映画『クソすばらしいこの世界』の朝倉加葉子監督
『息もできない』のキム・コッビ、『ムカデ人間』の北村昭博など日韓の気鋭の俳優が参加し、アメリカの制作プロダクションとともに、全編ロサンゼルスロケを敢行したスラッシャー・ホラー『クソすばらしいこの世界』が6月8日(土)よりポレポレ東中野で公開される。これまでに女性監督による短編映画上映企画「桃まつり」などに作品を発表し、本作が長編デビューとなる朝倉加葉子監督にアメリカでの撮影の様子を聞いた。
頑なに保守的になる人たちとの出会い
── 最初に朝倉監督とホラー映画との出会いから教えて下さい。
元々怖いものがとにかく苦手で避けてきたんですけど、いままで避けてきたホラーが中学生、高校生くらいから気になるようになって、18歳くらいのときに意を決して『悪魔のいけにえ』を観たんです。そしたらとっても面白くって、今まで見てこなかった反動から見るようになったんです。その後、自分でも映画を作るようになり、そういったものを作りたいなと思うようになっていました。
映画『クソすばらしいこの世界』より (C)2013 KINGRECORDS
── 日本人と韓国人の留学生がキャンプで襲われる、という本作のストーリーはどこから着想を得たのですか。
スラッシャー映画のひとつの典型として、田舎に若者たちが遊びに行くと怖い目にあうというものがあるんですが、ここに日本人が乗り込むことによって、いままでスラッシャー映画であまり見ることのない言葉の問題や人種の問題でトラブルが起こるだろうなということを盛り込んでいけたら面白いのかなと思いました。
私自身は留学経験はなく、英語がそもそも話せないんです。アメリカに旅行で行ったときに、つたない英語で話す私の話を全く聞いてもらえなかったという経験があって、それが原体験にはなっているかもしれません。アメリカでも日本でもそうだと思うのですが、頑なに保守的になる人たちってどの国にも時代にもいるだろうなと思って、そういった人たちとの出会いを描きたかったんです。
日本語と英語を組み合わせた台本
── 撮影中の現場の様子を教えてください。
今回日本からアメリカへ行ったスタッフは私だけなんです。カメラマンだけは、いつものスタッフがたまたまアメリカに居たのでお願い出来たんですけど、前から知っているスタッフというのはごく少数で、初めてのスタッフ、しかも半分近くが日本人ではないスタッフという編成でした。
私が英語を話せないということもあり、通訳には入ってもらっていました。スタッフのかたは日本語も英語も出来る方が多かったので、スタッフ同士での情報共有はスムーズにできました。
映画『クソすばらしいこの世界』より (C)2013 KINGRECORDS
── 脚本は日本語版と英語版の両方作ったのでしょうか?アメリカ人のスタッフとの通訳を通してのにコミュニケーションで難しかったところは?
脚本は私が日本語で書いたものを英語に訳してもらいました。実際の撮影では日本語と英語と両方台詞があるのでそれを組み合わせたものを作ってもらって各スタッフに配って撮影しています。
英語がわからない私も、映画製作の局面だと彼らが何を言っているのかは結構わかるので聞く分にはあまり問題ありませんでした。こちらの意図を伝えてもらうにもスタッフに日英両方できる人が多かったのでそんなに苦労はありませんでしたね。
── ロサンゼルスで撮るということで、演出の面ではどのようなところに気を遣いましたか。
ちゃんとアメリカが舞台のスラッシャー映画に見えるように、特に映画の前半はカラッとアメリカっぽく見えるよう、アメリカ映画のやり方で撮ろうと意識しました。逆に映画の後半は日本風というか、アメリカ映画に寄らないように撮り分けました。編集のリズムも変えているんです。後半のホラー表現は日本のホラーを意識して撮りましたね。
映画『クソすばらしいこの世界』より (C)2013 KINGRECORDS
アメリカの若いスタッフは、映画業界で働くことを気楽に楽しんでいる
──アメリカ映画のやり方で撮ろうとした、というのは具体的にどんな作業だったのでしょうか?
私が今まで日本でやっていたのはシナリオの頭から順にカットを割って、撮影の順番を効率よく前後させながら撮るやり方でしたが、今回前半部はアメリカで主流のショットリスト方式でやってみました。いわゆるマスターショットを撮ってから少しずつ狭い画を撮り、最後にクロースアップやピックアップを撮るやり方です。これらのやり方は一見似ているのですが考え方が全然違うと感じています。カット割り方式は撮影時の割りを編集で再現し繋いでいく感覚ですが、ショットリスト方式は編集時にゼロから立ち上げていく感覚があります。
映画『クソすばらしいこの世界』より (C)2013 KINGRECORDS
──アメリカのスタッフから学んだこと、アメリカ映画界ならではだな、と感じたことはなんでしょうか?
「プロダクション・バリュー」という言葉を今回初めて教えてもらいました。すごくいいショットが撮れた時に、「予算1000万の映画が2000万の映画に見えるようになったね=プロダクション・バリューが上がったね」という風に表現するんです。それが撮れると皆のテンションもあがるし、その為にクルーは頑張るものなんだ、と。今回は、ポスターに使われているシーンの撮影の際にそれを言ってもらえて、ごく短いシーンなんですが私がすごく大事に思っていた箇所だった上、私もいい画が撮れたと思ったので本当に嬉しかったです。
また、日本での私や私の周囲ではどこか「映画が好きだから、お金にならなくてもつらくてもやっていく」という意識があるのですが、アメリカでは若いスタッフでも映画業界で働くことを気楽に楽しんでいる人が多いように思いました。これはアメリカの映画産業が大きいので純粋に夢を見られる余地があり、将来の可能性を身近に感じられるのではないかと思います。うらやましかったですね。
怖さがエンターテインメントになる
── 劇場公開前には、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭での上映されましたが、現地での反応は?
夕張へは初めて行きました。そもそもホラー映画を受け付けない方もいらっしゃったんですが、生まれて初めてお客さんが走って来てくださって「面白かったです」と行ってもらえる経験もして。「こういう映画を初めて見ました」という感想を頂いたり、日本のスラッシャー作品として評価していただいたりとか、人物をクローズアップして考察して下さった方もいらっしゃいました。とても暖かく受け入れていただき、非常に良い経験をさせてもらいました。
映画『クソすばらしいこの世界』より (C)2013 KINGRECORDS
──朝倉監督にとってホラー映画の魅力とはどんなところでしょう?
怖さがエンターテインメントになるんです。私は面白さが膨れあがるのをホラー映画で始めて実感したんです。今でも魅力はそこにあると思っています。また、ホラー映画には「怖い」「怖くなかった」だけでも話題に出来る間口の広さもある。それがホラー映画ならではの感想の持ち方な気がしています。
── なんともいえない余韻を残すラストですね。
『クソすばらしいこの世界』は、スラッシャー映画というジャンルから引き出せる娯楽性と、いろんな人種や立場の人がいる中で起こるディスコミュニケーションの恐怖を描いていますが、結局は個人の問題で解決していくしかないんだという混沌とした結末を導き出せるラストにしたくて作った作品です。そういう映画ってあんまりないと思うので、是非多くの方に見て頂きたいなと思います。
(オフィシャル・インタビューより)
朝倉加葉子 プロフィール
山口県出身。東京造形大学在学中に映画制作をはじめる。大学卒業後、テレビ番組制作会社でアシスタントディレクターをつとめたのち、2004年に映画美学校に入学。同校修了制作作品『ハートに火をつけて』が2008年に「映画美学校セレクション2008」の1本として劇場公開される。2010年に女性監督による短編映画上映企画「桃まつり presents うそ」で自主制作作品『きみをよんでるよ』が劇場公開。同年、テレビシリーズ「怪談新耳袋 百物語」(BS-TBS)の一編「空き家」で商業作品デビューを果たす。ほかの作品に、高橋洋監督作品『恐怖』バイラルムービーとしてネット配信された(のちに『恐怖』DVDに特典として収録)短編『風呂上がりの女』(2010年)、カンヌ映画祭マーケット部門Short Film Corner2013参加作品『HIDE and SEEK』(2013年)など。
映画『クソすばらしいこの世界』
6月8日(土)より、ポレポレ東中野にて3週間限定レイトショー
国家間、人種間の溝は決して埋まることはない。
日本人留学生のグループに、L.Aの田舎町へキャンプに誘われた韓国人留学生のアジュン。彼女たちは、冷酷な殺人と強盗を生業とするホワイトトラッシュの兄弟に、ひょんなことから命を狙われることになるが……?
監督・脚本:朝倉加葉子
出演:キム・コッビ、北村昭博、大畠奈菜子、しじみ
製作:キングレコード
制作:ブースタープロジェクト
協力:ゆうばり国際ファンタスティック映画祭
2013年/日本映画/78分/カラー
公式サイト:http://kusosuba.com/
公式facebook:http://www.facebook.com/kusosuba
▼『クソすばらしいこの世界』予告編