骰子の眼

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東京都 ------

2008-05-12 22:57


日本を元気にするデザイナー、高橋正実の『工場へ行こう!!』

「デザインとは社会の問題解決策の一つ」と考える、『工場へ行こう!! デザインを広げる特殊印刷の現場』の企画・著者・デザイナーの高橋正実さんをご紹介します。
日本を元気にするデザイナー、高橋正実の『工場へ行こう!!』

「愛情をもってやまない工場たちのために、工場にたずさわるたくさんの人たちのために、そして工場を知らない多くの人たちのために、デザイナーという立場だからこそできることがある、と昔思っていました」―この言葉から始まる書籍『工場へ行こう!! デザインを広げる特殊印刷の現場』(雑誌『デザインの現場』2000年8月~04年12月号にて連載)は、デザイナーの高橋正実さんが特殊印刷加工の現場(工場)から生まれた発想をもとに、今まであってなかったような新しいモノを創り出していく工程を一般の人にもわかりやすく紹介している。
ただ、他のデザイン本と一線を画すのは、デザインの可能性だけでなく、デザインを通して「社会」を考えるという考え、つまり『デザインとは社会の問題解決策の一つ』としてデザインを捉えるという、高橋さんならではの深い想いのもとに作られた本だということである。デザインという言葉を広い意味で捉え、未来の可能性を探っていくというスタンス。私たちの想像をはるかに越えた高橋さんの頭の中は一体どうなっているのだろうか。そんなふとした思いから高橋さんにインタビューを試みた。


昔から工場巡りをされている高橋さんが、特殊印刷加工の現場と工程を案内しながら、デザインの可能性を見出していくという『工場へ行こう!!』ですが、そもそも工場に行き始めたきっかけはなんだったんでしょうか?

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私が生まれ育った場所の墨田区が、日本の産業発祥の地と言われているんです。腕のいいものづくりの工場がたくさんある土地柄で。そんな環境に育った関係で、小さい頃から工場が遊び場でしたね(笑)。だから、ものづくりにはすごく興味をもっていました。桑沢デザイン研究所に入学したとき、木をトンカチとノミで削る作業も、工場でやってるのを見て育ったから、自然と力をいれずに重力に任せてやったりと…やったことはなくても見て知っていたということが、印刷しかり、いろんな工程しかり、すべてにおいて役立っています。デザイナーになっていくなかで、そこにアイデアと発想というものが加わっていき、だんだんと工場を伝えたいなという気持ちになっていったんです。こんなにすごい技術があって、こんなアイデアで作られているのに、世の中ではまだ気づかれていないという。それを自分のものだけにするのではなくて、たくさんの人に広めて知ってもらいたいと思ったんです。


そんな工場好きなところから、工場巡りを始めたんですね。

10代の頃からたくさんの工場をまわっているうちに、印刷加工組合の会長さんと知り合いになったりして。そうすると、面白いことを想像して話す女の子がいるという噂が全国の工場に伝わっていったようで(笑)。すると18歳くらいからは、逆に工場から呼ばれるようになった。組合の会合で20分くらい私が話す時間が設定されていたんですよ(笑)。

その頃から『工場へ行こう!!』の基盤のようなものができてくるわけですね。

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桑沢の1年生の頃に、当時初めて日本で印刷業界の大きな展示会が開催されて、加工の紹介や展示方法、会場のポスター制作などを私が任されたんです。そのときに、こういう技術を使ってこんなことができるという、今の『工場へ行こう!!』みたいなことを展示会で行いました。
例えば、印刷によって種を土に入れて、紙から稲穂が生えてくるとか、農業をもっと簡単にやっていけるものを考えて。それを印刷組合と加工組合に実際に作ってもらい、展示会までの10ヶ月の間でほんとに稲穂に育てて発表したり。
『工場へ行こう!!』でもそうですが、アイデアのきっかけとなるものを私は提案しているんです。そうすると、皆がいろいろな考え方で真似をしていける。これは皆のためにという考え方でやっていて、「業界や工場が元気になってほしい」「日本が元気になってほしい」、こういうものがあったら5年後10年後の社会はもっとよくなっているというイメージが当時からあったんです。

(写真)『工場へ行こう!!』では、工場でモノをつくる工程が写真と吹き出しでわかりやすく解説している

10代の頃からデザインと社会を結びつけた考えをもっていたとは驚きです。

それ以降、新しい印刷や加工、素材にいたるまで、世の中に出る前に工場から相談がくるようになっていったんです。そんな段階からお付き合いしている工場たちが、ほとんど『工場へ行こう!!』で登場しています。ミラクルビジョンプリント(見る角度によって絵柄が動いて見える印刷)も、今でこそ頻繁に見るようになったけど、当時海外でしかこれは作られていなかった。それを日本の技術でできるようにと考えたのは、自分と工場の社長だったんです。そういうことをして日本の技術自体を高めていったという事実があるんですね。

「日本の産業を応援したい」「日本を元気にしたい」という思いのもと、『デザインの現場』で5年間続いた連載が書籍化された今、感じることはなんですか?

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連載では、世の中はこんなやり方によって社会が変わるとか、実は化学が変わるとか、そういうことがなかなか伝わらなかったかなと思います。でも、連載前から思っていた、自分が応援したい工場や職人さんたちを紹介していこうと盛り上がった部分はよかったと思います。でも、そのわりには随分自分を犠牲にしたなぁっていうのがあって。ある人から、“なんで高橋さんが工場へ毎回行かせてもらえるんですか?”って言われることもありました。実際は、連載よりも昔に工場へ通い詰めて深い信頼関係をつくった結果、実現したものなんです。クローズな工場のなかで、一人の人間がさまざまな工場をまわるのはいまだに難しいものがあるんです。そんな不可能に近い中で、なぜできているかというところまでは考えてもらえないんですよね。実際は工場に詳しいんだけども、詳しいとは思われない。私としてはマイナスなんじゃないかなと思ったことも多かったです。

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こんな印刷があるから皆さん使ってくださいねっていうノウハウ的なところでまとめられちゃうような感じがありました。ただ、こういう連載を何年も続けて、工場自体が変わってどんどんオープンになっていったり、デザイナーといろいろなことができるということが業界絡めてそういう雰囲気がでてきた段階で、そうしたら私はこの先の化学のこと、こういうことがほんとはできるという、やりたかったけどもできなかったというものがあるから今度はそこで何かをやりたいなと。


(写真)食べられる印刷「可食印刷」で、茶巾寿司の卵部分と、押し寿司の魚の上へ唐草模様を転写。印刷とは思えないほどの美しさ。ここからいろいろなアイデアが生まれてきそう!(『工場へ行こう!!』より)

話を聞いていると高橋さんは職人向きでもあると思いました。現在デザイナーですが、職人になろうと考えたことはありませんか?

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そうなんです! 実際ものづくりが大好きなので職人になりたいとは考えていたけど…自分の立場だからこそできることがあるなぁって。現在、工場側でもない、デザイナーでもない立場に自身がおかれています。デザインと工場の間にある溝をつなぐことができる人間なんだろうな、と。工場に出入り自由という立場にあるなかで、いろんな社会の問題が解決できる、そういうことを発表として皆さんに伝えられる。そこの部分をやらずにはいられないところもあって。目の前にある問題は解決したいと思うんです。「自分しかできないということをなくしたい」、というのがもともとのすべての発想にありますね。

(写真)布にインクジェットでプリントできる技術「高品位アート染色システム」で染色した、斬新な宇宙柄(!)浴衣。前と後ろで柄を変えたり、写真やグラデーションをきれいにプリントできる新技術(『工場へ行こう!!』より)
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年齢を重ねていくと、それはそれで工場に詳しくなっていくというのもあって(笑)。そうすると、職人になると社会をつないでいたたくさんの点、、、デザイナーや職人や工場を点として、それをつないで社会と考えるのか、社会の点としてそれをつないで世界と考えるのか、「点」をつないで「線」にして、「線」を「面」として見たときに、それをまたつないで丸くして見たときに、どこが最初でどこが終わりかみたいなことを考えたときに、逆に職人を含む立場っていうところでできることがいろいろあるなぁと。完全なる職人になるよりも、いろんな人が欲している部分をつないでいくことができるのであれば、それをやっていこうかなと。


今でも工場巡りをしているんですか?

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ええ。でも、最近スタイルが変わってきていて、アドバイザーとして頼まれることが多くなってきました。例えば、企業や行政から依頼がくると、工場に行って職人さんや工場のアイデアをストーリーみたいなものにして作るデザインをやったり。今までとは違う形で新しい工場に足を運んでいます。そこで、新しい技術が新しいモノに生まれ変わっていくことを紹介していますね。

(写真)角度によって七色に変化する不思議な箔押「ディフラ」(特殊箔押印刷)で加工したもの。新しい質感や表現を出してみたいときにおすすめ(『工場へ行こう!!』より)

高橋さんの話を聞いていると、本当に今の立場を楽しまれている感じがします。

楽しいですね。デザイナーという職業を通して、実際にモノを作りながら紹介していけることがすごく楽しくて。それは職人側だとできないけど、デザイナーの立場だとできる。なのに、デザイナーは作ったというだけで終わってしまう。それがもったいないなぁって思うんです。個人のことで終わらすのではなくて、産業を盛り上げるきっかけにしたり、多くの人がハッピーになる、そういうきっかけをつくることはデザイナーができると思うんです。それが「デザインとは社会の問題解決策の一つ」というデザインへの考え方なんです。根底にはいつも、こうやったら皆が喜ぶんじゃないかっていう気持ちが常にあって。これって下町のサービス精神なのかな(笑)。

「いつもアイデアを出すのに1分もかからない」という根っからのアイデアマン、高橋さんの「社会のデザイン」はこれからもまだまだ続いていきます。


(作品画像は、『工場へ行こう!! デザインを広げる特殊印刷の現場』(美術出版社)、撮影:桜井ただひさ)

(インタビュー・文:牧智美)

高橋正実PROFILE

1974年東京墨田区生まれ。桑沢デザイン研究所グラフィックデザイン研究科卒業。97年よりMASAMI DESIGN主宰。デザインを社会の問題解決策の一つと捉え、様々な仕事と独自のスタンスで、分野にとらわれることなく社会と関わっているデザイナー。コンセプトワークを得意とするところから、グラフィック、パッケージ、インダストリアル、プロダクト、空間、科学研究分野、地域開発、執筆等仕事は多岐に渡る。2005年より、東京書籍小学校社会科教科書六年生下巻、人権問題のページにデザイナーとして紹介され、デザイナーという職業が全国で初めて教科書に登場したきっかけの人物でもある。毎年、大学での講義その他講演等も多数行っている。特技は逆さ言葉、暗算、工場の機械の音で踊れること!


『工場へ行こう!! デザインを広げる特殊印刷の現場』

工場カバー

隔月刊デザイン誌『デザインの現場』の連載「工場へ行こう!!」(2000年8月号~2004年12月号連載)にて紹介した約30種類の特殊印刷加工の現場と工程と解説を収録。

著者:高橋正実+デザインの現場編集部
体裁:B5判/128頁+付録(特殊印刷解説単語帳)
※初版カバーは特殊印刷仕様
発行:株式会社美術出版社
定価:2,940円(税込)


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