骰子の眼

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2012-05-30 00:00


自分で選ぶ運勢ガイド☆今年後半のテーマは “無条件で☆”

メディスン・カードであなたの運勢&全体運をリーディング!!
自分で選ぶ運勢ガイド☆今年後半のテーマは “無条件で☆”

みなさま、ごぶさたしております。
いかがお過ごしでしょうか。

今年から、更新しようかなと思うときに書く、という感じの不定期連載にさせていただいたため、初めてご覧いただく方もいらっしゃるかもですが、そんな方はアーカイヴなんかを適当に読んでいただき、そこに載ってる6つの画像を適当にクリックしていただき、さらにその下の「全体のメディスン」というものを読んで組み合わせていただくと、何かわかるんじゃないかと思いますので、ためしてみてください。

で、今回は2012年後半のメディスンをやってみることにしました。
ブログとかに書いたと思いますが、メディスンカード、少なくともわたしのリーディングにおいては、特に期間は設けていません。だって、別にPCのスイッチを切った瞬間に世界が変わったっていいわけで、これは何日間有効ですとか、すでに自分の人生の権限を何か運命みたいなものに譲り渡してしまっているわけで、それはちがうのじゃないかと思うわけで、というか、自分の意識認識、ものの見方、つまりいままで乗っかってたストーリー、動いていたプログラムが変わってはじめて世界は変わるわけなのだから。。

じゃあなぜ、いままで2週間とか1年間とか、いちおう日数決めてやってきたかというと、これはもう健康診断ですね。いや、ほんとそれに限りなく近いです。もっというと診断というよりも、提案。健康提案。ここでつかってるのは言葉ですから、脳というかこころというか、精神に置き換えてもらったらいいですけど、身体はこころの反映ですから、不定期健康提案でいいんじゃないかと思います。そもそも“メディスン”ですから。ね。

そういった意味で、今回は今年後半に向けての提案です。いままでこんな状態で来たんじゃね? ここ、こうしたらよくね? っていう感じでフォーカスしていただくといいと思います。そう、読んで当たってる! とかじゃなしに、どうぞ実生活に反映してくださいませ。じゃないと、せっかく気づいても忘れて元に戻っちゃうんだ。そういった意味でも、不定期的定期なんですよね。。

というわけで、いきましょう。

今回は、現在絶賛展示中のミヤタケイコ御大&不肖わたくしの二人展『VISION QUEST』より、「展示物の一部」にしました。在廊時にショート・リーディングを行ってるんですけど、いままでさせていただいた方全員に、展示している動物のどれかが出てるという面白い展開になってます。今週末にはミヤタ女史のワークショップもありますので、ぜひいらしていただければと思います。

では、Let's medicine☆.。.:*・゚゚



使い方は、あなたの自由!!

使い方ガイド

*ベーシックな使い方
ぴん、ときた画像をひとつ選んでクリックしてください。
そこに書かれているテキストが、あなたのガイドになります。

*自由な使い方
・いま、知りたいことをイメージしてクリック!
・恋愛、仕事、健康など、自分で決めたテーマごとにクリック!
・毎朝、起きたときに今日1日をイメージしてクリック!
・全部クリックして、好きなテキストを選ぶ!
など、自由に、フレキシブルにつかってください。

また、「全体のメディスン」も組み合わせてみてください。

▼直感でクリック!(1クリックでテキストが開き、再度クリックで閉じます)

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▽この画像を選んだあなた

よく、ひとはそこに在るのに見ないふりをしたり、蓋をしようとしますが、しっかりと隠したつもりでも、生ものがやがて発酵するようにそれは現前とそこに在り続け、その存在をむしろ気づかせるかのように、姿かたちや場所を変え、何度も目の前に現れるものです。
見るのがこわい、とひとはよく思います。言われたくないのだ、と耳をふさいだり、なかったことにしようと、あれこれ策を練ったりもします。けれど必ずしも功を奏さず、わたしたちはへとへとだ。
それはすでに起こり、目の前に在るのだ、と一度しっかりと見つめ、認めてみてはどうでしょう。だって、なかったことにしようと奔走するというのは、それが在ることをちゃんと知っているからなんだから。
よく、「こんなもの!」と何か不都合なことが書いてある紙をくしゃくしゃに丸めて食べてしまう、みたいなドラマがあるじゃないですか。そんな風に、それを避けようとせず、認めて食べてしまったらどうでしょう。
それは確かに“不都合だと思われる異物”かもしれない。でも、食べてしまえば消化して、もしかすると成分の一部は吸収され、あなたの血肉となるかもしれない。発酵してもうあなたを脅かすこともない。それどころか、あなたのパワーが発揮される物質に変わるかもしれない。
よくいう“受け容れる”というのは、まさにそういうことなんですね。


▽この画像を選んだあなた

本当にやりたいことはそれだろうか。方向はそっちだろうか。無難で安全と思える道だったり、必要以上に持とうとしたり、あまり意味のない寄り道をしていたり。それも、こころのなかでは“ちがう”とわかっているのに、それでいいのだ、と言い聞かせようとしているような。。
こうしたい、という思いって、それを実現することができるから生まれる。というか、自ら体験できる可能性のないものは、そもそも意識に上らないんですよね。そしてすべては、ただ「やる」か「やらないか」。
「したい」→「やろう」、つまりエネルギーが「できる/できない」ではなく「やる」方向に向かったとき、それに応じた行動やできごとが“起こる”。誰かや何かが集まってくるのかもしれないし、一見、合っているとは思えない動きかもしれない。けれど、すべて“そこへ向かう”ためのプロセスが絶妙なタイミングで発生する。
やる、ってただ決めるだけで動くものです。すべてはエネルギーであり、方向を与えるとそう動くように、ただ意識を向けて、決めるだけで動く。そこに必要なものやことのすべてが同じ方向へと動いてゆく。それが本来の行動というものなんですね。
やる、と決めてください今。本当に向かいたい方向へ、ただ舵を切って。


▽この画像を選んだあなた

何かについてふと思いをめぐらせていると、気づけばとんでもないところまで世界がひろがっていたりします。しかも、それはすべて過去の記憶や誰かの言葉、世間の“雰囲気”で創り上げられたドラマ。けれど、わたしたちはまるで本当のことのように一喜一憂してしまう。ほんとにひとの頭のなかというのはすごいものです。
目の前で展開している“現実”って、実はこの脳内ドラマのあらわれです。もちろん、すべてその通りに進行しているわけではないけれど、“やっぱり”って反応するその思いは、確かに頭のなかにあるもののはず。だから、現実をなんとかしようとすることって、映画のスクリーンに飛び込むようなものなんですね。
外側のできごとに反応しないことです。わたしたちの見ているものは、常にすでに過去の物語。すべては内側のあらわれであり、自分のなかでつくられている。
目の前の世界が嫌だというのなら、脚本を書き直して撮り直してみてください。外側を修正しようとせず、それはひとつのシーン、つまり経過として、新たに物語を紡いだらいい。
監督も脚本家もあなた。しかも主演まであなた。あなたの頭やこころのなかは、あなたの目指す通りの物語が紡がれているでしょうか。
画策する必要はないんです。外側ではなく、どうぞ、あなたのこころと頭のなかを見ていてあげてください。


▽この画像を選んだあなた

あなたに関する情報は、すでにあなた自身が全部持っています。
どうしたらそれがわかるかといえば、たとえば知りたいことを、あなた自身の奥底に投げかけてみる。こたえはすぐに返ってくることもあれば、時間がかかるかもしれないし、電車のなかでふと見上げた吊り広告に書かれているかもしれません。
そしてメッセージを受信する精度を上げるいちばんの方法は、自分以外の何かになろうとしたり、自分をおさえる、あるいは過度にさらけ出そうとしたりせず、ただ理由のないここちよさにしたがって、まるで大好きな歌を思わず口ずさむように暮らしてみること。つまり、なんの思惑も顔色もうかがうことなく、あなたのこころの声にしたがって、あなたの上に起こることそのままに表現させてみることです。
何かひとつ扉が開くと、勝手に何かがつながって、どんどん道が開いていくという感覚を誰もが経験したことがあるはずです。まるで一定の温度に反応して花びらが開くように、ただあなたの混じりっけのないヴァイブレーションに、同じもの同士が呼応する。世界って、そんな風に動いているんですね。
ですから、いつわらず隠さず隠れたりもせず、どうぞ純度100%のあなたを、この世界に思い切り響かせてください。


▽この画像を選んだあなた

目に見えないもの、というと何か不思議なものとか霊とか神秘みたいにとらえがちですが、言葉、音楽、声や匂い、そして湧き起こるうれしみ、かなしみ、楽しさ、せつなさも、一切目にはみえないものです。けれどもそれらは、わたしたちにとても大きく響きこころを動かす。そして、こころはわたしたちの行き先を決める。そう、目にはみえず、手でふれることさえできないものによって、わたしたちは動かされている。
肉体レベルですべてをとらえてしまうと、わたしたちは飛べなくなってしまうんですよね。考えにしても、もしかしたら…とその先を閉じ込めてしまうのは、無意識に、この身体が自分の終点であり、限界を設けるんだと思う。けれども、その“考え”だって、目に見えはしないもの。。
わたしたち自体が可能性なんです。可能性というものがある、のではなくて、わたしたち自体が「それ」。
信じることの強さ。全体を信じて、全体を動かす。大きいんですよ、わたしたち。目に見えている範囲よりもずっと。


▽この画像を選んだあなた

何かを変化させたいとき、ひとは概ね、気持ちを伝えるとか説得するとか、辞めるとか、見た目を変える、引っ越してみる等々、物理的な行動をとると思うんです。それはたとえば、そこにあるジャムパンを、ほんとはクロワッサンがいいんだと言って、つくりかえるみたいなやり方に似ている。
けれども、ジャムはバターには変わらないし、一度焼いてしまったんだから、どんなにがんばってみてもクロワッサンの生地にはならないのに、これしかないのだと“思い込んで”一生懸命こね続けたりする。
物理的な行動が悪いんじゃないんです。けれども、その行動が「意識の転換」へと結びつかないと、根本的な変化にはならず、同じことが繰り返されてしまう。
“新しい考え”をつかってください。“ちがう視点”でみてください。“それ”を“嫌なこと”と“判断”しているのは、単にこれまでの気分であり、もののひとつの見方にすぎないんです。変わらないのではなく、変えないだけ。しかもあなた自身が。
目の前の現実を否定しないことです。ジャムパンはジャムパンです。クロワッサンがいいというのなら、買うかつくるかしてください。そのほうが早いし、確実だと思うんですね。
ジャムパンもクロワッサンも状況やひとのことではないですよ。あなたの“考え”“思い込み”“ものの見方、捉え方”のことです。



■「2012年後半☆全体のメディスン」


さて、2012年後半のテーマは「無条件」という感じなのですが、みんな、ほんとはとてもやさしいんだと思います。
つらさやかなしみをたくさん知っているから、傷つけることも、傷つくこともとてもおそれてしまう。だから自分や誰か、何かを否定したり、誰かや何か、そして自分を無理矢理変えようとしたりして、おそれを避けようとする。傷を守り、これ以上、苦しまないために。

自分の行きたいところへ、どうぞそのまま行ってしまってください。
そのことでいったい誰がどう傷つくというのだろう。
そのことの何におそれ、もしもそのおそれが現実になったとき、本当にこわいことはなんだろう。

すべて、イメージだと思うんです。
おそれもイメージだし、“それ”が起こったらきっと“こうなる”かもしれないことも、それによって、また新たな苦しみが生まれるという想像はとてもリアルかもしれないけれど、それもまたイメージなんですね。

苦しむと思われることが起こったとしても、別に苦しまなくたっていいじゃないですか。そもそも「それが起こること」と「苦しみ」というのは、なんの関連性もないんです。わたしたちはただ自動的に反応して、そうなるものだと疑うことなく思い込み、そうしたストーリーに生きているだけ。

無条件の愛、とよく言います。それは何も、誰かや何かを損ねないよう、何をされても構わない、というような犠牲的態度とはまったく異なるものです。別に許さなくてもいいし、許してもいい。殴ってもいいし殴らなくてもいい、そのことで怒ってもいいし怒らなくてもいい。傷ついても傷つかなくてもいい。

だから、もしも誰かがあなたの言葉で傷ついたとしたら、その言葉にはすでに「傷つくもの」というラベルが貼られてあり、ゆえに「傷つかなくてはならない」という条件がついていて、その通りに反応したのだということ。すべては、ただそれだけのことなんです。よくみればわかる。感情や認識を自分で選べることが。

そんなこと言ったって、こうなったら頭にきて当然だ、こわくて当たり前、と思われるかもしれませんが、それでもOK。だって、頭にきた、それがあなたのリアルだし、こわい、と思うのもあなたの現実だし、感じたこと思ったことはすべて、もうすでに起こったことなのだから。それ以上でも以下でもない。すべての自分を切り離したりせず、全部感じ尽くしたらいい。

よく自由になりたいと言って、誰かを否定したりすることがあります。けれども、別に自分の考えと相反する何かを否定しなくても自由でいることはできる。そこには、自由になるためには「〜しなければならない」という条件をつけているのであって、その時点ですでに自由ではないですよね。

みんな、やさしいんだと思います。
けれども、そのやさしさをどうぞ、“苦しまなくてはならない”という条件、しかもイメージを守るためにつかうのではなく、どんな自分であってもOKなのだと許容してあげることにつかってください。よく、自分を甘やかしてはいけないとか言いますけど、どうしてそれではいけないんでしょう。成長できない? 成長って何? 甘やかすとだめになる? それはなぜ? そもそもだめってなんでしょう。そして、だめではなぜだめなの??

というわけで、Let's experience wonderful 2012後半☆.。.:*・゚゚☆.。.:*・゚゚♡
ご自分に、一度とことんやさしくしてみてください。
ものすごくたくさんの条件を課していることに気づくかもしれません。
それも、とてもとてもクリアできないような厳しい条件を。。

※2週間の「全体のメディスン」、こっちで書いてますので、適当にご覧になってください。

いつもどうもありがとう☆
よかったら、展示も遊びに来てね☆


ananya

■ANANYA(アナンヤ)PROFILE

'93年にネイティヴ・アメリカンの智慧を集約した「メディスン・カード」に出会い、それを元に自らカードを作成、ライフワークとして都内カフェ、雑貨店およびイベント等でリーディング・セッションをはじめる。「SONIC PLATE」暫定運営。タケ・ロドリゲス&ヒズ・エキゾチック・アーケストラにヴォーカリストとして参加。その他、チベットのマントラなどをモチーフとした手芸作品「prana」など。

ANANYAのサイト
・webDICEのANANYAのページ


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メディスン・カードをつかったリーディング・セッション行っています。
仕事、恋愛、人間関係等々、あなたが、いまいちばん知りたい情報をお伝えします。
大切なのは、「これからどうなるか?」ではなく、自分自身が「どう在りたいか」。
ここを起点として、ゴールに向かうためのポイントを一緒に探っていきたいと思います。

◆場所/時間/料金

※お問い合わせおよび詳細につきましては、ANANYAのサイトでご確認ください。


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