2004年に他界した音楽家・中里丈人のベストアルバム『TAKEHITO NAKAZATO WORKS~中里丈人の宇宙』限定セット盤が、昨年11月にリリースされ、その通常盤『bootleg』が今年9月に発売となった。
1967年生まれの中里は、14歳から音楽家を志し、レコード店のバイヤーやイベントスペースのプロデュース等の仕事の傍ら、1996年にダブソニック名義で2枚のアルバムを同時リリース。自らレーベル「丈DISC」「SONIC PLATE」「Far East Experimental Sounds (F.E.E.S)」を立ち上げ、2000年にはパトリック・パルシンガーが主催するオーストリアのレーベルCheapからもアルバムが発売されるなど、その圧倒的なまでにジャンルレスでフリーフォームな音楽は類を見ないものだったが、惜しくも2004年に自ら命を絶った。
ベストアルバムをコンパイルしたのは、かつて中里のパートナーであり、“タケ・ロドリゲス&ヒズ・エキゾチック・アーケストラ”にヴォーカリストとしても参加していたANANYA。二人をよく知るアップリンク代表の浅井隆が、今回のベストアルバム発売の経緯をANANYAに聞いた。
タケ・ロドリゲス時の中里丈人
ANANYA:浅井さんには去年、中里の8回忌に特集してもらったDOMMUNE (2012年9月27日配信『中里丈人の宇宙/あるルードボーイの生涯』)で、こういう印象深いコメントをいただきました。
「この9月でアップリンクを作って25年経ったが、中里ほど無茶苦茶で熱く、そして義理深いスタッフはいなかった。当時、神南にあったアップリンク・ファクトリーからの渋谷音響系といわれたシーンの発信は、中里抜きではあり得なかった」
あの頃のファクトリーでできたことや、あそこから派生したものは大きかったと思うんです。
浅井:ちょうど音響派やいろんな動きとシンクロしてたよね。紙の『骰子/DICE』(※アップリンクが1993~2000年まで発行していた雑誌)も、DTPの雑誌編集が一気に出てきたから、自分たちでメディアを持てるんだっていう面白さがあった。ファクトリーは『骰子/DICE』の立体版をやろうとしたんだ。紙でイベントを紹介するんじゃなくて、自分たちでイベントをやろうと。当時アップリンクが入ってたビルの5階が空いたんで、そこにファクトリーをオープンするってなったとき、中里を企画担当として採用したんだよね。
ANANYA:虹釜くんの紹介で。(※1990年代初頭、渋谷にあったレコード屋「パリペキン」のオーナーで、360records主宰の虹釜太郎氏。雑誌『骰子/DICE』でも連載を持っていた。)
浅井:僕にとって中里はあくまで従業員だったから、ミュージシャンとしての中里がやっていた音楽はよく知らなかった。だから、今回のこのCDを聴いて、こんなカッコイイことやってたんだと。はじめにこのCDを貰ったときは、はっきり言って中里が残した音を聴くということにプレッシャーがあった。でも考えてみたら、中里が歌ってるわけじゃないし、悲しい歌詞が出てくるわけでもない。車で高速を走ってるときに聴いたんだけど、普通にリズムとメロディが絡んできたから、純粋に音楽として聴けた。プリミティブな感じでカッコイイと思った。聴く前の思い込みやセンチメンタルな気分が消えたんで良かった。
ANANYA:それは本当にありがたいです。音楽として聴いていただけたことがうれしい。
DUB SONIC WARRIORのライブ(1993、94年頃)
浅井:僕自身あれだけファクトリーのスタッフとして密に付き合ってたわけだから、簡単には聴けなかった。あなたの方が公私共々だったわけだから、このCDを作るために音源を聴き直すのは覚悟がいったと思う。
ANANYA:正直、中里が死んでから2年くらい、音楽自体をまったく聞けなかったです。コマーシャルもダメだった。許容範囲はスーパーマーケットとかでかかっているイージーリスニングくらいで。ほとんどの音楽はメロディーやコードがないミニマルなものであってもストーリーだと思うんですが、物語が自分の中に流入するのがいやだったんでしょうね。テレビも映画も小説も読めなくなったし。拒絶というか、何も受け入れたくなかったってことかな。もちろん、本人と音楽が分かちがたく結びついていたことが大きいんでしょうけれど。とにかく、圧倒的な喪失感だったので。これも、いま言葉にしてみると、ということですが。
浅井:今回のCDを出すまでに8年かかったというのは、決して長いとは思わないよ。コンパイルするために残された膨大な音源を聴いたんだよね。何年目からそういうことができるようになったの?
ANANYA:動き始めたのは2009年くらいからです。
浅井:何枚作ったの?
ANANYA:去年リリースしたセット版は、限定300です。パッケージも手刷りで自分でやって。なるべく手を動かすことをしたかったんです。本人が生きていた頃といまとでは、環境全体にかなり変化がありましたよね、個人でほんとにいろんなことができるようになった。その分、曖昧というか、わかりづらくなった部分、あえて見過ごして済ませている部分も大きい気がする。それがいいとか悪いというんじゃないんですけど、何か投げかけたいという気持ちはありました。もともと本人も自分でジャケを折ったり、CDのケースを組み立てるところからやっていたし。当時もPCは持ってましたけど、フライヤーやプレス・リリースを自分でつくるときは、切り貼りしてましたから。でもそれは、やっぱり手作りだよねみたいなことではないです。
浅井:中里のファン以外の、名前は知ってるけど聴いたことなかった人とかにも買ってほしいけど、値付けは難しいよね。
ANANYA:価格設定はすごく考えました。中里はオマケをつけるのが好きで、買ってくれた人にカセットテープや手描きの何かを付けたり、レーベルとしてもいろいろあったんですね。たとえばKUKNACKEの『KUKNACKE THE BASS EMPEROR / SPEAKER BREAKER BREAKS』というCDは宇川くんデザインの12面ジャケットだし、大友さんやMERZBOW、HANATARASHIが参加しているコンピレーションCD『V.A./MASTERS OF JAPANESE ELECTORONIC MUSIC』はジャケットが缶で、中にトレカが入っていたり。ただ、他のアーティストに比べて自分自身の作品は簡素だったんで、多少手のかかったものをつくってやりたいという気持ちがあって、ブックレットにバッジ、ステッカー、自作の絵本をつけました。なるべく本人のオマケ感に近い感じで。いちおうCD3枚組ですし、ひとつのパッケージとしてやりたかった。
そもそも出そうと決めたときに、最初からCDは売れないといろんなひとにも言われたし、確かに値段も下がっている。レーベルや発表するひともものすごく増えたし、宣伝や流通のやり方、そしてSONIC PLATE、中里自体の知名度などすべてが当時とちがっています。でもこの作品は、とにかく聴いてもらうために安く広く、というのとはちょっとちがう気がしたんですね。
DUB SONIC+CICADAのライブ/ソニック・プレートまつり at 恵比寿みるく(2000年)
浅井:あの3枚はどうやって構成したの?
ANANYA:だいたい時系列にもなっているんですが、彼の作品は名義ごとにちがうので、「disk 1」はDUB SONICの勢いとかライブ感のあるもの、「disk 2」はタケ・ロドリゲスのパーティーチューンという感じの踊れる要素、「disk 3」は後期を中心に重厚な雰囲気の作品でまとめています。特に昔はカセットテープ・マスターだったので、デジタル化するのが大変でした。マスタリングについてはいろいろあって、最終的にフォレストリミットの片岡さんが引き受けてくださって、ロスアプソンの山辺さんが監修というかたちで立ち会ってくださったのですが、ほんとに感謝しています。選曲についてはとにかく音源を聴けるだけ聴いて、死んだからってこれは作品としては出せないだろうっていうのはどんどん外していきました。
浅井:ジミヘンのように、死後何年経っても新しい音源が発掘される可能性は?
ANANYA:もちろん、まだ聴けていない音源もあります。ただ、今回のリリースについて一番の契機になったのは、disc3に入っている「下大久保マンボ」という曲です。死ぬ前に「タケ・ロドリゲスの新曲ができた」って何人かの知り合いに自ら電話口で歌って聴かせて、私に歌わせたいと言っていたというのをあとから知って。死んで5年くらい経ったときに、中里の実家でそのデモを見つけて聴いたんですが、それを曲として出すのが中里から私への遺言というか、自分がやらなきゃならないことだと思ったんですね。デモはアカペラで3番まで歌詞が入っているだけだったので、コモエスタ八重樫さんにトラックをつくっていただいて、KUKNACKEにミックスをお願いしました。最初は7インチも考えたんですが、それ1曲出したところでどうなんだろうと思って、ベスト盤として出すことにしました。でも、ただのメモリアルにしたくないというのはあった。
浅井:その意思は感じる。ようするに残された側の落とし前のつけ方というだけでなく、今の作品として出したかったってことでしょ。それは成功してる。すごくいいよね。
ANANYA:ありがとうございます。ものすごいプレッシャーと葛藤はいまもありますけど、個人的な感傷とか感情だけでは、正直こんなことはやらないです(笑)。とりあえず、今年は中里の命日の9月27日に「bootleg」というタイトルをリリースしました。これはパッケージの限定版からCDのみを抜いたもので、中里のバックグラウンド云々関係なくただ“音”を聴きたい方、あるいは中里丈人の入門編としてもいいかもしれません。
中里丈人(なかざと・たけひと) プロフィール
音楽家。「Dub Sonic」、「Take’ Rodriguez」、「波動砲」などの名義で活動。担当楽器は"mixer"。ジャンルは “地球上のあらゆる音楽や音を電気処理したもの”と言うことが多い。1996年にCDレーベル「丈disc」発足以降、「Sonic Plate 」「 Far East Experimental Sounds (F.E.E.S)」を立ち上げ、自作のほか他アーティストのCD、アナログ作品をリリース。他レーベルからのリリースは 「DUB FANTASY/DUB SONIC」(UNKNOWN MIX/CREATIVEMAN DISC)、「Prince of Mambo Breaks/Také Rodriguez And His Exotic Arkestra」(Cheap)、「V.A. /Beatmania Soundtraks-THE SOUND OF TOKYO!」※GAME OF EXOTICA/Také Rodriguez And His Exotic Arkestra収録(コナミデジタルエンタテインメント/小西康陽プロデュース)、「V.A./The Armchair Traveller Southbound」※No More Trouble/Dub Cica収録(ビクターエンタテインメント)等。2004年9月27日逝去。くわしくはwww.sonicplate.netをチェック!
▼ 『TAKEHITO NAKAZATO WORKS~中里丈人の宇宙』試聴
<限定300セット>
『TAKEHITO NAKAZATO WORKS
~中里丈人の宇宙』
1993年制作のカセット・テープ初期音源から、CD、CDR、ラストライヴ、2004年最期のカセット・テープ音源まで、未発表音源+タケ・ロドリゲス with ヒズ・エキゾチック・アーケストラの新曲『下大久保マンボ』を含む、全42曲を収録したCD3枚組に、中里縁の執筆陣によるテキストや写真満載のブックレット、ステッカー、手作り絵本、バッジ付録の限定セット。
品番:SONIC 022-024/定価:4500円(税込)
【セット内容】
★3CDs
Disc1: DUB SONIC音源が中心のラウドな全12曲
Disc2: Take' Rodriguez中心のエキゾな全18曲
Disc3: DUB SONIC~波動砲まで主に後期の音源で構成の全12曲
◇disc art work:宇川直宏(DOMMUNE)
◇mastering:ナパーム片岡(FORESTLIMIT)
★ブックレット
佐々木敦、woodman、虹釜太郎、谷口マルタ正明、ANANYAによるテキスト、山辺圭司(LOS APSON?店主)の全曲解説、そして 2012年9月27日配信のDOMMUNEに寄せられたENITOKWA、生西康典によるコメントのほか、中里ベストフォト&イラストを掲載した、zine形式のA5版フルカラー24ページ!
◇design:野村礼
◇editing:ICHIKAWA EZUMI
★太陽ステッカー
CD『DUB FANTASY』のジャケでおなじみの、中里丈人画による太陽のステッカー!
★DIY絵本『水辺のひまわり』キット
ロスアプソン等で数冊のみ販売していた中里の自作絵本『水辺のひまわり』の手作りキット。みんなも、中里みたいに自分で作ってみよう!
★SONIC PLATEロゴバッジ
37A(PANTY)デザインによる、SONIC PLATEの1stロゴバッジ!
限定セットからCD3枚のみ抽出
TAKEHITO NAKAZATO WORKS
『bootleg』
限定セットからCD3枚のみを抽出した通常盤。(※CDの内容はまったく同じです)
品番:SONIC 022-024/定価:3000円(税込)
取扱い店舗
■SONIC PLATE通販
■UPLINK MARKET
■LOS APSON?
■HEADZ(ヘッドホン)
■円盤
■2NICHYOUME PARADAISE
■newtone records
■naminohana records
■Meditations