骰子の眼

cinema

東京都 品川区

2013-06-02 12:00


「実家の造船所にあった大工道具で遊んでいた」維新派・松本雄吉インタビュー

今年10月にも、瀬戸内海「犬島」での野外公演が予定されている維新派・松本雄吉氏のインタビュー
「実家の造船所にあった大工道具で遊んでいた」維新派・松本雄吉インタビュー

「終わり」こそが醍醐味

大工さんになりたかったという。彼の世代の男子にとって、大工さんは、子どもたちの憧れの職業だったのだと。

「僕の家は造船所だったので、大人が使う大工道具をおもちゃにして、遊んでいた記憶がありますね。周りにも、大きくなったら、お父さんお母さんのために家を建ててあげるんだという友だちがほとんど。その後、高度成長期が来て、万国博があって、建築ラッシュが訪れた。みんな、その夢を叶えているんじゃないかな。建築家になったり、大工さんになったり」

しかし、大工に憧れていたはずの松本雄吉が選んだ道は「美術」であった。

「小さい頃から絵を描くのが好きでね。田舎だから、娯楽が乏しくて(笑)。当時流行っていた『少年画報』とかを真似して書いてました。それがいつか野望に変わって、大人になってみると、絵画に限らず、表現行為すべてについて、当時はとても大きくて早い潮流が来ていたんです。赤瀬川原平とか横尾忠則とか、新しい芸術家がどんどん出てきて、西洋一辺倒だった美術の流れが、クッと向きを変えた。若い者なら誰でも飛び込めそうな世界にね。そこに、きっちり染まりました」

やがて美術畑から演劇へと滲みだしていった彼の興味。松本の紡ぐ舞台は、まさに絵画のようだ。

「演劇を総合芸術としてとらえると、美術の力は圧倒的ですよね。俳優の立ち位置、レイアウト、照明の当たり方、音楽。それらを使った『絵』に全体をまとめていく作業が好き。しかも、それが、動くんですから。やり甲斐がありますよ」

松本雄吉が率いる劇団「維新派」の舞台は、「観る」というより「身をゆだねる」感じに近い。舞台上の奥の奥まで計算し尽くされたその劇世界は、「ヂャンヂャン☆オペラ」と称される独特のリズムで、俳優たちが規則的に、あるいは不規則的に動いていく。何だろうこれ、と最初は思っていても、ある瞬間、ふっ、と自分と劇世界との境界線が途切れる時が訪れる。その時、迷わず身をゆだねてしまうこと。それが、維新派の舞台を楽しむ大きなポイントのひとつだ。

「美術は、間接芸じゃないですか。壁に飾られるのは、自分の作品であって、自分自身ではない。でも演劇は、直接、その場で、反応が返ってくる。その直接性に惹かれたんですね。直接俳優を観て、直接訂正を入れて、上演する。終わったら、すべてを片付けて、また次の場所へ。そういう営み全体が好きで」

維新派がここ数年、力を注いでいるのが、瀬戸内海に浮かぶ「犬島」という孤島での野外公演だ。キャスト・スタッフ総出で現地へ赴き、ひと月をかけて劇場を建てるところからすでに芝居作りは始まっている。劇場が立ち上がって、公演が行われ、終われば粛々と撤収作業。何事もなかったかのように、いつもの通りの時間が流れだす。

「うちのメンバーは、何だか知らないけど、劇場を作る時よりバラす時の方が、表情がいきいきしてるんですね(笑)。人間って、そういう本能があるんじゃないかとさえ思う。何か作ったら、壊して、地面を平らにならして、更地にする楽しさ。自分たちが昨日までやってきたことの痕跡が、消えてなくなることの喜び。これは大人の発想だと思いますね。どんな祭りもいつかは終わるし、すべてのものは決して永遠には残らないということを、僕らは知っているから」

演劇を愛する人なら、きっと誰でも身に覚えがあるはずだ。明かりが落ち、暗闇に包まれた瞬間、今の今まで自分をとりまいていた劇世界の終わりを知る。それは音もなく、あまりにもあっけなく訪れる。寂しい、と思うから観客は、また次の観劇計画を立ててしまう。

「自分の身体ごと、何かに飛び込むということに惹かれるんですね。身体ごと巻き添えにする、っていうのかな。僕らは当初、野外劇は大阪の南港っていうところをホームグラウンドにしていたんですが、あまりにもその場所を知りすぎて、『野外でやっている』あるいは『劇場じゃないところでやっている』という感覚がぼやけてきてしまったんですね。そうしたら越後妻有(新潟県)の現代美術展に、10万人動員したという情報を聞いて。そうか、僕らだけじゃなく、お客さんも動きたいんだ!と都合よく解釈して(笑)、犬島での公演を始めたんです。お客さんも、旅の過程で演劇の現場に出会うというイメージ。大阪公演には来られないけど、犬島公演を愛してくださるお客さんも、少なくないんですよ」

「身体ごと、飛び込みたい」維新派・松本雄吉インタビュー

鼻と口の位置配分に感動する瞬間

旅の過程。松本はそれをこよなく愛する。旅先で起きる、自分の生理の変化を愛する。たとえば犬島に降り立てば、すぐさま潮風が鼻孔をくすぐる。浜辺がすぐそこにあり、素足になって、海の水に足を浸す。指先のすみずみまでが、いつもとは違う場所に来たのだと、一瞬にして理解する。この瞬間に起こる何かを、彼は演劇にしようとしている。

「今は世界中からニュースが押し寄せるから、行ったことのない国々の内戦や波乱について、まるで知っているかのような気になって暮らせるじゃないですか。人と話す時も、どこか、頭だけでしゃべっている気がするんですね。でも僕はやっぱり、頭でっかちになるんじゃなくて身体で感じていたい。この感覚って、演劇の根幹であるように思うんですよ」

確かにそうだ。そこでしか味わえない感動、そこでしか聞けない喝采。

「僕はアジアの国々によく出向くんですが、旅の途中で若い日本の女の子と知り合ったんです。ここまでどうやって来たのか尋ねると、時刻表とか旅行ガイドではなく、自分の嗅覚でルートを決めているって。それなんですよね、身体的な体験って。知らない世界に、自分の身ひとつで飛び込んでみるという」

僕らは、そういう身体感覚に根ざした芝居作りをしよう。それが今の、松本の志だ。

「稽古をしていると、ふと、小さなことに感動するんですよ。人間って、あんなところに鼻がついてるんだ!とか、その下に口がついてるんだなあとか、その位置が逆だったらやっぱりおかしいんやろなとか。他の演劇を観に行っても、僕はストーリーなんか追わずに、ただ、人の身体ばかりを観てますね。人が歩く、椅子があって座る、テーブルに肘をつく、コップの水を飲む。これだけのことがいちいち、宝石のように見えてくる。視点のシフトを少し変えると、街の風景もいつもとは違って見えますよ。人間がエイリアンのように見えたり、逆に『人間はこういう形であるのが必然なんだなあ……』と思えたり。人間、という生き物について、ぞくっ、と来る瞬間ですね」

それは、本番中にも起こりうる「ぞくっ」ですか?

「もちろん。特に野外劇場は、圧倒的に空が広いんですね。その真ん中にぽつんと、小さい女の子を立たせてみる。それだけで、この地球全体が彼女だけのもの、みたいな感覚があるんです。神様に奉納される『神楽』ってありますけど、野外で芝居をやっていると、その感覚がなんとなくわかる気がします。地球全体を独り占めしてしまう何か。その圧倒的な絶対性を感じるんです」

つきつけられていた問いかけ

演劇、という営みは、長らく分岐点を迎えている。有名タレントを主役に据えたからといって、チケットが売れてゆく時代はすでに過去の話だ。一部の作品を除き、多くの映画も演劇も、そう簡単にはお客が入らなくて困り果てている。

「それは、最近というよりも、20世紀が始まった頃からすでにわかっていたことのように思いますけどね。テレビができて、世界中のいろいろな光景を、家にいながら観ることができて。それに比べると、演劇なんてめんどくさいもんですよ。長いこと稽古して本番を迎えて、お客さんは決められた時間に決められた場所へ足を運ばなきゃいけない。これは、よっぽど考えんと、生き延びられないと思う。だって、現代劇の多くは、現代を描くわけでしょう。僕らが生きてる、この時代を。そこにはよっぽどの魅力がないと、足を運ぼうとは思わないですよね。歌舞伎や落語を始めとする古典芸能で触れられる『過去』や、あるいは何らかの『未来』を感じられるもの、そういうものにしか、お客さんは反応しない気がする。これは、ずっと昔、早い時期からつきつけられていた、演劇への問いかけだと思いますけどね」

それにね、と松本は続ける。

「文学的に言うたら、物語の時代はとうに終わっているんですよ。あらゆることが、書き尽くされている。だからギリシャ悲劇やシェイクスピアを現代版にアレンジ、みたいな舞台があふれていく。そうしているうちに、自然と、ある種の淘汰が続いていくんじゃないかな。物語の採り上げ方、編集の仕方、組み合わせ方で、新たな物語論が生まれてくるというようなね」

物語論。維新派におけるそれを尋ねると、あっけらかんとした答えが返ってきた。

「100年を、10秒で語りきるとして。他の作家さんはその間の物語を考えるのかもしれないけど、僕なんかは『100年過ぎました!』って言うたら終わりやと思うんです(笑)。そんなことよりも、強く描くべき何かをつないでいくような、そういう芝居を考えていけたらと思いますね」

揺らぎない。行く道を見据えている。そういう作り手を、人は、ベテランと呼ぶのかもしれない。

取材:小川志津子 撮影:吉田タカユキ


松本雄吉'S ルーツ

小さい頃、僕が育った田舎は、遊ぶ方法なんてほんとにわずかで。唯一安上がりで楽しかったのが、絵を描くことでした。当時流行ってた雑誌を真似て描いたりしてね。大人にほめられるうちに野望を持ったという感じかな。

松本雄吉(まつもと・ゆうきち)

1970年維新派結成。1974年以降のすべての作品で脚本・演出を手掛ける。1991年、東京・汐留コンテナヤードでの巨大野外公演『少年街』より、独自のスタイル「ヂャンヂャン☆オペラ」を確立。野外にこだわり、観客とともに旅をする「漂流」シリーズを企画。奈良・室生、岡山の離島・犬島などで公演を行う。代表作に野球グラウンドを全面使用した『さかしま』や、離島の銅精錬所跡地内に劇場を建てた『カンカラ』などがある。国内外で幅広く活躍し、2011年には紫綬褒章を受賞。今年10月に犬島にて『MAREBITO』を上演予定。




維新派『MAREBITO』
瀬戸内国際芸術祭2013参加

維新派『MAREBITO』

構成:松本雄吉
音楽:内橋和久
出演:岩村吉純、森正吏、金子仁司、中沢貴裕、石本由美、平野舞、境野香穂里、大形梨恵、吉本博子 他
日程:2013年10月5日(土)~14日(月・祝)
会場:岡山県・犬島海水浴場
お問い合わせ先:06-6763-2634
公式サイト
※チケットは7月発売予定





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