骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-12-28 22:42


「後で直せるからいい」という意識が映画の儀式性を失わせる

『サイド・バイ・サイド』公開記念トーク・犬童一心監督が語るデジタルとフィルムが共存するいま必要なこと
「後で直せるからいい」という意識が映画の儀式性を失わせる
映画『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』トークイベントに出演した犬童一心監督

現在、渋谷アップリンク、新宿シネマカリテ、横浜シネマ・ジャック&ベティで公開中のドキュメンタリー映画『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』。ハリウッドの監督・スタッフ・技術者たちが映画のデジタル化への持論を語る今作公開にあたり、日本映画界の監督を招いてのトークイベントが開催された。12月22日は犬童一心監督が登壇。CM演出家としても数々のコマーシャルを手がける犬童監督が広告業界のデジタル化にあたり直面した出来事や、大ヒットを記録している『のぼうの城』をはじめとする自作でのデジタルとフィルムの関係について語った。

デジタルにするものとしないもので、映画に階級が生まれてしまう

── 『サイド・バイ・サイド』をご覧になって、どのように感じましたか?

大勢の人が利便性に添って、それぞれの立場でこのデジタル化の問題全体を考えている。僕が普段この何年か考えて気にしていることが描かれている作品です。

CMの世界では早い段階からデジタルに移行していましたので、いまの映画の作り方は、最終的な映写以外は、広告をやっていた人は昔からやっていたことなんです。ですので、映写機の機能がどれだけ良くなって、映写ができるようになるか。それが普通のことになってからは、劇場がどれだけフィルムの映写機を外して、デジタル上映の映写機になるかに注目していました。フィルムをデジタルにすることはお金がかかるので、金にならない映画は観られなくなってしまう。そこで、映画に階級が生まれてしまうということも問題だと思います。

『のぼうの城』は一昨年REDで撮影して、去年仕上げました。その時点ではフィルムの映写本数がまだ100本くらいありましたし、REDの4Kの映像がどのようにフィルムになるか、自分たちで観たかったので、ネガを作りました。でも実際は、東京都内で王子シネマ1館しかフィルムで上映していなかったんです。残念ながら、王子シネマは12月9日に閉館してしまったのですが、フィルムで観られるのは最後だからと、スタッフの打ち上げを王子シネマでやりました。

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映画『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』 (c)2012 Company Films LLC all rights reserved.

── 『のぼうの城』は何スクリーンでの上映だったのですか?

全国で320スクリーンくらいです。でも都内では1本。この2年で急速にフィルムの映写機がなくなっていきました。映写機が変わってしまうと、撮影もフィルムでなくなっていく。フィルムはすごくお金がかかるので、動物を撮るのはたいへんだと『いぬのえいが』(2005年)から、『サイド・バイ・サイド』では評価が悪かったSONYのF900で撮っています。

── デジタルへの移行は、プリント代を考えて、ということですか?

実は犬は思ったよりずっと言うことを聞くんです。でも猫はそうはいかないと、その後の『グーグーだって猫である』(2008年)もF900で撮ることを決めました。そうしたら、DI処理はしていますけれど『いぬのえいが』のキネコより、フィルムに直した状態がすごく良くなっていたんです。そこで僕は、「これは制作側がフィルムでやらなくなる」と思いました。

その次の『ゼロの焦点』は2009年に撮影したのですが、CMですらフィルムで撮ることが減っていたので、カメラマンの蔦井孝洋さんと、「僕たちがある程度お金をかけてフィルムで映画を撮れるのは最後だ」と話したうえで作りました。雪のシーンは曇りか陽が当たらないときしか撮らなかったですし、ライティングや絵の作りに関してもこだわり、あらためてフィルムの感覚を噛み締めて、今後に活かそうとしたんです。

山田洋次監督は『東京家族』撮影前、
スタッフ全員に『ニーチェの馬』を見せた

── 最新作の『のぼうの城』については?

『のぼうの城』はREDで撮りました。DIのほうが後の処理がしやすいことに加え、予算が限られていたこともあり、最初からフィルムで撮ろうとは思わなかった。『ゼロの焦点』は画が絶対的な力を持っている映画ですが、『のぼうの城』は陽の繋がりは気にしない映画にしようと。それは先に決めることなので、最初のコンセプトの立て方、決心の仕方が違いました。

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映画『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』 (c)2012 Company Films LLC all rights reserved.

── 利便性以外に、演出の部分でフィルムとデジタルの違いはありますか?

『サイド・バイ・サイド』のなかで誰も言わなかったことで、僕がデジタルになっていくことで心の中のしこりとして残っていることがあります。

山田洋次監督は最新作の『東京家族』までずっと、フィルムで撮ってフィルム仕上げなんです。編集も相変わらず東宝撮影所にひとつだけ残っているムヴィオラとスタインベックで作業している。そして、撮影に入る前にスタッフ・キャストと一本の映画を観ることにしているそうなんです。僕は、山田さんと近所付き合いがあるので、『東京家族』をやることが決まったときに、タル・ベーラの『ニーチェの馬』の上映に誘われました。

タル・ベーラは「映画は終わったから『ニーチェの馬』で引退する」と言った。でも山田さんはそれをみんなに観せて、「映画を作りたいんだ」という話をし始める。僕も、そうした山田さんの行為こそが映画だと思います。

── 犬童監督ご自身の制作の現場でも、そうしたことを感じる瞬間がありますか?

僕は長い間、CMの商品カットを撮っていますが、商品カットというのは、絵のすみずみまで完成させて本気で撮る。でもあるときから、背景に少し傷があるときでも、「デジタルで処理できるから、後で直せるからいい」と思うようになった。そうした意識がいろんなところに現れはじめた。

キヤノンの5Dや7Dを使いはじめたときにも、作る内容によって「今撮ろうとしているものに合っていない」いう違和感があった。それを言語化すると〈映画を作るということは儀式である〉という感覚です。

『のぼうの城』で言うと、水攻めのシーンについては、樋口真嗣監督が特撮監督の尾上克郎さんとがんばって、ミニチュアで撮影しているんです。巨大な水落しの機械を作って北海道に持って行って、コンピューター制御でひたすら水を落とした。映画ってこういうことだよな、という感じがしました。ところが、ミニチュアはお金がかかるので、冒頭の水攻めのシーンはCGで作らざるをえなくなってしまった。そうすると、自分の映画に儀式性が足りないと思ってしまう。

最終的に僕は現場で祈っている

スピリチュアリズムの話になりますけれど(笑)、映画の撮影現場というのは、ある儀式を行うために大勢の人が集まっていろんなことを行ない、最終的に祈っている。特撮のシーンじゃなくても、例えば『ゼロの焦点』で、ガラスで血だらけになった中谷美紀さんが気が狂って暴れまわるシーンがありました。何度もリハーサルをして「これでぜったい行ける」となったら、「本番撮ります」とカメラの前の中谷さんに伝えて別れる。その後は、カメラを回して彼女の演技を撮るだけで、中谷さんに何もできない。そこで僕はやっぱり「一回で終わらせたほうがいいシーンになるはずだ、お願いだから全てがうまくいってくれ」と祈っているんです。

撮影には、そうして祈って撮ったということが記録されて残っていることが大事なのに、どこかで「後でやればいい」ということが増えていってしまう。フィルムは現像してラッシュを観るまで、儀式を積み重ねていた。それが失われていくことが、映画を変えていくんじゃないか、ということなんです。さらに言うと、撮ろうとしている作品に合った儀式性こそが必要な気がしています。

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映画『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』より (c)2012 Company Films LLC all rights reserved.

── ジェームズ・キャメロンのようなスタンスに対してはどう思われますか?

『アバター』は好きです。映画界に新しいものがないと言われているときに、ある種の馬鹿馬鹿しいまでのエネルギーを込めて新しいことをやろうとしている、それが『アバター』にはあると感心しました。ジェームズ・キャメロンの個人の欲望や祈りが込められていて、狂った力を持って説得している。
オールCGがダメかどうかというか、ということでなく、本気で自分で作ろう、と意識していくことが必要なのだと思います。

(聞き手:浅井隆 構成:駒井憲嗣)



犬童一心 プロフィール

高校時代より自主映画の監督・製作をスタートし、大学卒業後はCM演出家としてTV-CMの企画・演出を手掛け、数々の広告賞を受賞。その後、長編映画デビュー作となる『二人が喋ってる。』(95)が、映画監督協会新人賞を受賞。1998年に市川準監督の『大阪物語』の脚本執筆を手がけ、本格的に映画界へ進出。1999年に『金髪の草原』で監督デビュー。2003年には、『ジョゼと虎と魚たち』にて第54回芸術選奨文部科学大臣新人賞。『メゾン・ド・ヒミコ』で第56回文部科学大臣賞を受賞。以後、『タッチ』(2005年)、『黄色い涙』(2007年)、『グーグーだって猫である』(2008年)等、話題作を発表し、『眉山 びざん』(2007年)で第31回日本アカデミー賞優秀作品賞・監督賞を、『ゼロの焦点』(2009年)で第33回日本アカデミー賞優秀作品賞・監督賞・脚本賞を受賞している。最新作『のぼうの城』が公開中。




映画『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』
渋谷アップリンク新宿シネマカリテにて上映中、他全国順次公開

監督:クリス・ケニーリー
プロデューサー:キアヌ・リーブス、ジャスティン・スラザ
撮影監督:クリス・キャシディ

出演:
キアヌ・リーブス
マーティン・スコセッシ
ジョージ・ルーカス
ジェームズ・キャメロン
デヴィッド・フィンチャー
デヴィッド・リンチ
クリストファー・ノーラン
スティーヴン・ソダーバーグ
ラナ&アンディ・ウォシャウスキー
ラース・フォン・トリアー
ダニー・ボイル
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▼映画『サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ』予告編


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