骰子の眼

cinema

東京都 新宿区

2013-05-06 15:38


イームズ夫妻が自邸に込めた意図

建築家・岸和郎氏によるイームズ・ハウスの解説
イームズ夫妻が自邸に込めた意図
映画『ふたりのイームズ』より。 Photograph by Julius Shulma. © Getty Research Institute.

1940~1960年代、アメリカの近代主義から生まれたデザインの潮流“ミッド・センチュリー・モダン”の旗手、イームズ夫妻の素顔に迫ったドキュメンタリー映画『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』が、5月11日(土)から公開となる。家具、建築、映像、エキシビションと、幅広い分野で活躍したイームズ夫妻の仕事のうち、モダン建築の傑作といわれるイームズ邸について、建築家の岸和郎氏が解説する。




イームズ・ハウスの奇妙な配置計画の謎
──岸和郎

イームズ・ハウスを初めて訪れたのは、もう随分昔のことになる。それは1981年のことだった。今はもう覚えている人も少ないかもしれないが、1980年代は「ポストモダニズム」の時代だった。奇妙な形をした歴史主義的な建築の時代だったのだ。そんな時にモダニズム、それもカリフォルニアの1960年代までのモダニズムの建築に興味を持つ人などいるはずはない。私のような数少ない例外を除いては、だ。

私自身は1950年代から60年代にかけて、ロサンジェルスで展開した「ケーススタディハウス」に興味があった。それはジョン・エンテンザが発行人をつとめた『アーツ・アンド・アーキテクチュア』という雑誌が始めた企画であり、新しい時代の住宅像をメディア、クライアント、施工業者、メーカーまでを一体的に巻き込みながら、メディアが主導する形であたらしい南カリフォルニアの住宅を提案するというものだった。結果として、二十数件のケーススタディハウスが実現した。


EAMES: The Architect and the Painter
映画『ふたりのイームズ』より。 ©2013 Eames Office, LLC.(eamesoffice.com) ©Quest Productions/Bread and Butter Films ©First Run Features

我々がごく当たり前だと思っている、夫婦二人+子供の核家族のための自動車2台のパーキングがついた住宅というプログラムは、実はここで歴史上初めて提案され、実現したものだ。

また、平屋のオープン・プランを基本とするという平面計画のルールは、オープン・キッチンという新しいスタイルを生み出し、そこで展開されるであろう新しいライフスタイルを我々に垣間見せてくれた。

それ以外にもこのケーススタディハウスがはじめて提案したものは沢山ある。南カリフォルニアの温暖な気候を積極的に取り入れた提案、たとえばパティオでの屋外ダイニングやプールのあるライフスタイル、あるいは今ではアジアのリゾートホテルでは定番となったリフレクティング・プールという水の表現もここが起源である。

1980年代に、時代遅れだと思われていた住宅群、ケーススタディハウスを探し求めて、地図を片手に慣れない左ハンドルのレンタカーを運転しながらロサンジェルスの住宅地を走り廻っていた。そんな時にケーススタディハウスNo.8、イームズ・ハウスに出会う。

この住宅はケーススタディハウスとしては規格外だ。平屋ではなく2階建てだし、単なる住宅ではなく、スタジオを併設した2棟の建築でもある。ケーススタディハウスのプログラムに乗ってはいるものの、例外だらけの住宅である。

最初にここを訪れた1981年には、たまたまみんなが出掛けていたため、そこに居たメイドさんが、「1分だけよ。レイがもうすぐ帰ってくるから」と言って、内部に招き入れてくれた。その幸運にわくわくしながら内部を見学したのだが、あまりの興奮のためか、あるいはレイが帰ってきて怒られたらどうしよう、などと考えていて、内部の印象はほとんど記憶にない。その時の手ぶれしたスナップ写真だけが手元に残っているだけだ。ただ、そんな最初の訪問の時から、建築の配置計画の奇妙さには気が付いていた。


Eames:TheArchitectAndThePainter
映画『ふたりのイームズ』より。建設中のイームズ・ハウスに立つイームズ夫妻。 ©2013 Eames Office, LLC.(eamesoffice.com)

次にこの住宅を訪れたのはそれから約30年近く経った、2007年である。イームズ・ハウスについての本を執筆することになり、そのための写真撮影の立ち会いを兼ねての訪問である。撮影はフランスのカメラマン、フィリップ・リュオーと一緒だった。

南カリフォルニア特有の気持ちのいい春の日の朝、撮影が始まった。イームズ・オフィスのディミトリアスが現れてちょっとした事件が起きたり、2階に今も残っていたレイの衣装や様々な身の廻りのモノ達からの溢れるメッセージを聞きながら、あの住宅で春の一日を過ごした。昼食に近くのスーパーマーケットで買ってきたサンドイッチやサラダ、飲み物やなんかを前庭でみんなでピクニックのようにして戴いた時は、この歴史的な建築が本来そうであったような、単なる「住宅」に戻った希有な瞬間だったと思う。最後にレイが亡くなった時のまま、時間が停止しているかのように眠り続けてきたイームズ・ハウスがその瞬間だけ、我々を包み込む「住宅」に戻ったのだ。

そんな時間の中、再びあの奇妙な配置計画の謎を考え始めた。

このイームズ・ハウスには、第1案がある。現在建っているものは第2案であり、この住宅は市販されている鉄材や建築材料を組み合わせてつくる、現代風に言うと「プレハブ」であるため、第2案に変更しても、梁以外の全てのパーツは再使用可能だったとイームズは述べているが、そこには「プレハブ」であることを強調するためのレトリックが多分に含まれているものの、それを差し引いてみても第2案への変更が突然であったことが分る。

では、第1案から第2案への変更とは何だったのか。

まず敷地条件として、このパシフィック・パリセーズの敷地は太平洋に面している。第1案はその景観を十分に取り入れるためであろう、ピロティで2階に持ち上げられた建築のメイン・ヴォリュームは太平洋に正対している。

ところがその案は破棄され、建築のメイン・ヴォリュームは90度向きを変えられ、太平洋にはそっぽを向き、むしろ谷に面し、しかも後ろの斜面に押し付けられ、2階建てのヴォリューム二つへと、変形させられている。さらに、軽快な鉄骨造の構造体にガラス開口部をセットするという、開放的な表情であるにも関わらずその建物前面、その開口部に沿うようにユーカリの樹木が植樹され、建物を覆い隠している。


Eames:TheArchitectAndThePainter
映画『ふたりのイームズ』より。イームズ・ハウスの2階から1階を見下ろした様子。 ©2013 Eames Office, LLC.(eamesoffice.com)©Quest Productions/Bread and Butter Films ©First Run Features

私自身の分析のプロセス、それはあえてここに記さない。少々長い、映像と建築の知識を必要とする分析になるからだ。興味を持たれたら、あらためて私の本を読んでいただきたい。ただ、その結論だけを記しておく事にする。

イームズ・ハウス、一見すると建築の形をしているが、イームズ夫妻にとってはむしろ映像実験装置だったのではないか、という結論だ。

それは代表的な映像作品である『パワーズ・オブ・テン』が世界の構造と対峙する映像であったのと同じことだ。このイームズ・ハウスも世界の構造と対峙する建築であったのではないか。『パワーズ・オブ・テン』が10のn乗で世界と映像を対峙させているとすれば、この住宅は別のやり方、実は螺旋状の空間構造で世界と対峙している。緯度と経度でグリッド状に定義される直交座標系の世界、これが我々の世界の基本構造だとすれば、一見するとそれに従っているように見えるイームズ・ハウスには、実は螺旋が潜んでいる。

私がそうしたように、一度、じっくりこの建築を体験される事をお勧めする。

(映画『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』劇場パンフレットより転載)


※イームズ・ハウスのツアーはEames Foundationのサイト(http://eamesfoundation.org/)から申し込むことができる。


岸 和郎(きし・わろう)

1950年生まれ。建築家。京都大学大学院工学研究科建築学専攻教授。1981年、岸和郎建築設計事務所を設立(現・K.ASSOCIATES / Architects)。主な建築作品は「日本橋の家」(1992年)、「紫野和久傳」(1995年)、「ライカ銀座店」(2006年)、「GLASHAUS/靱公園」(2007年)など。近著は『重奏する建築――文化/歴史/自然のかなたに建築を想う』(TOTO建築叢書/2012年)、『イームズ・ハウス/チャールズ&レイ・イームズ』(東京書籍/2008年)、『逡巡する思考』(共立出版/2007年)など。 




映画『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』
5月11日(土)渋谷アップリンク、シネマート六本木他全国順次公開

監督:ジェイソン・コーン、ビル・ジャージー
ナレーター:ジェームズ・フランコ
出演:ルシア・イームズ(チャールズの娘)、イームズ・デミトリオス(孫)、ポール・シュレイダー、リチャード・ソウル・ワーマン(建築家、グラフィックデザイナー、TED創設者)、ケビン・ローチ(建築家)、ジェニーン・オッペウォール(元イームズオフィス・デザイナー)、デボラ・サスマン(元イームズオフィス・デザイナー)、ゴードン・アシュビー(元イームズオフィス・デザイナー)
アメリカ/2011年/英語/カラー&モノクロ/HDCAM/84分
配給:アップリンク
宣伝:ビーズインターナショナル
協力:ハーマンミラージャパン

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/eames/
公式twitter:https://twitter.com/EamesMovieJp

▼『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』予告編


レビュー(0)


コメント(0)