トロント国際映画祭でNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞した『希望の国』園子温監督 (c) dongyu club / pictures dept. 2012
園子温監督が原発と放射能をテーマに挑んだ『希望の国』が10月20日(土)より公開される。これまでもセンセーショナルな題材に次々と取り組んできた園監督は、この映画で大地震に遭遇した二組の家族の日常を抑制されたタッチで捉えている。今作品は、311直後から製作準備がスタートし、海外から2割の資金を募り今年3月に完成。プロデューサーであり、海外へのプロモーションを務める汐巻裕子さんは、9月に行われたトロント国際映画祭でのNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)をはじめとする世界各国での賞賛の声とともに一部で挙がった「日本人は学んでない」という反応に、原発事故が忘れられようとしている現在、これを世界にきちんと伝えるべきだ、という思いを新たにしたという。
webDICEでは、「ファンタジー・オブ・リアリティ」と今作を形容する汐巻さんに、海外でのセールスの方法、各地の映画祭での反応、そして園監督がこの作品で伝えたかったメッセージについて聞いた。
ヒステリックな状況に置かれたとき
一緒に矢面に立てるチームを作りたかった
── 『希望の国』は園子温監督による震災後の企画としては『ヒミズ』に次ぐ作品です。『ヒミズ』の配給はギャガ、『恋の罪』は日活、今回は?
プロダクションとしてはビターズ・エンドで、製作委員会として数社が入っています。
── 日活でヒットしたならば、次の作品も日活で、と同じ会社で次々と作らないのですか。それともインディーズ界のヒットメーカー・園子温をしても、お金を集めるのが難しいのですか?どのようにこの企画は立ち上がったのでしょうか。
これは園さんがいろいろな取材で語っていますけれど、『ヒミズ』で被災地に行って撮影しているなかで、現状を目の当たりにして、原作があったのですが、311があったことでその直後に脚本を書き直したんです。大至急ちゃんと震災と放射能についての映画を書かなきゃだめだ、と取り憑かれたようにホンを書いて、取材をして、というのが始まりでした。園さんはお金が集まろうが集まるまいがこれは自分でやる、と言い出して。そこでエージェントの國實さんが、いろんな方にお話したんです。國實さんはあまりクレジットには出てきませんでしたけれど、ほとんどの作品の企画を園さんと一緒にやったり、思いついたのが國實さんだったり、濃く関わっていらっしゃるんです。
しかし今回はネタがネタなだけに、内容はエログロも封印ですし、園さんの新作がお金になるとプロデューサーが考えるテーマじゃないわけです。
映画『希望の国』のプロデューサー、汐巻裕子さん
── 裏返せば、エログロがお金になる売りだと。
園さんはそれまで15年間はそうでしたよね。ジャンルの映画監督として、ホラーでもないし、エログロとも言い切れないけれど、そのジャンルでオリジナルをやっているところに評価が高い監督だと思います。海外でもそういう評価でしたから。ファンタスティック系の映画祭では大人気、メインストリームからはまだよくわからない、というポジションにいた方なので、その端境期での企画です。
── そこでホンが最初にできたのですか?
はい、私が知ったときにはできていましたね。私は国實さんが社長を務める鈍牛倶楽部の海外の進出のお手伝いをずっとやらせていただいているので、國實さんと、園さんの作品はどこの会社がやろうが一緒に考えてきたんです。今回こういうネタで、予算規模はP&A(Print & Advertise プリント代と宣伝費)入れて1億ぐらい、製作で7,000万くらい。オールロケだし、けっこうな額ですよね。ただネタがネタなだけに、世の中が原発のことや放射能のことがどういう論調になっていくのか、企画を立てた1年前はまだ混沌としている時期だったんです。
なので、國實さんとしては、語弊があるかもしれないけれど、海外も含め、すべてにおいてクリーンで信頼のおける人とやったほうがいいと思う、という考え方が最初からあったんです。なぜかというと、これを世の中に出していくときに、プロデューサーも監督も当然叩かれる可能性、ヒステリックな状況に置かれるリスクはある。そのときに、しっかり会社も関わっている人たちも一緒になって向きあって矢面に立てる、そういうチームを作りたいという思いがあったと思います。それでビターズ・エンドの定井さんに白羽の矢が立ちました。これは映画業界の他のみなさんがクリーンじゃないという意味じゃなく、スケジュールが合うとか、資金メンテナンスができるとか、いろんな要素です。
つまり配給もそれなりの規模でやってくれて、最後まできっちり面倒を見てくれるところということで、定井さんに話が行って、プロデューサーとして立ってもらったと。そこに國實さんも加わり、ふたりがプロデューサー・クレジットでやっていたことなんです。
私は、いつものように海外セールスと海外プロモーション、映画祭をどこに出すか、といった戦略を立てるところで関わっていたんですが、急遽プロデューサーとして海外の出資集めを行うことになりました。監督の思いとして、急いで作りたい、映画は記憶を風化させないためのもの、というメッセージを伝えたいところがあったから。一年経ってのんびり出していては意味がない、と。監督の感覚としては、まだ現地で起こっているのに、もうみんな忘れてるよ、と思ったそうなんです。そのことを、被災地の人に、というよりも被災地から物理的に距離がある人たち、そして距離に比例して心理的に距離のある人たちに対して、忘れないで、と言いたいというテーマだった。
ということで、急がなきゃいけない、というのがひとつプロデューサーとして使命があったんです。資金は、みなさんのコネクションを使ってわりとすぐに集まったんですけれど、途中で大口の決まっていた出資会社が降りてしまったんですよ。最終的にトップが海外出張から帰ってきて、ハンコを押すだけ、という稟議を上げたら、原発問題はちょっとうちはまだ早いんじゃない、という鶴の一声でなしになったというんです。撮影直前なのに大変、ということになり、みんなで必死になりました。
中国からの出資を断った理由
── 最終的には、どこが製作出資会社になったのですか?
今入っているビターズ・エンド、鈍牛倶楽部、マーブルフィルムはキャスティングをメインにやっているプロダクション系の会社です。その関連会社のグランマーブル、竹内力さんのRIKI PROJECTそして私の会社ピクチャーズデプト。欠けていた大口は、キングレコードさんが、いわゆる後乗りで入ってくださいました。あとは、海外の2社です。
──日本と海外の出資比率はどうですか?
海外から2割強くらいです。
── 海外の製作というのは、その国の権利のプリセールスではなく、純粋な出資として?
そうです。Third Window Filmsは、イギリスの配給会社で、もともと塚本晋也とか三木聡とか、日本の監督作品を劇場公開している会社です。その会社のアダムという人はものすごく一生懸命やってくれていて、園監督の作品も『愛のむきだし』からやっていたんです。イギリスのライツは、私とアダムと話し合って、これはもうちょっと大きい配給会社に売ろうよ、チャレンジしようよ、ということで、アダムの会社がだめ、ということではなくて、もっと大きい展開をしたいということで、ライツなしで純粋投資です。
── Joint Entertainment Internationalは?
台湾の配給会社で、ドキュメンタリーや良質なドラマをよくやっている会社なんですけれど、中規模の配給会社です。そこのジェームスという社長は昔から、バイヤー/セラーの関係性で知っていて、声をかけて参加してもらいました。園作品は初めてです。
── 100パーセントは1億と考えると、20パーセントということは2,000万くらい。すごいですね。それを汐巻さんが集めたのですか。
だけどこれが面白い話があって、某大企業が抜けてしまったときに、この2社以外にも声をかけていて、中国のとある大きい会社にも知り合いの香港のプロデューサーを通して声をかけていたんです。すごくコンセプトは気に入ってくれて、その会社の後ろ盾のファンドもノリノリになって、ほとんどやるという話になって、本来だったらそれも入れると、50パーセント以上が海外からの投資ということになっていたんです。
それで私が半分持ってきたということで、一躍プロデューサーとしてクレジットしてもらえることになったんです。目指していた国際共同製作が実現すると喜んでいたのですが、結局ポシャりました。今でこそ中国はこんな情勢になってしまっているから、みなさん説明すればすぐわかると思うんですけれど、8ヵ月くらい前のタイミングで、中国国内では、なにかふつふつとした日本への難しい雰囲気がすでにあったんです。
映画『希望の国』より (c) The Land of Hope Film Partners
中国といえども、映画関係者は関係性があるからわかってるけど、その後ろにいる一般のファンドの人たちや投資家たちにとっては、日本への投資というのはとてもハードルが高い。そういう説明があって、そのことで例えばお金の流れについてフォースメイジャー(強国が弱国に加える強迫)という、国対国の政治的なことが起こって、国交が万が一経済的に断絶した場合を考えましょう、ということをすごく気にするんです。こっちは平和ボケだから、そんなこと言われてえっ?と思う。尖閣諸島のこととかまだ表沙汰になっていなかったので、お金の流れがスーパークリーンなチーム作りで目指していたので、最悪これを世の中に出して、原発なんだかんだって全員が矢面に立ったときに、中国の会社との間でお金のことを指されるのはいやだなと思って、國實さんと定井さんと3人で相談して、コンセプトにどうも合わない、私が話しているプロデューサーは信頼できるし、実績もあるから信頼できるけれど、後ろにいるファンドの人たちは顔が見えないから、ちょっと今回はこのネタには合わないかなと。お断りしたんです。
── でもそこが3,500万も出す予定だったのですね。
あの人たちにとったらどうってことないですよ。そのかわり彼らは、中国を含むアジアのほとんどの権利を持っていこうとしたのですが、インドとかそもそも売れないから、それで出資が来るなら、インドの権利をあげても、という話だったんです。結局だめになってしまったけれど、いま思うのは、こちらはまったくそんなこと気にしていなかったけれど、向こうは常にそういう警戒心がビジネスにおいてもあったんだなぁと、今の国際情勢を見ると思います。
出資を即決できる人にまず話をしにいくことを大事にした
── プロデューサーのクレジットの並びは定井さんと國實さんと汐巻さん3人ですが、お金を集めた額の順なのですか?
役割です。国實さんがクリエイティブに関しては監督と向き合い、台本を作り、定井さんがプロダクションを組んでいるので、おふたりがメインプロデューサーですよ。国内の資金調達は國實さんです。國實さんは企画と監督を含むもろもろの強力なフィクサーですよね。私はどちらかというと海外の出資案件をとりまとめる人。なぜならば、普通海外の投資で考えると、配給のP&Aが投資の総事業費に入ってこないというのが普通の考え方だからです。各国の配給会社がそれを持ちましょう、という話なので。純然たるプロダクション・コストが総事業費だろうというのが投資の考え方ですけれど、日本の製作委員会はなぜかP&Aが入って総事業費じゃないですか。
── そっちのほうが宣伝費のお金が足らない事態にはならない。
なんとなくそういうことになってるし、なぜか、と言われると私も誰かに教えてほしいくらいなのですが、ただ外国作品を買付けした場合は違いますよね。
── それで海外の出資者も、日本のP&Aの出資もしてるということになりますね。
そこはものすごい説得がたいへんだったんですよ。その違いを説明しました。ノーと言われて出ていかれたドイツの投資家もいました。中国にもすごく説明が難しかったけれど、アダムとジェームスのふたりは配給の経験者だから、そもそもひとつ理解のハードルは下がっているということと、どう考えても園子温が日本国内でいちばんお金を儲けるだろうということはふたりはわかっているわけですよね。やっぱりマネーメイキングするならドメスティックの権利、とわかっているから、総事業費に対する投資価値を見いだせている。ということで、抵抗はありましたけれど、「私たちだけじゃなくて、日本の製作委員会方式はすべてこうだよ」とかなり日本の事情を説明しました。
映画『希望の国』より (c) The Land of Hope Film Partners
── どこがいちばんお金を出して幹事会社になっているのですか。
金額的にいちばん大きいのはキングレコードさんです。
── 2,000万以上出しているということ?
最終的なディールは定井さんがやっているから契約書を見ないとわからないですけれど。ただ足りてない金額を想像するとキングさんが最大では?
── MG以上を出資しているのはキングなのですか。
たぶん『希望の国』にポテンシャルは見てくれてるんじゃないですか、劇場も含めて。園さんの作品は興収も右肩上がりですから。コンスタントにこれくらい、という園子温の数字というのがあるんです。テーマ的に『希望の国』はさらに裾野が広いだろうというのが目論見です。
── マーブルフィルムはどういう経緯で?
國實さんとの関係性で、キャスティングのところで関係性があったと思います。なぜならば急いでいたから、稟議をたくさん回さなければいけない会社ではなく、社長に言ったら即決というのが必要だったんです。
── 7,000万近くがキャッシュで必要だったら、どこで?
定井さんが「僕がなんとかします」と。「定井さんかっこいいですね!」と言っちゃいました。そう言われたから、私も急いでアダムやジェームスの入金を早くしてもらったんです。「うんわかった」とサインしてもらったらほんとうに次の日振り込んでくれました。
でもやっぱり正しかったなと自分を褒めたいのは、即決できる人をロックオンして話にいくというのを大事にしたこと。大きい会社に行ったら必ず時間がかかって、現場担当に持っていっても上が山ほど資料出せと言ったり、時間がかかるでしょう。
── それぞれイギリスと台湾で園子温監督の作品を配給していた経験がある会社なのですか。
イギリスはあります。台湾は初めてです。ただ台湾ってすごく親日で、震災のときも寄付がすごかったでしょう。そもそも優しい土壌がある、ということと、ジェームスの妹か姉がアンチ・原発の活動をやっている人だったので、ジェームスとしては台湾国内でどういう層にどういう風にアプローチしたらこの映画をどう料理するかはクリアに見えていたみたいなんです。
だから日本人は心意気で動いているところも、この企画ですからもちろんありますけれど、外国の人はみんなビジネスはさらにシビアです。ただポテンシャルをそれぞれが日本のマーケットに感じていたということです。
── 園子温監督の作品が右肩上がりで、日本ではお金になる監督ということになっているとおっしゃっていましたけれど、海外の人もそこはわかっていて投資しているということ?
それは私が数字がこうで、園子温の日本国内でのポテンシャルはこうで、特に今回出版の予定もあり、とにかく園さんが盛り上がってるよ、というようなピッチをしました。
海外進出は企画次第。日本市場「だけ」でもダメ
── 逆に今回の企画でなくても、他に日本の監督で、日本でぜったい製作費も回収できるという企画があったら、汐巻さんに頼めば集めてくれるのですか?
できるかも(笑)。やはり企画次第ですね。日本市場「だけ」でもやはりダメだと思います。園さんの場合はすごく特殊な時期にいて、日本で稼げる担保があって、かつ、国際的な評価が上がってきている。次はメインストリームの映画祭に必ず出るだろうという「行く感」が海外市場でものすごい出ている監督なんです。今までジャンルの監督だったのが、メインストリームのいまここにいるよね、というのはみんなわかっていますから、次はカンヌか、ベネチアか、コンペ監督になるだろうと思ってるわけです。
残念ながらカンヌとベネチアは落ちましたけれど、トロントでちゃんとNETPAC最優秀アジア映画賞を獲りましたよね。
映画『希望の国』より (c) The Land of Hope Film Partners
── では、少し前の作品についてもお聞きします。『ヒミズ』は汐巻さんが直接関わってないけれど、コンサルタントとして海外の映画祭とか入っているのですか?
『ヒミズ』は全部ギャガです。ただ『恋の罪』は日活から鈍牛倶楽部が預かった上で、うちがやっていました。
── どういうかたちで汐巻さんに頼めばそれはカンヌの監督週間にいけるんでしょうか、どういう活動をするんでしょうか?
最近そういうお問い合わせが若手の方から多いんですけれど、ここではっきりしておきたいのは、それは私がやろうが誰がやろうが、いいものは入ります。そうじゃないものは落ちますよ、やっぱり。なので私の力ではないんです。ただ、もしぜんぜんそういうネットワークがない人がいるとして、すごい宝石・原石を持っている場合は、繋ぐお手伝いができます。
── 映画祭のディレクターを汐巻さんは個人的に知っている、ということですね。
世界中の映画祭の、アジアの映画のプログラマーはぜんぶ知ってるし、常に情報交換しています。自分の映画ばかり売り込んでいるわけじゃなくて、今日本のトレンドはこうだよ、このトレンドのなかで入江悠はこういうポジションだよ、次の黒沢さんの映画はこうですよ、という全体的な情報交換はお互いにしてるんです。その信頼関係を作らないで「園子温を!」と売りこんでも、そんなに聞いてもらえないかもしれないです。
だからカンヌも、2月にちゃんとフランスに行って、カンヌ映画祭の本選のほうのプログラムをやってるディレクター、クリスチャン・ジュンに会って話しますよ。そういうことをやってるセールス・エージェントはあまりいないです。
── 彼らは日本に来て作品を選んでいるのですか。
去年は来なかったです。一昨年までは毎年セレクションに来て、川喜多記念映画文化財団で試写をやって、各社の国際部がプレゼンして、というプリセレクションみたいなことをやるんです。
── いつクリスチャンが来る、というのはみんな知っているのですか?
一斉告知はないかなぁ。フグせりみたいに、見えないところでやってるんですよ。ほんとうはフェアに行くならそれはオープンな情報にして公募するべきかなとも思うんですけれど。
── 川喜多記念映画文化財団に映画ができて英語字幕をつけてこういうのができましたと、映画祭の人が世界からやってきたらひとつよろしくお願いします、と預けておくわけですね。そのときに英語のプレスと英語字幕入りのDVDがマストで必要ということですか?
そうですね。ただ川喜多さんもそれをぜんぶ受けるかどうかはわかりません。川喜多さん経由でやっている映画祭もあるし、そうじゃない映画祭もあるし。それぞれのプログラマーとディレクターの好みとか趣味趣向や、その年の映画祭のトレンドなど、いろいろ複雑に絡まってるんじゃないでしょうか。
── でも各国の映画祭から来るプログラマーは、ワンオブゼムであれ、とりあえず川喜多映画財団には情報収集のために立ち寄るのですか?
アンオフィシャルに、その時点ではだいぶ国内のプリ選考でふるいにかけられている感じがしていますね。ショートリストができていて、それでたぶん各国そういうことをやってると思うんですけれど、アカデミーの選考と一緒で、各国のしかるべき人が、それなりのショートリストにまとめてあげないと。2日ぐらいしか来ませんから、観られる本数が限られていますよね。そのなかで、向こうは向こうで注目している監督がいるわけです。必ず常連の監督さんのはぜったい観なきゃいけない。それでもそのショートリストに入れたい、これはすごい、というのを入れ込んだり、という作業は、プリ選考でやっていらっしゃるんじゃないですかね。
── それとは別に、汐巻さんがカンヌのクリスチャンと面識があると。2月にカンヌに、なにをしに行くんですか?
おしゃべりです(笑)。情報交換。
── でもホテル代、飛行機代のコストがかかるじゃないですか。
それはお金かかりますから、今年のケースだと、ちょうどその時期にロンドンで映画祭があって、三木聡さんの特集上映があったんです。それも監督を呼んだり仕込むために行って、その滞在中にパリで列車で1日行って、クリスチャンに会いにだけ行きました。
── いろいろお話をして、自分のところの会社が扱っている作品の紹介だけじゃなくて、日本の状況を教えてあげるのですね。向こうもそれほどアジアのことは知らないから、ウェルカムで話を聞いてくれる。
おとなりの韓国とか中国、アジア全般のトレンドの感じを日本をどう受け止めているか、とか。でも、みんなすごく知ってますよ。知ったうえで、やっぱりこの人もそう言ってるな、という情報収集を彼らはするわけです。例えば今年は、黒沢清監督の『贖罪』がすごく評価が高いけれど、基本テレビとして作られた作品。その情報も知っていて、「どうもテレビを映画祭用に短くして繋ぐということなんだけれど、どうなのか?」とさりげなく探りを入れられたりするから。それは黒沢さん、青山さん、是枝さんは作ればカンヌやベネチアはぜったい欲しいから。
『希望の国』はこれを世界に伝えなきゃいけない、
と日本を背負った気になってしまう
── カンヌの前は園さんはどこだったのですか?
監督週間の前は、『冷たい熱帯魚』はトロントとか釜山、ベネチアのオリゾンティ。その前の『愛のむきだし』がベルリンで賞を獲ったんです。そのあたりから園ブームが起こりました。『ヒミズ』は、ご存知のようにコンペで主演が新人賞をダブル受賞しましたよね。
── もう一回ベネチアという手もあったと思うのですが、なぜ『恋の罪』はカンヌの監督週間に?
カンヌに行きたいからですね。でもコンペは落ちました。もちろんクリスチャンに同時にプレゼンしていて。
── 落ちた、という返事はいつ来るのですか?
ギリギリですね。これはほんとうに、もうすぐだなと思うんですけれど、園さんの場合は、必ず最後まで残るんです。
映画『希望の国』より (c) The Land of Hope Film Partners
── でも落とすといっても、カンヌの場合、ある視点部門があるじゃないですか、そちらには入れなかのですか?
入らなかったですね。ある視点も、埋まってました。それくらい、コンペで最後の最後まで残っていた。今回の『希望の国』もそうですけれど、バラエティとかスクリーンの下馬評には全部載っていたので、こっちもけっこう準備していたんです。そうしたら、記者会見の一時間前に電話がかかってきて、「ごめんね」って。「昨日言ってくれ」と怒ったんですけれど、私けっこう立ち直れなくて(笑)。なぜかというと、園さんを知ってくれ、とか、売りたい、というよりも、『希望の国』は日本人として、これを世界に伝えなきゃいけない、という使命感、日本を背負ってしまった気になってしまうんです。
私は震災後にクラウド・ファンディングでチャリティをやって、海外のネットワークの人たちがみんなすごい募金してくれて、被災地の人たちに100万円募金したんです。そのかわり、カナダとか、イタリアとかいろいろなところでうちの作品で上映会をやってもらって、その入場料を全額寄付しました。そういうことをやっていたんだけれど、今回のサイズの震災だと、100万とか何の役にも立っていないという非力を感じたんです。
── それは積み重ねでしかないでしょう。
だけど、募金も大事なんだけれど、震災後の一年の今はそうだけれど、さらに一年後になったら、今度は人々の心の問題がぜったい出てくる。そのときに、映画ができることってなんだろう、と感じました。ひとりの力では子供たちに縦笛百本送ることはできない。
「なぜ日本はチェルノブイリから学んでいないのか」という反応
── この作品はいつ完成したのですか?
今年の3月の末です。
── カンヌにはいつ見せたのですか?
3月31日です。記者発表の2週間前に送って、フランスで英語字幕を入れたものを見せました。園監督の新作ならば、ギリギリまで待ってくれます。
── それで発表の1日前までわからなかったのですか。
だけどショートリストにいっぱい出てきたから、みんながさっき言ったような噂のなかで、園子温の今度のどうなの?ってバズになっているわけです。
── 2年前が監督週間で、次はベネチアに行って、次はカンヌのコンペとステップを着実に上がっていて、しかもこの作品で日本からで、震災後で、プロデューサーとしてはこれを落とすわけないでしょう、と。
そんな傲慢なことは思わなかったですけれど、そうあってほしいという思いがちょっと強くなりすぎてしまったかなと思いますね。だってこれを知ってほしいという思いで監督は作ったでしょう。それは日本の人もそうだし、海外の人もそうかもしれない。それを私はプロデューサーというより伝える人だから、伝道師としては、やっぱりカンヌのコンペにこれが出たときの伝わり方の強力な感じは、最高ですよ。
── ラインナップを見てどう思いましたか?
なぜ落ちたんだろう、と一瞬思って、ただその時にいろんな海外の人と話しているなかで、日本人の私たちが思っているほど、津波に対しては世界中の同情があるけれど、放射能に対しては人災だから、そんなにみんなかわいそうとも思っていないし、どうしてチェルノブイリで学んでないわけ?という冷たい反応をけっこう受けていたんです。ドイツの人なんてすごい高い値段で買ってくれるんだろうなと思っていたら、超無視。「あんたたちいつまでうだうだやってるの、私たちはもう原発を止めるのを決めたんだから」みたいな感じで、すごく反応が冷ややかだったんです。日本は原発に対してさっさとせいと。
カンヌで内覧試写をやったときに、チェルノブイリで育ったという女の子のバイヤーがたまたま来ていて話したんだけれど、「いまさらだよ」と言われて。「日本人はスリーマイルやチェルノブイリになんで学んでないの?」と言われて。日本ってそんなにスルーされてるんだと思ったんだけれど、今は理解できますね。
── 学んでない国なんだ、ということですか。
そう。恥ずかしいと思います。だからなおさらトロントでこれを作った勇気を評しますということで賞をもらったので、國實さんと嬉しくてボロ泣きしていました。園さんの評価というよりも、「良かった、わかってくれる人がいたんだ」って伝わった安堵感みたいな。NETPACの受賞コメントは次のようなものでした。
〈全国民に深い傷を与えた大事件を政治的な側面と人間関係の面から決して声高にならずにアーティステイックに、しかし複雑さを失わずに描ききり、最後は希望と愛で締めた園子温監督の『希望の国』にNETPACアジア最優秀映画賞を与えます。〉
── 放射能じゃなく、津波がテーマだったら違っていたかもしれない?
同情票はあったかもしれないです。ただ私これを自分で持って歩いて気づいたんですけれど、じゃあ私たち日本人はアチェの大津波と大地震に日本がどれだけ覚えていて何かアクションを起こしたか、という話ですよ。所詮対岸の火事で、それはいたしかたないことだと。
自分たちだってたくさん大変なことがあるし、シリアの問題とか、みんなそれぞれ地球の人たちが自分の問題で手一杯みたいなところがあるから、日本だけじゃないでしょってよく言われました。
それはそうだなと素直に受け止めて。だから私がカンヌでぜったい見せなきゃいけない、見てくれるだろう、バイヤーもみんな「よしこれをやろう」と言ってくれるだろうという思いは、大滑りです。これはたぶん私にしか語れない温度差だろうと思います。
── なるほど、わかりました。
だから余計にトロントの賞は嬉しかったです。あとメトロポリタンというフランスのメジャーな会社がトロントの初日に配給権を買ってくれたんですけれど、みんなフランスの人たちは「メトロポリタンが買ったの?」って驚くんです。今はそんなに普通の人が聞いたらトロントで賞を獲ったんだからバンバン売れてるんだろう、このネタだし、と私が最初に思ったように思うかもしれないけれど、だんだんメインストリームの人たちが気づいてくれはじめている状況です。
トロント国際映画祭での園子温監督 (c) dongyu club / pictures dept. 2012
── なぜカンヌが落としたのか、ずっとわかりませんでした。
それは日本人の視点ですよ。世界から見たら、だってシリアも同様に悲惨じゃないですか。もちろん福島の人たちの現状とか津波で亡くなった方はほんとうに気の毒だけど、同じレベルで大変な思いと悲しい思いと気の毒な思いをしている人たちは世界中にいる。ということなんだと思って。北野武監督が、2万人が亡くなった一つの事件として捉えてはダメだ、ひとりが亡くなった2万件の事件なんだ、とどこかで言ってました。世界中のどこでも、人間は、個人の視点で目の前のことを捉えますからね。
── しかもドイツはもう原発止めたのに。
その人災の部分は少なくとも自分でなんとかできるのに、情けない、という感じになってしまった。だからこそ、園さんに世界にどんどん出ていってもらって、語ってもらいたいんです。ただ監督は、どうもどっちかというともう少し距離の近い日本の関西以南の人に知ってもらいたいという、思いがまずあるみたいです。
園作品はいつも大好きな人と大嫌いな人に分かれる、
振りきれているほうがセールスしやすい
── 海外のセールスのほうはどうなのですか。
台湾、フランスと、それからデンマークは初上陸ですね。デンマークは今朝売れました。カンヌで見せて、そこからずっと話していて。
── カンヌから今まで、何を話すのですか。
それがまた面白いんですけれど、カンヌが終わると世界中のバイヤー、特にヨーロッパの人たちはそこから2ヵ月とか、ロングバケーションに入るんです。特に北欧寄りの人たちは長くて、デンマークに関してはカンヌで観て一回目のミーティングをして、すごく気に入ってくれていて、ほとんどオファーを入れるという話になっていたんです。でもその後メールを送ってもなしのつぶてになってしまったから、こういうことよくあるんだよなと思って。粘り強く連絡を入れていたら、「いまバケーション中で、9月に戻るから」と返事が来て、戻ってきたということでオファーが入って、値段的な折り合いがしばらくつかなくて、やりとりをしていて、今朝ようやく希望の額が入りました。
── 最初の予想と比べてどうですか。
やっぱりセールスってワールド・プレミアからじゃないですか、これからですね。甘かったですけれど、カンヌのコンペに出てたらめちゃくちゃ売れるから、テーマ的にもメインストリームで、今までの園さんじゃない、という評価になって、キーテリトリーはすぐ売れるんだろうなという予想はしてました。アジアはいろんな関係性があるし、アメリカはそもそも日本映画厳しいからちょっときついけれど、ヨーロッパは行けるだろうと思っていました(※このインタビュー後、釜山のマーケットを経て、最終的には、フランス、ドイツ、イギリス、台湾を始め、ヨーロッパ、アジア=アフリカを中心に世界82か国と地域での配給が決定し、さらに、南米、北米についても現在交渉中。という状況になりました)。
── ワールド・プレミアがカンヌからトロントになったということですね。
4ヵ月ずれたんです。カンヌでは非常に限定された、買ってくれそうなバイヤーと映画祭の人たちだけにスニークで見せました。
── でもそこでも反応が鈍かったんですか。
いや、五分五分だったんです。熱狂的な反応と、え?園さんこれ、みたいな。それは園子温さんの映画はいつも、大好きな人と大嫌いな人と分かれる。それが彼のオリジナリティだと、私が海外にそこは売れると思っているところなんです。中庸な人は売っていくのが難しいので。振りきれてるから、すごくやりやすい。
第37回トロント国際映画祭より (c) dongyu club / pictures dept. 2012
── カンヌがコンペがだめで、その次はコンペで『ヒミズ』で主演のふたりが新人賞を獲ったベネチアも落ちたと。それも似たような理由だと推測するのですか。
ベネチアは今年ディレクターが変わったからですね。以前はマルコ・ミューラーという日本映画・アジア映画大好きで、しかも派手なことが大好きなディレクターがやっていたので、去年賞を獲った人の新作ということで、マルコ・ミューラーはぜったいやりたいって。でも彼はローマ映画祭に移ったんです。ベネチアは新しい、アルベルト・バルベロさんという、マルコ・ミューラーの前にディレクターで、トリノ映画祭とかやっていた人が戻ってきて。アルベルトは日本映画にまったく興味がないんです。今回オリゾンティに若松さんの『千年の愉楽』が入って、その他日本映画は『アウトレイジ・ビヨンド』しか入っていないでしょう。だから落ちたとは言いませんが、そういうトレンドはありますよね。
── なんでローマはだめだったのですか?
マルコ・ミューラーはローマでやりたいと言ってくれたんですよ。でもローマはワールド・プレミアじゃないとだめなんですよ。11月だから、トロントの後なので、それまで待てない、と。
トロントのプログラマーにはカンヌのスニークプレビューで見せたら、すごくボロ泣きして出てきたから、よし、これは行けると思ったんですけれど、映画祭もたくさん選ぶので本数を調整しなければいけないから、すぐ返事は来なかったんです。けっこうギリギリでしたよ。7月の中旬くらいかな。ワールドコンテンポラリーシネマのセクションで、監督招待が条件で、園さん来てくれるよね、って言われて。新作『地獄でなぜ悪い』の撮影中だったんですけれど、強引にラインプロデューサーに空けてもらいました。
── ではトロントで成功したのですね。
大成功で、ちょっとびっくり。カンヌのマーケットとベネチアの落選でしょっぱい思いを散々したので、トロント入ったけど、そんなにマーケットが盛り上がってるところじゃないから、どうしようかな、アジアのバイヤーもあんまり来ないし、と思っていたんです。プレミアとパブリック・スクリーニングとインダストリーのスクリーニングが4回あって、インダストリーのスクリーニングが満席になっていたんです。しかも小さいところじゃなくて、シネコンの300人くらい入るところが、あれっ場所間違えたかな?と外に出ていっちゃったくらい、評論家とかバイヤーとかプレスで埋まっていたんです。
── プレミアで園子温だから、カンヌのスニークプレビューに呼ばれていない人がわんさかいたんでしょう。
それにしても、日本映画でそんなに埋まることは私の経験ではないから、思わず「私史上で最高に入ってる」とツイートしちゃったんですよ。後で関係者に怒られたんだけれど(笑)。それくらい入っていたの。口コミが良かったらしくて、最初のパブリックでも業界関係者が来ていたみたいで、2回目のマーケット・スクリーニングもまた満席になっていたんです。来る人来る人「すごくいい評判聞いてるから」と来てくれたので、へぇと思っていたら、スクリーンとバラエティでいい映画評が出て、それが受賞にも繋がったみたいですね。だから、じわじわくる感じというのはすごくありました。
── そういう場所でオファーがすぐにくるものなの?
いや、実はこないですよ。あとで、ラブコールをしつこくならないくらいに送ったりします。
── パスのチェックがあるから、誰が見たかリストがくるわけですね。
でも浅井さんはバイヤーだからご存知でしょうけど、観に行って、間髪入れず「どう?」って言ってくるセールス・エージェントいやでしょう?
── ぜったい取りたい作品は、自分で行きますね。
私もほしいなら自分からくるとわかってるから、それを「どう?」って聞くのってださいと思っているんです。センス悪いし、バイヤーみんな忙しいなかで、うざがられてしまう。そのへんのさじ加減は難しいな、と思ってるので、あまりプッシュしないです。
この映画はインタラクティブなコミュニケーションができる、
質のいい配給を選びたい
── トロント以後のオファーは?
インクアイリー(問い合わせ)はきてますよ。権利は空いてますか、とか、だいたいいくらぐらいかの探りとか、どうこちらが考えてるのか、私がセールスとしてコミュニケーション能力が高いか、インチキセールスじゃないか、と初めてのところはみんな探りを最初してきますよね。そういうコレポンはけっこうきています。
── いわゆるいくらぐらい、というのは、セールス・エージェントのアスキングオファーを言うわけですか。
うちはアスキングを設けていないんですよ。なぜかというと、そんなに日本映画って売り手市場じゃないので、価格は市場が決めると思っているので、各国の配給会社と市場状況や展開規模をヒアリングしながら、ある程度相場に沿った価格を決めていきます。悪徳セールス・エージェントだったら高ければ高いほどパーセンテージをいっぱいもらう数量ビジネスでしょうけれど、それでは持続的ないい関係性は築けません。
特に『希望の国』は性質のいい配給会社を選んで、ちゃんと伝えてくれることが第一でした。雑に世の中に出す人いるでしょう? MG多少高くても、DVD出すだけみたいな、そうではなく、この映画に関してはちゃんとインタラクティブなコミュニケーションができる、質のいい配給を選びたいと。だから実はこちらも選んでいて、正直言うとすごく大きなワールドセールスエージェントがカンヌの後にオファー入れてきたんですよ。とても魅力的な値段だったんです。全世界の権利を求めてきて、そうしたら向こうがぜんぶ費用を立て替えて宣伝やってくれるから楽だし、どう考えても大きいセールス・エージェントはリーチがいいなと思ってホクホクしていたんです。
トロント国際映画祭での園子温監督 (c) dongyu club / pictures dept. 2012
けれど、最終的に条件を詰めていくなかで、なんかちょっと作品の扱いに乱暴な感じがあったんです。だからそれもプロデューサー会議をして、確かに金はいいけれど、これを預けてしまったら、たぶんカンヌかベネチアでプレミアして半年ワーっとやって、はい、そんなに売れませんでした、と畳んで終わり。伝えるという本質はたぶん達成できず、ワンオブゼムの1本になってしまう。でも、私は大きなディールでいきなり頭で何十万ドルと持ってこれないけれど、地道にコミュニケーションしながら最終的に同じくらいの金額まで、時間は余計かかるけどやることはできるから、どうします?と。
── 同等あるいはそれ以上売ることはできると、プロデューサー会議で言ったんですね。
それはまだカンヌが決まる前でしたからだからね。いけるんじゃないかと思ってますよ。なぜならば『恋の罪』の実績で、あれだけのアングラネタでもこれだけ売れた、という頭があるので。
── 今回はエログロなしですよね。
エログロはアジアで実は売れないですからね、R指定の問題が厳しいから。シンガポールとかぜったいだめだし。そういう意味では、今回のほうがメインストリームに行ける可能性がある。
── このチームはそんなにみんな誠実なんですね。
私もチャレンジですけれど、そうやって言ってると、そういう人が集まってくるものなんだなと、そういうムードを醸しだすんですよね。なにか人智を超えたなにかが匂いだすんですかね。いいチームですよ。特にこの海外のふたりはほんとうに。
── 最終的に彼らはイギリスと台湾で自分が配給するかもしれない?
台湾はやることを決めました。カンヌで自分でリアクションを見たあとに、やっぱり自分でやりたいと社長自ら言ってきたから、それはやりたいという人がやるのが一番だ、と。アダム(UK)は、これはもっと大きな会社で売れる、と今も言っています。特にトロントで賞を獲って、かつフランスが大きい配給会社になったから。
── でもNETPACって正直、そんなにインターナショナルでセールス的に勲章になるのですか?
今回はリアクションがいいですよ。ビジネスの関係者がおめでとうと言ってくれてるし。
── ヨーロッパの人はNETPACって知らないでしょう?
いや、知ってますよ。今回さらに付加価値が高かったのは、トロント映画祭で北米圏でNETPAC賞を与えられたのは今回が初めてなんです。
── 誰が選ぶのですか?
世界中の46ヵ国ぐらいの参加している国から、今回のトロントのNETPACの審査員として10人くらい選ばれて、名前のある批評家も入っていましたよ。
園監督は映画の作法を超えるエモーションのコントロールをする
── そして日本公開、ビジネスとしてはいちばん重要ですが、手応えはどうですか?
どうなるんでしょうか。私もこんなにちっぽけな会社で出資したので、成功してもらわないと。マスコミ試写をやってる間は、50/50だったんです。好きな人と嫌いな人がいる。これは私の個人的な感想ですけれど、園さんは映画のお作法でいうと王道を行っていないから、評論家的にはツッコミどころがいっぱいあるんです。でも、もともと詩人だし、それを超えるエモーションのコントロールをする監督だなと思っていて。そのエモーションが刺さる人と刺さらない人が明確に分かれてしまう。そうした現象はこの映画でも起こっているかなというのが、マスコミ試写を最初にまわしている頃の反応だったんです。
それがだんだん回を重ねて、いわゆる高尚な評論家からタイアップ関係者とかどんどん一般観客層に降りていきますよね、降りれば降りるほど評価が高くなっているところにきて、トロントのベストアジアでNHKのニュースにも出た。だんだん広がりを見せてきたので、ツイッター上でちょっとネタ出せばすごくリツイートされますし。自分で言うのもなんなんですけれど、手応えはあります。ただ、原発ネタへの潜在的な拒否感は否めないので、安泰ではないです。
映画『希望の国』より (c) The Land of Hope Film Partners
── 今日の話で、日本人がチェルノブイリから何も学んでいない、というのがいちばん気付かされました。
良かったのは、日本人は学んでない、という私の体験がまさに園さんの伝えたいことなんです。日本のなかで忘れてしまっているし、知ったふりになっている。
アチェのニュースが日本でもされないように、海外では多少はありましたけれど、ニュースにもならないです。私は震災直後香港にいましたけれど、確かに3月17日くらいまでは何が爆発したということをやっていましたけれど、帰ってくる頃にはやっていなかったですから。そういう情報が行っていないというのもあります。それは冷静に考えれば、日本も海外のことはそんなに知らないから、アルジャジーラをYouTubeで一生懸命見ていれば別ですけれど、マスメディアだけ見ていればそうなってしまう。
一般的に、映画の宣伝が紙媒体の時代にやってきた方法から
移行しきれていない
── 日本のなかでも福島のことは忘れ去られてこうとしています。
それは積極的にみんながいやだから忘れていくというよりも、今は情報のスピードが早いからそれだけ風化のスピードも早いというのは、これに限らずあると思うんです。それを園さんが言いたい、ただそれだけのことなので、映画のお作法がどうとか、やっぱりセリフでも突っ込みどころがあるんでしょう。予算も限られているから監督がやりたいことができていない部分もあると思うんだけれど、今回に関しては、贔屓目で言うなら、そこを細々芸術作品として崇高な100パーセントを求めるというよりも、園さんがタブーと言われているネタに臆せずにいち早く取り組んだという優しさを見てほしい。
── 今はインターネットの時代でいろんな情報が氾濫していくから、宣伝プロデューサーがコントロールするだけのものではつまらないですよ。
今回がそうだという意味ではなくて、一般論として、まったくそのとおりと私も思います。特に私たちのようにミニシアター全盛時代からシネコン全盛時代、ロングラン興行から一気に拡大公開で稼ぐ式へとトレンドをまたがってしまっている者は、宣伝的な意味で情報伝達のやり方のアップデートが足りてないように感じます。ダイレクトマーケティングが無料で可能な電脳の時代に完全に変わったのに、まずはメディアというフィルターを通す紙媒体の時代にやってきたやり方からまだ移行しきれていないようなものは散見されますよね。
だから、宣伝プロデューサー、配給プロデューサーがターゲットをセグメントして、深く刺していく方法では成績の天井に限界がある。オールターゲットで裾野を広げて拡散し、認知度をどんどん上げていく方が効果的だと思います。なんといっても、SNSは、「超」無料ですし、潜在的な観客にとってのエンターテインメントの選択肢は、映画以外にやまほどあります。変わってないのは、一日は相変わらず24時間ということ。
── 新聞とネット両方やればいい、でもそれはコストがかかることなんですけれどね。
そうかな、ネットはコストがかからないですよ。アプリを作ってとか、ネット広告を出してとか、まずは有料から入ると、ネット社会に阻害されてしまいます。こちらの意図が大抵はバレる時代ですから。もっと基本的なところで、まだまだできることの余地があります。つまり紙媒体でやってきた人たちがネット媒体にまだ重きを置けないんですよ。ネットの向こうにどういうビューワーがいて、どういう消費行動をしているのか?という、両方の心理を意識しないといけないと思います。
── それにしても、夏八木勲さんと大谷直子さん、主演のふたりの演技は素晴らしいですよね。
それは海外の人も言われます。海外のポスターは最初から二人の雪の中の盆踊りのシーンを使ったんです。撮影日にたまたま雪が降ってしまって、監督としてはもっと荒廃した大地をみせたかったから、狙いと違って、すごい打ちひしがれていたんだけれど、撮影を延期するほどの時間と予算もないので撮ってみたら、すごくファンタジックでいいシーンに仕上がっていた。だから私は海外で『希望の国』はどんな映画?と言われたら「ファンタジー・オブ・リアリティ」と言ってるんです。
(インタビュー:浅井隆 構成:駒井憲嗣)
汐巻裕子 プロフィール
映画プロデューサー、バイヤー。2010年に株式会社ピクチャーズデプトを設立。国内作品の版権海外セールスや国際映画祭出品、海外配給コンサルティングをはじめ、各国の作品の買付・配給・宣伝、そして映画製作に関するプロデュース業務全般を行う。
http://picturesdept.com/
(c) The Land of Hope Film Partners
映画『希望の国』
10月20日(土)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
脚本・監督:園 子温
出演:夏八木勲、大谷直子、村上 淳、神楽坂恵、清水 優、梶原ひかり、筒井真理子、でんでん
撮影:御木茂則
照明:松隈信一
美術:松塚隆史
装飾:石毛 朗
録音:小宮 元
整音:深田 晃
編集:伊藤潤一
プロデューサー:定井勇二 國實瑞恵 汐巻裕子
ラインプロデューサー:鈴木 剛
共同プロデューサー:Adam Torel James Liu
製作:『希望の国』製作委員会
キングレコード 鈍牛倶楽部 ビターズ・エンド RIKIプロジェクト
グランマーブル ピクチャーズデプト マーブルフィルム
共同製作:Third Window Films
Joint Entertainment International
配給:ビターズ・エンド
宣伝:メゾン
2012年/日本=イギリス=台湾/133分/カラー/ヴィスタ
公式サイト:http://www.kibounokuni.jp
▼『希望の国』予告編