骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-04-14 22:07


“スカイツリーができるまで殆ど注目されなかった”地元下町で映画を撮り続けてきた

墨田区生まれ墨田区在住の吉田浩太監督に聞く〈地元で映画を撮ること〉
“スカイツリーができるまで殆ど注目されなかった”地元下町で映画を撮り続けてきた
『墨田区京島3丁目』より

生まれも育ちも墨田区で、現在も墨田区を舞台に、多くの作品を生み出している吉田浩太監督。その異色とも言われる作品群は、海外の映画祭でも人気が高く、青春Hシリーズ『ソーローなんてくだらない』は、昨年レインダンス映画祭のインターナショナルコンペティション部門に入賞するという快挙を果たした。また、地元で撮影した短編『墨田区京島3丁目』は、今年のロッテルダム国際映画祭に招致されている。墨田区という町の魅力、そして「地元で映画を撮ること」について、吉田監督に話を聞いた。

自分自身がわからなかった
少年時代

──『墨田区京島3丁目』を撮ったきっかけを教えてください。

墨田区で映画の上映会をしている有志団体「橘館」から、「墨田区をテーマにした作品を作ってほしい」という話をいただいたんです。はじめは、男子高校生が鳩の街商店街に住む女子大生を相手に童貞を捨てるという話を考えていました。それは、僕の地元の近所にある東向島地区が赤線地帯だったという歴史も絡めて描くという企画で、僕は結構やりたかったんですけど、主催者側から、「性的な描写はちょっと難しい」と言われてしまいまして(苦笑)、墨田区を舞台に「地域で生きる」をテーマに考え直しました。

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吉田浩太監督(2010年シネマサーカスで)

──着想は?

テーマを聞いた時に、自分の経験談をもとに描こうと思ったんです。昔、自分が地元で何をしていたのかということを思い出した時、よく万引きしたんですよ(苦笑)。どうして万引きしてしまったんだろうということを突き詰めて考えて行くと、「地域で生きる」というテーマと、自然と結びついていった感じですね。

──どんなものを万引きしていたのですか?理由や動機は、何だったのでしょう。

もう一時期は、お菓子から玩具から、何でも万引きしていましたね。その頃、水鉄砲が流行っていて、5,000円くらいする大きな箱に入ったオート水鉄砲を万引きしたり。
商品を、そのまま箱ごと抱えて店を出るんです。あたかも自分が買ったものかのように万引きすると、全然気づかれない。ひどい時は、古本屋さんに行って、普通に万引きした古本を同じ店で売っちゃったり…。ダメですよね。
どうして万引きするんだろうと思った時に、今もはっきりとした理由はわからないんですけれど、何かあるんですよね。それはやっぱり、若いときって自分自身がわからなくて、自分という存在を見てほしいとか、そういうものが無意識のうちにあると思うんです。そこから自分という存在が社会に承認されることや、地域で生きることが関わってくると思うんです。

──そのあたりの繊細な感情の動きを、主演の池之上真菜さんが瑞々しく演じていて、その存在感に目が離せませんでした。どんな演出をされたのですか。

池之上さんは、墨田区の高校に通う女子高生だったんです。演技が未経験だったので、初めは心配もしていたのですが、リハーサルをしたら、この子はちょっとすごいんじゃないかと思うようになりました。僕だけじゃなくて、スタッフも。感覚が鋭くて、脚本に流れている“書かれていないテーマ”を簡単に読み取っちゃうんですね。考えて理解するというよりも、感覚的にわかってくれるので、やりやすかったですね。そして、どんどん変わっていくんです。こんなにひとつの作品で、女の子が変わっていくことってなかなかない。メイキングを撮っておけばよかったって思うくらいでした。

──実際に撮影はどのように行ったのですか。

撮影は4日間で撮りました。池之上さんが演技の経験がなかったので、ツメツメで撮るよりも、ゆったりと撮っていこうと。そして、どうお芝居をつけていくかというよりも、いかに彼女の素の魅力を出していくかというだけを考えましたね。“素の自分を出す”ということが、そのまま作品のテーマにもつながっています。撮影もカメラマンの関さんが、手持ちカメラで撮りたいと提案して、手持ちで撮ってるんです。それはリアルに見せたいというよりも、彼女の感じている世界というものをいかに撮っていくか、それが課題でした。例えば、彼女が道を歩いているとき、どのくらいの景色を感じているのか。その瞬間瞬間で、彼女が感じている世界を描こうと思いました。そういう世界を捉えるには、フィックスで捉えるよりも、より流動的な手持ちカメラの方が彼女の世界を映しやすいということで、手持ちカメラで撮りました。

──芹澤興人さんが演じている“怖いけど、いいおじさん”は、最近ではあまり見かけなくなりましたが、実際にモデルになったような人は、当時いたのでしょうか。

いましたね。よく怒られました。中学の頃、不良っぽい時期があって、木刀を持ってケンカしに行ったり、商店街をふらふらしてたら、「何やってんだ」って知らないおじさんに止められて怒られたりっていうのはしょっちゅうで。
万引きでは、水鉄砲の箱を抱えて歩く自分の姿を、近所のおばさんに見られていて、母親にばれて叱られて、後で店にお金を払いに行きました。親も厳しかったんですよ。万引きが見つかって、頭を坊主にさせられたりとか。そういうことばかりだったので、地元での上映会に来てくれた母親は、泣いちゃってましたね。

地元地域への
複雑な想い

──生まれてから、ずっと墨田区在住ですか?

20歳まではずっと墨田区です。その後、別のところに住んだこともありますが、戻ってきてしまいましたね。特に地元愛が強いとか、「地元に住むんだ」という意識はありませんが、最近は、地元がスカイツリーで一躍脚光を浴びて、初めて自分の住んでいる地域を客観的に考えるようになりましたね。
だって、墨田区京島なんて、これまでまったく見向きもされなかった場所なんですよ、本当に。何が有名かって、地震が来たら真っ先に潰れる町だとか、それくらいなんで(苦笑)。だから、これほどメディアで取り上げられるほど、たいした場所じゃないのに、という違和感はあります。これほど何もないところが注目されて、やれ、下町は素晴らしいだのっていうのも、どうなんだろうと思ったり。上手く言えないんですけど、複雑な感情もあります。けれど、ロケ地としては最高ですよ。古い建物が多いし、墨田区ならではの工場の音や雑多な雰囲気が残っている。人間関係を撮るにしても、雑多な雰囲気がある場所の方が映画には映えるし、描きやすい。東京で一番いいロケーションだと思います。

──新作の短編『きたなくて、めんどうくさい、あなたに』は墨田区のご実家で撮られたと聞きました。MOOSIC LAB 2012の企画として撮られたこの作品は技術賞と女優賞をW授賞されました。

大みそかに実家に帰ってきた女が、昔大恋愛して今は子持ちになった男と情事に至ってしまうという話を、16ミリでワンカットで撮りました。
僕にはフィルムに対する憧れや、“フィルム幻想論”みたいなものが、昔からあるんですね。でも今フィルムがなくなってしまう過渡期にいて、おそらく今後フィルムでは作品は作れない。無くなっていくフィルムへの想いを、昔の男に寄せる女の主人公の想いにかけて撮りました。11分という尺は、16ミリで撮影した時に、ワンロールで撮れる限界の尺です。11分のフィルムをワンカットで使いきることで、フィルムへのオマージュにしました。僕のフィルムへの鎮魂歌ですから、とても感傷的な作品になっていると思います。

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『きたなくて、めんどうくさい、あなたに』より

──そこには墨田区という地元への感傷も含まれているのでしょうか。

スカイツリーの景色も一緒に映しているのですが、スカイツリーと町の在り方も考えているんですよね。新しい建築が出来ると同時に、古い実景もある。古い街並みが失われている訳じゃないけれど、どういう風に新旧のものが、一緒に生きて行くのかということ。そこで、フィルムとデジタルがどう生き残っていくかということも読み取ってもらえると嬉しい、そういう想いも込めています。実際、そこまで読み取ってもらうのは難しいのですけど、それも絡めて表現できたらなと思って作りました。

自分がその場所に
根ざせているのか

──吉田監督にとって、「地元で映画を撮る」とはどういうことですか?

いわゆる「地元大好き!」みたいな地元愛は、少し気持ち悪いと思っていて。ただ、最近よく思うのですが、たとえば子供がいるとすると、子供は必然的に親が住んでいる場所で生きることになって、それが地元になる。言ってみれば、ただそれだけのことなんだと思うんです。ただそれだけのことなんだけど、それが全てだと思っていて。そこに意味はないと思うんですが、場所が作り出している自分というものが存在する。僕が地元で映画を撮りたいと思うのは、やはり自分の描こうとする世界が、自然と、自分が生きてきた場所というものと、一番フィットするからだと思うんですよね。それはもちろん自分自身が、地元という環境に、作り出されてきたからだと思うんです。
実は、昔から“地元に定住する”という考え方が、あまり好きではなかったのですが、最近は少し変わってきてるんです。これは子供がいることが影響としてかなり大きいと思うのですが、親である以上は、生きる場所として自分の根を張らねばならない。ただもちろん、自分はまだそんな大した根など、張れていません。僕が地元で映画を撮るときは、実際に自分がそこに根ざせているのかを、再確認しているのかもしれませんね。

(インタビュー・文・写真:鈴木沓子)



吉田浩太 プロフィール

1978年生まれ、東京都出身。早稲田大学在学中の2002年より、ENBUゼミナール映画監督コースで篠原哲雄監督、豊島圭介監督に師事。ENBUゼミ在籍中に、初監督した自主映画『落花生』が、早稲田映画祭準グランプリを受賞。2004年に映像制作会社シャイカーに入社、テレビドラマやDVDオリジナル作品の演出・脚本、メイキング映像演出などを手がける。2008年に若年性脳梗塞により入院。1年の療養生活とリハビリを経て復帰。代表作に、『お姉ちゃん、弟といく』(2006)、『ユリ子のアロマ』(2010)、『墨田区京島3丁目』(2011)、『ソーローなんてくだらない』(2011)、新作『きたなくて、めんどうくさい、あなたに』(2012)ほか。




『きたなくて、めんどうくさい、あなたに』

スカイツリーの見える墨田区の元日を、1人寂しく迎えるヒロインは、かつて激しい恋に落ちた家庭教師の男と偶然遭遇してしまう──。男女の性とそこに寄り添う音楽を16mmフィルムの限界である11分ワンカット撮影で綴る。

監督・脚本:吉田浩太
音楽・出演:松本章&小宮一葉
出演:広澤草、山中崇
撮影:関将史
録音:島津未来介
企画:MOOSIC LAB 2012
(2012年/カラー/16mm→HD/11分)

『墨田区京島3丁目』

人情ある下町で、万引きという事件を通じて、一人の女子高生が成長する軌跡を描いた青春映画。東京の下町・墨田区京島に住む、女子高生の生方さち。地元の商店街の雑貨店に立ち寄った際に、友人の間で噂になっている流行の化粧品を発見。入手困難である化粧品を手に取って眺めているうちに、衝動のまま、商品を万引きしてしまう。動揺を抑えながら、店を出ようとするさち。しかし、そこへ店主が現れてしまい──。

脚本・編集・監督:吉田浩太
出演:池之上真菜、芹澤興人、川田希、吉田優華
音楽:池永正二(あらかじめ決められた恋人たちへ)
撮影:関将史
録音:島津未来介
プロデュース:橘館実行委員会
(2011年/カラー/HD-CAM/30分)




『オールモスト・フェイマス-未配給映画探訪』連動企画
〈商店街とインディーズ映画の現在〉
新作『きたなくて、めんどうくさい、あなたに』、『墨田区京島3丁目』上映!

日時:2012年4月30日(祝・月)
会場:渋谷アップリンク・ファクトリー

(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F tel.03-6825-5502)[地図を表示]
料金:各部1,500円(入れ替え制)/通し券(一部、二部)2,300円
【第一部】14:45開場/15:00開演
『墨田区京島3丁目』
監督:吉田浩太
(橘館実行委員会 2010)
『きたなくて、めんどうくさい、あなたに』
監督:吉田浩太
(MOOSIC LAB 2012)
『しゃったぁず・4』
監督:畑中大輔
(大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ2009 正式出展作品)
★上映後、吉田浩太監督、畑中大輔監督によるトークあり
【第二部】18:15開場/18:30開演
『街のひかり 深谷シネマ物語』
監督:飯塚俊男
(映画美学校 ドキュメンタリー・コース高等科コラボレーション作品 2010)
『ネギマン』(第1話、第2話)
監督:赤井孝美
(米子映画事変実行委員会)
★上映後、飯塚俊男監督、赤井孝美監督によるトークあり
イベントの詳細・ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/factory/log/004419.php


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