骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-08-24 21:03


世界的プロデューサー・エイコンとド派手なボリウッド映画音楽の出会い

現在公開中、インドSF超大作『ラ・ワン』の音楽の魅力をサラーム海上氏が紐解く
世界的プロデューサー・エイコンとド派手なボリウッド映画音楽の出会い
映画『ラ・ワン』より

現在、東京都写真美術館ホール、渋谷アップリンクほか全国公開中のインド発SF超大作『ラ・ワン』。主演のシャー・ルク・カーンが自らの会社レッド・チリーズ・エンターテインメントを率い製作、総製作費30億円が投じられ、世界レベルのVFXを導入した極上のエンターテインメントとなっている。シャー・ルク・カーンが踊るシーンには、レディー・ガガを手がける世界的プロデューサー、エイコンが劇中歌を提供する今作について、よろずエキゾ風物ライターのサラーム海上氏に、音楽面からその魅力を紐解いてもらった。

なお、そのエイコンの手による2曲を含む『ラ・ワン』サウンドトラックの海外盤を劇場でのみ販売中。国内盤は未発売となっているので、ぜひ劇場で『ラ・ワン』を楽しんで、サントラも手に入れてほしい。

現在のボリウッド映画音楽ほど存在理由がはっきりした音楽はこの地球上に存在しない。インド亜大陸のどんな辺鄙な田舎にも届き、12億のインド人をはじめ、南アジア、東南アジア、中東やアフリカに暮らす、ヒンディー語がわからずともボリウッド映画を愛する十数億人の老若男女にも、その場で口ずさんでもらうのがその存在理由である。そのため、行間を読むような繊細すぎるニュアンスは必要とされず、パッキパキのド派手なサウンドとキャッチーなサビ、そして心にダイレクトに響く歌詞が重要視される。

Jポップがいくら商業音楽と言われたところで、リスナーは最大でも1億数千万人。ボリウッド音楽は少なく見積もってもその10倍以上をターゲットにしている。欧米のポップ音楽にも負けない世界最大の商業音楽、「キング・オブ商業音楽」である。そんなボリウッド音楽にあのエイコンが参入することになった。

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映画『ラ・ワン』より

ご存じの通りエイコンの音楽もビカビカにド派手。誰でも一発で覚えられるサビと、節操ないほどにジャンルの壁を飛び越えたサウンドが特徴だ。そんなエイコンとボリウッド映画音楽との組み合わせが相性悪いはずない。
21世紀に入ってから、既に幾人かの欧米人ポップ・アーティストたちがボリウッド映画に音楽を提供してきた。ラッパーのスヌープ・ドッグは2008年のボリウッド映画『Singh is Kinng』で主題歌を歌い、映画のエンドロールに主演の人気男優アクシャイ・クマールとともに登場している。しかし、スヌープはインドではあまり注目されなかった。というのも、多くのインド人はエンドロールなど見ないで席を立ってしまうのだ。いくらスヌープが登場したところで、既に客席は空っぽだったのだ。

次に進出したのはカイリー・ミノーグ。2009年のボリウッド初の本格深海ロケ作品として大々的に公開された映画『Blue』の中で、『スラムドッグ$ミリオネア』の音楽でアカデミー賞を受賞した作曲家A.R.ラフマーン作の曲「Chiggy Wiggy」を歌っている。彼女は映画本編にも本人役で登場し、クラブで歌うシーンが用意された。しかし、凡庸なストーリーのせいで映画自体がコケてしまった。

二人の失敗から学んだのか、『ラ・ワン』でのエイコンの参加は、彼自身のスクリーン登場はないながらも、これまでになくインド側に歩み寄ったものとなった。スヌープもカイリーも英語で歌っていたのに対し、エイコンはなんとヒンディー語で歌っている。しかも一曲だけでなく2曲、それも主役であるシャールク・カーンの吹き替え歌手を担当している。

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映画『ラ・ワン』より

「チャンマック・チャロー」と「クリミナル」、両曲ともにエイコンが得意とするエレクトロ・ヒップホップと、音楽監督のヴィシャール・シェーカルが得意とするバングラを組み合わせた超ダンサブルなサウンド、そして猛烈に覚えやすいサビを持つ。これがヒットしないわけがない。『ラ・ワン』インド盤DVDにはエイコンがヴィシャール・シェーカルのスタジオを訪れ、歌を入れる場面を記録したドキュメンタリー・フィルムが収録されている。ヒンディー語をあっという間に自分のものにするエイコンを見て、二人は「まるでインド人だ!」と驚嘆している。

▼「チャンマック・チャロー」


「チャンマック・チャロー」と「クリミナル」は2011年のボリウッドを代表するスーパーヒットとなった。エイコンはこの大成功に喜び、今後もボリウッド音楽に曲を提供し、地元の若いアーティストたちを発掘していきたいと述べている。

▼「クリミナル」


この他にも『ラ・ワン』には魅力的な曲がたっぷり用意された。音楽監督のヴィシャール・シェーカルはA.R.ラフマーンやシャンカル・エヘサーン・ローイと並ぶ現代のボリウッド映画音楽を代表するヒット・メーカー二人組。05年の映画『Bluffmaster!』あたりから頭角を現し、07年のシャールク・カーン主演作『オーム・シャンティ・オーム』(2013年日本公開予定)の大ヒットでトップ音楽監督の地位を手にした。以来、「Desi Girl」、「Sheila ki Jawani」、「Oh La La」などの大ヒット曲を生み出している。彼らは最新の欧米ポップ・サウンドを取り入れるだけでなく、1960年代~80年代の、かつてのボリウッド名曲のサンプリング、カヴァーやリメイクを積極的に行う、温故知新的な存在でもある。僕は05年末のインドで、90年代のピチカート・ファイヴを思わせる『Bluffmaster!』の音楽を初めて聴き、彼らを「ボリウッドの渋谷系プロデューサーの登場」と評した覚えがある。

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映画『ラ・ワン』より

例えば、ジーワンの活躍シーンで流れる曲「Raftaarein」に何度も繰り返される「ビーラ~!」という男性の雄叫びは1972年の映画『Apna Desh』からの大ヒット曲「Duniya mein logon ko」のサンプリング。インド人なら誰もが、この雄叫びを聞いただけで、主人公が活躍するのをたやすく想像できる。このようにインド映画では、欧米で言うパロディーやパスティーシュ、日本的に言うなら和歌の「本歌取」のようなことが頻繁に行われ、それを見つけるのも観客の楽しみとなっている。

webdice_raoneサントラ

カヴァー、リメイクと言えば、ベン・E・キングの名曲「スタンド・バイ・ミー」を用いた曲「Dildaara」も驚愕のボリウッド流換骨奪胎だ。シャールク・カーンのファンなら03年の映画『Kal Ho Naa Ho(たとえ明日が来なくても)』の中でリメイクされた「プリティー・ウーマン」のカヴァーを思い出すことだろう。

映画『ラ・ワン』サウンドトラックは、現在公開劇場にて販売中。

かつてインド映画と言えば、ストーリーから音楽に至るまでハリウッドや各国映画からのパクリが横行していた。しかし、近年では世界公開をふまえて、パクリは自粛される傾向にある。「Dildaara」も「スタンド・バイ・ミー」の著作権をクリアした上での正規リメイクだ。「スタンド・バイ・ミー」の、あの特徴的なベースラインの上で、ヒンドゥスターニー古典声楽の素養を持つパキスタン人歌手シャフカト・アナマト・アリーによる壮絶な「サレガマ唄法」が繰り広げられる。20世紀アメリカ黒人文化が作り出したブルーズ名曲を、インドで愛される宗教歌謡カウワーリー調に生まれ変わらせた。これほどマジカルなカヴァー・ヴァージョン、僕はこういう曲が聴きたくてボリウッド映画音楽を掘り続けてしまうのだ。

(劇場パンフレットより転載 文:サラーム海上)

▼「Dildaara」





映画『ラ・ワン』
東京都写真美術館ホール 9月9日(日)まで公開
大阪シネ・リーブル梅田 9月8日(土)~21日(金)公開
渋谷アップリンク 9月6日(木)8日(土)11日(火)レイトショー上映
福岡中洲大洋 9月29日(土)~10月5日(金)公開

監督:アヌバウ・シンハー
出演:シャー・ルク・カーン、カリーナー・カプール、アルジュン・ラームパール、アルマーン・ヴァルマーほか
提供:マクザム/パルコ/アジア映画社
配給:パルコ
配給協力:アップリンク
2011年/インド/156分/ヒンディー語
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/raone/
公式Twitter:http://twitter.com/RAONE_jp
公式Facebook:http://on.fb.me/Ra1_FB

▼『ラ・ワン』予告編


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