山田ズーニーさん(左)、田口ランディさん(右)
8月11日(土)公開の『聴こえてる、ふりをしただけ』は、子供を描いた作品にも関わらず、不思議と“大人によく効く”映画だ。「この映画を観れて本当によかった」、「ぜひ作品について話をしたい」。試写を観た後、それぞれ作品の魅力について話してくれた、小説家の田口ランディさんと、文章表現インストラクターの山田ズーニーさん。
異なるフィールドで活躍するお二人の心に、この作品がどう刻まれ、何を残したのか。長時間に渡って語り尽くしてくれた対談の一部分を公開します。全文は、ぜひ劇場パンフレットで、じっくりとお読みください。
【STORY】
不慮の事故で母を亡くした11歳の少女・サチ。「お母さんは魂になって、天国から見守ってくれているよ」と周囲の大人は慰めるが、気持ちの整理はつかない。「お母さんに会いたい」、行き場のない想いを募らせるサチのもとに、お化けを怖がる転校生の希がやってくる。一人でトイレに行けない希の面倒をみるサチ。ふたりは独自の世界を共有することで、仲良くなるが、次第にそれぞれが大人になる中で、友情の形も、新しい局面を迎えていく。喪失と再生、子供の成長と内面のドラマを瑞々しく映像化した今泉かおり監督の劇場長編デビュー作は、ベルリン国際映画祭“ジェネレーションKプラス部門”で準グランプリにあたる審査員特別賞を受賞した。
自分の中の、
小さな子供の自分
田口ランディ(以下、ランディ):この映画のタイトルはどう思われましたか?不思議なニュアンスがありますよね。
山田ズーニー(以下、ズーニー):本当は、今日明日にでもお母さんと会いたい。夢の中でも、お化けとしてでもいいから出て来てほしい。でもその気持ちとは別に、どこかで、「そんなことあるわけがない」って、すごく醒めた頭で「死」を理解し始めている。でも、まだ信じたい。非常に半死半生な状態な訳ですよね。もしも本当に、「そういう非現実的な世界はないんだ」と吹っ切れて理解しているのだとしたら、こんな言い方はしない。「ふりをした“だけ”」という言い方に、まるで、「ごっこをしていただけ」というような、一生懸命、強がっている小さな子供の姿が見えて、すごく切ない。
ランディ:後半のシーン以降から、ガンガン泣けてきたんですよ。映画館を出るのが恥ずかしいくらい涙が出てきて困ったんだけど、それは、自分の幼少時代を追体験しているんですよね。とても弱かった子供時代の自分ができなかったことを、映画の後半からサチがして見せてくれていることに、すごく慰められたの。小さい頃の自分って、自分の中にずっといるからね。大人になっても、今でも傷ついている子供の自分が。これは、どうしようもないんだよね。一生付き合っていかないといけない。
『聴こえてる、ふりをしただけ』より
“切実な想い”で貫かれた
その制作手法
ランディ:サチ役の子、抑制された演技が素晴らしいですね。それから、お母さんが亡くなったシーンから物語が始まりますが、なぜ亡くなったのかという説明描写が一切ない。「喪失」っていうところから、どーんと入るじゃないですか。たぶん観ている側が、話を補足して作っているんですよね。音楽もないから、集中して、すっと映画の中に入っていけた。
ズーニー:その喪失というのは、その瞬間の激痛よりも、その後の日常生活の方が、よっぽど残酷でつらいということですよね。以前と変わらない暮らしの中に、ここにも、あそこにも「お母さんはいない」という、喪失の悲しみが、後から後から満ちてくる。この映画は、その部分をリアリティを持って非常に克明に描かれていたので、とても感情移入できました。
『聴こえてる、ふりをしただけ』より
ランディ:サチは、希の面倒を一生懸命みてあげる。でも、本当は、面倒をみてほしいのは、自分自身なんだよね。だから、希に頼られている自分に、時々耐えられなくなっちゃう。でもその希には、お迎えに来てくれる優しいお母さんもいる。「私だよ、支えてほしいのは!」っていう心の声が聞こえてくるようでした。前半までは、そういうサチの心境にハラハラドキドキして、まるで、サスペンスを見ているような気持ちになった。
ズーニー:サチが精神的に追い詰められる“悲しみのスパイラル”から、いったいどうやって脱出していくのだろう?と、固唾をのんで見守りました。それは、脚本や演出という技巧的な部分よりも、監督の中に切実に表現したいことがあって、その一心を貫いて作られた作品だからだと思うんです。だから、“予定調和”がひとつもなくて、観る側は、次の展開が読めずに、スリリングな気持ちになったり、台詞にドキッとさせられたのだと思う。何十年も抱き続けてきた想いが、今、お腹から出てきたかのような感動がありました。
遺族も悲しみも
「デリート」はされない
ランディ:サチの中できっと、“お母さんを亡くした小さな女の子の私”というのが、30歳になっても40歳になっても、ついてまわると思う。もっと言えば、どんな事情で母を亡くしたにせよ、“お母さんは自分を置いて、どこかに行ってしまった”という、小さな恨みとして、彼女の心に残ってしまうんだよね。でもお母さんはもういない。だから、自分が親代わりになって、子供の自分をあやしてあげるしかしょうがない。
遺族も、悲しみも、忘れたとしても、「デリート(消去)」はされない。もう乗り越えたと思っても、何度も現れてくるもの。テーマは同じでも演奏形態が変わっていく、フーガみたいに。ただ、それを自覚する人は少ないけどね。
ズーニー: 身体の中に、記憶の湖みたいなところがあって、まだ成仏できない想いみたいなものが疼いている。そういう“みなし子”のような気持ちを、誰もが抱えているんだと思います。そこを掘っていくと、やがて、その鉱脈に行き当たる。私は言葉を使いますが、良い作品に触れると、自分は登場人物と同じ経験をしていなくても、そのみなし子を、一緒に連れて外へと解放してくれる。すると、不思議と前に進める。もちろん全部赦したり、ゼロにすることはできないけど、表現して外に出すと、気がつくと先に歩き始めているということがあります。
『聴こえてる、ふりをしただけ』より
ランディ:ビビッドな作品なので、いろんな人が自分の中の“みなし子ちゃん”を見つけることができると思います。 そうやって観客の心の中の“みなし子”を引っ張りだす映画だからこそ、監督は、その観客の想いをどこかで着地させてあげたいという、母のような気持ちで、あのラストを作ったんでしょうね。そこで最後突き放したら、小さな子供たちが、途方に暮れちゃうから。
ズーニー:投げかけた問題を、後からきちんと回収する、そういう姿勢はすごく好きだなあ。観客に投げかけるだけ投げかけて、とっ散らかして、しれっと終わる作品もあるじゃないですか。もちろん、散らかして終わってよかった映画もありますけれど、ただ無責任なだけの作品もある。この映画にはラストに突破口がある! よくぞあのラストを作ってくれたと思います。
ランディ:観客から引っ張り出したものを抱きとめて行く部分に、私の中の小さな子どもは、確実に、とても救われました。だから今日この対談に来て、話したいって思ったんです。でもまあ、もう大人で、作家なんかやっている私は、その回収方法に関しては、もうひと頑張り、深さを作ってほしかった、というのもあるんですけどね(笑)でも、これは批判ではなくて要望。とてもいい作品だと思っています。
『聴こえてる、ふりをしただけ』より
ズーニー:これって監督として、初めての長編作品なんですよね。すごい才能だなあって。20代の看護師をしている女性が、育児の合間に、ほぼ、初めて撮った長編だと思うと…。
ランディ:すごいよね、瑞々しいよね。こういう映画って、もっと出てきていいと思うんですよね。奇抜なストーリーで展開させるんじゃなくて、緻密にディティールを積み上げて、人の心の動きを追うことで観客を魅了していく。この手の作品は、外国映画には多いけれど、日本映画ではあまり見られない気がする。この映画を一人でも多くの人が観て、こういう作品を撮りたいと思う人が増えたらいいなあ。
(劇場パンフレットより抜粋 構成:鈴木沓子、対談写真:向殿政高)
田口ランディ プロフィール
作家。2000年に長編小説『コンセント』でデビュー。以来、人間の心や家族問題、社会事件を題材にした作品を執筆。小説以外にも、ノンフィクションやエッセイ、旅行記、対談など多彩な著述活動を展開している。最新作に『マアジナル』(角川書店)、『ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ 原子力を受け入れた日本』(ちくまプリマー新書)、対談『親鸞 いまを生きる』(朝日新聞出版)など多数。
http://www.randy.jp/
山田ズーニー プロフィール
文章表現インストラクター。表現力のワークショップで全国各地をまわり、学生から社会人まで、一般の人を対象に、自分の想いを言葉で表現する教育に尽力、“言葉の産婆”と呼ばれる。慶應義塾大学非常勤講師。著書に『理解という名の愛が欲しい』、『おとなの進路教室。』(河出書房新社)、『あなたの話はなぜ「通じない」のか』(ちくま文庫)など多数。ほぼ日刊イトイ新聞でのエッセイ『おとなの小論文教室。』が好評連載中。
http://www.1101.com/essay/
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映画『聴こえてる、ふりをしただけ』
2012年8月11日(土)より渋谷アップリンク他にて夏休みロードショー
監督・脚本・編集:今泉かおり
撮影:岩永洋
録音:根本飛鳥、宋晋瑞
照明応援:倉本光佑、長田青海
音楽:前村晴奈
出演:野中はな、郷田芽瑠、杉木隆幸、越中亜希、矢島康美、唐戸優香里
配給・宣伝:アップリンク
2012年/日本/99分/16:9/カラー
公式HP:http://www.uplink.co.jp/kikoeteru/
▼『聴こえてる、ふりをしただけ』予告編