映画『世界が食べられなくなる日』より
GM作物の問題と原発問題の性質の類似性を
今、日本人は他のどの国の人々よりも実感できるはず
《世界経済フォーラム》年次総会と聞いてピンと来なくても、《ダヴォス会議》という通称は知られていると思う。それは、新自由主義/経済のグローバリゼイションを信奉し、世界中の富と権力を握る“リーダー”たち(銀行家、投資家、多国籍企業社長、彼らと懇意の政治家や知識人、ジャーナリスト etc.)が、毎年1月にスイスのリゾート地ダヴォスに集い、そこで彼らの“帝国”を繁栄させるための相談をする、エリートによるエリートのための国際会議である。この場合の“世界経済”という言葉を平たく翻訳すると、地球上のごく一部の少数の者たちがこの惑星の富の大部分を独占し、大多数の“弱者”の生殺与奪の権を握る、そのためのシステムのことだと言っていい。(国連開発計画(UNDP)の2003年の発表によると、事実、地球上で最も豊かな2割の人間が全体の富の90%を消費し、最も貧しい2割の人々で全体の富の1%しか消費していない)
その《世界経済フォーラム》に対抗するべく発足した、まさに“弱者”の代表者たち(労働組合、協同組合、NGO、NPO、学者、政治家 etc.)が、地球を蝕むグローバルな搾取と格差の構造を民主的に是正するためのアイディア、取り組みについて話し合う会議/ネットワークが《世界社会フォーラム》。そしてそのスローガンが、「もう一つの世界は可能だ(Un autre monde est possible - Otro mundo es posible - Outro mundo é possível -Another world is possible...)」である。
映画『世界が食べられなくなる日』より
ジャン=ポール・ジョー監督の『世界が食べられなくなる日』は、我々が直面している地球規模の脅威(核エネルギー技術と遺伝子組み換え技術の恐ろしさ)を、誰の目にも明らかなように示してくれる素晴らしく有益な映画だ。その中に、こうした技術に反対する市民が「もう一つの世界は可能だ」という言葉を掲げて闘っている象徴的なシーンが出てくる。つまり核エネルギー技術も、遺伝子組み換え技術も、ダヴォスに集まるような、あちら側の“リーダー”たちによる、あちら側の“リーダー”たちのための技術だ、という意味だ。その彼らの金儲けのシステムは、地球の大部分を隷属状態に組み敷き、そこから搾取する構造の上に成り立っている。だから、彼らの底知れぬ欲望の餌食にならない「もう一つの世界」を作ってみせる、という主張、闘いなのだ。
マリー=モニク・ロバン監督作品映画『モンサントの不自然な食べもの』でも詳しく掘り下げていたけれど、遺伝子組み換え(GM)作物の種の世界シェア9割を持つ多国籍バイオ化学メイカーのモンサント社は、除草剤(ラウンドアップ)と、それを撒いても枯れない耐性を持つ遺伝子組み換え作物の種子をセットにして世界中に売り込む。そして一度同社の種を使った農家に対して他の種子の使用を禁止する契約を結ばせたり、さらにはラウンドアップを撒くことによってその土壌をGM作物以外が育たないように変質させてしまうという後戻りのできない恐ろしいカラクリで、世界中の農民と農地を完全に種子会社に依存させ、家畜と人間の胃袋を征服しようとしている。
その目的のためにモンサントは、「研究によってGM作物が人体に害を及ぼさないことが実証済みだ」と強弁し続け、その論拠の不正が『世界が食べられなくなる日』で暴かれる(だから必見な)のだが、しかしどうしてこんなに怪しげな遺伝子組み換え作物が世界中に広がり、日本にも(たとえばそれが国民的コーン・スナック菓子の原料に使用されていることを親が知らないまま子供に買い与えてしまうまでに)浸透してしまうのかといえば、ロックフェラー財団が援助し、ビル・ゲイツも投資するモンサント社が、世界中の“エリート”、“リーダー”たちのネットワークを巻き込む膨大強大な資金とコネクションで、世界を支配下に置く仕組みがちゃんと構築されているからだろう。ぼんやりしていると、我々は見えない力に征服され、気づくと自分の口に入れるものの選択肢すら奪われており、次のレヴェルの GM作物開発のための実験用モルモットとして飼われてしまう事態になる……。
映画『モンサントの不自然な食べもの』より
これから何十年間も、見えない放射性物質の脅威にさらされて生きていかなくてはならない我々日本人は、GM作物の問題と原発問題の性質の類似性を今、他のどの国の人々よりも実感できるはずだ。
過疎化問題と地場産業の乏しさにつけ込まれ、巨額な原発交付金で原発を受け入れた自治体は、気づくと原発依存から後戻りできない体質になっている。福島第一原発の事故で拡散された放射性物質の量と種類に関しては、「ただちに人体に害を及ぼすほど深刻なものではない」という一部の機関や学者の意見だけが、すんなりと“オフィシャル”に採用される行政と巨大メディア報道の構造もできあがっている。電気が足りなくなるというウソもバレてしまい、さらにはこの国に核のリサイクル技術どころか、そのゴミを安全に処理する場所すらないことも、加えて国中活断層だらけだということも国民はみな知っている。それなのに、「強い経済、デフレ脱却のため、産業の空洞化を防ぐため」という“だけ”の理由をゴリ押しする勢いで国民の生命、尊厳の問題を俎上から脱落させ、かつ“憎き隣国”の経済に負けじ、という対抗心とナショナリズムを国民の間にあの手この手で(原発反対派=売国奴左翼という一部の妄執も利用して)うまい具合にかき立たせながら、過去の原発政策の誤りについての責任も負わず、この期に及んでまた再稼働を進めようとするばかりか外国にまで原発を売ろうとする政権が、何故か国民から絶対安定支持を得られていることになってしまうという、実に奇異で強力な“仕組み”に、我々は今、直面している。そして、まさにその仕組みゆえ、チェルノブイリの状況を調査研究した内外の専門家多数が同じ警鐘を鳴らしているのに、国はその意見を完全無視し、国民は避難する権利を与えられずにいる。きっとここでも我々は、誰かが欲しがっているデータのための人体実験の“検体”なのに違いなく……、そのうち、友人からも番号で呼ばれるようになるかもしれない。
こうした特定の権益の獲得→保持→拡大を目論んで群がり、グローバル規模で巧妙に形成される巨大権力は、安全保障、金融/投機、貿易(TPP)、各種産業、医療、文化、スポーツ等々、ありとあらゆる分野に及び、その中に入り込んでは利権構造を完成させている。それによって、知らないうちに、そして常に、庶民は食い物にされていくし、自然もまたその搾取構造から免れず、金儲けのための容赦ない自然破壊が続いていく。「もう一つの世界は可能だ」というモットーは、まずはその恐ろしいシステムを学び、その隷属から脱し、持続可能で、自然と共存できるストレスの少ない世界に暮らしたいと望む人たちに対する呼びかけなのである。
映画『世界が食べられなくなる日』より
個人個人がオルタナティヴな世界の実現に向けて闘う
その手引きとヒント
ぼくは先日、その呼びかけに呼応する『コンバ - オルタナティヴ・ライフスタイル・マニュアル』というフランスの本を翻訳した。“コンバ(combat/闘い)”は、『世界が食べられなくなる日』に登場する人たちも映画の中で何度も口にしている言葉で、“もう一つの”(=オルタナティヴな、現行のシステムに取って代わる)よりよい世界実現のためのアクションを指している。この本は、そのためにみんな個人個人ができることとして、たとえばこんな行動や工夫をしてみてはどう? ――というサジェスチョンをするものだ。
著者はパリの人気ラジオ局《Radio Nova》のパーソナリティー:マティルド・セレル。彼女が朝の10時に持っていたコーナーの内容をまとめたもので、今の世界の問題に対応する88のコンバ(アクション)が、語り口も軽快かつユーモラスに綴られている。もちろん生命に対する直接的な脅威である核や遺伝子組み換え作物の問題、およびそれらに対するリアクションの提案も出てくるほか、地球上で最もリッチな2割の人間が全体の富の90%を消費し、その状態を保ち続けようとしている今、そんなパワーに対して、我々ひとりひとりが日常生活のいろいろな場面で〈NO〉の意思表示をするための、実にヴァラエティー豊かで、ときに革新的、あるいは愉快、ラディカルな、いろいろな方法があることを教えてくれる。
たとえば食事をするとき、酒を飲むとき、買い物をするとき、旅に出るとき、本当のエコな暮らしを考えるとき、子供の健康を気にするとき、貧困層や性的マイノリティーなどの人権を思うとき、困っている人を助けたいとき、自分と考えの合うエコな恋人を作りたいとき、社会的に公正なブランドを探して買いたいとき、ブラック企業や不誠実な企業と闘うとき、インターネットを使って抗議したいとき、リサイクルするとき、行き過ぎた消費社会から文化を守るとき etc. にどうするか……の例、案から、フラッシュ・モブのアイディアや、街の新しい発見の仕方、シャワー中のおしっこのススメまで出てくる。
これらすべてが、管理され搾取される受け身の生き方から脱し、自発的にアクションするための手引き、ヒントとなっている。「だって世の中こうなんだから、しょうがない。どうしようもない」と考える自分に内心忸怩たる思いを抱いている人には、是非『コンバ』の提案から、実現可能で持続可能な“もう一つの世界”をイメージしてみていただきたいと思います。
とにかく今、命と生活を守るために重要なのは、何よりもまず、胡散臭いものを注視することだろう。自分に不安を抱かせる事態は解消されない中で発せられる、結果として権力側を利することに繋がりそうな言説を疑うこと。そこで同じ疑念を抱く人たちがいれば、インターネットで繋がることができるし、即、抗議のネット署名運動に参加することもできる。
それがコンバであり、そういうアクションを取ったあなたに見えているものが「もう一つの世界」、なのだ。
(文/鈴木孝弥)
鈴木孝弥(すずき・こうや) プロフィール
音楽評論家、翻訳家。翻訳書に『コンバ - オルタナティヴ・ライフスタイル・マニュアル』(マティルド・セレル著/うから)、『だけど、誰がディジーのトランペットをひん曲げたんだ? ~ジャズ・エピソード傑作選』(ブリュノ・コストゥマ著/うから)。他の監著書に『ディスク・ガイド・シリーズ ルーツ・ロック・レゲエ』『クロニクル・シリーズ ルーツ・ロック・レゲエ』(共にシンコ―ミュージック・エンタテイメント)、『定本リー“スクラッチ”ペリー』(リットーミュージック)。監訳書に『ジャズ・ミュージシャン3つの願い』(Pヴァイン・ブックス)、『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』(シンコ―ミュージック・エンタテイメント)。その他、雑誌、書籍に寄稿多数。
ブログ:http://www.3cha40otoko-dico.blogspot.jp/
ツイッター:https://twitter.com/Suzuki_Koya
『コンバ - オルタナティヴ・ライフスタイル・マニュアル』
マティルド・セレル著/訳・解説:鈴木孝弥
パリのクールなFM局“Radio Nova”。そこで最新モードの“ミニ革命”を紹介する朝10時の人気コーナーを採録した1冊に、解説を附記。今、これから、踊らされないで自分で踊るための―複眼的に世界を眺め、行動し、楽しむための―88篇。
この世の中何とかしたい、何かやりたい……。でもどこかの党の党員になるとか、デモに行くとか、組合運動をするとか、政治的な集会に参加する、といった従来型の社会運動には興味が湧かない方々におすすめのアクションの数々を紹介!
■B6判/336ページ/定価1,890円(税込)
■ISBN 978-4-904668-01-6
■2013年/出版社:うから http://www.ukara.co.jp/
本書で紹介されている愉快なアクションの例
この世からきれいに消えよう
火葬は温暖化に影響するし、棺を作るにも木が必要。オーストラリアには垂直に埋葬するエコな墓地がある。遺体はバクテリアによって分解される素材でできた袋に包まれ、地下3mに掘られた円柱状の墓穴に入れられる。場所、費用、そして二酸化炭素の節約!地球のことを思っておしっこしよう
一人が1日に1回、シャワーの下でおしっこを済ませば、世界でどれほど水の節約になるだろうか。フランスには「シャワー中のおしっこに賛成」というタイトルで、エコロジー/エネルギー/持続可能開発/海洋大臣に宛てた嘆願書まで存在する。山頂を塗り直そう
氷河の融解スピードを鈍らせるために、ある科学者が考えたアイディア。それは、より多くの熱を吸収する山肌の褐色部分を、化学物質を含まない石炭塗料で白く塗ること。雇用の創出にももってこい! 世界銀行は彼に20万ドルを与え、作業が進行中。
映画『世界が食べられなくなる日』
6月8日(土)より渋谷アップリンクほかにて公開
2009年、フランスである動物実験が極秘に開始された。それはラットのエサに遺伝子組み換えトウモロコシ、農薬(ラウンドアップ)を、いくつかの組み合わせで混ぜて与えた長期実験だった。分子生物学者のジル=エリック・セラリーニ教授が行ったこの世界で初めての実験は、2012年9月に専門誌に発表され、フランスをはじめ世界中に大きな波紋を投げかけた。セラリーニ教授は警告する「20世紀に世界を激変させたテクノロジーが二つあります。核エネルギーと遺伝子組み換え技術です。これらは密接に関係しています。米国エネルギー省は原爆につぎ込んだ金と技術者を使って、ヒトゲノムの解析を始めました。そこから遺伝子組み換え技術が誕生しました」。『未来の食卓』『セヴァンの地球のなおし方』のジャン=ポール・ジョー監督が、遺伝子組み換え作物と原発の危険性に迫るドキュメンタリー。
監督:ジャン=ポール・ジョー
製作:ベアトリス・カミュラ・ジョー
ナレーション:フィリップ・トレトン
パーカッション:ドゥドゥ・ニジャエ・ローズ
原題:Tous Cobayes?
2012年/フランス/118分
配給:アップリンク
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/sekatabe/
公式twitter:https://twitter.com/uplink_els
公式FACEBOOK:http://www.facebook.com/sekatabe