『医す者として』医療福祉系学生限定試写会に登壇した作家の大野更紗さん(中央)、臨床医の藤井博之さん(左)、一橋大学大学院准教授の猪飼周平さん(右)
戦後の農村医療の歴史をテーマにした映画『医(いや)す者として』が4月21日(土)より渋谷アップリンクで公開。上映に先駆け、医療福祉系学生限定の試写会がUPLINK ROOMで開催され、作家の大野更紗さん、臨床医の藤井博之さん、一橋大学大学院社会学研究科准教授の猪飼周平さんによるトークも行われた。
この『医す者として』は、長野県佐久市の佐久総合病院を舞台に、農村医療を確立した医師として知られる若月俊一の活動を追ったドキュメンタリー。周辺の農山村への「出張診療」や、健康診断を軸にした健康予防管理活動「全村健康管理」を全国に先駆けて行い、昭和の高度経済成長以降の農村地域の過疎・高齢化にいちはやく対応、医療と福祉の垣根を越えた活動を展開した佐久総合病院と若月氏の活動を、病院関係者の証言や、佐久病院映画部が記録した映像によって捉えている。
自身の原因不明の難病を発症した体験を綴った著書『困ってるひと』がベストセラーとなった作家、大野更紗さんは最初に「いろんな見方ができる映画」だというこの『医す者として』のトークの相手に、かねてから対談を熱望していたふたりを指名したことを明かした。
『医す者として』より
映画でも描かれる佐久病院に勤務する藤井博之さんは「特に野辺山の開拓農民で仕事をしてきた人たちの証言として、その頃どんな思いでこの地にきたのかというところが描かれる前半が興味深かった」と感想を呼べた。
20世紀の医療システムを総覧する『病院の世紀の理論』(2010年)の著者である猪飼周平さんはこの『医す者として』について次のように語った。
「私は若月先生の主著『農村医学』という本が出た1971年に生まれているんですが、先生の活動は、後の世代からみるとごく普通に見えるところがある。著作も、当たり前のことが書いてあるという印象があった。若月先生は基本的に運動論的におやりになって、私の場合は社会学的にやろうとした、という方法論の違いはありますが、私の研究は、その普通に見えることがいったいなんなのか、という疑問から、そこにどうやって到達するか、ということを分析しています」。
大野さんは、「私は、大学の人類学のクラスのときに『作家になったら終わりだ』ということを最初に指導教官に厳しく言われました」と述べ、社会学者・作家・そして患者とそれぞれの視点から今作のようなドキュメンタリー作品の重要性を以下のように指摘した。
「人類学者は物書きになりたがるんです。目の前で素晴らしい物語が展開されていきますから、それを抽出したくなる。その欲求に負けたら学者として終わりだということなんです。私は発病して、フィールドに行けないということになったときに、自分の人類学者としてのキャリアをばっさり切り捨てましたので、人類学者として失格です。ただ、人類学という社会学に一瞬触れた難病患者としてひとつ言えることは、社会科学はなるべく客観的にものごとを見ようとする近代の知恵のひとつ。私はいま作家をしていますが、作家の役割として、物語というのはいくらでも美しく書ける。しかしそうすると、社会で医療について議論するということができなくなってしまうのです」。
『医す者として』より
また、この試写会では来場した学生との質疑応答も行われ、藤井さんの病院外の診察での体験や、映画の最後で語られる、医療の民主化と地域の民主化を目指すために考えるべきことなどついて質問が寄せられ、活発に意見が交わされた。
大野さんは最後に、「若月先生がどういう方であったか、長野モデルと言われる農村の医療モデルがいかなるものであったかという検証をするためにも、みんなが語る場や道具が必要です。私たちはそろそろ、若月さんが確立した農村医療とはどういうものであったのか、ということを物語として崇拝するのではなく、みんなでオープンな場で話し合う時期を迎えていると感じています。これから先の21世紀の在宅医療、あるいは病院の機能の分化が進み、病院と在宅の領域をどうやって分けるかという問題提起のひとつとして、こういった映画を観て議論の場を持つことは非常に有効なことだと思います」と語った。
(取材・文:駒井憲嗣)
映画『医(いや)す者として』
2012年4月21日(土)~5月11日(金)渋谷アップリンクXにて上映
制作:若月健一、小泉修吉
監督:鈴木正義
撮影:岩田まき子、伊藤硯男、澤畑正範、今井友樹、満若勇咲
語り:山崎樹範
選曲:園田芳伸
助成:文化芸術振興費補助金
共同制作:佐久総合病院映画部、農村医療の映像記録保存会
企画制作:グループ現代
2011年/108分/HDV/日本
公式HP http://iyasu-mono.com/
▼『医す者として』予告編
大野更紗『困ってるひと』
ビルマ難民を研究していた大学院生女子が、ある日とつぜん原因不明の難病を発症。自らが「難民」となり、日本社会をサバイブするはめになる。知性とユーモアがほとばしる、命がけエッセイ
ISBN:978-4591124765
価格:1,470円
版型:188×130ミリ
発行:ポプラ社
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