映画『その後のふたり』初日舞台挨拶での辻仁成氏。右は主演の坂井真紀さん。
音楽、文学、映画と、幅広い分野で活躍する辻仁成氏による監督最新作『その後のふたり』が2月9日(土)に公開初日を迎えた。去る1月22日に発売された小説版『その後のふたり』は、同じ作品でありながら、まったく違う観点を持った、いわば表現の一卵性双生児。さらに4月~5月には東京と大阪で、辻氏の演出により小説のリーディングドラマが上演される。新たな表現の試みへと踏み出した辻氏に話を聞いた。
これまで続けてきた全ての表現方法をミックスさせたい
──辻さんは、ミュージシャンと映画監督としては「辻」のしんにょうの点が一つの「つじじんせい」、作家としては点が二つの「辻」で「つじひとなり」と、活動によって名前を使い分けていますね。
最初に小説を出したときに、出版社から「一点は略字で、二点が正字です」と言われて、それなら作家は二点の辻にして「ひとなり」でいこうと決めたんです。
──しんにょうが一点の辻さんと二点の辻さんを批評的に見ている、しんにょうが三点のプロデューサー的な辻さんもいるような気がします。
どうでしょうね。それはいろんなことをやっていくうちに、仕方なくできたのかもしれない。たとえば今、次の映画の準備に入っていますが、大手映画会社と組むと自分のスタイルを貫けなくなるから、自分でお金を集めるところからやっています。役割分担としてはプロデューサーの仕事だけど、僕としてはただ映画がつくりたいだけで、プロデューサーという意識はありません。
映画『その後のふたり』より ©Jinsei Film Syndicate
──創作活動のほかにも、「人間塾」という私塾を開いて、福島原発作業員の方などを講師に呼んだりされていますね。
何年か前に瀬戸内寂聴さんから、ご自身が修行された延暦寺に一緒に行かないかと誘われたんです。結局、先生は風邪で行かれず、僕一人で比叡山を登ったんですが。延暦寺では千年前から宗派を超えて、修行僧たちの問答が行われているんですね。その頃、ちょうど僕は大学で[※京都造形芸術大学の芸術表現・アートプロデュース学科教授として]教えていたんですが、一方的に教えることに疑問を感じていました。それで、“問いかけて答える”という形がすごくいいなと思ったし、“教育”ではないものが問答の中にある気がした。外国に住みながら、たまに帰ってきて日本を見まわしたときに、縦社会や“教育”的な感覚が変わらないとダメだと思ったんです。先生も生徒もなく、共に学ぶ場所を、自分も「人間とは何か」を追求できる場所をつくりたいと考えて、最初に相談したのが造形大の理事長だったんですが、場所を貸すと言ってくれた。それで去年まで2年間、造形大でやらせてもらってきたんですけど、今年の春からは下北沢のお蕎麦屋さんの2階のお座敷を借りて、完全に私塾として運営していきます。
──外から見ている人の多くは、辻さんの一部にしか触れていないと思うのです。本の読者なら作家の辻さんだけ、ライブに行くファンはミュージシャンの辻さんだけ、というように。人間塾のことを知っているファンも少ないのでは。
人間塾に関しては、自分の好奇心から始めたものであって創作活動ではないですが、震災後は意義がより大きくなっていると思うので、今後も続けていきたいと思ってます。表現に関しては、音楽、文学、映画、演劇、と今までバラバラに動いてきました。なぜそうしてきたかというと、それぞれのジャンルの中で足腰をつけるためです。
──「エコーズ」として音楽を始めた時から、他のジャンルもやる計画をしていたのですか?
子供の頃から、小説家、映画監督、ロックミュージシャンに関心があつた。自分の中ではこれらは同じ表現というもの。ジャンル分けをしたことはないので、全てが僕の中では表現の手段でした。
──日本だと、マルチな人はあまり肯定的に受けとられませんよね。
日本に限ったことではありません。みんなジャンルにこだわってるというのか、ジャンルで表現を分離させてそれぞれを理解しようとしているのです。
映画『その後のふたり』撮影風景 ©Jinsei Film Syndicate
──つまり辻さんは表現をミックスさせたいのですか? たとえば僕の世代でいうとロック・ミュージカル『ヘアー』みたいに、演劇的要素があり、音楽の要素があり、脚本と演出の人もいてというようなパフォーマンスをつくりたいということですか?
それは僕が模索している方法の一つではあります。やろうとしていますよ、将来的にはそれを。ただし、いろんな人の手を混ぜるのではなく、純粋に自分一人でやるかたちで。昔、マイク・オールドフィールドという人が、『チューブラー・ベルズ』[※1973年発売]というアルバムを、すべての楽器を自分一人で弾いてつくりましたが、そういうようなことも、もしかすると僕にもできるかもしれませんよね。あと、ロールプレイングゲームが出た当時、すごいエンターテイメントだと思いました。ゲームなのに物語があり、音楽も入っていて、映像もあって。自分が今までやってきたことをくっつけて、どういうものを生み出すかは、まだ模索中なんです。ただし、そのためには、全部の活動を続けてやっていないと到達できないと思うんで。到達しないまま終わる可能性もありますが(笑)。
──表現するメッセージの中身より、メッセージを載せるメディアを模索中ということですか?
両方ですね。中身も枠も模索していかないと。枠ができたけど中身が無いんじゃダメだし。この枠のことを僕は「プラットフォーム」と呼んでいます。今回、映画『その後のふたり』をつくった後に、さらに“その後のふたり”を小説で書きましたが、そのときにもう一人の、点が三つの僕が「これ朗読劇にしたら面白いよ」と言ったわけです。
──小説の方は、映画のラスト・シーンから始まって、回想も入ってくるので、時間軸が映画をサンドイッチするような形になっていますね。
そうですね。しかも映画の中ではまったく触れられていなかった秘密が、小説では明かされます。ここ10年ほど、物語がいくつもの入れ子になっているモチーフを書き続けているんです。
──『その後のふたり』は、映画と小説をひっくるめて、メディアを越えた入れ子構造になっていますね。
いくつも複雑に絡んだ物語の謎解きというのは、受け手側にとっても面白いので、それを最近は追及してるんです。ただ、わかりやすいエンターテイメントというものではない。『冷静と情熱のあいだ』や『サヨナライツカ』のようなラブストーリーや、『海峡の光』みたいなストレートな純文学はわかりやすいのでヒットしますが。表現方法について話を戻すと、同じ主題だけどまったく違う世界を持った映画と文学と音楽があって、三つのジャンルでそれぞれ評価されるものを作れたとしたら、多分、新しいジャンルが生まれるんじゃないかと思うんです。たとえばワーグナーの、ストーリーがあってクラシックの構造をした音楽のような世界を、将来、僕がロックでつくったとして、それと同じ精神構造を持った小説と映画もあるというふうに。
映画も小説もロックも、過去のフォーマットだと思っている
──バラバラにやってきたジャンルを、プロデューサー的な、しんにょうの点が三つの辻さんは、そろそろ統合させようとしているわけですね。
そうですね。だから今、自分がやってきたものを全部載せるための、大きなプラットフォームを建設中なんですよ。ただ設計図がないという(笑)。映画も観られて、音楽も聴けて、小説も読めて、さらにそれらが全部混ざったロールプレイングゲームのような体験ができるプラットフォームを。言語を超えて世界中の人たちにリンクできるような。まだ時間はかかりそうですが。ニコニコ動画[※2012年11月5日からスタートしたニコニコ動画のチャンネル「辻仁成 全身表現者」のこと。テキスト、動画、生放送ラジオを配信中]はその1つの実験で、近いうちにそれ以外に、音楽チャンネルや映画チャンネルみたいなものも始めたいと思っています。
──設計図なしで、直感で動いているのですか?
直感ですね。『その後のふたり』では、目指すプラットフォームをつくる上で、とても大きな技術というか、ヒントをつかんだと思っています。
──それは何ですか?
秘密です。答えは次の作品で出します。
映画『その後のふたり』の辻氏による絵コンテ ©Jinsei Film Syndicate
──そもそも、どうしていろんなことをやりたいと思ったんですか。なぜ伝えたいことがそんなにあるのでしょうか?
普通は何か一つのジャンルを選んで、職業にしていきますよね。でも僕は、子供の頃に好きだったものを全部続けたくて、ジャンルは関係ないと思えば、何でもできるじゃないですか。たとえばローリング・ストーンズの「サティスファクション」を聴いて、「あのギターはどうやって弾いたんだろう」と思ったし、初めて三島由紀夫の小説を読んだ時に「この不穏はいったい何なんだ?」と思った。小学校5年生のときに初めて映画館で映画を観たんですが、それがサム・ペキンパーの『わらの犬』で、「いったいこれを誰がどうやって作ったんだろう?」と、俳優たちや物語よりも、映画をつくる人に興味が湧いた。そういうふうに、自分が最初にわーっと思ったときの、原始の感覚を持ち続けていて、それを作ろうとしているからです。“表現”て、とてつもなく大きいもののはずなのに、純文学とかそういったジャンルでくくられた中で活動するのが、30代になって窮屈に感じるようになったんです。たとえば漫画の中にも、僕にとっては圧倒的に文学だったりするものもあるし。以前は僕にも、「文学とはこうだ」みたいなものがありました。日本語の小説なら縦書で紙に印刷して、というような。でも長い時間をかけて、ジャンルに囚われない方がいいと気づいたんです。「お前が好きだっていってる小説はジャンルだろう?」「ただのファッションじゃないのか?」と自分に問いかけながら、20年かけて徐々に自分の中で革命が起こっていった。映画も、昔の自分がリスペクトしていたのは、フィルムで撮られて映画館でかかるものだった。だけど今の自分は、フィルムじゃなくても、HDで撮られたものでも、インターネットで流れていても構わない。それが“映画”という名前でなくても、カタカナの「エイガ」でもいい。
──他のアーティストよりも、フォーマットに対する好奇心が強いのですね。
小説や映画も含めて、今あるジャンルは他人が作ったフォーマットですよね。たとえばエジソンが発明した電球が今こうして使われているだけで、できることなら僕も電球をつくりたい。踏襲ではダメだ。これまでに誰もやらなかった方法を生み出さなければ。そう自分は思っています。人間が新しいことをできなくなるのは、過去に囚われ、ジャンルに囚われてしまうからです。僕は映画も小説もロックも、フォーマットとして過去のものだと思っている。それらをリスペクトしながら、新しいものを創造するのが今の自分の仕事だと思う。そうすることが、自分が信じた文学を守る方法であり、自分がすごいと思った映画をリスペクトする方法であり、自分が憧れたロックンロールを次の時代に届ける方法でもあると思うからです。各ジャンルのそれぞれの自分が、それに向かって動いています。
(聞き手/浅井隆)
辻仁成 プロフィール
1985年、エコーズのボーカリストとしてCDデビュー。1989年、処女作『ピアニシモ』で第13回すばる文学賞受賞、作家としての活動をはじめる。 1997年、『海峡の光』で芥川賞受賞。 1999年、『白仏」のフランス語翻訳本『ル・ブッダ・ブラン」でゴンクール賞に並ぶフランスの文学賞、フェミナ賞の外国小説賞を日本人としては唯一受賞。著作はドイツ、フランス、スイス、トルコ、台湾、韓国、中国など全世界十数カ国で翻訳されている。映画監督として『千年旅人』が1999年ベネチア映画祭批評家週間に正式招待。2001年、『ほとけ』がベルリン映画祭パノラマセクション正式招待、同年ドーヴィル・アジア映画祭コンペティション部門にて最優秀イマージュ賞受賞。2002年、『フィラメント』がカルロビヴァリ国際映画祭コンペティションに正式出品。 2010年、『アカシア』が東京国際映画祭コンペティション正式招待。現在公開中の最新作『その後のふたり』がキノタヨ映画祭で観客の投票による最優秀映像賞を受賞。2003年からパリ在住。
http://www.j-tsuji-h.com/
©Jinsei Film Syndicate
映画『その後のふたり』
2013年2月9日(金)より渋谷アップリンクほか全国順次公開
15年もの長きにわたり、公私ともにドキュメンタリー製作をつづけてきたカップルの映画監督、純哉と七海は、創作上の意見の食い違いから交際を終わらせた。七海は東京に残り、純哉は新しい創作のヒントを求めてパリに渡った。七海の提案で、二人は自分たちを素材として、「別れたカップルのその後を追いかける」ドキュメンタリーの制作に踏み切る。新しい出会いを探しながら、愛とは、創作とか、人生とは何か、を追いかける七海と純哉。往復書簡のように、美しくもせつないビデオレターが東京とパリを行き来する。
脚本・監督・編集:辻仁成
撮影:中村夏葉
録音:鈴木昭彦 深野千穂
音楽:磯江俊道
出演:坂井真紀、辻仁成、倉本美津留、伊藤キム、シャンタル・ペラン、セシール・ランシア、ジェラール・ステラン、ミーシャ&チュック兄弟、ドミニク・ブシェ、ケヴィン エリィ(Chim↑Pom)、ロマネスク石飛
2011年/日本/91分/HD/カラー
製作:Jinsei Film Syndicate
配給:アップリンク
宣伝:ジェイティーコミュニケーションズ
公式サイト:http://paristokyopaysage.com/sonogonofutari/
公式FACEBOOK:http://www.facebook.com/paristokyopaysage
▼映画『その後のふたり』予告編
『その後のふたり』
著:辻仁成
2013年1月22日発売
ISBN-13:978-4309909738
価格:1,365円
四六判変型/上製/168ページ
発行:アップリンク
発売:河出書房新社
★購入はジャケット写真をクリックしてください。Amazonにリンクされています。
リーディングドラマ『その後のふたり』
■東京公演
日程:4月6日(土)~14日(日)
会場:天王洲 銀河劇場
料金:5,500円(全席指定・税込)
発売:3月2日(土)予定
お問い合わせ:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337
■兵庫公演
日程:5月3日(金)~5日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
料金:A席 5,000円/B席 3,000円(全席指定・税込)
発売:4月6日(土)
お問い合わせ:芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255
◇作・演出:辻 仁成
◇出演(50音順):朝海ひかる・内山理名・川畑 要・高梨 臨・武田航平・中川晃教・松岡 充・米倉利紀 ほか
◇企画・製作:日本テレビ