『ニュータウンの青春』より
大学時代は先輩と後輩という間柄で、一緒に映画を撮り続けてきた二人。互いの監督作品に出演するほか、俳優そして監督として活躍、共に制作に関わった作品は、『青春墓場~明日と一緒に歩くのだ~』(奥田庸介監督)や『ビューティフル』(市川祐太郎監督)など他多数。今年7月にオールモスト・フェイマス上映会 in 奥渋谷映画祭で、森岡龍監督の『ニュータウンの青春』を上映したが、先週より、渋谷ユーロスペースを封切りに、本作の全国順次公開が始まったばかり。今回のオールモスト・フェイマスでは、『ニュータウンの青春』の公開を記念して、森岡監督と準主役をつとめる嶺監督に、大学時代と映画づくりの現場について聞いた。まるで、“スリーサンダーズ”さながらのトークをお楽しみください。
ずっと一緒だったから
わかること
──二人の出会いは?
森岡龍(以下、森岡):最初は、学祭のときに、ひとり、おもろいやつがいるぞって言われて見に行ったんです。そしたら、当時一年生だった豪一が出店を出していて、高給な海の幸、しかも築地直送の魚介類を、結構いい値段で売ってたんですね。500~600円で。「生意気に金を稼いでる1年生がいるぞ」って話題になっていたんですけど、全然売れてなくて、最終日に行ったら、100円くらいで叩き売りしてて(笑)。それを食ったら、翌日腹が痛くなって(苦笑)。
嶺豪一(以下、嶺):牡蠣とか売ってたんで……(苦笑)。
森岡:それで知り合いになった後、たしか奥田庸介君の現場だよね、『青春墓場』で、豪一が撮影助手、僕がメイキングを作ったんです。撮影現場は、結構泊まり込みも多くて、合宿みたいなことをよくやってて、それで一気に仲良くなったよね。まあ、男臭い現場だったね。
『ニュータウンの青春』森岡龍監督(右)、準主役の嶺豪一監督(左)
嶺:一緒に銭湯行ったりするうちに、仲良くなって。
森岡:それでよく家に遊びに来るようになったんだよね。僕は、当時友達と一緒に住んでた家があったんです。気づいたら、そこに豪一が勝手に入って、勝手に泊まってるっていう。本当に、俺より寝泊まりしてるんじゃないかっていう月もあった。
──その時、嶺監督は『故郷の詩』の舞台にもなった有斐学舍で寮生活を送っていたんですよね?
嶺:そうなんです、でも寮の場所が埼玉で(大学から)遠くて。それに風呂のお湯がでない時もあって……。
森岡:あの頃、本当にずっと一緒にいたよね。脚本書くのも一緒だったし。
嶺:龍君が『ニュータウンの青春』の脚本を書いている時に、僕は『よもすがら』の脚本を書いていました。いつも龍君の家だったり、一緒に、ファーストフード店で隣り合わせとかで。なんか泣きながら書いてたよね。
森岡:そう、「いいシーン書けたよ!」って(笑)。
──『ニュータウンの青春』も『故郷の詩』も、実際に登場人物が実存したとしか思えないくらい演技や空気感がリアルでした。ただ内輪ノリで撮っても、なかなかそのまま画に反映されないと思うのですが、演出や撮影現場について教えていただけますか。
森岡:どんな感じで撮ってたんだっけ? でももう、毎日一緒にいるから、豪一が何を撮りたいのかが、わかるっていうのが大きかったのかもしれませんね。「このシーンは、あの映画の、あのシーンの、これでしょ?」っていう感じで(笑)。それはシナリオを書いている段階からピンとくるんですよ。あの頃って、まず朝起きたら、飯食って、映画1、2本観て、シナリオ書いてっていう生活を、ずっと1年間続けていた訳ですから。
──では、演出も「あうん」の呼吸で?
森岡:『故郷の詩』で、俺が出たシーンは、『パンチドランク・ラブ』のフィリップ・シーモア・ホフマンが、電話越しにキレるシーンがあるんです。「あのホフマンをやって」って言われて。電話を耳にあてずに、手に持って、電話に向かって怒鳴るっていう。
嶺:「ファックファックファック!!」って叫んでるっていう(笑)。
森岡:「ああ、これがほしいんでしょ」って、すぐわかりました。だから、ほとんどモノ真似なのかもしれませんね、へたくそな。
嶺:あとは、共通の知り合いの名前を出して、「誰々みたいな感じで」とか、お願いしていましたね。
『ニュータウンの青春』より
日常を遊びで
演出する
森岡:それから、けっこう普段から、仲間内で、おもしろくないとダメっていうのがあったんですよ。おもしろさにすごく貪欲っていうか。バツゲームをやらされても、おもしろくないリアクションをしたら、どんどん過激になっていくとか……。
嶺:そうそう、一発で決めないと、どんどんひどくなっていくから(苦笑)。だって、いつの間にか、ドッキリをしかけられていたりとかするんですよ。
森:リアクション鍛えられたよね。ある種、よしもとの養成所みたいな学校だったから。
──例えばどんなことを?
森岡:結構思い出深いんですけど、でもやっちゃいけないドッキリでは、ちょうど『ニュータウンの青春』を撮り終わった頃、みんな家で集まって、豪一を待っていたんですね、ビデオカメラをまわしながら。豪一が家に着いた時、須藤っていうメンバーが、撮影現場で照明が落ちてきて入院しているっていう嘘をついて。その話を豪一にした直後に、電話がかかってくる設定にしていたんです。それで別の友人から電話をかけてもらって、「須藤が死んだ」って連絡が入るっていう。僕たちは、豪一が「まじっすか?!」ていう反応をすると思っていたんだけど、その場で、豪一がわって泣き崩れて……。俺たちは、ドッキリのプラカードとか、ヒゲメガネとかを用意してたんだけど、それにも目に入らないくらい、豪一は頭が真っ白になっちゃっていて。一部始終をカメラで撮っていたんですが、その後撮ったものを観たら、今までエラーなんて出なかったカメラだったんですけど、その瞬間レンズが曇っちゃって……“なんかちょっと怖い”っていうオチまでついて。そういう過激な遊びをやっていました。それはさすがに、後から反省しましたけど。
嶺:あれは本当にキツかったっすね~。その時、録音部の根本飛鳥さんていう人がいたんですけど、演技がめちゃくちゃ上手くて!「須藤死んだって」って言って、ぽろって涙流したんですよ!それで、「マジなんだ」って思って……。
森岡:俺も後ろでやりとりを聞いてただけなのに、泣き始めちゃって。そういう、その場の空気を、がらっと変えなきゃいけない遊びが横行していたんです。
嶺:ドッキリを仕掛けるために、演技も上手くなっていきますしね。
森岡:そうそう。それから仕掛けられた側も、「俺ははめられたんだぜ」っていう芝居をしないと、場が盛り上がらないから、日々、試されるよね。でも、ほんっとリアクションが上手いよね、豪一は。
嶺:仕掛けられる側は、ある程度乗らなきゃいけないっていう。でも、そうすると、場が盛り上がるから、そのかけあいで、どんどんエスカレートしていって……。
森岡:そういう遊びをやっていると、こいつはこういう返しがおもしろいとか、こんなリアクションが上手いとかわかってくるから、脚本を書く時も、アテ書きをして書けるんです。私生活から、お互いに常に演出している感じたったのかもしれないね。『ニュータウンの青春』では、3人が同級生という設定だったけど、実際は豪一が年下だから、はじめの頃、カズカズと飯田先輩という二人との間に少し距離があったので、「まず呼び捨てにしなよ」とか、「ちょっと飲みに行ってきなよ」とか、関係を作ってもらうことから始めました。だから、へんに役名を作るんじゃなくて、役名も実名で出てもらった方がいいかと。
嶺:(劇中で)僕の妹役の名前も、自分の妹の実名を使われているんですよ(笑)。
森岡:それから当時の僕の同居人、市川祐太郎君が撮った『ビューティフル』という映画でも、豪一と飯田さんが主演で、45分ワンカットで撮りました。僕がカメラマンで。
嶺:あの時は、ノンストップで止まれないから、監督がカメラ横からカンペを出すんですよ。(役者は)それを受けて、どう面白くするかっていう、瞬発力が求められる。でもお笑いじゃなくて、映画だから……。しかも演じながらだから、ゆっくり考える時間もないんですけど、その場でもがいて、生まれたものもあったと思います。
森岡:そういう臨場感はスタッフ側にもありましたね。ちょうど、家の外に出ると陽が落ちて真っ暗になってしまっていて、まずいって焦ったり。なんとか光を探して逆行気味で撮ったなあ。最終的に全部で7テイクくらい撮って、最後まで撮影できたのは2テイクくらいだったよね。
──『ビューティフル』も『ニュータウンの青春』に出てくるスナックが舞台ですよね。出演者もロケ地も同じで監督だけが違う作品って、ありそうでないですよね。
森岡:あのスナックは、さかちゃんていう友人の実家なんです。彼は普段バンドマンで、俺の映画では制作をしてくれている人なんですけど。自主映画って、どうしてもロケ地が限られてきちゃう。それで、どこか絵的におもしろい場所はないかっていうと、さかちゃんのスナックなら大丈夫だろうっていう(笑)。
嶺:いいロケ地っすよね。
森岡:みんな(ロケ地に)使ってるから、そのスナックをどう面白くしようっていうのは、ありましたね。それも逆に鍛えられた(笑)。
基本“ジャージ”で
「ノスタルジーくそ野郎」です
──お互い青春映画を撮った理由は?
森岡:卒業制作で撮る映画なので、予算とかの関係から、結局身の回りで撮るしかないから、一番撮りやすい題材なんだと思います。サラリーマンやおじさん主演で撮ってみようと思っても、どうしても嘘っぽくなる。
嶺:まずおじさん役が見つからないから、どうやったら、周りの人間をできるだけ面白く撮るかっていう。
森岡:それは学校の先生にもよく言われたよね。「お前ら、本当に“ジャージ映画”しか撮れねえな」って。“ジャージ映画”って言うんですよ、同年代の青春映画のこと。でも、基本、ジャージ着てるもんね(笑)。年収1千万の奴の台詞って書けないよな。
嶺:今後の課題ですけどね。
森岡:課題だよね。ジャージを卒業して、一流弁護士の台詞とか書けなきゃいけないよな、これからは。
『ニュータウンの青春』より
──森岡さんは『ニュータウンの青春』の後、「青春映画は撮りきった」と言われていましたよね。
森岡:そう思ったんですけどね……。今新作の脚本を書いているんですけど、どうしても途中でジャージ着せちゃうんですよ!何なんだろうなあ。結構試練です。無理してでも別の題材に行かなきゃいけない気もするし、でも、それしかできないなら、そこで留まり続けるのも自分の映画づくりっていう気もするし、考えてしまいますね。
嶺:わかるわ。なんか動いてってくれないんですよね、登場人物が。でも“半ジャージ”みたいなのは?じいさんがジャージ着てる、みたいな話。今、おじいさんと少年の話を考えているんです。
森岡:それ、ジャージだろ(笑)。
──お二人の作品って似た部分がありますよね。アプローチやタッチは全然違いますけど、故郷がテーマだったり、そこから巣立って行く話も、ラストに幻想的なカットが入るところや、構造的な作りも……。
森岡:自分たちはそんな意識全然ないんですけど、結構言われますねぇ。(嶺監督に向かって)お前、真似してんじゃないのか?(笑)。でも知らないうちに、お互い影響されちゃってるのかもしれない。好きな映画とか笑いのセンスとか。
嶺:なるべく違うようにしたいんですけどね。
森岡:豪一は基本的に作品も高温で、ノリが南米系。その点は違うけど。でもお互いに似ているのは、ノスタルジーなんですよね。なんか、すぐ感傷的になるんですよ。特に豪一。すぐに「ほんといい経験だったな」、「いい大学時代だったな」とかすぐ言うんです。一日に一回はしみじみするんですよ。今日もこの後しみじみしますよ、「いい対談だったな」って(笑)。
嶺:確かに、一日一回、染み入るかもしれません(笑)。
森岡:ね、焼酎みたいな感じになるでしょ、くいっと、染み入る感じ。俺もそういうところがあって、すぐ「俺ってほんとうにいいメンバーに恵まれたなあ」って(笑)。基本俺らはノスタルジー野郎なんだけど、同時にノスタルジーが全然つまらないことも知っていて。ノスタルジーは具象じゃないから映画にならない。それをいかに、具体で乗せて行くかっていう映画づくりは似ているかもしれない。
嶺:そうかも。あの時の寮を残しておきたくて『故郷の詩』を撮ったけど、寮だけ撮っても、そんなの他の人は全然興味ないだろうっていう意識はありましたね。そこで、感傷的になりすぎちゃだめだって。
森岡:ノスタルジーがどんどん先走って、「泣いてるの、お前だけだよ」ってことになりかねない。だから、映画づくりって難しいよね。すごく冷静に客観的にならなきゃいけない部分と、周りも見えなくなるくらい浸っちゃう瞬間が必要。すごく俯瞰したり、寄ったりするバランスが。でも俺たち基本“ノスタルジーくそ野郎”だから、友だちは全部出しちゃおうとか、みんなで成り上がろうっていう雰囲気はあるよね。
失恋した夜、
映画が動き出した
──『ニュータウンの青春』は、憧れの女性を巡る話かと思いきや、最終的に男三人の話になるのが、いい意味で裏切られました。
森岡:その頃、彼女に振られたこともあって、とにかく全員女に振り回される話にしようって決めていたんです。
嶺:僕もその(失恋の)現場にいて。龍君に「豪一、ここで待ってて」って言われて、家の下で待ってたら、帰って来た龍君が「終ったわ。でも大丈夫、ごめんな、豪一」って言ってくれたんだけど、その時、龍君の手が震えてたんです。哀しかったんですかね。それで『ニュータウンの青春』で僕が振られるシーンを撮る時に、龍君が「豪一、あの時の俺を思い出して!」って言ってくれたので、僕も手を震わせて演技しました。
森岡:振られた日の夜、豪一は、ずっと一緒に居てくれたんですよね。その瞬間に、映画が動き出した感じがしました。あの日の夜、腹をくくったんです。失恋して、わーってなって、隣に豪一がいてくれて、なんだか俺以上に怒ってくれていて。でもそれをそのまま映画にしても面白くないから、そのムードは残しつつ、あの時のあの感情、ひりひりするような痛みを表現するには、どういう物語やどう瞬間があればいいんだろうって、俯瞰して考えた。だから、まず感情ありきで、物語が先に思いつくことはまずないと思います。
『ニュータウンの青春』より
──今後どんな映画を撮っていきたいですか
嶺:自主映画だと東京でしか上映されないから、熊本でも上映される商業映画をいつか撮りたいです。なんかこう、理屈じゃない部分で泣いたり笑ったりする映画が撮りたいです。
森岡:それ、俺が言ってた言葉じゃない?
嶺:そういうの、結構あります(笑)。
森岡:逆もあるよね(笑)。やっぱり一緒に居すぎなんでしょうね。一度離れないとダメだな。と言っても、豪一で一本映画撮りたいけど。俳優としても面白いけど、監督としても、すごく才能がある人だと思っています、よ(笑)。面と向かって言うと恥ずかしいけど。
──最後に今後の予定を教えてください。
嶺:ぴあフィルムフェスティバルの入賞作『故郷の詩』とともに全国を巡ります。そのほか、坂下雄一郎監督の新作に、主演の飯田さんと共演していて、いま撮影中です。
森岡:俺もその現場にいたかったなあ。豪一、もう飯田さんと“セット売り”にしたら?(笑)。『ニュータウンの青春』を観てくれたプロデューサーから、某アーティストのPVに、ニュータウンの3人組を使って撮るっていう話もいただいたしね。それは来月出来上がる予定だそうです。僕の方は、とりあえず是枝監督のドラマ『ゴーイングマイホーム』(フジテレビ)のレギュラー出演が続きます。それから『ニュータウンの青春』が全国順次公開なので、来年も劇場上映を手がけつつ、次回作のシナリオを書く予定です。
嶺:やっぱり龍君は先輩だから、常に先を行っていてほしいな。僕は、奥田君とか、龍君とか、先輩の背中を見ながら来たっていうのがあるから。特に奥田君とか、すごくあおってくるんですよね。
森岡:すごいよね、あおり半端ない(笑)。
嶺:卒業制作も(『故郷の詩』)、「お前、これで失敗したら、田舎に帰れよ!絶対だかんな」って。
森岡:まあ、鼓舞してくれてるんだよね。でも豪一は、最近なんか生意気なんですよね(笑)。「俺、もう先に行っちゃいますよ」なんて言うし、俺らの世代を完全に見下してる時もあるもんな。でもそれも含めて、茶目っ気というか、愛きょうがある人です。
※次回は嶺豪一監督『故郷の詩』凱旋インタビュ-を掲載します。
(文・写真:鈴木沓子)
嶺豪一 プロフィール
1989年、熊本出身。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科卒業。『故郷の詩』が第24回東京学生映画祭でグランプリ、観客賞をダブル受賞、その後、第34回ぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞を受賞、第31回バンクーバー国際映画祭招待作品部門に招待される。大学時代の先輩である森岡龍監督や奥田庸介監督作品を始め、現在は俳優としても幅広く活動している。
森岡龍 プロフィール
1988年、東京都出身。千葉県浦安市で青春時代を過ごす。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科卒業。2011年の第33回PFFで『ニュータウンの青春』が審査員特別賞を受賞、国内外の映画祭で上映され、現在渋谷ユーロスペースで劇場公開中、全国順次公開する。俳優としては、2004年に石井克人監督作品『茶の味』でデビュー。以降、『色即ぜねれいしょん』(2009年/田口トモロヲ)、『あぜ道のダンディ』(2011年/石井裕也監督)や、ドラマ「深夜食堂・2」(TBS/山下敦弘監督)などに多数出演。主演作には『君と歩こう』(2005年/石井裕也監督)、『見えないほどの遠くの空に』(2011年/榎本憲男監督)がある。現在は、ドラマ『ゴーイングマイホーム』(KTV/是枝裕和監督)にレギュラー出演中で、来年公開される『舟を編む』(2013年/石井裕也監督)にも出演している。
映画『ニュータウンの青春』
渋谷ユーロスペースにてレイトショー公開中
他全国順次公開予定
監督・脚本・編集:森岡 龍
撮影:古屋幸一
照明:山口峰寛
録音・助監督:根本飛鳥
ラインプロデューサー:中村無何有
音楽:チエコスポーツ
出演:島村和秀、飯田 芳、嶺豪一、河井青葉ほか
(2011年/95分/カラー)
【上映後トークショー開催】
11月11日(日)瀬々敬久さん(映画監督)×嶺豪一×森岡龍
11月14日(水)榎本憲男さん(プロデューサー・映画監督)×森岡龍
11月15日(木)柳下毅一郎さん(映画評論家・特殊翻訳家)×森岡龍
11月17日(土)石井裕也さん(映画監督)×森岡龍
公式twitter:http://twitter.com/newtown_seishun
▼『ニュータウンの青春』予告編
『故郷の詩』
監督・脚本:嶺豪一
出演:嶺豪一、飯田 芳、岡部桃佳、林 陽里、広木健太
撮影:楠雄貴
編集:小野寺拓也
音楽:今村左悶
楽曲提供:SPANGLE
2012年/カラー/71分