュニケーションを図った先駆者を私淑しているのだから、映像を手掛けずにいられるワケがない(マイクがイームズから受けた影響を端的に想起させるのは初期のデザイン・ワークだが、近作であるCisco 社のCF“Tomorrow 60 Generic”('12)もイームズ的な理系グラフィック全開だ)。
▼Cisco 社のCF“Tomorrow 60 Generic”('12)
そんな彼が最初期に手掛けたテーマは、(スパイク・ジョンズと同じく)自身がその仲間でもあった“スケートボーダー”だった。
少年スケーターたち(ひとりはまだ7歳だ)にひたすらキャメラを向けた習作“Skate Boarding with Dave and Jared”('95)。プロスケーター/マルチ・アーティストのエド・テンプルトン夫妻を題材とし、マイク自身「最初の映像作品」と認める“Deformer”('96)。10代の素人カップルに密着したリアルな愛の姿をAirの楽曲のPVという形でまとめた“All I Need”('98)……。美術館の館長を父に持ち、幼少期から日常的にアートに親しんで美大に進学、でもアートを取り巻く“大げさな雰囲気”が嫌だったというマイクにとって、本当にエキサイティングな“みんなのためのアート”が存在し得たのがスケーターたちの世界。そこは自分と同じく、学校や社会にうまく適応できず、居場所を見つけられない疎外された者たちの聖域でもあったのだ(今と異なり、スケートがファッションではなくサブカルチャーだった時代の話だが)。
▼AIRのPV“All I Need”('98)
▼“Deformer”('96)
これらのスケーター・フィルムはすべてマイクの出身地でもあるカリフォルニア州で撮られたドキュメンタリ的作品。いや、いっそヌーヴェル・ヴァーグっぽく、“シネマ・ヴェリテのスタイル”といったほうが近いかも。マイクの映像作品の本流は、どうやら “いまのリアル=真実”を正直に、画面に掴まえることにあるようだ。
そこで彼が好んで舞台に選ぶのが「サバービア」。寸分変わりのない画一的な住宅が延々と並び、画一的なモラルと画一的に平穏な生活があらかじめ約束されたような郊外の人工的コミュニティ。しかしそのほころびは誰の目にも明らかで、'80年代以降デイヴィッド・リンチやティム・バートンらが皮相的に描いて、いささかの嘲笑と奇異の目で見られるようにもなった。
だがマイクの視線はより穏やか。外部の影響から遮断された、ある種の結界に生きる人々に対して共感する目を忘れない。それは社会から疎外された者としての共感でもあるだろう。先に挙げたスケーター・フィルムはすべてサバービアものだし、“The Architecture of Reassurance”('99)(「安心の建築」といった意か)はサバービアの外から“潜入”した孤独な少女アリス(!)が、画一的世界の中で居場所のなさを感じつつ暮らす同年代の少年少女と出会っていくお話。“Paperboys”('01)も自転車走らせサバービアを新聞配達するガキどもの、ガキなればこその鬱屈を描くドキュメンタリだ(この地味なフィルムのスポンサーはNYのブランド、ジャック・スペードだ)。……ちなみにサバービアの特徴的な風景を用いたものとしてはフォルクスワーゲン社の爆笑CF“Tree”('00)が忘れがたい。また、孤独感に打ちひしがれつつロマンティックな夢を見る工場労働者(といっても外見は巨大な猿!)と幻のセクシー美女とのラヴ・ストーリー、Divine ComedyのPV“Bad Ambassador”('00)もテーマ的に相通じるものがあるだろう。それはともかく、このサバービアものの系譜はやがて初長編作『サムサッカー』('05)に結実していく。
▼“The Architecture of Reassurance”('99)
▼“Paperboys”('01)
▼“Tree”('00)
▼Divine ComedyのPV“Bad Ambassador”('00)
内向的な性格のため、サバービアの中で孤立感を深める高校生ジャスティン。彼には父親からも激しく咎められる「親指をしゃぶる癖」があり、催眠療法でいったんは治ったものの、しゃぶれないことで心のバランスを崩してしまう。ADHD(注意欠陥多動性障害)の診断を受けたジャスティンは「なんだ、僕は病気だったんだ」とあっさり腑に落ちて、自ら進んで薬を飲み始める。すると彼の天才がみるみるうちに開花、ディベイト・クラブのスターになるが、何故か周囲のものごとがすべてうまくいかなくなりはじめ……。主人公だけでなく、親の世代も含め、登場人物皆がまだ“成長の途上”にあり、何かに依存しているこの映画。次作にあたる『マイク・ミルズのうつの話』へと明らかに連続していくのが判るだろう。
▼『サムサッカー』('05)予告編
舞台はサバービアから東京に移れど、状況はほぼ一緒だ。「普通であること」「模範的であること」「成功すること」「強くあること」「浮き出さないこと」等々が求められる社会の中で、自分のありかたを不安に感じ、ある者は病気だと診断されたりして (そこには製薬会社や医者の“目論見”があったりもする)、ついにはもともとの自分を見失ってしまう。逆にいうと、東京は巨大なサバービアである、ということか。
実はマイクが『サムサッカー』の……というか長編映画の製作に着手した理由は1999年、母の死に際して自分を見つめ直したのがきっかけだったらしい(また、母はうつでもあった)。しかもその4カ月後、父親が突然ゲイであることをカミングアウト!「これからは本当の意味で人生を楽しむことにする」と宣言し、“初心者”であることを恐れずに75歳でゲイ・コミュニティに飛びこんで、若い恋人まで作り、癌で亡くなるまでの5年間、第二の人生を謳歌した。明日の人生を楽しむ方法とは、過去の呪縛から逃れ、いざとなれば「初心者」としてすぱっと生きなおせる勇気である……これを、父親役クリストファー・プラマー(これでアカデミー助演男優賞受賞)と、マイク自身を投影したユアン・マクレガーの名演を得て描いたのが、長編第3作『人生はビギナーズ』('11)だ。
『人生はビギナーズ』('11)予告編
つまりは「Let's be Human Beings」……「人間らしく生きようよ」。マイクが長短さまざまな作品で繰り返してきたメッセージは、まさにこの言葉に尽きる。最初期の映像作品集のタイトルでもあるこの言葉、なんでも昔のガールフレンドの台詞らしいが、なんと簡潔にマイク・ミルズのテーマを示していることだろうか!
(文:ミルクマン斉藤 『マイク・ミルズのうつの話』劇場パンフレットより)
ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)
1963年生まれ。映画評論家。グラフィック・デザイン集団groovisionsの、唯一デザインしないメンバー。日本のクラブ・シーンにおけるVJのさきがけでもあり、ピチカート・ファイヴのステージ・ヴィジュアルを8年間手掛ける。1999年と2003年の「中平康レトロスペクティヴ」、'2001年の「鈴木清順レトロスペクティヴ STYLE TO KILL」ではスーパーヴァイザー的役割と予告編制作を務めた。著書に『中平康レトロスペクティヴ――映画をデザインした先駆的監督』(プチグラパブリッシング/2003年)、『至極のモダニスト 中平康』(日活/1999年)がある。月イチの映画トーク・ライヴ「ミルクマン斉藤の日曜日には鼠を殺せ」を大阪で主宰。
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映画『マイク・ミルズのうつの話』
2013年10月19日(土)より、渋谷アップリンク他全国順次公開
監督:マイク・ミルズ
撮影:ジェイムズ・フローナ、D.J.ハーダー
編集:アンドリュー・ディックラー
制作:カラム・グリーン、マイク・ミルズ、保田卓夫
出演:タケトシ、ミカ、ケン、カヨコ ダイスケ
配給:アップリンク
宣伝:Playtime、アップリンク
原題:Does Your Soul Have A Cold?
84分/アメリカ/2007年/英語字幕付
公式サイト:http://uplink.co.jp/kokokaze/
公式Twitter:https://twitter.com/uplink_els
公式Facebook:https://www.facebook.com/kokokaze.movie