photo:Gadi Dagon
彩の国さいたま芸術劇場にて11月23日(金・祝)より2日間にわたり、イスラエルのバットシェバ舞踊団による、オハッド・ナハリンの最新作『Sadeh21―サデ21』が上演される。2年ぶりとなる来日にあたり、乗越たかお氏による昨年のテルアビブでの公演のレポートを含むレビューを掲載する。
ダンスの根源を見せつける
恐るべき可動域と、瞬間ごとの発想力に満ちた動きで観客の目を釘付けにするダンサー達。そして強固で豊かな作品世界……、オハッド・ナハリン率いるバットシェバ舞踊団を一度でも見た人は、二度と忘れることができなくなる。ダンスが激しく心を揺さぶり、魂の奥深くへ杭のように打ち込まれるからである。
初来日である97年の『アナフェイズ』を含む3つのプログラム(うちひとつは彩の国さいたま芸術劇場で上演)は、日本のダンスファンを一気に魅了した。最も来日が待たれているカンパニーのひとつといっていいだろう。
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いまやコンテンポラリー・ダンスも成熟期を迎え、かつて草創期を支えたフランス・ドイツ・ベルギーなどの中央ヨーロッパでは、ノンダンスやコンセプチュアルな作品が大勢を占めるようになった。舞台美術が重視され、身体性の薄い作品が量産されている。だがそんなものに飽き飽きしている人々も確実におり、「揺り戻し」のように身体性の強いダンスへの要望が高まっている。そこでムーブメントの衝撃をもって真正面から観客を魅了するナハリン作品は、ダンス本来の威力と魅力を実感させてくれるものとして、世界中で求められているのだ。
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だがナハリンは公私ともに心労が重なり、2003年から2年間、芸術監督を退いていた。その間も振付は続けていたものの、その頃の作品は死を思わせる影が強く、閉塞感も漂っていた。しかしここ数年は完全に復活している。そして以前よりも迫力を増し、かつ作品世界をグイグイと深めているのである。
初来日以降、切望されながらもカンパニー本体による来日公演はしばらくなかった。しかし2008年の『テロファーザ』を皮切りに、コンスタントに来日しているのはうれしい限りだ。2010年に来日した『MAX』(彩の国さいたま芸術劇場)では、ダンサー達が何の合図もなくフッとユニゾンで動き、舞台上の空気全体をも踊らせてみせた。
そして今回の『Sadeh21-サデ21』である。筆者は本作を昨年テルアビブのフェスティバルで見たが、本当に胸が震えた。好調な近年のナハリン作品の中でも、さらに精華と言っていい作品である。
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世界の悲劇に埋もれぬように
舞台は2メートルほどの壁があるだけのシンプルなものだ。冒頭はダンサーが入れ替わり現れてソロを踊っては去っていく。これら鍛えられたバットシェバ・ダンサーの動きを見るだけでも凡百のダンス公演をしのぐ興奮を味わえる。カンパニーは全体に若返っており、身長も身体つきもバラバラで、バリエーションに富んでいる。ナハリンが開発したダンスメソッド「GAGA(ガガ)」を叩き込まれ、他のカンパニーでは決してできない動きが次々に展開していく。彼らの斬新な動きの数々を見ていると、我々は自由に踊っているつもりでも、いつの間にか手慣れた枠の中に入ってしまっていることを思い知らされる。日本のダンサー達は、できるだけ前の席で、じっくりと見てほしいものだ。
……という楽しい時間を過ごせるものの、ナハリンがそれだけで終わるわけがない。中盤のある演出から、全てが反転していくのである。
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詳細は自分の目で確かめてほしいが、その演出以降、舞台は一変する。見た目はそのままに、質だけがガラリと様相を変えるのだ。そして「我々を取り巻く世界は、常に数えきれぬほどの悲劇に満ちている」という重い現実に直面せざるをえなくなる。もちろんダンスは続いていく。しかし悲劇の存在に気づいて以降、たった今まで楽しんでいたダンスを、もはや同じ視線では見ることができなくなっている自分に気づく。やがて「小さな幸福に温まる心」と、「世界の悲劇を認識している理性」が、混沌となって観客を襲うのである。そして「人生をかけて探らねばならない何か」が、胸の深いところへドンと落ちていく。ナハリン作品は常に多層的な造りになっていて、直接的に描くことはないものの、「舞台奧と手前を分離するように設置された壁」も、様々な見方ができるかもしれない。
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坦懐にただ楽しく見ることもできれば、重く受け止めることもできる。オハッドはこれまでも十分に天才だったが、年を経て、こんな領域に達するとは。巨大なアーティストの転換期的作品を、ぜひ目撃してほしい。
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付記しておくが、ナハリンは、GAGA(ガガ)を一般の人向けに改良し、普及に努めている。東日本大震災の際には、イスラエルでナハリン自らが700人を集めたチャリティのワークショップ「GAGA FOR JAPAN」を行い、被災者のために義援金を送ってくれた。
震災以降の日本もまた、いくつもの悲劇のさなかにある。我々はギリギリの「日常」を生きていかなければならない。運命が重くのしかかる中でこそ踊るべきダンスがあるということを、ぜひとも見てほしいものだ。
(文:乗越たかお[作家・ヤサぐれ舞踊評論家] 彩の国さいたま芸術劇場情報誌『埼玉アーツシアター通信』2012年7月発行号より転載
彩の国さいたま芸術劇場ダンス・プログラム2012-2013
バットシェバ舞踊団『Sadeh21―サデ21』
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
2012年11月23日(金・祝)・24日(土)各日15:00開演
振付:オハッド・ナハリン
出演:バットシェバ舞踊団(17名)
料金:一般 S席6,000円、A席4,500円、学生A席3,000円(税込・全席指定)
チケット取扱い・お問合せ:
彩の国さいたま芸術劇場 0570-064-939(休館日を除く10:00~19:00)
http://www.saf.or.jp/
主催:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団
後援:イスラエル外務省 イスラエル大使館
▼バットシェバ舞踊団『Sadeh21-サデ21』舞台映像