映画『ヘルタースケルター』より (C)2012映画『ヘルタースケルター』製作委員会
岡崎京子の原作を蜷川実花監督が沢尻エリカを主演に迎え完成させた映画『ヘルタースケルター』が7月14日(土)より公開。試写会場では、スクリーン両脇にガードマンが立ち、上映中に客席を沢尻エリカのヌードを盗撮されないために暗視カメラで監視するという異様な雰囲気だった。さらに、その主役の沢尻エリカが休養し、週刊誌でスキャンダルになる一方で、パルコの実際のCMに映画の中のりりこの映像が使用されるなど、映画の中と外がミックスし、虚実入り乱れた様相を呈してきている。そんな状況の中、長きに渡り企画を温め映画化を実現のものとしたプロデューサーの宇田 充氏に、今作製作にまつわる経緯を聞いた。
【企画】
──今回はどうやって『ヘルタースケルター』ができあがっていったのか、その作り方をお聞きしたいと思います。企画を立ち上げるためには、まず岡崎京子さんの原作の原作権を押さえないとスタートしないですけど、蜷川さんのコメントには7年間くらい待っていたとありましたよね。どういうプロセスで?
岡崎京子さんってどのプロデューサーや監督も必ず1回くらいはアプローチしたことがあるんじゃないか、というくらい、やってみたい作家さんだと思うんです。
──そうですね、実は僕も窓口になっている祥伝社に『ヘルタースケルター』をある監督と企画を立てていて聞いたところ、「既に他の会社と契約しています」と言われて。しばらくしたら、具体的にある監督とキャストの企画が立ち上がって、その企画のために原作権を押さえている、というのを噂で聞いたんです。
私ははじめ宝島社さんの別の作品のために話をしに行きました。そのときは、許諾できないと言われましたが、それからもたまに行っていました。
その後、今から10年くらい前ですが、蜷川さんにお会いして「映画やりませんか」とお話をしたときから、「私の(蜷川さんらしい)カラフルでポップでかわいらしい、だけど毒がある作品がいいんじゃない」かと。特に具体的な原作までは定まりませんでしたが、岡崎京子さんや安野モヨコさんといった名前が出ていました。
蜷川さんは、それまで写真に集中していましたし、大きな挑戦になるから、ほんとうに自分が好きなものだったらやってみたい、ということで、そこから2年くらい題材探しをしていました。
『ヘルタースケルター』のプロデューサー、宇田 充氏
私は岡崎さんの作品を先にやれたらいいな、と宝島社さんのある作品を考えていましたがそのときも許諾がいただける状態ではなく、1年ぐらいがんばったものの、許諾されなかった。なので、同時に考えていた安野さんの作品でシリアスな『さくらん』が蜷川さん的には一番いいと。コメディは観るのは好きだけど、ご自身の血にコメディが流れてない(笑)。また、私からもリクエストしている蜷川さんらしいカラフルで派手な吉原という設定だったらできそうだ、ということが理由でした。
でも『さくらん』は時代劇で、明らかにお金がかかる。だから2本目で勝負しましょうと話していましたが、蜷川さん自らが「『さくらん』でやろうよ」とある日思い立ちまして。そこで、初監督で挑戦することによるお金にまつわる物理的な問題は説明したうえで、変わらぬ思いでしたので、一緒に挑戦しようということになりました。
『さくらん』をやっているころ、蜷川さんは企画提案してあげなきゃいけないタイプの監督と違って(笑)、逆に気が早い。来年・再来年どうしようと自ら前に進もうとする方なので、『さくらん』の次はやっぱり岡崎さんはやりたいよねと。岡崎さんの作品のなかでも少し重すぎるかなという印象がありましたが、やっぱり『ヘルタースケルター』がいい、と言っていたのがだいたい7年前くらいです。
『ヘルタースケルター』の蜷川実花監督
宝島社さんにコミックの担当がいなくなったときに、岡崎さんの代理人の方を紹介していただいて、直接お会いする関係になったので、はじめに代理人さんに『ヘルタースケルター』の話をして、その後、祥伝社さんにもお話をしました。
アプローチはしていましたが、そのときに他社からもお話があったようで、検討していただきましたが、最初はそちら側に行ってしまいました。残念でしたが、ときどき代理人さんの事務所や編集部にはおじゃまさせていただいていました。
──そういう場合の契約ってどのくらいの期間なんですか。
映画化権のオプション契約は普通は1年で、他社さんが契約されたのが春だったので、半年後ぐらいにまた行って、切れそうなときは1ヵ月ごとに通ったりしました(笑)。
──それがずっと伸びていったんですね。
その原作を選ばれたのは、そちらのチームの主演の方がお好きだったかららしいのですが、聞くところによると、主演の方と監督の目指される方向性が違ったみたいで。浅田検事の目線で描いたシナリオだったようですが、主演の方はりりこの話が面白いと思っていたとか。そういうことって往々にしてありますよね。そんなに広い業界じゃないからそういう情報はだいたい聞いてはいたので、蜷川さんの新しい写真集や『さくらん』のDVDを代理人の方と編集者さんに持っていったりしていました。でも他社さんが断念されず更新されて、結局3年間契約されていた。
──3年間他の会社さんが持っていて、その後に向こうが延長を止めたところで原作権をアスミック・エースで取って、企画のステージに乗せたんですか?
WOWOWとアスミック・エースで共同開発というかたちにして、WOWOWを窓口にして契約をしたんです。私はいまアスミック所属なんですが、出向していたかたちで、ちょうどこの春戻ってきました。契約したのは3年くらい前です。
──その時は岡崎さんとお会いしたんですか。
ちゃんと原作者さんの大事にしているニュアンスは守りたい方なので、お会いしたいとリクエストはしたんですけれど「契約したからには逆におまかせして、好きにやっていただきたい」ということでした。
映画『ヘルタースケルター』より (C)2012映画『ヘルタースケルター』製作委員会
【出資】
──ファイナンスについては、今回WOWOW、アスミック・エース エンタテインメント、パルコ、ハピネットピクチャーズ、Yahoo! JAPAN、祥伝社、ラッキースターと6社の製作委員会形式になっています。祥伝社は原作、ラッキースターは蜷川監督の事務所ですが、それ以外のパルコ、ハピネットピクチャーズ、Yahoo! JAPANはどのように入ってきたんですか。
アスミックとWOWOWの幹事2社で原則製作決定をして、その後に募るというやりかたでした。パルコさんは順位が高いとおり、『さくらん』に続き大型出資をしてくださって。『さくらん』は蜷川実花と土屋アンナという題材で、面白いと言ってくださる方と「どうだろうね」という方とふたつに分かれていましたが、真っ先に決めてくださったのはパルコの堤さんと坪屋さん。ファッション企業らしい情報感度の高い文化があるからだと思いますが、これでやらなかったらパルコじゃない、くらいに思ってくださって、一緒に大勝負してくれました。でも、『さくらん』のときにパルコの展開がすべてできたわけではなかった。それは、おいらんといういわば売春がモチーフだったから、苦労していただいたところもありました。そこで、2本目の『ヘルタースケルター』も即お返事くださって、さらには「今度こそ全面展開しよう」と。
──でも、この作品のりりこも薬物中毒じゃない?
事務所の社長に「もっと強いのないの?」と聞かれて、原田美枝子さん扮する美容クリニック院長が出してますが、医者として処方しているので(笑)。
──でも、あの院長も検察に狙われているくらいだから、非合法じゃないの?
ほんとうは使ってはいけないものも混じってるかもしれないですけれど、映倫さんと話したときに、医者が処方しているものであれば、映倫的には大丈夫です、と。
──その後捕まっても映倫的には「R15+」で問題なかったの?
それはそういう物語で、意図的に非合法のものを入手して快楽のために楽しんでいたり、肯定的に描いているわけではないので。
──なるほど(笑)。映画のなかにパルコのグランバザールのポスターがあって、この夏展開されているんですよね。
あれもグランバザールでも面白いことができたらいいですね、と提案させていただいたら、CM撮影自体をプレイスメントできないか、と、逆にグランバザールチームの役員の井上さんや桜井さんから「今までやってないことをやりたいんだよね」とパルコさんらしいことを言ってくださって実現したんです。
──映画のりりことこずえの撮影シーンは、ほんとうのグランバザールの撮影でもあったわけですね。
そうです。満面の笑顔で写っていますが、実はその裏には……というドラマを映画で観ることができる。
パルコ夏のグランバザール ポスター (c)PARCO
▼パルコグランバザールTVスポット
──Yahoo! JAPANとハピネットピクチャーズは?
Yahoo!さんは最近のWOWOWの作品やアスミックの作品でご一緒させていただくことが多いですね。ビデオは昔は自社で強力にやっていましたが、なかなかこういう時代なので、ビデオも他社さんからいいかたちで組めればご一緒したい、というのがあって。ハピネットさんに手をあげていただきました。
──撮影期間はどのくらいですか。
いわゆるスタッフ全員が揃っている撮影は、2012年1月のなかばから1ヵ月ちょっとくらいです。パルコさんやラヴィジュールさん、アクタスさんとの広告連動展開やVOGUEさんなど劇中の雑誌の表紙の撮影、BeeTVさんとのドラマ連動は昨年の12月下旬から撮って、本体の撮影が終わった後2月下旬には水中撮影シーンなどを撮ったので、監督と主演が稼働した期間は2ヵ月くらいです。機動的なチームのスタッフのおかげかと。
【スタッフィング/プロデューサー】
──企画が決まって、宇田さんは当時WOWOWにいて撮影したんですか?
原作契約から撮影が終わるまではWOWOWにいて、ポスプロからはアスミックに戻ってきました。
──プロデューサーにはもうひとり、甘木モリオさんがクレジットされています。この映画に関しては、『さくらん』の前からの蜷川さんとの関係もあったことで、宇田さんがメインのクリエイティブな部分を引っ張っていくプロデューサーでいたわけですか。
そんなに多額の予算ではないので、現場をどうやろうかと考えていました。スタッフィングに関しては、ヘアメイクの冨沢ノボルさんや、スタイリストのジャイアン(長瀬哲朗)さんは、蜷川さんがよく知っている人ということで先行して相談していたのですが、いわゆる制作チーム、現場の進行管理体制はギリギリまで固まらないところがあって。最後に泣きついたのが甘木さんでした。アスミック・単独プロダクションでやるのもいいのですが、もうちょっとちゃんとやりたい。だけど業者やスタッフをきちんと仕切るのは、特にこのプロジェクトの場合、異業種の人がたくさん入っているので難しい。
監督、脚本、音楽、キャスティングの部分をアスミック・エースでやって、スタッフィングと業者周りを甘木さんにお願いしました。撮影の2ヵ月前、10月ぐらいでしたが、甘木さんにはアドバイスをいただく形では相談していました。尊敬する先輩のおひとりなので、この作品に限らず「カメラマンはいま誰がいいか」とか、よく情報交換をさせてもらっています。甘木さんもお忙しい方なので、今までお願いしたときはだいたい断られていましたが、たまたまこの撮影期間空いてると。私も撮影現場にいたいタイプなので、単にスタッフの予算管理は現場にいなくてもできるものの、組んでくれる方も現場にいてくれる人がいいと思っていたところ、「一緒にいてもいいよ」と言ってくださったんです。
甘木さんは実は、沢尻さんの主演する『シュガー&スパイス 風味絶佳』(2006年)と『クローズド・ノート』(2007年)を手がけていて、沢尻さんがすごくいい芝居をしているのを現場で見ていて、確かに人付き合いは不器用だけれど、決して悪い人ではない、というのをよく知っていました。さらに、蜷川さんを面白い才能だと思っていたので、甘木さんにやっていただけるような映画の規模感ではないですが、甘木さんのなかでも運命かもしれないと、「俺がやらないとだめだ」と思ってくださった。一緒に彼女に対する偏見も受け止めて、「ちゃんと最後までいけるようにがんばろう」と言っていただきました。
映画『ヘルタースケルター』より (C)2012映画『ヘルタースケルター』製作委員会
【スタッフィング/脚本】
──宇田さんがおっしゃったように、岡崎さんは映画のプロデュースに関わっているなら一度はやりたい題材ではありますよね。脚本を開発するにあたって、これをどう映画化するか、宇田さんと蜷川さんに構想はあったんですか。
ふたりとも原作の大ファンなので、そのままは無理でも、同じようなズシンと重い鑑賞後感を持つ感じを出しましょう、ということは話していました。さらに、男性の私には感じとれていませんでしたが、蜷川さんは近い業界にもいて、身近にいるモデルが、朝ご飯しか食べなかったりして体型をキープする努力を見ているので、そういう面でのヒリヒリ感を強く感じていました。
ビジュアルについては、『さくらん』は、郭(くるわ)や吉原のリアリティがあるというよりは浮世絵っぽくしましょう、というコンセプトがありました。今回の岡崎さんの絵はシンプルで白っぽい絵柄なので、爽やかな印象なんですが、蜷川実花ワールドの、赤、青みたいな派手な感じにしたいですね、ということと、特にせっかく芸能界を舞台にしているので、芸能界の華やかさや、幻覚シーンなんかも蜷川実花流に描けたらいいですよね、と話をしていました。
原作とは異なる、映像だからできるかたちを目指しましょうということはありました。
──脚本家を金子ありささんに決めるというのは、プロデューサーの仕事なんですか。
そうですね、監督に提案しました。『さくらん』は初監督だったので、女性監督としての相談にも乗っていただける方のほうがいいなと、タナダユキさんにお願いしました。タナダさんは、わりと性的なモチーフが好きなのは知っていたので、監督作ではないですが脚本を書いていただけないか相談しました。今度の『ヘルタースケルター』はいわゆる脚本家がいいだろうと。蜷川さんは「女性とは」ということに一言あるので、女性脚本家で、かつ岡崎さんの原作が、時間軸がぐんぐん飛ぶなかに、いいセリフがたくさん散りばめられてあるメタな構造なので、まとめるときに混乱してしまわないよう構成力がある人。そして蜷川さんは感覚派なので、脚本家はそれと真逆がいいんじゃないかと話をしていました。
──しっかり物語を構成していける脚本家を選んだんですね。
多くの女性脚本家さんの場合、キャラクターを決めたら、もう生きてて走りだすぞ、みたいなタイプの人や、いいセリフを書くのが得意な方が一般的だと思うんです。けれど、金子さんは男性脚本家のように箱書きを書いて、プロットや構成からきっちり入るタイプの方なので、元は複雑な作品だけど、原作をスポイルしていない、と言ってもらえるように構成できるんじゃないかなと。
ふたりとも内に篭るというよりは話すのが大好きなタイプなので、「お互い性格が逆だね」と言いながら、意気投合したようです。
──それはどういう逆なの?
つまり、蜷川さんは自分は瞬間を切り取る短距離走の人間だと。メイクしたりファッションにこだわるのも好きで、それは男性に向けてではなく、自分が自分でいられるためにきれいにしたり、「ネイルも武装です」「つけまつ毛は闘うためにつけてる」みたいなハードボイルド感があります。反対に金子さんは下町住まいで、化粧っけはあまりない。長い物語のなかで、ここでしっかり見せたいと考えたり、過去の映画だとこういう風になってるよね、と論理的に考えるタイプの方です。蜷川さんはあまり映画やドラマなどのビジュアル作品はあまり観ていないのですがご自身の感性や哲学にこだわる方かと。指向性は違いますが、お互いリスペクトできる関係だったと思います。
映画『ヘルタースケルター』より (C)2012映画『ヘルタースケルター』製作委員会
──映画ではまず、原作の時間軸を現代に移動していますよね。それは、時代考証を20年前にするのは大変だということがあったのか、今の映画にしたかったのか、どちらだったんですか。
普遍的なストーリーを生かすためには、時代は今にしたほうが、というのはありました。それに、蜷川さんは普段ファッション誌の仕事が多いので、ビジュアル的にも今のファッションでやりたいと、スタイリストとかメイクも映画の人ではなくて、ファッションの方たちにやってもらって、今の東京のファッション界の人たちが作るとこうなる、というものにしたかった。蜷川さん自身も当然今の東京のファッション業界を作っているひとりで、そういうチームで今の東京でやりたいというのが監督にも強くありました。江戸吉原の後は、現代東京というコンセプトもありました。
ファッションやメイクでも、いまちょうど、ぐるっと回って90年代的なものが流行っている。前髪を作るけど、ちょっと高さが違うとか、同じではないけれど、スパイラル状に90年代のテイストがきてる、そういう監督のこだわりもありました。
──例えば最後にりりこが謎の場所にいるシーンを頭に持ってきて回想していくとか、時間軸をいじることはいくらでもできるけれど、今回はほぼ原作の構造を取り入れて流れに沿っていっているのは、やはりリスペクトしていたからですか。
ラストカットはああいう感じがいいだろうというのは話しました。ただ原作だとメキシコっぽいところだけど、映画ではアジアのどこか、という設定になっています。
構成するときに、りりこの話にしようというのは明らかでした。監督の個性的にも、完全に「りりこは私」くらいの勢いになっているので、主人公の気持ちが解る。
事情聴取のシーンについては悩みました。いろんな方のいろんな意見もあって、シーンをすっとばすために使えたら美しいんじゃないかと、最終的に台本には後ろにまとめておいて、編集時に挟みどころを決めました。監督も「少し乱暴な感じに持って行きたいね」というのがあったので、編集の作業で予定外の入り方もしていて。例えば、寺島しのぶさんに演っていただいたマネージャーの美知子が、りりこに魅了されて性的な関係になる直後に監督が「これすごいよくない?」と挿入したのが「りりこさんは私がいないと何にもできないんです」というセリフで。そんなふうにして、美知子がりりこに堕ちていったことを編集で表現できてたように思います。
【スタッフィング/撮影・美術・音楽】
──スタイリストや美術など、ビジュアル関係のスタッフは、蜷川さんがいま他の仕事でやっているチームの方なんですか?
そういう方もいますが、初めての方もいました。美術に関しては、『さくらん』では蜷川さんが多摩美出身で、美術にはかなり造詣があるので、イメージ画をスクラップして、美術の人に絵で見せていました。かわいい、女子がウキウキする感じは自信を持っている、一方で『ヘルタースケルター』はもう少しダークでかっこいい世界観もあって、かわいいとかっこいいと両方ないとだめだよね、というのが蜷川さんのなかで強くあって。そこで、こちらから提案したのが小泉博康さんで、蜷川さんから「こういうテイストの人すごい尊敬するんだよね」と言われたのが、ENZOさんでした。実は、おふたりは一緒に会社をやっていて、ENZOさんは映画をやったことがなく、小泉さんはやったことがあるので、ふたりチームでやってもらいましょうということになりました。
その世界観が解るポイントが、りりこの部屋です。ENZOさんが描いてきたかっこいいマンションのデザインに、なにかワンポイントほしいということで、ENZOさんが黒い大きな馬を加え、さらに蜷川さんがそこに自分が持っているメリーゴーランドのかわいい馬を足している。あれはまさにENZOさんと蜷川さんが並んでいる感じがしました。
さらにそこに蜷川さんが「もうひとつほしんだよね」ということで、女らしさといえば唇だしまずメイクに目覚めるのは口紅から、ということで、マン・レイの写真をイメージして、唇が空に浮かんでいる窓になりました。かなりコンセプチュアルだけど、スターの部屋だったらいいんじゃないかと。
映画『ヘルタースケルター』より (C)2012映画『ヘルタースケルター』製作委員会
──カメラマンの相馬大輔さんは?
初監督のときは、自分で写真を撮っていることもあり、撮り方とかレンズとかかなり口を出してしまうかもしれないということで、二人三脚でやっていただけるような若手の石坂さんだったのですが、やってみたら、意外とお芝居に集中してしまっていたと。今回は、リードしていただける、お芝居をつけている間に「カメラ割りはこうしたらいいんじゃないか」と言ってくれて、じゃあこうしたいと付け加えるくらいの関係性でやれるといいなと。そこには『さくらん』のあと、PVのオファーをたくさん受けたことも影響していて、AKB48の「ヘビーローテーション」などを撮ってるので、PVの現場のコミュニケーションのノリでできないかなと。私が以前撮影したことのある相馬さんが、明るくアッパーなキャラで、なおかつ提案型で、かつ打てば響くタイプなので、蜷川さんと合うとおすすめしました。監督がお芝居をつけている間に、相馬さんは「こう行きたいんですけど」「でもこうしてほしい」と一般的な監督のコミュニケーションに近い感じでできて、今後また一緒にやるな、というくらい相性がよいと思ってもらえたんじゃないでしょうか。
──音楽の上野耕路さんは?
スコアは、はじめに「エヴァンゲリオンみたいにしたい」というアイディアがあって、つまりオーケストレーションが仕切れる人だ、と何人か音楽プロデューサーの安井さんから挙げさせてもらいました。一方で蜷川さんがシナリオを読んでいるときのテーマソングが、幼少の頃から家で流れていた戸川純さんの「蛹化の女」だったらしいんです。「台本を読んでいたらこの曲が合うんだよね」と何度も言われて、戸川さんの曲を使おうと勝手に決めていました。『ヘルタースケルター』はちょっと不安定で居心地悪いくらいのスコアのほうがいいと思っていたので、どちらかと言うと知的で複雑なスコアを書かれるという理由で上野さんの音を蜷川さんに聴いてもらったら「この人すごいいいと思う」って。上野さんがゲルニカをやっていたり、戸川さんと近しい人だというのを蜷川さんは知らなかったんですが、上野さんに頼むしかないよね、ということになりました。
──そしてテーマ曲ですが、ここで浜崎あゆみさんが出てくるわけですね。
監督から浜崎さんという名前が出てきました。そんなに確度は高くないだろうけど、原作がお好きらしいと噂で聞いていたので、可能性があるかなと。スケジュール的に新曲を書けないこともあって既成曲ですが東京を象徴するシーンでテーマソングとして使わせていただくことになりました。もうひとつ、AA=も監督が好きだったので、何らか参加いただきたいという旨はお話していて。最終的に、ラストは暴力的な曲がいいかも!、ということもあり、AA=がエンディング・テーマになりました。
映画『ヘルタースケルター』より (C)2012映画『ヘルタースケルター』製作委員会
【キャスティング】
──キャスティングに関してのプロデューサーの仕事というのは?
沢尻さんは、原作権の契約が他社さんともうすぐ切れるというタイミングのときに、監督と話して、なにより主人公は整形美女の設定ですから圧倒的に美しい人でなくてはならない。女子がひれ伏すくらいにと。また、一方で、怒ったり泣いたり激しいお芝居の連続ですので、それを表現できる演技力がなくては駄目だと。これは何度考えても沢尻さんしか思い当たらなかった。
当時の事務所の方も「本人がやりたければありなんじゃない」と言ってくださって。蜷川さんは写真を撮ったことがあったので、メールでやりとりをして。原作をまだ読んでいなかった沢尻さんに、事務所さん経由でお渡して見ていただいたら、最初から「すごい興味があるのでやってみたい」とおっしゃっていて。その後に原作権が取れました。
──そこで晴れて沢尻さんにも「これで企画進めます」となったんですね。
そうですね。「まず脚本が上がったらお見せしたい」とお伝えしました。
──この作品の撮影の時は沢尻さんはどの事務所に所属していたんですか。
契約させていただいたのはavexさんです。
──その他の配役は、誰の意見でどのように決めていったんですか。
蜷川さんと話あって、最初はりりこの所属する事務所の社長からいこうと、このキャラクターを、ちょっと明るさを持ってできる人がいいよね、と桃井さんにご提案したら、予想外に即決してくださいました。実は、日活のスタジオで『さくらん』を撮っているときに、隣で桃井さんが初監督作『無花果の顔』を撮っていらっしゃったんです。スタッフルームも隣で、何度かのぞきに来ていただいて。ベルリン映画祭でもたまたま遭遇したこともあり、「やっぱり女が監督するのはたいへんだから、蜷川実花ちゃんがやるなら私が手伝うわ」って、女性監督同期みたいに思ってくださっていて。
──りりこのマネージャーの羽田は、原作と違って、年上になりましたよね。
これはキャスティングをしながら脚本を修正しているなかで、監督のなかでひらめいたんです。蜷川さんは常に女性の生き様を描こうとうする作家なので、キャストが各世代分かれていたほうが面白いと。こずえは10代、りりこは20代、社長はオーバー40な大人の世界なので、30代の女がいたほうがいいんじゃないかというコンセプトで。羽田美知子は原作だと新人マネージャーなんですけれど、仕事も恋もがけっぷちの30女がいい、実際30代でもうだつのあがらないマネージャーっているじゃん(笑)、という監督の強い思い入れで、変わったんです。実際、凄く痛い役になり、見ていてシンパシーを感じたという感想をよく聞きました。
映画『ヘルタースケルター』より (C)2012映画『ヘルタースケルター』製作委員会
──それでは、男性陣は?
蜷川さんは普通のドラマと逆で、男性は女性のために物語では存在する、という考え方なんです。蜷川さんが色気を感じる男優で、プロデューサー側もお願いしたい人で。はっきり言えるのは、やっぱり皆さん一緒に、この作品にチャレンジしようと思ってくださったメンバーだけが今回ご出演いただいていますね。こんなこともあるのかというくらい、いろんな事務所の方にご意見を伺いました。
──事務所によっては、イメージを防ぐために出さないところもあった?
ありましたね。
──現場で沢尻さんが遅刻をして、桃井さんが怒ったとか書かれているけど、噂でしかないんですよね。
彼女の尊厳のために言いますと、遅刻したのは1回だけ、30分ぐらいです。スタッフの間で、すごい遅刻する人だというイメージはないですよ。浅井さんも制作されているからご存知だと思いますが、私も、すごくイメージがいい方ですけど、朝が弱いので一回も時間通りに来たことがない、すべて予定より30分繰り上げて書いたスケジュールを送らなければいけない俳優もいますから。けれど、エリカさんは時間より早くくる人です。
──その1回遅刻したときに、ベテラン俳優が怒ったりというのもなかった?
その場で「コラッ!」みたいなことはないですね。
──ではなんであんなネタが出てくるのですか?
よく解らないんです。尾ひれがついて面白がられてしまう。記事を読むと女のドロドロバトルみたいですけれど、ぜんぜんケンカじゃありませんでした。
──でも、そうした沢尻さんについての噂が、すべてが宣伝に繋がるということですね。
いやぁ、そういう風に言われてしまうのが……。この作品の前にBeeTVで彼女の4年半ぶりのドラマ『L et M』を企画させてもらいましたが、その撮影でもぜんぜん問題なかったです。
──週刊文春がしつこく映画の製作・配給・宣伝関係者にスターダストを辞めさせられた理由を知っていたかどうかを聞いていたじゃないですか。それも、別に海外でやっていたにしても、どうでもいいと思ったんですけど。
私も解らないですが、ないと言っていることですから、信じています。
──駆け足で話をうかがいましたが、プロデューサーとしては、今回の作品は自分が最初に描いていた絵と比べてどうですか。
ほんとうにできてよかったと思います。やっぱり私はプロデューサーのコンセプチュアルなプランでヒットさせたい、というよりは、面白い!才能がある!と感じる監督や役者の才能が発揮できる作品だったら、結果はどうあれ納得できるほうなので。蜷川さんも、『さくらん』はやはり初めてだったので、今回のほうが自分がしたいことができた、と実感していただいているな、と思います。鮮やかで美しい世界観と、すごく女性らしいヒリヒリとした痛い迫力、蜷川実花にしか撮れないものができたと思っています。沢尻さんも、もちろん役者だから本人的にも「あそこはああしたらよかった」とかいろいろあるみたいですけれど、あのときやれることはできたという達成感は持ってくれている。何より沢尻エリカにしかできない羨むような美しさと、魂のこもった演技ができています。かなりいい出来なので、あとはお客さんにちゃんと届くといいなと思っています。
(インタビュー:浅井隆 構成:駒井憲嗣)
宇田 充 プロフィール
1975年、新潟生まれ。アスミック・エース エンタテインメント株式会社 企画・製作事業本部GM/プロデューサー。『リング0』(2000年)、『ピンポン』(2002年)等に制作アシスタントとして携わり、宮藤官九郎初監督『真夜中の弥次さん喜多さん』(2005年)でプロデューサーデビュー。その後、本作の監督・蜷川実花初監督『さくらん』(2007年)、マイケル・アリアス初実写監督『ヘブンズ・ドア』(2009年)、山本寛初実写監督『私の優しくない先輩』(2010年)、沢尻エリカ主演BeeTVドラマ『L et M わたしがあなたを愛する理由、そのほかの物語』(2012年)等を手掛ける。
『ヘルタースケルター』
7月14日(土)丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
芸能界の頂点に君臨するトップスターりりこ。しかし、りりこには誰にも言えない秘密があった――。彼女は全身整形。「目ん玉と爪と髪と耳とアソコ」以外は全部つくりもの。 その秘密は、世の中を騒然とさせる【事件】へと繋がっていく――。
出演:沢尻エリカ/大森南朋 寺島しのぶ/綾野剛 水原希子 新井浩文/鈴木杏(友情出演)
寺島進/哀川翔/窪塚洋介(友情出演)/ 原田美枝子 / 桃井かおり
監督:蜷川実花
脚本:金子ありさ
原作:「ヘルタースケルター」(祥伝社フィールコミックス)
脚本:金子ありさ
音楽:上野耕路
テーマ・ソング:浜崎あゆみ「evolution」(avex trax)
エンディング・テーマ:AA=「The Klock」(SPEEDSTAR RECORDS)
製作:映画『ヘルタースケルター』製作委員会
制作プロダクション:アスミック・エース エンタテインメント シネバザール
配給:アスミック・エース
(C)2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会
公式サイト:http://hs-movie.com
▼『ヘルタースケルター』予告編