Likkle Mai(リクルマイ)がニューアルバム『DUB IS THE UNIVERSE』をリリース、7月14日(土)には渋谷アップリンク・ファクトリーでリリース記念イベントを開催する。ルーツ・レゲエが時代に鳴らす警鐘と、ダンス・ミュージックとしての自由な感覚の双方を体現する存在として、自主レーベルMK STARLINERをベースに、インディペンデントな活動を続けている彼女。脱原発デモへの参加や故郷である岩手県宮古での支援活動などにも尽力するなかで制作された今作で、持ち前のメッセージ性をさらに研ぎ澄ませ、包容力を増したボーカリゼーションとともに世界標準とも言える最新型のルーツ・レゲエを鳴らしている。アコースティック・セットにより、彼女のスピリットをより身近に感じられるイベントを前に、新作について、そして音楽へ向かう姿勢について聞いた。
ルーツ・レゲエのメッセージは今を生きる私たちにタイムレスに響く
──前作から2年半ぶりのアルバムになりますね。
『マイレーション』を2009年の11月に出したんですが、ちょうどダンスホール全盛のなかでかなり健闘したアルバムだったんです。ルーツ・レゲエを一貫してやってきたというのが自分の売りでもあって、『マイレーション』をきっかけにそういうところを評価してくださる人が増えたというのが嬉しくて、70年代から脈々と受け継げられるメッセージ性や音のスタイルをさらに追求して、次は怒(ド)ルーツ、つまり、よりメッセージ性の強いもの、時代に抵抗するパワーに満ちたものを作りたかった。この今の時代の特性である情報社会のメリット・デメリットがあるけれど、私たちが便利になることで、本来人間が持っている感性や体力・精神力といった、失っているものに気がついて欲しいということを、次のアルバムでは表現したいなと思っていたんです。
新作をリリースしたLikkle Mai
──Maiさんなりのルーツを伝えていく作業がここ2年でレゲエファンに浸透していきているという実感もあったのですか?
ソロになってから以前よりも海外に出る機会があって、海外のレゲエの認識というのは、むしろダンスホールじゃなくてルーツ・レゲエだということを実感しました。いわゆるボブ・マーリーに代表されるルーツ・レゲエですよね。おおらかなビート、それが世界では受け入れられているという認識を持っているんです。ダンスホールは本国ジャマイカと、日本・イギリス・アメリカのニューヨーク、そういう大都市には存在するんだけれど、アジアなど経済が急成長しているような地域ではレゲエ=ボブ・マーリーで。やはりボブ・マーリーが放ったメッセージというのが、今を生きる私たちにもタイムレスに響くものだと思います。
そして一昨年『ロッカーズ・ダイアリー』が刊行されたときにアップリンクで『ロッカーズ』をリバイバル上映したけれど、あの映画のメッセージが実は普遍的で今の私たちも頷けるものが多々ある。そうしたことを、日本人として日本語で表現したいな、と考えていたんです。自分の力が世界に追いついているとは全く思ってないんですけれど、ただ、長い間レゲエの世界で音楽をやってきて、人間がこうありたい、と望む姿は変わらないし、しかも特にレゲエは弱者の音楽だから、訴えたいことは実はあまり差がないと思うんです。
Likkle Maiのアルバム『マイレーション』(2009年)
震災や原発事故で自分の訴えたいメッセージがより明確になった
──震災があったことで、Maiさんのなかでも転換があったんでしょうか。
2010年にアルバムの構想やデモトラックを作って、2011年の3月のひな祭りくらいに最初のレコーディングをしたんですが、その矢先に震災が起きて。テレビで観る光景は信じられないようなもので、実際に私の実家とも2週間くらい連絡が取れなかったし、レコーディングどころじゃなくなりました。いてもたってもいられないけれど、帰りたくても帰れない。道は通れないし、通れたとしても、自衛隊の救助などのクルマが優先になって一般車は難しい。そして、ガソリンも手に入りにくい状況になって。3週間後に実家に帰って、現地で自分たちができることを、たかだか掃除をするとか手伝いくらいですができることをやりました。そして商店街の方々の手助けもあって、炊き出しの場にてライブをやらせてもらったりしました。
その時に感じたことがすごく大きくて。2回目のレコーディングは5月だったんですけれど、自分の訴えたいメッセージがより明確になった。メロディは同じだけれど、詞はまったく変わりました。震災や原発事故というものが、私に書かせたのだと思います。
──今までも支配する権力、生活や自由を脅かす力に対して抵抗する歌を歌ってきましたが、さらに具体的になったということですか。
私の生まれ故郷のあんなにきれいな海があの日を境に一面焼け野原のような景色に様変わりして、ショックを受けました。親戚も中学の同級生も失って、当然最初に直面するのは悲しみなんですけれど、津波や震災だけだったら、どんなに建物が崩壊しても、ゼロからのスタートと割りきって希望に向かうことができたんだけれど、そこに原発問題が付いてくると、事情が変わる。
私たちは、私たちの代では太刀打ちできない問題を、震災を機に背負ってしまった、というところの怒り。それはボブ・マーリーをはじめとしたレゲエ・ミュージシャンが言葉に表現してきたことと同じだと思うんです。彼らは西洋社会のきらびやかなところだけじゃなくて、我々はアフリカから連れてこられた奴隷だった、白人に搾取されてきた、ということから、今のバビロンシステムに対する警鐘を、言葉化して私たちに気づかせた。だから、ルーツ・レゲエを継承していく人間として、私なりに考える被災地と原発の問題を自分の言葉で表現しなくちゃ、と思って、今回のアルバムで対峙したんです。
──震災以降、Maiさんは具体的に行動を起こしましたよね。LOVE BOAT基金(宮古の漁民への支援として小型ボートを買うためにLIKKLE MAIが立ち上げた募金)や脱原発デモのサウンドカーに参加したり。動き続けるなかで、どんなことを感じていましたか。
募金のやりかたも一切知らなかったですし、デモも、「原発やめろデモ」に素人の乱から声をかけられるまでは一回もデモに出たことがなかった。でもなぜか白羽の矢が立って、私が表だった役割になってしまったのは、自分でもちょっと驚いているんです。
募金に関しては、私の母親世代の商店街の人が「マイちゃん、宮古は港町だから、募金いっしょにやっぺす」と声をかけてくれた。口座開設を始めいろんなバックアップをしてくれた。地元の人たちの力添えがなかったら、まずできなかったし。でもレゲエ界隈や、いろんな媒体の人が協力してくれて広まって、昨年末、ボートを一艘贈呈することができた。
私は一心不乱に行動して、その場にいた、という感じです。デモについても、すごく向いてたんでしょうね。「脱原発!」って世に問うのが。
「A Small Boat Is Sailing」は
LOVE BOAT基金を意識して書いた曲なんです
──そうした活動とともにレコーディングを進めていったんですね。
「A Small Boat Is Sailing」「Just ONE LOVE Is All」「ダンスガスンダ」「Spin Control」は、秋口になってから詞ができました。3月、5月のレコーディングを終えて、夏になるとレゲエの稼ぎ時ですよね。小さい自転車操業の会社なので(笑)、ライブをやってなんとか食いつないで、秋に時間ができたときにあらためて詞を書きなおして、歌録りをしました。
「A Small Boat Is Sailing」はまさにLOVE BOAT基金を意識して書いた曲なんです。もっと柔らかくてあったかい歌詞にはできたんだけれど、意外と辛辣になってしまって。そこが今回の『DUB IS THE UNIVERSE』の特徴になっていると思います。
──確かにメッセージは容赦なく鋭いんですけれど、歌の包容力もあって、ゆったりとしたサウンドのトリートメントになっていると感じました。プロダクションの部分では今作で目指していたことは?
音的には、ルーツを意識しつつも、70年代と同じ世界観には捕らわれたくなかった。最近はずっとダブステップが自分のマイブームなんですが、そうした場でもDJをやらせてもらっているので、「Just ONE LOVE Is All」という曲はダブステップの現場でかかってもありなアプローチをとったし、音の面ではすごく現在進行形なものを作りたいと意識していました。もちろんバンドサウンドだから、打ち込みの世界とは異なるのですが、「Young Soul Rebels」はダブステップにも通じるような音を引き算して深みを増した世界観になっていると思います。
あと、今回のアルバムから新しいベーシスト、河内洋祐くんが加わったんですが、彼がもたらしたものが良い形で反映されています。もともとこだま和文さんのDUB STATION BANDで弾いていて、「レゲエのベースを弾きたい」というピュアなレゲエ大好き人間なんです。「The Life Is Simple And Beautiful」と「Spin Control」は、オリジナルでベースラインを持ち込んできた彼の能動性によってスタジオのセッションも熱いものになりました。そうしたアプローチで化学反応が起きるのがバンドの面白いところですね。
──「ダンスガスンダ」は今聞くと、クラブと風営法の問題について描いた曲のようにも解釈できますね。
書いていた時点ではまったく意識していなかったんです。むしろ、怒りというトータルのテーマがあるなかで、いかに楽しい曲をバランスよく配置するかというのには苦労しました。人生観を描いたメッセージだけではなく、酔っ払って踊って、というピュアに楽しめるダンスミュージックという側面も私がレゲエが大好きな理由ですから、この曲はそういう楽しさや息抜きすることををうまく表せたと思いました。
──歌詞にあるように、平日に働いて、休めるわずかの時間に心ゆくまで踊る自由はないといけないなと思いました。
私たちのような80年代の中ばから90年代に青春だった人って、バブルがはじけても余力があったから、楽しむということに関して能動的だった。バイトしてもすぐ給料上がったし、そのお金でレコードも買えた。お金をちょっと貯めたら海外にも行けた。でもどう考えてもあのバブルの時代は帰ってこないし、今の若い子を見ると、楽しみ方すら解らないように思う。だからレゲエの現場に行くとみんなタオルを回して、みんなと同じことをするのが楽しみだと感じてしまっている。裏返せば、ひとりじゃないという事を実感したいのかなと。
私たちのダンスというのは、自分なりの表現だったと思うんです。誰かと一緒につるむんじゃなくて、スピーカーの前に向かって、自分を開放する場。今はそれすらもうまくできていないところが多いんじゃないかと思ったりもします。
──音楽で人生変わってしまった者としては、音楽が優先順位の一番ではないんだなというのは感じます。
DJブースをのぞきこんで何をかけているかチェックして、次の日レコード屋に直行して掘る、みたいな、苦労して探し当てる喜びと、ネットで24時間オープンしているお店やYoutube見ればアップされているところとを比べたら、自分の財産になるのは圧倒的に前者。なんでもすぐに見た気になってしまう、感じた気になってしまうというのは、その人の価値観を狭めているような気はします。90年代前半にZOO(下北沢のクラブ)に遊びに行ったりする時間がなかったら今の自分は間違いなくいないし、実体験こそが人間を作っていくから。……とはいえ私もネット大好きだから、ずっとYoutubeを見ている時間も多々あるんですけれどね。
耳馴染みの良いものが主流のなかで耳が痛いけれど、
大好きで誇らしい作品
──「I Seh No」でもそうしたグローバリズムについて歌っていますね。
これは自分がレゲエシンガーとしてずっと言っていくべきことなんでしょうね。ものが豊かなところで人々が豊かになれるというのもある意味真理で、私自身がその恩恵のなかで育ったから全否定はできない。ただ、今の若者を見ると、一人暮らしをできて、なおかつ自分の楽しみに十分なお金を使える時代じゃなくなりましたよね。だから1曲150円のダウンロードをするしかない。レゲエを通して若い子と知り合って、それがアベレージになっているのを実感するんです。
私たちが20代の頃は立派にふるまう人が逆に胡散臭く見えて、むしろアウトローに、かっこいいというあこがれを覚えたけど、今は品行方正な優等生を若い子が好むというのは、世の中からはみ出しものになりたくないとか、あぶれたくないという意識の表れなんじゃないかと感じるんです。それって実は支配者側が望む図式だよなって。政府にとっては檻の中からはみ出ない羊たちがいちばんコントロールしやすいから。そうして、ゆるやかに全体主義がはじまっている気がする。テレビも全否定はしないけど、テレビの中に答えはない。「I Seh No」のメッセージは、テレビでも新聞でも、力を持っている人たちは市民をコントロールしたいという意図が必ずあるのだから、そこを理解して選択してほしいなということなんです。
──こういう時代からこそ、新しい体験を求めている子が、今回のアップリンクのイベントのような場に足を運んでくれたらいいですね。Maiさんのそうした気持ちが伝わるアルバムだと思います。
もちろんこうした丸裸のメッセージだから、耳馴染みの良いものが主流のなかで、耳に痛いものを作ってしまったなと思ったりもするんですけれど、今自分が出せるものはすべてここに集約したし、自分自身大好きで誇らしい作品になりました。
──Maiさんの音楽に向かう姿勢はいま、より強固になっている?
そうですね。音楽をやることがますます楽しいし、20代、30代ってまだ自己が確立されていないから、歌詞もうだうだ悩んだりしていたけれど、今は人生折り返しというところにいると強く自覚しています。だから、言いたいことを言わずに死んでいくのだけが、一番嫌なのです。
──今回のアップリンクでのイベント、楽しみにしています。
今回はリリース後東京での最初のライブということで、ニュートラルに私Likkle Maiの人と為りを体感していただける場にしたいと思っています。メッセージが色濃く伝わる2人編成のアコースティックライブ、さらには自分が影響を受けたアーティストの映像を流しながら、今のLikkle Maiに至る経緯などもお見せします。他にも私のおススメの女性シンガーasuka andoやDJチームmarina marketのパフォーマンスも加えて特別な一夜にしたいと思います。お待ちしています!!
(インタビュー・文:駒井憲嗣)
LIKKLE MAI プロフィール
DUBバンドDRY&HEAVYの元・女性ヴォーカル。2005年更なる飛躍を求めDRY&HEAVYを脱退しソロとして始動。2006年2月1stアルバム『ROOTS CANDY』を、2007年7月2nd『M W』を発表。レゲエ界のトップミュージシャンで構成されるLikkle Mai Bandと、ギタリストThe KとのアコースティックユニットLikkle Mai & The Kでの活躍は国内外に及ぶ。2009年リリースの3rdアルバム『mairation(マイレーション)』はミュージックマガジンのベストディスク2009レゲエ部門で第一位に、RIDDIM誌のSKA~ROOTS部門でも第一位になり近年を代表するレゲエ・アルバムとなる。2012年5月23日に配信限定でリリースのシングル「The Life Is Simple And Beautiful」は大塚製薬ポカリスエットのCM曲として現在OA中。7月4日に最新作『DUB IS THE UNIVERSE』をリリース。また「希望郷いわて文化大使」として故郷・岩手県のPRにも努める。
http://likklemai.com/
■リリース情報
Likkle Mai『DUB IS THE UNIVERSE』
MK STARLINER/MK MUZIK
2,500円(税込)
MKD003
発売中
★作品の購入はジャケット写真をクリックしてください。Amazonにリンクされています。
Likkle Maiニューアルバムリリース記念イベント
「LOVE IS THE UNIVERSE」
2012年7月14日(土)
渋谷アップリンク・ファクトリー
出演:Likkle Mai(アコースティック・ライブ)
Marina Market(DJ)
asuka ando(アコースティック・ライブ)
18:30開場/19:00開演
料金:予約2,000円+1ドリンク/当日2,500円+1ドリンク
全60席のイベントのため、ご予約をおすすめします。ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/factory/log/004513.php
▼『DUB IS THE UNIVERSE』トレイラー