骰子の眼

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東京都 港区

2012-09-28 10:49


「作曲家の個展2012」に出演する藤倉 大が語る、作曲家として生きていく決断

「オーケストラでなければできないことは何かを考えるようになった」10/11サントリーホールで開催
「作曲家の個展2012」に出演する藤倉 大が語る、作曲家として生きていく決断
「作曲家の個展2012」に登場する藤倉 大氏 (c)Ai Ueda

サントリー芸術財団が邦人アーティストの振興を理念に日本の優れた作曲家に焦点をあて、その代表作を紹介するコンサートシリーズ「作曲家の個展」。今年で32回目となるこの「作曲家の個展」に藤倉 大が登場、2012年10月11日(木)サントリーホール大ホールでコンサートを行う。ロンドンを拠点に活動を続け、多くの国から作曲委嘱を受ける藤倉氏が、指揮者には下野竜也氏、独奏にパスカル・ガロワ氏(バスーン)と小川典子氏(ピアノ)を迎え、東京都交響楽団の演奏で、委嘱新作・自身の選曲による近作を披露する。今回は開催にあたり、現代音楽のみならずポップスのフィールドにまで注目を集める藤倉氏にとってのオーケストラ作品とは、そして作曲家としての姿勢について聞いた。

オーケストラには人間社会が凝縮している

── 今回の「作曲家の個展」のセレクションのテーマについて教えてください。

最近のオーケストラの作品を揃えました。例えばピアノ・コンチェルトの「アンペール」といった東京ではまだ演奏していなかった曲や、「トカール・イ・ルチャール」や「アトム」など、サントリーホールで演奏された曲も入っています。

「ミラーズ」は東京での初演の際、にサントリー芸術財団の方がこの個展のプログラムにこの曲を入れるよう勧めて下さったので、6人のチェロの作品だったのを12人に書きなおしたいと思っていたのを、演奏することになりました。

── 藤倉さんにとってオーケストラの作曲でしかできないこと、というとどんなことでしょうか?

若いときはオーケストラをたくさんの小さな室内楽アンサンブルのように考えていました。4つのアンサンブルがステージ上に散らばっていて弾く、という感じだったんです。最初は、書いた作品が演奏されるだけで嬉しかったものですが、次の段階として、その作品が何回も再演されていろんなオーケストラで弾かれるのに立ち会うとまた別の意欲が出てきました。当たり前の話ながら、弦も金管も木管も一緒にどういう音を作るかを常にトレーニングして、オーケストラごとに違う音を奏でているので、それをバラしてしまうと、オーケストラの一番いい部分が出ない。楽譜上で第一ヴァイオリンで一音書いた場合、それがカルテットであればソロのヴァイオリン奏者が弾くわけですが、オーケストラだと(例えば)12人が弾くことになる。弾き方もオーケストラそれぞれの色がありますし、人間的な面やオケの中の政治的なことも関係してくるでしょうけれど、それはそれで面白いと思うんです。いい意味でも悪い意味でも、オーケストラには人間社会が凝縮している。

「トカール・イ・ルチャール」が初演されてベネズエラに行ったときに、ドゥダメルが指揮をして、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラの約160人の人たちが弾いていたんです。エル・システマ(ベネズエラで行われているクラシック音楽の教育制度)のように、いろんなところから人が集まってひとつの音楽を作るというのは、オーケストラ以外にできないと思います。例えば12人の画家がひとつのところでひとつの絵を一緒に描いたというのもあるかもしれないけれど、160人が集まってひとつの音を一緒に出すというのとはやっぱり違うと思うんです。

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2011年2月カラカスでの「トカール・イ・ルチャール」リハーサルの様子

── 当初の作曲法の可能性を広げていく、ということとはまた別のモチベーションが湧いてきた、ということなのでしょうか。

20代前半はほとんど委嘱がなかったので、コンクールに応募したりしていました。そういうことをしないと、オーケストラの曲を弾いてもらえない。20歳の作曲家が書いてすぐに演奏される作品といえば、弦楽四重奏やピアノ作品になってしまう。運が良くて指揮付きの室内楽ですよね。だからその後に、オーケストラの曲を書き始めて、どんどん演奏されるようになったときに、同じ曲でも複数のオーケストラの演奏を聴くと、「書き方を変えよう、オーケストラごとのカラーの違いが出せる作品を書こう」と思うようになりました。オーケストラについてだんだん考え方が変わってきたんです。なかにはどんな編成の楽器で演奏しても同じになるような作品を目指す作曲家もいるんですけれど、僕はそうじゃない。アンサンブル的なことをやりたい場合は、アンサンブル作品を委嘱してもらった時にやればいい。オーケストラでしかできないことは何かを考えますし、委嘱してきた演奏家たちの楽器や編成を反映できる作品を作りたいんです。

── 委嘱の数が増えてきて、依頼される楽曲についても広がりがでてきたのですね。

広がりましたし、広がらないといけないと思います。僕はいつもできるだけ違う曲を書きたいんです。そういうチャンスが広がるほど、それに追いついていかなくてはいけませんから。

── 今回は「バスーン協奏曲」がサントリー芸術財団の委嘱作品として世界初演されます。この作品ができるきっかけは?

20歳ぐらいのとき、ロイヤル・フェスティバル・ホールでオーケストラのコンサートを聴いた時に、バスーンのソリストであるパスカル・ガロワがいきなりオーケストラの曲と曲の間に入ってきて、ソロでベリオのシークエンスを吹いたんです。そのときに「すごい」と思ったのですが、数年後に彼が所属するアンサンブル・アンテルコンタンポランと仲良くなって、仕事だけじゃなくて個人的にも仲良くなっていったんです。パスカルに曲を書いてくれ、と言われて書いたのが「ザ・ボイス ファゴットとチェロのための」(2007)でした。いつかバスーン・コンチェルトをやりたいと話していたのですが、オーケストラ自身がお金を出して委嘱する場合だと、なかなかこうした僕がやりたいコンチェルトをやらせてもらえないので、この機会に、と思いました。

バスーン・コンチェルトをやることが決まった後、ソロのバスーンの曲の委嘱を黒木綾子さんとI.C.Eから受け、「コーリング」という曲を書きました。だから、このバスーン・ソロの曲を書きはじめたときはコンチェルトのことも考えていました。コンチェルトには「コーリング」の素材をたくさん使っています。

── ガロワさんとの交流から生まれ、超絶技法が活かせる曲になったと。

彼のバスーンの特殊技法に関する本を見ながら書いたパートなので、吹けないわけないのですが、それにもかかわらず彼はリハーサルで「難しい」と言っていました(笑)。

作曲するための時間を確保するために

── 藤倉さんは映画がお好きということで、映像からインスパイアされることも多いのでしょうか。

あります。もともと映画音楽をやりたくて作曲をはじめたんです。僕のほとんどの作品は映像的ですが、どこかのシーンから、というわけではありません。映像だけでなく、質感、肌触り、食べ物を口の中に入れて噛んだときの感覚からインスピレーションを得ます。それは僕にとって普通なんです。あえて好きな映画作家というと、タルコフスキーとか黒澤明とか、でも、思わせぶりな映画は好きではないので、すごくくだらないのに徹したコメディも好きですよ。芸術的な映画を観るのは素晴らしいことなんですけれど、エネルギーを取られてしまうんです。だから、作曲の合間にタルコフスキーは観れない。

── 自身の作曲する時間をいかに作るか、ということに力を注いでいらっしゃるということで、その環境作りというのはやはり大切ですか。

そうですね。日本やアメリカは定職があるほうが様々な面で優遇される社会になってしまっているらしい。でもイギリスの場合はそうではないんです。フリーランスもそんなに肩身の狭い思いをしなくてもいい。それに、作曲ってすごく時間がかかるし、「今日は2時から4時まで時間があるからサッとやろう」というふうにはいかない。だからとにかく、作曲以外のことをしないでいこうという努力をしないといけないんです。その上で、家族を養うために生活費を稼がなきゃいけない。締切を守っているのに振込が遅れたりということがあると、他に収入がないのでかなり困ってしまう。みんなに僕はたくさん曲を書いていると思われていますけれど、それは作曲以外のことを他にしていないからです。

僕は王立音大の教授ということになっていますが、ひとりしか生徒を取らないし、自分の家でしか教えない。しかも王立音大は時給なんです。籍だけ置いていて、修士以上の人しか教えないので、作曲するための時間を確保することができるんです。家で作曲するので料理や家事もするし、子どものおむつも換えなきゃいけない。普通の生活がある中での作曲なんです。家探しのときとか、決まった額の給料があったらいいだろうなあ、と思うときはたくさんあるんですけれど、そこは決断だと思います。

── 専業作曲家でやっていくという覚悟が必要だったということですね。

僕は小さいときから作曲家になりたかったんです。大学の教授をしながら週末に作曲をする、というのは夢ではなかった。そこは大きな違いです。もちろんオリヴィエ・メシアンみたいに教育者としてもものすごく影響を与えた人もいますけれど、僕としてはなるべく作曲に時間をかけたいです。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



藤倉 大 プロフィール

1977年大阪生まれ。15歳で渡英し、トリニティ・カレッジ、王立音楽院、キングス・カレッジなどで学ぶ。セロツキ国際作曲コンクール最年少優勝を始め、多数の作曲賞を受賞。エトヴェシュやブーレーズから評価され、ルツェルン音楽祭、BBCプロムス、アンサンブル・アンテルコンタンポラン創立30周年記念などで作品委嘱を受け、ロンドン・シンフォニエッタ、アンサンブル・モデルン、ウィーン放送交響楽団、シカゴ交響楽団などで演奏されている。2008年ギガ・ヘルツ特別賞、2009年尾高賞、芥川作曲賞受賞。2010年中島健蔵音楽賞、エクソンモービル音楽賞を受賞。今後は初のオペラ作曲などを予定。




webdice_藤倉チラシ

「作曲家の個展2012-藤倉 大」
2012年10月11日(木)
サントリーホール 大ホール

18:20~プレコンサート・トーク/藤倉 大×パスカル・ガロワ(聞き手:岡部真一郎
19:00開演

【演奏曲目】
「トカール・イ・ルチャール」オーケストラのための(2010)
(第19回芥川作曲賞受賞記念 サントリー芸術財団委嘱作品)
バスーン協奏曲(2012)(サントリー芸術財団委嘱作品・世界初演)
ミラーズ(2009/2012)(12人のチェロ奏者版・改訂初演)
アンペール-ピアノとオーケストラのための(2008)
「アトム」オーケストラのための(2009)

【出演】
指揮:下野竜也
バスーン:パスカル・ガロワ
ピアノ:小川典子
管弦楽:東京都交響楽団

【入場料】
S席=4,000円/A席=3,000円/B席=2,000円(全指定席/税込)
【お問い合わせ】
東京コンサーツ 03-3226-9755

【プレイガイド】
サントリーホールチケットセンター 03-3584-9999
チケットぴあ 0570-02-9999[Pコード:168-339]
イープラス
東京文化会館チケットサービス 03-5685-0650
東京コンサーツ 03-3226-9755

主催=公益財団法人サントリー芸術財団
協賛=サントリーホールディングス株式会社
助成=芸術文化振興基金
制作協力=東京コンサーツ


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