映画『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』のペドロ・コスタ監督
アキ・カウリスマキ、ビクトル・エリセ、ペドロ・コスタ、マノエル・ド・オリヴェイラという巨匠監督たちが「ポルトガル国家発祥の地、ギマランイスでどんな物語を語るか」というテーマで制作された『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』が9月14日(土)よりロードショー公開される。今作は昨年の12月、第13回東京フィルメックスで特別招待作品として上映、ペドロ・コスタ監督も来日した。コスタ監督は『コロッサル・ユース』など彼の作品に登場するキャラクター、ヴェントゥーラを迎え、1974年のカーネーション革命のクーデターに参加したのち精神病院に収容された男が、兵士そしてその亡霊と病院のエレベーターのなかで語り合う、というシュールな会話劇を構築している。古い都市がテーマでありながら、いわゆる「観光地映画」とははるか離れた地点に着地した今作について話を聞いた。
ゴダール監督も参加予定だった
── どのような経緯でこのプロジェクトが実現したのですか?
プロデューサーから「ギマランイス地区という古い都市で撮って欲しい」とオファーがありました。最初に声をかけられたとき、ゴダールも加わった5人の予定だったのです。しかし、ゴダールは「3Dで撮りたい」という意見で、2Dと3Dは共存できないため、4人で制作することになりました。私はお金も欲しかったし、仕事も欲しかった(笑)。でも私は結局、ギマランイスをテーマに「いかにギマランイスで撮らないか」ということにこだわりました。
映画『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』第2話 ペドロ・コスタ監督・脚本 『スウィート・エクソシスト』より
── 『スウィート・エクソシスト』は冒頭に「1974年4月25日早朝」と説明が出てきます。カーネーション革命(1974年にポルトガルで起こった軍事クーデター。独裁体制をほぼ無血に終わらせ、カーネーションが革命のシンボルとなった)の当日になっていますが、あなたがいまこの現代で〈革命〉を題材にすることにとても興味があります。この設定は、依頼があって考えたものだったのでしょうか?
常々、あの時期について映画化したいと思っていました。特にヴェントゥーラとともに。彼と私は5歳しか歳が離れておらず、あのカーネーション革命をともに経験しているのです。しかし、非常に違う感じ方をしました。私は、通りで赤い旗を手に持ち熱狂していましたが、その一方でベントゥーラは仕事の契約を打ち切られるんじゃないか、そして移民でしたからアフリカに送還されるのではないかと恐れていました。異なる状況に置かれて、革命を体験したのです。
ですから、この企画はすごく面白いと思いました。この歴史的瞬間をふたたび考えること、自分の過去に再訪し、ベントゥーラの過去にも再訪し、政治やホラー、感情、歴史、といったことをミックスできるのではないかと思ったのです。そして世界が抱えている問題を解決する手立てを考えたかった。
今までの映画では、物語は家や通りといった場所で語られてきましたが、この作品には家も土地も、セットもありませんでした。この作品に登場するエレベーターは、まるで小さな舞台のような空間を担っている。とても小さな、がらんどうのスタジオのなかのような感じです。予算もなく、衣装部もなければ、セットもない。ですから、ベントゥーラはパジャマを着ているのです(笑)。非常に苦労した現場でした。我々に残っているのは、記憶だけなのです。
映画『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』第2話 ペドロ・コスタ監督・脚本 『スウィート・エクソシスト』より
ベントゥーラが持つユーモアを生かす
── ベントゥーラが登場しているという共通点はあるものの、これまでのリアルを突き詰めた作品よりもより幻想的な印象があります。これは監督にとってはチャレンジでしたか?それとも自然なことでしたか?
自分では分析できませんが、映像におけるホラー的な恐怖の様相というのは以前から好きで、40年代から50年代にドイツの監督たちがハリウッドで作った、心理的で奇妙な作品の数々が好きでした。ですから今回はそうした雰囲気でなにか作れないかと思ったのです。
登場する兵士の彫像は、そうした第二次世界大戦が舞台の映画や、あるいは日本映画に出てくる幽霊のような系譜にある存在だと思います。死にたえた小さな島のような、今までの戦の全てで失われた兵士たちを象徴するキャラクターなのです。確かにホラー・ファンタジーを作りたかった、ということはあります。お金もなかったし、衣装もセットもなかったですけどね(笑)。
── 銅像とヴェントゥーラのやりとり、それからヴェントゥーラと聞こえてくる声とのやりとりにはちょっとしたユーモアも感じます。
ただ鬱屈したムードだけの映画には感じてほしくないんです。実は、ユーモアはベントゥーラによるものです。私がオーガナイズして、撮影も手がけています。でも、書かれていた台詞は、もともと彼が私に語ってくれた自分の古い物語でもあったのです。ですから、笑える描写になっているのは、彼にユーモアがあるからです。彼は物事についてとても強いユーモアのセンスを持っています。でも、よく考えてみたら、エレベーター内に幽霊と閉じ込められるなんて、変な状況じゃないですか。『パラノーマル・アクティビティ』だって言ってみればコメディですよね、私はああいう作品を観ると笑ってしまうんです。
── 最後に、英語のタイトル『スウィート・エクソシスト』は1974年リリースされたカーティス・メイフィールドのアルバムから?
もちろんです。実はボルトガル語では『若い命の嘆き』というより詩的なタイトルがついているのですが、この映画を作って、カーティスのアルバム・タイトルだけなく、歌詞を思いだしたのです。CDを持っているなら、もういちど歌詞を読んでみてください。カーティスは詩人として素晴らしいですよ。ちょっとシュールでコミカルで、サミュエル・ベケットに近いものがあります。
(2012年・第13回東京フィルメックス会場にて 取材:駒井憲嗣)
ペドロ・コスタ プロフィール
1959年、ポルトガル・リスボン生まれ。1987年に短編『Cartas a Julia』(87/短編/未)で監督デビューを果たす。1989年には『血』(1989年/未/上映会上映)で長編劇映画を初監督する。『骨』(1997年/未/上映会上映)、『ヴァンダの部屋』(00)では、リスボン郊外のスラム街に住むひとりの女性とその家族を撮影し、『ヴァンダの部屋』はロカルノ国際映画祭青年批評家賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭の山形市長賞などを受賞。2006年、『コロッサル・ユース』(2006年)ではカンヌ国際映画祭のコンペティションに選出された。昨年、本作の日本初上映となった第13回東京フィルメックスに来場し、観客と熱の入った質疑応答を行った。
映画『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』
9月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国ロードショー
ギマランイス歴史地区は“ポルトガル発祥の地”とされ、2001年に世界遺産に登録された。
「この街はどんな物語をかたるべきか?」という問いかけに応えたのは、世界に名だたる4人の巨匠たち。それぞれがそれぞれの個性を遺憾なく発揮し、ひと癖もふた癖もある作品で観客を唸らせる。そして、何よりも知的な発見と無上の映画体験をもたらすに違いない。
バーで働く孤独な男の姿を描く、アキ・カウリスマキ監督らしいペーソス溢れる喜劇『バーテンダー』。現代映画の最先端を行くペドロ・コスタ監督による、アフリカ移民と亡霊との異形な会話劇『スウィート・エクソシスト』。ビクトル・エリセ監督が贈る、欧州第2の繊維工場跡地で過去の声に耳を澄ます感動的な『割れたガラス』。そして、現役最高齢となる104歳のマノエル・ド・オリヴェイラ監督の観る者をあっと驚かす痛快な掌編『征服者、征服さる』。
映画『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』第1話 アキ・カウリスマキ監督・脚本 『バーテンダー』より
映画『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』第3話 ビクトル・エリセ監督・脚本 『割れたガラス』より
映画『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』第4話 マノエル・ド・オリヴェイラ監督・脚本 『征服者、征服さる』より
監督・脚本:
アキ・カウリスマキ『ル・アーヴルの靴みがき』『街のあかり』
ペドロ・コスタ『コロッサル・ユース』『ヴァンダの部屋』
ビクトル・エリセ『エル・スール』『ミツバチのささやき』
マノエル・ド・オリヴェイラ『コロンブス 永遠の海』『夜顔』
2012年/ポルトガル/96分/ポルトガル語、英語/アメリカン・ビスタ
原題:Centro Historico
配給:ロングライド
公式サイト:http://www.guimaraes-movie.jp/
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