映画『ムード・インディゴ うたかたの日々』のミシェル・ゴンドリー監督
『エターナル・サンシャイン』などで知られるミシェル・ゴンドリー監督がボリス・ヴィアンの小説を映画化した『ムード・インディゴ うたかたの日々』が10月5日(土)より公開。『真夜中のピアニスト』のロマン・デュリス、そして『アメリ』のオドレイ・トトゥを主演に迎え、ぬくもりを感じられるファンタジックなビジュアルのセンスで恋愛小説の古典を解釈している。ゴンドリー監督に、彼が共感した原作のイマジネイティブな世界について、そして制作の経緯について聞いた。
本は確固として存在する、という設定
──原作を最初に読んだのは、いつですか。
10代の頃だね。兄が最初に読んで、僕たち弟に薦めたんだ。間違いなく兄は「墓に唾をかけろ」とか、ボリス・ヴィアンがヴァーノン・サリバン名義で書いた、もっとエロティックな小説から読み始めたはずだね。わが家では、ヴィアンの歌を聴くことはなかった。メッセージ色の強いフランスの歌に対して、ある種の抵抗感があったからね。デューク・エリントンは、父が大ファンだったから聴いていたよ。それから、セルジュ・ゲンスブールもね。当時は思いもしなかったけれど、ヴィアンはある意味、彼ら二人をつなぐ存在だったんだと思う。最初に読んだ時には気付かなかった。現実の記憶と、あとから再構築した記憶には違いがあるからね。 読み終わって、スケート・リンクの惨劇が映像になって頭に残った。最愛の人が失われてしまうという、恋愛小説の伝統を受け継いでいるという印象も強かったね。それらのイメージが、僕が監督になる遥か前に思いついた、色彩が徐々にあせてゆき、白黒へと移ろっていくという映画のヴィジョンと重なるようになった。その後、原作を2、3回読み返して、映画化しようと考えた。
映画『ムード・インディゴ うたかたの日々』より cBrio Films - Studiocanal - France 2 Cinema All rights reserved
──映画化の許可は、すぐにおりましたか。
プロデューサーのリュック・ボッシが交渉してくれた。とても幸運なことに、ヴィアンの遺産を管理しているニコル・ベルトルトは、他の著名な作家の遺族たちと違って、現代的な感覚の持ち主だった。
リュックが書いた脚本の第1稿は、原作に忠実だったから気に入ったよ。二人で一緒に手直しをしたんだけれど、大きなアトリエでこの物語の本が作られているという彼のアイデアは残した。それは、この本からは逃れられないということを示している。本は確固として存在し、破壊することは出来ないんだ。さらにアトリエは、物語は既に書かれていることを暗示している。原作を読んだとき、主人公たちの運命の結末は既に誰かの手で書かれていて、避けられないものだと感じた。言わば、宿命論的な物語だ。僕は運命を信じないが、この物語はそれを信じているんだ。
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用途を変えることで、物に命を吹き込む
──ヴィジュアルは、どのように創り出しましたか。
初めて原作を読んだときから、ずっと抱いているイメージを、そのまま表現したいと思った。人間同士の出会いでも、第一印象が重要だというのと同じだね。第一印象を土台にして、残りを接ぎ木にして創り上げていったけれど、完全な宇宙を描くのは不可能だった。
美術のステファン・ローゼンボームと一緒に考えたニコラの料理が、よい取っ掛かりになったよ。登場人物たちは、肉をたくさん食べる。僕自身は12歳の頃から菜食主義なので、これにはあまり魅力を感じなかったけれどね。参考にしたジュール・グッフェの本に、修正を加えた写真のように見える、とても美しいイラストがあった。僕はステファンに、家禽の写真を撮るように言った。それを繊維やウールなど他の素材に変換して、全て再撮影したんだ。ジャン=クリストフ・アヴェルティの作品を彷彿とさせる、コマ撮りの短編アニメーションが完成した。それを本編の中に使ったんだけれど、実によく作品のトーンを決定してくれた。
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──イマジネーション豊かな物体で溢れていますね。
原作で、コランがこう言っている。「変わるのは物であって、人じゃない」。それは僕自身がずっと考えていたことで、僕がどうしてこの本に惹かれたかをすっきり説明してくれる。たとえば、僕は人は年をとらないと思っている。人が年をとるのではなく、彼らの写真が若くなっていくと考えているんだ。用途を変えることで、物に命を吹き込むことに、すごく興奮する。
──視覚的なアイデアのいくつかは、ヴィアンの文章をなぞっていますね。
たとえば、ヴィアンが描いた椅子は、誰かが座ろうとすると自分で丸くなって縮んでしまう。同じような物を求めて、最初に思いついたのがゴムの椅子だ。次に考えたのが、動物の形をしていてクシャッとなる子供のオモチャ。底の部分を押し上げると、張りがゆるんで動物がクニャリと倒れる。しかし原作のいくつかは、当てはまる物が現代にはなかった。シックのパルトルへの心酔も、薬物依存のように描写することにした。そうでないと、どうしてシックがアリーズを捨てるのか理解できないからね。
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同じ場所の過去と現在の差違にこだわっている
──映画はパリが舞台ですが、時代設定はいつですか。
いつの時代でもないんだ。原作が出版された1946年でもなく、2013年でもない。1970年代を想起させるのは、ステファン・ローゼンボームと僕が同い年で、自分たちの若い頃を思い起こさせる物を選んだからだ。視覚的に選んだ物の多くは僕の子供時代と関連があり、たとえばコランのアパルトマンがそうだ。子供の頃に祖母と毎週パリへ出かけ、プランタン百貨店に行った。建物の連なるあの連絡通路を歩くのは、本当に魔法のようだった。レ・アール地区には建設現場があり、僕は建設中の街で育った。それこそが、僕の若き日のパリだ。そのイメージと、ヴィアンがアメリカ文化のファンだったという事実を結びつけた。
原作はロマンティックで、10代の少し病的な空想を反映している。それは疑いもなく僕自身の感性や記憶、そして幻想としっくり来るものだ。僕はよく、両親の家でまた暮らすようになるという夢を見るが、その夢の中で家は縮んでいる。あるいは、ガレージが建てられたり、木が成長したり、周りの街並みが変わったのかもしれない。コランのアパルトマンが朽ちて縮むのは、そこから来ている。 僕は、同じ場所の過去と現在の差違にこだわっている。時の経過を証明する、壁紙の重なっている層が見たいんだ。
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──特殊効果が多いですが、撮影は複雑でしたか。
グリーン・スクリーンでの撮影は、より複雑になる。しかし幸いなことに、コランのアパルトマンのシーンを時間順に撮影できたし、また埋葬シーンから始めることが出来た。撮影をヤマ場で締めくくるのは、とてもストレスが多いからね。
それより大きな問題は、ボリス・ヴィアンがみんなのものだということ。誰もが自分なりの解釈を持っていて、撮影スタッフも同じだ。自分固有のタッチを持ち込みたがるのは結構なことだが、時には過剰になってしまう。観客への責任を計算に入れていないからだ。アニエス・ヴァルダが僕に言ったことを思い出す。「いい映画を撮ってくれるように願うわ。だってみんな、あの本が大好きだもの」。
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俳優の才能はただ単純な物事をいかにうまく信じさせてくれるかにある
──ロマン・デュリスは、どういう経緯でコラン役に?
原作では、コランはあまりしっかりと描写されていない。読者が自分自身を物語に投影できるので、そこが気に入っている。ロマン・デュリスがいいと思ったのは、男っぽい側面とある種の脆さを併せ持っているからだ。そのうち崩れるんじゃないかと思わせてくれる。原作ではコランはもっとこの世のものではない感じだけれど、それでは時代遅れになってしまう。またちょっとドレスアップ気味で、ほぼメトロセクシャルで、そういう点は削らなければならなかった。
撮影初日の埋葬シーンから、ロマンの演技には強い印象を受けた。ねじ曲がったライフルで睡蓮を撃つんだけれど、簡単じゃない。時に俳優の才能というのは、偉大な脚本をいかに鮮やかに解釈するか、いかにすごい感情表現をこなすかではなく、ただ単純な物事をいかにうまく信じさせてくれるかで測られたりする。本作では、彼が愛する人を殺したのは水に浮く花々なんだと、観客に信じさせなければならなかった。
映画の後半では、コランは自分の仕事とクロエの病気のせいで疲れきっていて、しかもみんなが彼に怒鳴っている。それは僕が感情移入できる部分だったので、原作より激しくした。かつて僕は、重病を患う妻と一緒に暮らしていた。幸い妻は回復したので、幸運にも健康だからこそ感じる恥ずかしさを知っている。ロマンは僕の体験を利用して、コランという人物を、逃げや臆病も含めて、特に誉れ高くもない場所へと連れて行った。
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──オドレイ・トトゥはクロエ役としてはとても躍動的ですね。
僕は、オドレイを非常に気に入っている。他の作品の生命力に溢れた演技も好きだが、本作で病身でありながら躍動感を出せるところがいい。彼女は、クロエには欠かせない、あるエネルギーを持っている。クロエはみんなを元気づけるための強さを見つけなければならず、そうするとみんなもお返しに彼女を元気づけてくれる。オドレイが映ると、誰だってスターの登場だとわかる。彼女の顔には清らかさがあり、ローレン・バコールのような黄金時代の女優たちを彷彿とさせる。また彼女には、ある感性が備わっていて、たとえばチャップリン映画の女性たちのような無声映画のスターを思い起こさせる。実際、後半は無声映画の雰囲気が幾分かあって、セットは俳優たちの顔に取って代わるんだ。映像はとても強烈でパワフルなものになるはずだったので、僕たちは観客が感情移入できる力強い俳優たちを必要とした。
──シック役のガッド・エルマレには何を求めましたか。
彼は内面の感情で演技をしないのに、その感情は確実にそこにある。各々の俳優がそれぞれのテクニックを使うが、ガッドに関しては紛れもなくコメディアンだという経歴があり、ロマンやオドレイとは異なる個性を持っている。より外見的で、まさにバスター・キートンの放心した様相で、彼の醸し出す表情が素晴らしいシック像を作り上げた。それは己の耽溺に極端に走るシックのキャラには申し分なかった。強い麻薬を使う人たちは、その目つきが時に決して薬を離すまいとする貝の殻みたいになる。あたかも『エターナル・サンシャイン』のジム・キャリーのように完全に常軌を逸してしまうんだ。
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──ニコラ役のオマール・シーはどうでしたか。
誰だってオマールと仕事がしたい。彼はとってもイカした男で、シーンを締めくくるさりげない目つきや表情さえ、間合いが完璧なんだ。たとえば彼が解雇されるときや、アリーズが死んだと分かったときだ。彼はニコラのスノッブな部分や、いささかいらつかせる舞台俳優のような洗練された身のこなしも取っ払った。そして驚くほど感動的な人間味を役柄に与え、この物語の守護天使にまで高めた。
──あなたの友人であるエティエンヌ・シャリーが音楽を書いたのですね。
セヴールの美術学校で一緒だった頃に、エティエンヌが自分でギターを弾いて、録音したテープを聞かせてくれたときから、その曲のオーケストラ・バージョンが頭にあった。彼は学生寮に住んでいたので、僕らは“学生寮の音楽”と呼んでいて、のちにそれが“ウイウイ”というグループになった。ユニークな音楽を生み出す彼のやり方が好きだ。
他にアメリカのソングライター、ミア・ドイ・トッドの歌も流れる。そしてデューク・エリントンの役で、ココナッツ抜きの元キッド・クレオールことオーガスト・ダーネルも登場する。もちろん、「クロエ」や「A列車で行こう」も流れるよ。
(『ムード・インディゴ うたかたの日々』オフィシャル・インタビューより転載)
映画『ムード・インディゴ うたかたの日々』
10月5日(土)より新宿バルト9、シネマライズほかロードショー
舞台は、パリ。働かなくても暮らしていける財産で自由に生きていたコランは、無垢な魂を持つクロエと恋におちる。友人たちに祝福されて盛大な結婚式を挙げた二人は、愛と刺激に満ちた幸せな日々を送っていた。ところがある日、クロエは肺の中に睡蓮が芽吹くという不思議な病に冒されてしまう。不安を隠せないコランだったが、たくさんの花で埋め尽くせば、クロエは生き続けられると知り、高額な治療費のために働き始める。しかし、クロエは日に日に衰弱し、コランだけでなく友人たちの人生も狂い始める。もはや愛しか残されていないコランに、クロエを救うことは出来るのか──?
監督・脚本:ミシェル・ゴンドリー
原作:ボリス・ヴィアン 「うたかたの日々」
脚本:リュック・ボッシ
出演:ロマン・デュリス、オドレイ・トトゥ、オマール・シー、ガッド・エルマレ
原題:l'ecume des jours
2013年/フランス
配給:ファントム・フィルム
公式サイト:http://www.moodindigo-movie.com/
公式Twitter:https://twitter.com/MoodIndIgoMovie
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▼『ムード・インディゴ うたかたの日々』予告編