「ショックヘッド・ピーター」より photos by Eszter Gordon
1990年10月の開館から20年、「創造発信型劇場」として国内外の才能にスポットを当てる試みを続けてきた東京都芸術劇場が2012年9月、リニューアル・オープンする。コンサートホール、プレイハウス、シアターイースト、シアターウエストといった各劇場に加え、ホール以外の施設にもより快適な鑑賞環境の実現のために改善が加えられ、東京から世界へ舞台芸術の今を発信すべく、芸劇ならではの創造発信型プログラムが多数用意されている。その第1弾として用意されているのが、9月1日からスタートする、ハンガリーの劇団オルケーニによる『ショックヘッド・ピーター ~よいこのえほん~』だ。今回は、芸劇リニューアル・オープンを記念して、この『ショックヘッド・ピーター ~よいこのえほん~』の魅力そして見どころをご紹介する。
「ケイト・ブランシェットは、映画ではわからないかもしれないけれど、実はとってもユーモアのセンスがある人でね。どんな芝居でもできる、素晴らしい俳優だと思う。今度は『ゴドーを待ちながら』の演出を依頼されているんだけど、彼女ならどの役でもできてしまうだろうね」。
と語るのは、ハンガリーを代表する演出家アシェル・タマーシュ氏。ケイト・ブランシェットが芸術監督をつとめるシドニー・シアター・カンパニーのために演出した『ワーニャ伯父さん』が、シドニー('10年)やニューヨーク('12年)など各地の公演で大評判となり、世界的な評価がますます高まっている注目の演出家だ。ハンガリーでもっとも芸術性の高い作品を上演することで定評ある劇団オルケーニに『ショックヘッド・ピーター』の上演を提案したのも、アシェル氏だった。
「ショックヘッド・ピーター」より photos by Eszter Gordon
「オルケーニは『ブダペストの芸術劇場』と言われていて、俳優と演出家のレベルも非常に高い劇団です。クオリティーを追求するために小さな空間にこだわり、たとえ作品は古典であっても、つねに現在の社会を反映した意識の高さが見てとれる。私は所属しているのは別の劇団ですが、オルケーニでもこれまでに6作品手がけていて、自分の劇団のように愛着を感じています。『ショックヘッド・ピーター』はその2作目。芸術監督のマーチャイ氏から音楽劇をリクエストされたので、3、4年前から構想していたこの作品を提案しました。ずっと昔、今回の『ショックヘッド──』にも出演しているポガーニ・ユディット主演で『ピノキオ』を上演したことがありましたが、子ども向けだからと甘ったるいテイストで上演しても、あざとくなるだけ。子どもたちは、実はおとなが思うよりずっと深い理解力を持っていると私は信じているので、この作品のグロテスクなユーモアを、決して甘ったるく和らげたりすることなく、しっかり怖いままで上演しています。単に怖がらせるのは嫌いだけど、この作品は、極端な怖さが笑いに転じるところが魅力ですね」。
どれだけ極端なのかというと、スープを飲みたくないと駄々をこねる子はやせ細って死んでしまい、マッチで火遊びする子は、炎が着ていた服に燃え移って死んでしまう。指しゃぶりをやめない子は、指を切断されてしまい、ごはんの時間にジッとしていられない子は、テーブルクロスを引っ張った勢いで、ナイフやフォークが身体に突き刺さって死んでしまう……という具合。
原作は、19世紀にドイツの精神科医が子どものしつけのために創った絵本(邦題『もじゃもじゃペーター』)。ヨーロッパでは広く知られており、特にドイツでは『くまのプーさん』より売れているロングセラーだという。1998年、イギリスでは、カルトな人気を誇るパンク・ロックバンド、タイガーリリーズの音楽によってミュージカル化された舞台版が大ヒット。今回のアシェル演出では、その楽曲を使いながらも、せりふや音楽の編成、アレンジ等はガラッと異なるオルケーニ版となっている。
1920年代のベルリンのキャバレーのような舞台に、ロボズ博士というカリガリ博士みたいな怪しい狂言回し役が登場。「わるいこ」のエピソードを、次々と愉快そうに紹介してゆく。
「ショックヘッド・ピーター」より photos by Eszter Gordon
最初にコウノトリが運んでくるピーターを筆頭に、餓死しちゃう子も、焼死しちゃう子も、ナイフとフォークで過失死しちゃう子も、みな同じ夫婦の子どもという設定になっているのが、まず怖い。この夫婦は子どもを授かると、厳しいしつけと称して子どもを追い込み、果ては死なせてしまう。そして反省ゼロのまま新しい子どもを欲しがり、授かるとぜんぜん懲りずに、また極端な「しつけ」に徹する。延々とその繰り返しなのだ。
「基本的なストーリーは、悪夢のよう。バカな親はどう子どもをしつけようとするか──というグロテスクな要素は、おとなも子どもも楽しめるところでしょう。さらに、おとなにとっては、乱暴なアプローチによって人間を本質的に変えることは可能なのか──というテーマも突きつけられることになる。無理なルールを押しつけて人民を都合よく従わせようとする為政者の姿勢は、ハンガリーでも社会主義時代に顕著なものでしたが、これは社会主義に限らず、どんな政治体制においても、起こりがちなことですからね」。
コワいもの大好きな子どもにとっては、容赦ない残酷さと突き抜けたユーモアがブダペストでは大受けで、おとなは一緒に笑いつつ、別の次元の怖さを感じてドキッとする。高いクオリティーを目指して小スペースにこだわるオルケーニ劇場は、380席の濃密空間。改装された東京芸術劇場の小空間シアターイーストに、ブダペストのクールで熱く怖い空気を、運び込んでくれることだろう。
(文:伊達なつめ)
劇団オルケーニ プロフィール
ハンガリーの首都ブタペスト拠点の気鋭の劇団。2004年に演出家で役者のマーチャイ・パール氏を芸術監督に迎えた。古典・現代作品などあらゆる舞台表現に果敢に挑むその活動ぶりは熱狂的な観客を新たに創出している。多数の受賞歴や国際的なフェスティバルへの参加等、国内外での活動も目覚ましいハンガリーを代表する劇団。
東京芸術劇場リニューアル記念 TACT/FESTIVAL 2012
ジャンク・オペラ『ショックヘッド・ピーター ~よいこのえほん~』
2012年9月1日(土)~9日(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト(東京都豊島区西池袋1-8-1)[地図を表示]
[JR・東京メトロ・東武東上線・西武池袋線 池袋駅西口より徒歩2分。駅地下通路2b出口と直結]
作:ジュリアン・クラウチ/フィリム・マクダーモット/タイガー・リリーズ(音楽)
ハンガリー語版翻案:パルティ・ナジュ・ラヨシュ
ハンガリー語版演出:アシェル・タマーシュ
出演:劇団オルケーニ(ハンガリー)
※開場は開演の30分前
※劇中に小さなお子様にとってやや怖く感じる場面がございます。就学年齢以上のお子様との同伴鑑賞をおすすめいたします。
料金:前売一般:4,000円/こども(高校生以下):1,000円 /親子セット券:4,500円(高校生以下対象)/65歳以上:3,000円/25歳以下:2,500円
お問合せ:【チケットについて】東京芸術劇場ボックスオフィス 03-5391-3010(平日10:00~18:00)
【公演について】東京芸術劇場事業企画課 03-5391-2115(平日9:00~17:45)
主催:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
東京都/東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)
後援:駐日ハンガリー大使館 外務省
協力:国際交流基金
助成:平成24年度文化庁「優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業」
東京芸術劇場公式HP:http://www.geigeki.jp/