写真右:映画『隣る人』より、写真左:『聴こえてる、ふりをしただけ』より
児童養護施設“光の子どもの家”の生活に8年間密着し、様々な事情で親と一緒に暮らせない子どもたちと「親代わり」となった保育士たちの暮らしを捉えたドキュメンタリー『隣る人』。多くの反響に応え、8月18日(土)よりポレポレ東中野でアンコール上映が決定した今作の刀川和也監督と、11歳の少女の心の成長を繊細なタッチで描き、8月11日の劇場公開開始以来、多くの支持を集めている『聴こえてる、ふりをしただけ』の今泉かおり監督との対談が実現。撮影中のエピソードや、〈日常を撮る〉ことについて、それぞれの考え方を語ってもらった。
『隣る人』はたくさんの人たちに見てもらって、
児童養護施設の認識を変えて欲しい
(今泉)
──今泉さんは『隣る人』をご覧になっていかがでしたか?
今泉かおり(以下、今泉):観終わって旦那に「どうだった?」って感想を聞かれたんですけども、「面白かったよ」って言っちゃっていいのかわからない。面白いとか面白くないとかじゃなくて、たくさんの人が見なきゃいけない映画だと思いました。児童養護施設っていう存在は知っているけど、虐待された子供が入ってるという認識しかなくて、虐待する親が最低だとか悪いだとか、子供が可哀想程度にしか思っていなかった。
でも、実際ああいう風にじっくりと生活に寄り添って見ていると、例えばムツミちゃんのお母さんは多分ちょっと精神的な障害があるんですかね?一緒に暮らしたくてお世話したいのに、どうしてもできなくて、そんな自分も辛い、というところが見えて、親に対する考え方が変わりました。もちろん子どもには100%罪はないのですが、色んな事情がある。たくさんの人たちに見てもらって、認識を変えて欲しいなと思いました。一緒に暮らしたくても暮らせない人たちがこの世にいるんだということです。
『聴こえてる、ふりをしただけ』の今泉かおり監督(左)と『隣る人』の刀川和也監督(右)
──今泉さんは実際子育てもされている、母親としての顔もお持ちですが。
今泉:そうですね。ふつうに一日一回はイライラしますし(笑)。怒鳴るし、怒るし、まあでも映画の中でマリコさんが言っていたみたいに「これくらい嫌なことがあってもこれくらいかわいいと思えることがある」その積み重ねですね。私は精神病院でも勤めているのですが、精神的な疾患を持っている人って、例えばちょっとパニックっぽい障害とか持っていたりすると、ちょっとした苛々でもうまく消化できなくて、発作起こしちゃうことをわかっているので、仕方ないという気持ちもわかりますね。だから本当に難しいんだなっていうのもわかるし、だからと言って家族を持っちゃいけないというわけでもない。
刀川:今の話を聞いて、そういう風に見てもらえるっていうのは嬉しいなって、だってムッちゃんのお母さんが決して悪人ではないということですよ。多分一人じゃできないんですよ、子育てって。僕も、『聴こえてる、ふりをしただけ』を拝見したんですが、とても好きな映画でした。子供と関わるとか人と関わるって、日常の生活の積み重ねみたいなものが大切で、日常生活の細部というか……。
(今泉さんの長女が傍で駄々をこねている)
──……こういう積み重ねですよね(笑)。
刀川:そうなんですよ(笑)。この映画はそういう積み重ねをやってきたお母さんがある日突然亡くなっちゃう。お母さんは、日常の細部を毎日、毎日、育んでたんだと思うんですよ。お母さんが大事にしてたお花を近所のおばさんが「これ枯れちゃうから」って捨てようとするけども、お父さんは思い出の品だから「置いといてください」って言う。で、会社も行かずに毎日、毎日お花に水を上げるんだけども、お花は枯れちゃうじゃないですか?
どういうことかっていうと、気持ちがお花に向いてない。男の人は、と言っていいのかわからないけども、自分の喪失感を埋め合わせるために、“お花”なだけで命を育むっていう方向に何かやってるわけじゃないんだよね。だから枯れちゃう。人間が生きていく営みの多くが、見えないような、たとえば埃がたまらないように掃除するということであったり、そういう積み重ねにあるのだと感じました。
『聴こえてる、ふりをしただけ』より
人間関係は
丸ごとで関わる中にしかないと思う
(刀川)
──お二人とも、息づかいというか、生活への視線、ディテールが細やかですよね。『聴こえてる、ふりをしただけ』の埃とか、かけてあるエプロンとか、『隣る人』の食事のシーンとか、日常の細やかなシーンの積み重ねみたいなものに対して、ドキュメンタリーである刀川さんは日常の中に入ってある種発見をしていくという作業で、フィクションの今泉さんの場合はそれを書き込むっていう作業ですけど、お互いに印象的なシーンはありますか?
刀川:主人公のサチとちょっと知的障害のあるのんちゃんとの関係の描き方が好きです。サチがのんちゃんに向けて言う「バカ」っていう言葉、あの最後の「バカ」は、すごく人間的な「バカ」だと思うんですよ。知的障害への「バカ」じゃなくて、本当に私の気持ちを理解してくれなくて「バカ野郎!」っていう、本気で出た「バカ」だと思うんです。そういう人間関係が出来上がっていくということがすごい。
今泉:『隣る人』みたいに、ほんとのお母さんじゃなくても、マリコさんがムッちゃんにいつも「好きだよ」とか言わなくても、一緒に暮らしてるだけで伝わるものもあると思うし、それも大切なんだなと思います。
刀川:丸ごとなんだよね。丸ごとで関わる中にしかないと思う。
今泉:そうですね。
刀川:一緒に食べるとか、一緒にお風呂に入る、一緒に寝るというのは単純なようですごく大きなことだと思うんですよ。「同じ釜の飯を食う」とか「裸のつきあい」っていうけど、それはやっぱり意味がある。
今泉:いいことばかりじゃないし、わがままだったりとか、いやなところも全部、受け容れてもらえる人がいるってことがすごく大事なんだと思うんですよ。
映画『隣る人』より
二度と失いたくないという気持ちが
シーンに表れてる
(今泉)
──『隣る人』を観ていて思ったのが、職員の方が、もちろんオフはあるんですけど、生活と仕事が分かちがたくなっている部分があるっていうことで。そこで、今泉さんにお聞きしたいのが、例えばいまこの瞬間、映画監督としてインタビューを受けながら、娘さんを見守る母親でもあり、もちろん職場に行けば看護師としての顔もあるわけですよね。今泉さんの中で、仕事と作品を作ることのバランスはどんな感じなんですか?
今泉:もともと上京した時は仕事をしないで映画撮るって決めてたんですけど、子どもができるとそういうわけにもいかなくて、とりあえず仕事はしていかないといけないので、メインは看護師でやって、映画はほんとにこれが最後のつもりだったんです。でもこういう風に公開できたりといい結果になったので、また撮りたいものができたら脚本からコツコツやって、その時はまた仕事とのバランスを考えてもいいかな、ちょっと辞めるなりしようかな、っていうぐらいで、今はどうしても映画というわけではないです。
映画『聴こえてる、ふりをしただけ』より
──自分の中で発酵してくるものが、待っている感じなんですね。刀川さんはもともと紛争地域など海外取材をしている中で、あえて国内の児童養護施設で、ドキュメンタリー作品をつくりあげようと思ったきっかけはなんだったんですか?
刀川:フィリピンへ児童労働の問題を取材しに行った帰りに、マニラ空港で流れていたテレビのニュースで衝撃的だったのが池田小学校の事件でした。シビアな状況を見てきた後でしたが、日本で、自分の生きてる場所で、足元で、すごいことが起こっている。自分が育った家族も居心地のいい場所じゃなくて、そこから逃げようと頑張ってきてけど、でも逃げられない。逃げられないテーマとしてずっと自分の中にあったのが家族の問題なんです。そこに池田小学校の事件があって、語弊があるかもしれないけど、他人事ではない感じが自分の中にあった。そこで、家族や教育の問題を追っていく中で出会ったのが『誰がこの子を受けとめるのか―光の子どもの家の記録』という菅原哲男さんの書いた本でした。そこには様々な家族から来た子供たちのことが書かれていて、そこから光の子どもの家に行って撮り始めました。
──撮り始めた時に、完成が8年後になるって想像はしてましたか?
刀川:いや、しないですよ(笑)。当初は1、2年ぐらいやって、って思ってましたね。
──すごい意志ですよね。
刀川:1年くらい一人で撮影を続けた後に、この映画のプロデューサー・構成の大澤君と『アヒルの子』の小野さやかちゃんと偶然出会って、大澤君とさやかちゃんが二人で撮ってた時期がありました。その時期逆に僕はテレビの仕事があって行けなくて、ムッちゃんの「変態」とか「うっせぇんだよ」は大澤君が撮ってくれた中にあったんですよ。
──あ、あのムッちゃんの罵倒は大澤さんに向けてのものだったんですね! いい仕事してるなあ(笑)。
刀川:変態は僕じゃないんですよ(笑)。
今泉:「何撮ってんのよ」って(笑)。
──あれは素晴らしいシーンですよ。あのシーン一発でムッちゃんのキャラクターが伝わりますから。
刀川:その後僕が戻って、企画の稲塚由美子さんという女性と会うんですが、プレゼンした段階で「ここには普遍的なことがいっぱいある」と言われました。軸が日常の細部だということを彼女は既に発見してるんです。僕は関係を撮りたいって言ってたけど、関係というのは実は日常の細部の中から作られていくという発想がそれまで僕の頭になかった。暮らしというところまで広がって行ったのは、稲塚さんと出会ったからなんです。そこから2年半ずっと光の子どもの家に行き続けました。
──ドキュメンタリーなんだけど、きちんと映画的寓意に溢れてるのがよかったです。お正月のシーンでみんな挨拶してるときにムッちゃんの赤いシャツの胸のところに「LOVE」って書いてあるところとか(笑)。誰もそれを意図的にしてるわけじゃないんですけど。
刀川:偶然なんですよね(笑)。
映画『隣る人』より
今泉:私は、あのムッちゃんとマリナちゃんが、マリコさんに「マリコさん、死なないでね、死なないでね」って言ってるところが、すごくグッと来ましたね。そういうのがカメラに収まってるところが、本当にずっと一緒にいて慣れてというかもう気にならないくらいの存在になるくらい一緒にいたんだろうなって思ったし、もう捨てられたくない、二度と失いたくないという気持ちも、他の子よりも人一倍持ってるだろうし、そういうのがシーンに表れてるなって思いました。
──しかもあれが特別なシーンというよりも、日常的にああいうことは起こっているんだろうっていうところがポイントですよね。
今泉:普通なら私だって母親にそんなこと言ったことないし、自分の子供たちも私に言わないだろうし。
──でも彼女たちは、そこをあえて口に出して確認しなきゃいけないっていう。
今泉:切ないですよね。
──切ないし、同時に温かいのもあったりと、複層的ですよね。『聴こえてる、ふりをしただけ』も、ある種ロジカルに脚本が組み立てられている印象があるのですが、その中に子どもっていうファクターが入ると、表情一つにしても複雑で揺らぎが出てきますよね。二本とも拝見して、子供って映画の題材としてすごく魅力的だなって思いました。『隣る人』のムッちゃんなんて、あんなキャラクター、なかなか創作できないですよ(笑)。
刀川:すごいですよね。「よいこのみなさん…」「うっせぇんだよ」ってね(笑)。
今泉:ムッちゃんのお誕生日の時にマリコさんが「ずっと一緒にいようね」って言ってくれた時の、何とも言えないムッちゃんの笑顔は本当にすごいですね。
──お二人は、監督としてのあり方もすごく面白いですよね。映画でも、それ以外のジャンルでも、スピードが速くて、次から次へと作品がつくっていくスタイルが趨勢の中で、、お二人のように一本一本じっくり撮っていくというペースは貴重だと思います。ちなみに今後の活動についてもお聞きできればと思うんですが。
刀川:「光の子どもの家」で、いまもポツポツと撮影を続けています。だからといって「続編」みたいなものを想定しているわけではありません。もしかしたらこれが最後かもという思いで今回やってきたし、次に映画にしたいと思えるとしたら、同じ対象であったとしても違ったテーマを発見できたときだと思っています。いつになるかわかりませんが、「撮りたい」と思えるテーマがみえてきたら動き始めるつもりです。今泉さんと同じですね。
今泉:まずは『聴こえてる、ふりをしただけ』をたくさんの人に観ていただけるように頑張りたいと思います。
──今後も楽しみにしています!
(SPOTTED701最新号より転載 聞き手:九龍ジョー 構成:梶原真理)
映画『隣る人』
8月18日(土)よりポレポレ東中野にて大反響につき、夏休みアンコール!
監督:刀川和也
企画:稲塚由美子
撮影:刀川和也、小野さやか、大澤一生
編集:辻井潔
構成:大澤一生
プロデューサー:野中章弘、大澤一生
製作・配給:アジアプレス・インターナショナル
配給協力:ノンデライコ
宣伝協力:contrail
宣伝:プレイタイム
2011年/日本/85分/SD/カラー
公式HP:http://www.tonaru-hito.com/
映画『聴こえてる、ふりをしただけ』
渋谷アップリンク他にて夏休みロードショー公開中
監督・脚本・編集:今泉かおり
撮影:岩永洋
録音:根本飛鳥、宋晋瑞
照明応援:倉本光佑、長田青海
音楽:前村晴奈
出演:野中はな、郷田芽瑠、杉木隆幸、越中亜希、矢島康美、唐戸優香里
配給・宣伝:アップリンク
2012年/日本/99分/16:9/カラー
公式HP:http://www.uplink.co.jp/kikoeteru/
▼『隣る人』予告編
▼『聴こえてる、ふりをしただけ』予告編
『SPOTTED701/VOL.20』
2012年8月23日(木)発売
840円(税込)
SPOTTED PRODUCTIONS
★作品の購入はジャケット写真をクリックしてください。SPOTTED PRODUCTIONSのウェブショップにリンクされています。