骰子の眼

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2012-12-30 10:30


パティ・スミスとロバート・メイプルソープ、街に抱かれた「ただの子供」たちのイノセントな栄光

パティ・スミス初の自叙伝『ジャスト・キッズ』湯山玲子、小野島大、山崎まどか各氏によるブックレビュー
パティ・スミスとロバート・メイプルソープ、街に抱かれた「ただの子供」たちのイノセントな栄光
『ジャスト・キッズ』より (c) Judy Linn. Used with permission

2013年に来日公演を控えるパティ・スミス初の自叙伝『ジャスト・キッズ』が詩集『無垢の予兆』とともに12月21日、発売された。ニューヨークを舞台に写真家ロバート・メイプルソープとの出会いから別れまでの20年を綴った、パティ・スミスによる青春回想録だ。ウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、ジャニス・ジョップリン、ジミ・ヘンドリックス、アンディ・ウォーホル、サルバドール・ダリ、サム・シェパード、ジム・キャロル、トッド・ラングレンらとの出会いを瑞々しい筆致で描く今作の発刊にあたり、湯山玲子、小野島大、山崎まどか各氏によるブックレビューを掲載する。

表現者パティの正しいブライドの持ち方
──湯山玲子

パティ・スミスの『ホーセス』が日本でも話題になった頃の私は10代の後半。ロック、洋楽少女だった。ロバート・メイプルソープが撮影したあのアンドロギュヌス的なジャケット写真も含め彼女の存在は、今と同様、当時から、わんさかいた「こじらせ女子(しかも、文化系)」の心をとらえたが、私はと言えば、バンドを組んでコピーしたのは、ビッチ度満点の商業ロックバンドであるランナウェイズの方。なぜならば、「ランボーやディランのようなアーティストに憧れを抱き、当初はそうした人々の愛人になることを目指してニューヨークに移り住んだ」という、ウィキペディア無き当時でも知ることができたこのくだりに、若い時分の私はン? と思っちゃったんですね。

というわけで、彼女に関しては、「ニューヨーク・バンクを生んだ、カルチャー土壌にたまたま、才能ある不思議ちゃんがいて、有名人の心をとらえ、ちょっと歌ってみたら大成功しちゃました」というような、イメージのウラ読みをしていたのだが、恥ずかしながらこの自伝を読み、遅まきながら評価が180度変わってしまった。

私生児を産み、傷心のまま故郷を後にしてニューヨークに出てきた彼女は、ある時はホームレス同様。ウェイトレスや書店員などの職を転々としているうちに、ひょんなことから、やはり、貧しいアーティストであった、ロバート・メイプルソープと知り合う。先の「愛人になりたかった」という引っかかりは、確かにニューヨーク前の夢見る少女時代にはあったかもしれないが、ふたり寄り添いながら常にアートに対して真摯に、そしてアートと自分たち個人との関係をハードな日常(本当に食べる物にも困っていた)の中で、妥協なく追求していく姿には、霊感を与えるミューズとアーティストといったような紋切り型の男女関係とはかけ離れた、自立し、迫力ある生き様が見て取れる(このあたりの彼らの年齢は実はまだ20代前半。今の日本の同世代を考えるとこのあまりの差に頭を抱えてしまう)。

後にメイプルソーブは、自身のホモセクシュアリティーに目覚め、新しいパートナーの所に行ってしまうが、パティとの関係は、全く壊れず、それどころか、逆にそれらをひっくるめた大きく親密な人間関係をつくっていく。このあたりも非常に魅力的で、彼らが根城にしていた、アーティストのメッカ、チェルシーホテルの生き生きとした描写とともに、当時のニューヨークに花開いたアートの土壌が、いかに自由で信頼に満ちた世界だったかが伺い知れる。

本書で最も私が心打たれたののは、深いアート教養があり、その特異な容姿から何度か、役者として輝きを見せながらも、彼女が音楽というステージで表現を確立するまでには、非常に長い発酵期間があった、ということ。彼女が世に出るまでには、それこそ、彼女が薄給の書店員をしながら書きためた、何作もの詩の草稿があったのだ。才能を「食べるための職業手段」と考えがちであり、そうではなくても、売れないことへの恐怖や失望に、表現や生き方が変節していきがちな今どきの”表現者”にとって、彼女の正しいブライドの持ち方と、強い心は大いに参考になると思う。

「パティ。僕らみたいに世界を見る奴なんて、誰もいないんだよ」

これは、メイプルソープが幾度となくパティ・スミスに言った素晴らしい言葉。そんな関係を実生活で持ちえるか、ということは、才能いかんに関わらず、誰の人生にとっても重要なことのはず、ということも深く考えさせる一冊だ。

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『ジャスト・キッズ』より (c) Linda Smith Bianucci. Used with permission



深く魂のレベルで繋がっていたふたりをめぐる切なさ
──小野島大

なんと美しく切なくロマンティックなラヴ・ストーリーであることか。パティ・スミスと、写真家ロバート・メイプルソープの出会いと別れを描いた物語。死の床にあったロバートに「いつか僕たちの物語を書いてほしい」と乞われ、10年以上もかけて、ようやく実現した。まるで少女マンガのようなふたりの出逢い、共に過ごし、心を通わせた日々を描く言葉の宝石のような輝きが眩しい。

パンクの女王としてパティが華々しくデビューしたのは彼女が28歳のときだった。すでにアーティストとしての自我を完全に確立していたわけだが、その基礎は彼女が1967年の夏、19歳の時に単身NYに出てきて、ロバートと出会い、互いに惹かれ、同居するようになった数年間に出来上がっている。ふたりが出会ったとき、パティはランボーやディランに憧れる文学少女に過ぎなかったし、ロバートもまた、アーティスト志望の無名の若者に過ぎなかった。ふたりを大きく変えたのは、ふたりが滞在したチェルシー・ホテルだった。数々のアーティストたちがたまり場としていたこの歴史的ホテルでの日々が、アーティストとしての彼らを形作ったのだった。アレン・ギンズバーグ、ジャニス・ジョプリン、サルバドール・ダリ、ジミ・ヘンドリックス、サム・シェパードといった人たちとの交流が描かれる「ホテル・チェルシー」の章は、まさしくふたりの青春時代であり、この書のハイライトでもある。

ふたりが出会った67年夏は、ヒッピー文化が花開き、フラワー・チルドレンが闊歩した「サマー・オブ・ラヴ」である。そしてスチューデント・パワーやブラック・パワーが吹き荒れた政治の季節でもあった。だがそのふたつともに馴染めぬものを感じていたパティが、60年代的なものを終わらせたパンク・ムーヴメントの到来とともに脚光を浴びるのは当然のことだった。ホモセクシュアルという自分のセクシャリティに気づき混乱したロバートがパティに「サンフランシスコに一緒に来てくれないか。あそこには自由がある。自分が誰なのか見極める必要があるんだ」と迫るくだりがある。サンフランシスコはヒッピーの聖地であるとともにゲイ・カルチャーのメッカでもあった。だがパティは素っ気なく「私は今だって自由よ」と答えるのである。

深く魂のレベルで繋がっていたふたりが、男女の関係ではなくなったことを確認しあうときの切なさ。パティが結婚し、子を孕んだそのとき、ロバートがエイズに感染したことが知らされる。生と死。絶望と希望。死に赴くロバートとパティの最後の交流を描く最終章は、あまりにも美しく、そして悲しい。簡潔にして洗練された文体、よく吟味された言葉は、彼女の書く詩のように印象的だ。

パティがロック・アーティストとして始動した70年代半ば以降はロバートとの交流が少なくなるせいか、物語は駆け足になる。初期NYパンク・シーンや、ロック・スターとなってからのパティについてもっと読みたい思いはあるが、それはまたの機会を待ちたい。

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『ジャスト・キッズ』より (c) Lloyd Ziff. Used with permission



きらびやかな都会を夢見る郊外の少女の視点を失っていない
──山崎まどか

マンハッタンの対岸にあるニュージャージー州は、保守的な郊外文化で知られている。川向こうの輝くザ・シティ(マンハッタンの俗称)は、ワーキング・クラスで育ったパティ・スミスには、まぶしいものだったに違いない。「ヴォーグ」に載ったイーディー・セジウィックに憧れたやせっぽちの少女は、「アーティストになりたい」「アーティストの恋人になりたい」という想いとトランクを抱えて、1967年にニューヨークにやってくる。そして、街に辿り着いたその日に美しい瞳とうずまく髪を持つ宿命のパートナーと出会う。

パティ・スミスの『ジャスト・キッズ』は、「ただの子供」だった頃の彼女とロバート・メイプルソープをこの上なく美しく描いている。貧しいけれど、痛みと輝かしさに満ちたニューヨークの青春に目がくらむようだ。

レッグス・マクニールとジリアン・マッケインが編集した当時のパンク・シーンの証言集『プリーズ・キル・ミー』で語られている二人の姿と大分違う。マックス・カンザス・シティのセレブリティたちの輪に入りたそうに、入り口付近でうろうろしていた野心的でルックスのいいカップルはあの本では大分辛辣に描かれていた。誰がどう見てもゲイであるメイプルソープに、パティ・スミスが郊外的な家庭感覚を押し付けているかのように人々は語っていた。そんな『プリーズ・キル・ミー』によって定説となった自分とメイプルソープの姿を浄化しようとしているのか、『ジャスト・キッズ』ではしばしば正反対の事実が本人の筆で書かれている。

どちらが本当なのだろうか?

メイプルソープのパトロンとして有名なサム・ワグスタッフに関するドキュメンタリー『メイプルソープとコレクター』で二人について話しているパティ・スミスの顔を思い出す。ワグスタッフとメイプルソープと自分の美しき関係を話す彼女は、まるでおとぎ話を夢見ている少女のようだった。映画で描かれているワグスタッフとメイプルソープの関係はもっと複雑で、メイプルソープがワグスタッフに取り憑き、破滅させた面も否定していないのに対し、パティ・スミスはまったく違う世界を見ているかのようだった。

パティ・スミスは、オズの国のようなきらびやかな都会を夢見る郊外の少女の視点を失っていない。二十代の彼女は夢見がちでミーハーだ。フランスのヌーヴェル・バーグ映画に憧れてアンナ・カリーナのファッションを真似、憧れの人々に直に触れて感激する。ニューヨークのシーンを支配するような存在になっても、まだアーティストに憧れているような距離感が彼女の文章にはある。そこでは悪魔的な破滅型のアーティストは無垢な恋人であり、二人の並外れた野心も芸術的な探究心の中で昇華される。そして後に残るのは街に抱かれた「ただの子供」たちのイノセントな栄光だ。私はパティ・スミスの目で見た世界の方を選択したい。

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『ジャスト・キッズ』より (c) Robert Mapplethorpe Foundation, Inc. Used with permission



書店で働き出してそれほど日数がたたないうちに、ブルックリンで出会った男の子がお店に入ってきた。カトリック学校の生徒のような、白いシャツにタイをしめていた彼は、まるで別人のように見えた。彼はブレンターノ書店のダウンタウン店で働いていて、書店の商品券を持っており、それを使いたいのだという。ビーズや、小さな置物やターコワイズのリングなどを彼は時間をかけて物色していた。
「これがいい」と、ようやく彼が選んだのは件のペルシャのネックレスだった。
「ああ、それは私のお気に入りなのよ。スカプラリオみたいで」と言うと、
「君、カトリックなのかい?」と彼が尋ねた。
「いいえ。ただ、カトリックのオブジェが好きなだけなの」と答えると、
「僕はミサの侍者だったんだ。乳香の香炉を振るのが好きでね」と、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
私が選り出したオブジェを彼も選んだことは嬉しかった。が、同時に少しばかり寂しく思えた。それを包んで彼に渡したとき、「このネックレス、私以外のほかの女の子にはあげないで」と衝動的に口にしてしまった。
口に出した直後、私は気まずい思いをしたが、彼は微笑んで「あげないよ」と言った。
彼が去っていった後、あのネックレスが置いてあった黒いベルベット布の上を眺めた。
翌日、もっと手の込んだ別の商品がやってきたが、あのネックレスにあったようなシンプルな神秘さはなかった。

(『ジャスト・キッズ』より)



湯山玲子 プロフィール

著述家。現場主義をモットーに、クラブカルチャー、映画、音楽、食、ファッション等、文化全般を広くそしてディープに横断する独特の視点には、ファンが多い。著作に『女装する女』(新潮新書)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『四十路越え!』(ワニブックス)、『ビッチの触り方』(飛鳥新社)、上野千鶴子との共著『快楽上等! 3.11以降を生きる』等。クラシックを爆音で聴く「爆クラ」を月一ペースにて行っている。
http://yuyamareiko.typepad.jp/


小野島大 プロフィール

大阪府出身。 現在は東京都を拠点に、主に音楽関係の文筆業として活動中。石野卓球や小山田圭吾、ケンイシイといった音楽家にも影響を与えた、80年代の伝説のミニコミ誌『NEWSWAVE』の創刊から休刊までの顛末を描いた書き下ろし最新刊『NEWSWAVEと、その時代』が音専誌から発売中。
http://onojima.txt-nifty.com/


山崎まどか プロフィール

コラムニスト。東京都出身。清泉女子大学卒。著書に『オードリーとフランソワーズ』(晶文社)『イノセント・ガールズ』(アスペクト)、共著に『ハイスクールU.S.A.』(国書刊行会)等。新刊『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)日本版監修の『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』(P-Vine Books)が発売中。
http://romanticaugogo.blogspot.jp/




『ジャスト・キッズ』
著:パティ スミス

発売中
翻訳:にむらじゅんこ、小林 薫
ISBN:978-4309909707
価格:2,499円
版型:192×136ミリ
ページ:472ページ
発行:アップリンク
発売:河出書房新社


『無垢の予兆』パティ・スミス詩集

亡き夫や、弟妹たちなど、
愛する者たちへ向けた、
やわらかなまなざしに満ちた詩の数々。
1980年代から2007年までに書かれた28篇を収録。

発売中
翻訳:東 玲子
ISBN:978-4309909714
価格:2,000円
版型:218×138ミリ
ページ:160ページ
発行:アップリンク
発売:河出書房新社


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アップリンク パティ・スミス 公式ページ http://www.uplink.co.jp/pattismith/




PATTI SMITH AND HER BAND JAPAN TOUR 2013

2013年1月22日(火)仙台 RENSA
2013年1月23日(水)東京 SHIBUYA AX
2013年1月24日(木)東京 BUNKAMURA ORCHARD HALL
2013年1月26日(土)名古屋CLUB QUATTRO
2013年1月27日(日)金沢EIGHT HALL
2013年1月28日(月)大阪NAMBA HATCH
2013年1月30日(水)広島CLUB QUATTRO
2013年1月31日(木)福岡DRUM LOGOS

ツアーに関する問合せ SMASH 03-3444-6751
http://www.smash-jpn.com




最新アルバム『バンガ』

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