骰子の眼

stage

東京都 渋谷区

2012-06-13 20:38


真っ白な空間で落語と音楽のコラボレーションを楽しむ「渋谷UPLINK亭」

桂春蝶氏と主催加藤氏にインタビュー「自分の人生と落語の噺が重なりあったとき感動が生まれる」
真っ白な空間で落語と音楽のコラボレーションを楽しむ「渋谷UPLINK亭」
アップリンク・ファクトリーで行われた5月の渋谷UPLINK亭より、桂春蝶氏

上方落語界の貴公子、三代目 桂春蝶の月例独演会「渋谷UPLINK亭」第3回が6月15日(金)開催される。本物の落語と良質な音楽がクロスオーバーするこの新しいエンターテイメント空間をプロデュースするのはROVOなどを手がけるwondergroud musicや益子樹 (ROVO)との新レーベルBright Yellow Bright Orange主宰加藤孝朗氏。なぜ加藤氏が桂春蝶氏を迎えアップリンクを舞台にこのような試みを行うことになったのか、両氏に話を聞いた。

落語って笑いだけじゃないというのがカルチャーショックだった(加藤)

── このイベントを加藤さんが立ち上げるきっかけというのは?

加藤:下町生まれの下町育ちなので、落語は身近にあったんですけれど、身近にありすぎて積極的に見に行くことがなかった。18歳くらいのときに、柳家小三治さんの「芝浜」をテレビで見て号泣したんです。落語って笑いだけじゃなくて、幸せになれるとかホッとできる、というのがカルチャーショックで。その後、草の根的に落語の面白さを伝えていたんです。

福岡に関わっているバンドのツアーで行ったときに、天神落語祭に春蝶さんがでられていたんです。上方の落語はあまり得意じゃなかったんですけれど、そこでたまたま春蝶さんの一席を聞いてすごい!と思って、その日にエレベーターホールでお会いして、一緒になにかをできたら、とお話をしました。

上方の落語は「はめもの」というのがあって、噺の間に突然三味線や太鼓が鳴って、音楽に合わせて語ったり舞うというのがあるんです。そこにバイオリンや自分の音楽の分野のアプローチができないかな、そういう新しいトライをしたいと春蝶さんに提案したら、興味を持ってくださって。話をしていくなかで、春蝶さんが「それよりも、一回まずまっとうに落語会をプロデュースしてみたらいいんじゃない」と、最終的に春蝶さんにそそのかされたみたいな感じになりました(笑)。

春蝶:こんなふうに言ってますけど、この人がやりたかったんですから(笑)。僕は去年の12月から東京に出てきたんですけれど、落語をやれる機会を探していて、アップリンクという場所がライブや映画といった文化発信のステーションになっているというのを聞いたんです。でもそんな若者の集まるようなところで落語やってだいじょうぶなのかな、と思っていたんですが、確かにフタを開けてみると、10代20代の女性がワーッといてはるわけでしょ。いつも以上に反応がよくて、一気に落語って若い人のためにあるのかなと思ってしまいましたよ(笑)。

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桂春蝶氏(右)、加藤孝朗氏(左)

「その場でしか体験できないもの」にこだわる(加藤)

──春蝶さんはそれまでも他流試合的なことはやられていてたんですよね。

春蝶:狂言の相方を文楽人形がやって、その文楽人形の声を僕がやるとか、ハープと和太鼓とセッションして落語を演じてみるとか。でもコラボレーションって血の滲むような努力がいるんです。時間もかかりますしお互いの芸能のことを勉強しないといけない。特に東京に感じることですけれど、奇をてらったことってやりたがるんです。けれど、こんなところで落語を見せてくれるだけでも十分新しいと。だからこの企画を1年くらいやって、落語をよく解っていただいた後に変わったことをやってみましょうと言ったんです。

加藤:とにかく落語ってめちゃくちゃ面白いエンターテインメントなんですよ。でもなぜ限られた年齢層の客しか見ないんだろうと。僕も音楽の業界でキャリアを積んできて、いろんなイベントを組んでいくなかで、特に今、「その場でしか体験できないもの」というキーワードにこだわっています。その「体験」の究極の形が落語だと思っていて。だから気軽に見てくれさえすれば、ぜったい食いつきがいい。

次回出てくれるtriolaは、即興性の高いパフォーマンスをしますし、前回では、詩人のchoriが、お客様や春蝶さんからお題を出しもらって、詩の即興をやりました。その相乗効果は、春蝶さんとchoriのその場の瞬発力によるもの。ミュージシャンも応えてくれているし、春蝶さんも応えてくれている。そんな「体験」を一度したら、もう一度見たくなる。お金を払いたくなる。それをパッケージしていったらぜったい面白くなる、というのをこの会で証明が少しずつできてきているのかな。

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5月19日の公演より、音楽ゲストのchori

春蝶:アップリンクは笑いのボリュームとキーが違う。普段と比べて受ける部分が違っていたり、枕なんかも、今自分が思ってることを話せる。例えて言うなら、30代が来ていたら、同世代でしか解らないドラゴンクエストに例えてみたりしたいじゃないですか。この会ってその願望を叶えてくれるんです。日頃あまり鍛えていない筋肉も鍛えられるから、やっててものすごく楽しいんですよ。

僕もうひとつ言いたいのは、僕らがライブに落語一席だけやってほしいなんて言われたら、めちゃくちゃテンション上がるじゃないですか。それと同じで、ミュージシャンも僕もお互いに興奮しているほうがいいステージができる。興奮しているのがお客さんにも言霊となって伝わる感じがありますね。だからこのアップリンクという名前が暗示していると思うんです。とにかく演者も歌手も僕もお客さんもものすごいテンションがアップして、その3つがリンクしあっている。だからUPLINK亭ってできすぎたタイトルやな!って(笑)。

加藤:さすが!(笑)、確かにそういうのを含めての真っ白な内装だったりするんです。

春蝶:寄席がなぜ装飾をしないかというと、落語ってストーリーで、とにかく物語に集中してほしいので、あまり舞台が飾ってあったりするとじゃまになるんです。でもUPLINK亭の白って実はないんです。

加藤:フライヤーを作ってくれているデザイナーに内装にも入ってもらって、落語を見せるにはどういう状態が必要なのか春蝶さんのリクエストも聞いて発想したのが、ぜんぶ真っ白。そこに春蝶さんのロゴをひとつだけ置く、というのをいちから作っていったんです。落語会って行ったら金屏風があるって当たりまえじゃないですか。でもこれは、お客さんが開場から開演までの間も、いったいここで何が行われるんだ、という非日常に迷いこんでしまった違和感と期待感を狙ってるんです。

春蝶:でもそれを感じてるのは加藤さんだけなんじゃないですか。普通の落語を知ってるのってあなたぐらいなんだから。ここに来てるお客さんは「落語ってだいたい白なんよ」って人に説明するから(笑)。

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4月29日の公演より、音楽ゲストのキム・ウリョン(ex-cutman-booche)

大阪の落語と東京の落語の対決をゲーム感覚で楽しんでほしい(春蝶)

──こうした落語を新しく見せようという動きは、加藤さんというスタンスだからできることなんでしょうか。落語会の中から生まれてきたりはしないんでしょうか?

春蝶:それはもちろんあるでしょうね。僕らは僕らの常識のなかで生きているので、それはそれですごく完成されたものなんですけど、他の人たちからの意見を聞くことで、その最大公約数を探したときに、また新しいものが生まれてくるんじゃないかな。

──いま多くの情報があるなかで、イベンターという本来であれば裏方である加藤さんが表に出て、お客さんに落語の楽しみ方の道筋を作ってあげるといったようなことは、その他のカルチャーの分野でももっと行われるべきではないかと感じます。

加藤:そこは意識していますね。たまたまなんですけれど、僕が2004年からつけているブログで、HMV渋谷が撤退するときに、配信が理由とかCDが売れなくなったという理由はぜったい違うという文章を書いたんです。
その文章は、佐々木俊尚さんの『キュレーションの時代』への引用の依頼がきたんですが、なにかの事象に対してメディアが力を持つというよりも、キュレーターというものがすごく重要になっているという佐々木さんの考え方を、僕もそうだと思ったんです。自分が面白いと思うものを、道筋をつけてあげて提示する。だから落語も単純に見てください、といっても無理で、落語を見せるためのストーリーを自分で作って、意味合いを見せてあげることが仕事だと思っています。それなら本業である音楽と組み合わせたらどうかと、発想したんです。

春蝶:つまり、キュレーションとは取扱説明書ということでしょ。

加藤:例えば、なぜ上方落語を東京でやるの、と言われることが多くて、上方落語を定期的に東京で打つということがあんまりないんです。UPLINK亭では、春蝶さんがいつも落語の二つ目のゲストを呼んでくださるんですけれど、東京の方なんです。そうすると江戸落語と上方落語を続けて見ることができる。

春蝶:鶴瓶師匠に「東京に来てごらん、ぜったい自分のウイングが広がるから」と言われてきたんですけれど、上方落語というのを掲げて出たいなと思っていて。それは自分の土地のプライドですよね。あとは代理戦争になってくるわけです。東京もんと大阪もんが出たときに「大阪の落語って面白かったよね」となればいいし「でも東京もこんな感じがよかったな」と思ってもらえれば、落語界の底上げになるんちゃうかと思うし。ライバルがいないと業界って伸びていかないし、そういう対決姿勢を見せることでお客さんもゲーム感覚で来てくればいい。

おばあちゃん、子供、孫と3世代で来れる(春蝶)

加藤:もともと落語に触れていないのに、いきなり触れるのが上方落語、というのが東京の人間からするとまず衝撃らしいんです。でも、その前に江戸落語が一席あるということですっと入れる。そこで落語だと思ったものをぶち壊しに来る、みたいに見えるらしいんです。それから、春蝶さんの東京に対する距離感、それが東京の人からするとものすごい面白い。

春蝶:他府県から出てきた人って東京は多いし、身ひとつで東京に来た人の東京観、結局ね、どんな作品でもそうだと思うんですけれど、自分の人生と作品が重なりあったときってお客さんって喜んでると思うんです。だから今の人情噺で泣いたりするのも芝浜と自分の人生を重ねあわされたところもあると思うし。

──UPLINK亭をきっかけに、新しいお客さんが東京の寄席に足を運んでもらうことになったらいいですね。

加藤:東京には寄席がいっぱいあるけれど、いきなり寄席にいきなよ、というより、こういう会で知ってもらう、しかも最初に本物を見てもらう、というのが重要なんですよ。その入り口は、音楽を聴きに来たついでに、という理由でもいいんです。

春蝶:このUPLINK亭は、世代に偏らなく楽しめる。おばあちゃん、子供、孫と3世代で来れる。ちょっと家族でなにか見に行きたい、というときに、これやったら、と選んでいただいて、ほんとうに満足して帰ってもらえるものだと思います。落語って、ストーリーにのっとって、人間が面白くあり続けて、笑うということ。シュールなものじゃないんです。自分の心が穏やかになって笑ってしまってるんです。そういう気持ちになりたい方はぜひ来ていただきたいですね。

(取材・文:駒井憲嗣)



桂春蝶 プロフィール

1975年1月14日生まれ。1994年、三代目 桂 春団治に入門。2007年、なにわ芸術祭奨励賞受賞。2009年、なにわ芸術祭審査員特別賞受賞。2009年8月30日、松竹座 三代目桂 春蝶襲名披露。9月27日、南座 三代目桂 春蝶襲名披露。2009繁昌亭大賞爆笑賞受賞。2010年、大阪成蹊短期大学/表現文化学科・非常勤講師に就任。2012年、大阪成蹊短期大学/創造文化学科 客員教授に就任。現在、ラジオ関西「桂春蝶のバタフライエフェクト」にレギュラー出演中。
http://www.shunchou.jp/




桂春蝶の上方落語@渋谷UPLINK亭 vol.3
2012年6月15日(金)
渋谷アップリンク

19:00開場/19:30開演
料金:2,500円(1ドリンク付)
出演:三代目 桂春蝶(かつら・しゅんちょう)
音楽ゲスト triola
落語ゲスト 林たけ平
ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/factory/log/004447.php

【今後の開催予定】
vol.4 7月25日(水)
vol.5 8月29日(水)
vol.6 9月28日(金)
全公演共通
開場18:30/開演19:00
料金:2,500円(1ドリンク付)

UPLINK亭をプロデュースするレーベルBright Yellow Bright Orange公式サイト:http://www.BYBO.jp


キーワード:

桂春蝶 / 落語 / triola / wondergroundmusic


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