厳選シアター情報誌「Choice!」との連動企画"Artist Choice!"。「Choice!」本誌にはインタビューの他にもさまざまな映画・演劇の情報が満載ですので、是非あわせてご覧ください。
下北沢本多劇場で『ウェルカム・ニッポン』を公演中の大人計画、俳優・平岩紙氏のインタビューをお届けします。
webDICEの連載・Artist Choice!のバックナンバーはこちらで読むことができます。
平熱と熱血をゆく人
この人の、少女時代を思う。うっすら、その姿が見えてくる気がする。たぶんクラスの中心人物ではない。かといって、すみっこでいじいじと、膝頭だけを見つめている感じでもない。どちらにも属さない、ゆるりとした佇まい。
「たしかに、友だちとべったり付き合う方ではなかったですね。一度だけ、学校に行ってみたら、私以外の女子全員が、同じ色のゴムで同じ髪型にしてきたことがあって。でも私がそれに気づいたときは、すでに授業中でした(笑)」
ああそうか今日は私が"対象"なんだ、と悟りながらも心はそんなに動じない。なぜなら彼女は当時から「学校だけが世界のすべてだとは思っていなかった」から。
「家族も大好きだったし、相棒みたいな友だちもいたし。好きなものだけを見て、見たくないことは見ないようにしていましたね。算数とか、平気で0点を取ったり。たまに『一回くらい、90点超えしてみよう!』って思い立って、一夜漬けで猛勉強して、実際に90点台を取ってしまうと、そこで満足してやめちゃうんです(笑)」
とにかく、愉快なことをしていたい。その一念が、10代だった彼女の進路を指し示す。
「吹奏楽部にいたので、まずは音大かな、と思ったんですけど、ピアノの試験があるから断念して。次は"カメラマンとか?"って勝手に思いついたんですけど、その専門学校ではデッサンの試験があったので、ちょっと無理だなと。それでなんとなく、俳優さんってどうだろう、と思ったんです」
そこで意外にも母親が背中を押す。プロを目指すなら、大阪の実家を出て、東京の演劇学校へ行くようにと。 「まさか一人暮らしをするつもりはなかったのでびっくりしました(笑)。だって、何が何でも舞台俳優になるぞ!!っていう感じではなかったんですよね。できるかどうかわからないけど、やってみるかなあ……みたいな。自信も何もないまま、勢いで、東京に来てしまって」
そして多くの舞台人を輩出する、舞台芸術学院へ入る。
「バレエとか日舞とか、いろんな授業があるんです。だけどやっぱりここでも、好きなものだけをやっていました(笑)。演技実習の時間だけは皆勤賞でしたね。既存の台本を、グループに分かれて、自分たちで考えて、発表して。それが本当に楽しかった。『あー私は本当に演技が好きなのかも』って思ったらもう、じっとしていられなくて。学校を出て、一度この道から離れたら、私はきっと我に返ってしまって、恥ずかしすぎて戻ってこられない気がする。だからこの波に乗ったまま、卒業したらすぐにでも、この仕事に就きたいと思ったんです。演劇の養成所とかも考えたけど、足踏みするのは嫌だと思って、速攻で実戦に出られる方法を探していたら、ものすごくいいタイミングで、友だちがチラシを持ってきてくれて」
劇団「大人計画」、オーディションの告知チラシだ。
「大人計画はそれまでに2回ぐらい、友だちに勧められて観に行ったことはあったんです。この人たち、すーごく面白いけど、すーごく怖い!って思いました(笑)。まさか自分が劇団員になろうとは、思ってなかったですけどね」
……さあ、ここからのオーディション話が、何というか、ちょっとすごい。
思った通りに、やってみる
「書類審査に残ったのが、男子10名、女子10名。実技審査の課題は『2分半の自己PR』だったんですけど、特にPRすることもないので、ホルンを持って行って。そしたらみんな『NYでストリートダンスをしていて』とか、何だか華麗な経歴をわーっとしゃべっていて。うーわ、私、間違えた!って思いました」
しかしもう引き返しようがない。順番が来て、前に出て話しだす。ヒライワといいます、専門学校を春に卒業します、それで、えーと……次が出てこない。静寂が全身に刺さる。彼女は耐えきれず、素直に白状することにする。今日は何か特技をするんだと思って、ホルンを持ってきてしまいました、と。
「『じゃあ吹いてみてよ』って松尾(スズキ)さんに言われて、あわてて楽器を組み立てました。カチャカチャカチャ……っていう音だけが響いて、もう一刻も早く帰りたい!と思いました」
そして彼女は装備を整える。大きなホルンを組み上げて、カバンから大きなサングラスと、遊園地で買ったヒョウ柄のかぶりものを取り出して、装着。
「視界が暗いと、気持ちが楽になれるじゃないですか。それと、ここらへんを防護して吹けば、なんか大丈夫じゃないかと思って」
側頭部とほほ骨のあたりを指しつつ、彼女は話を続ける。
「今思うと、狙ってるみたいでものすごく恥ずかしいんですけど。でもあの時は本気で怖かったし、それにこれで最後だし、準備してきたし、着けるだけ着けよう!って思ったんです。松尾さんに『え、それ着けなきゃ吹けないの?』って聞かれて、『あ、一応、はい』って答えて、『風の谷のナウシカ』を吹きました」
事前の音出しもできず、楽器も温まっていないため、わりとしっちゃかめっちゃかのナウシカを吹き終えると、彼女は「すみませんでした」と頭を下げたという。
「宮藤さんだけがワーーッと笑っていた、っていう光景しか、記憶にないです。受かるはずがない、早く帰ろう、ってホルンを片付けながら思いました」
しかし、これが受かってしまうんである。
「本当に私はラッキーだと思います。大変な思いも味わったことがないし、学校時代の友だちも、芝居を続けている人は決して多くはないし。なのにこうして居場所に恵まれて、この仕事だけで生活できるというのは、本当に幸せなことだなあと」
ふうわりと、そう言う。この人になら、そういう幸せもありうると思う。何らかの無理や苦労を元手に、自分の身を他者にすり合わせるのではなく、自分がただ素直でいることによって、出会えたものたちと共に幸せでいる。
「まずは、自分が思った通りにする。っていうのを自分の中で決めているんですけど。昔とある現場で、自分の中にすごく違和感があるのに、言われた通りにやってしまって、オンエアをみてひどくがっかりしてしまったことがあって」
幸せな人は、不幸せについても敏感だ。
「劇団外のお仕事だと"大人計画の人"っていうプレッシャーをわりと感じていたんですけど、でも、今は違いますね。たしかに大人計画の人間だけど、私は普通の人間だ!って思ってやるようにしています(笑)」
普通、という揺らがぬ軸。それを獲得して、彼女はさらに飛躍する。
後ろへ下がろうとする集団
ああ、ここは本当に私の居場所だ。そんなふうに思うことが、彼女には、ままあるという。たとえば、新作の初めての本読み稽古。読めない漢字があって、先輩に尋ねていると、向こうの方では別の先輩が、漢字を読み間違えて松尾に正されている。あるいは、駅から稽古場への道中。前を行く劇団員を見つけても、追いついて声をかけるということを誰もしない。同じ速さで、同じ間隔をおいて、稽古場へ向かう劇団員たちの列。
「つながっているんだかいないんだか、このドライな感じが心地いいんですよね。ふわあっと稽古場に入っていって、なんとなく様子をうかがって。自分は今回ここが頑張りどころなのだと思うところがあったら、そこを頑張りつつ、様子を見つつ」
様子を見る、というのがこの劇団のデフォルトらしい。
「全員が舞台上に出るシーンだと、みんな何となく、後ろに下がろうとするんです(笑)」
大人計画の凄みはここにある。我が我が、というわけでもないのに、あふれかえってしまう個性の泉。それを2時間強にわたって浴びせられても決して胸焼けしないのは、彼らの根底に何らかの慎ましさがあるからだ。
「松尾さんにすごく変な動きをつけられても、繰り返すうちに"あ、なんかしっくりくるな"っていう瞬間があるんですよね。最終的には、役者オリジナルの動きみたいに見えてくる。だから外の仕事に行くと、最初から面白い人だと思われてるみたいで"さあ、やっちゃってくださいよ、平岩さん!"って言われてしまうんですけど(笑)」
しかしその事態は同時に、彼女への期待も注目も上がっていることの証でもある。
「最初はほんの小さな役でもどきどきして、大きな声が出なかったんです。それがものすごいコンプレックスで、(劇団の先輩の)村杉蝉之介さんに相談したら"数を踏めば踏むほど、びっくりするくらい出るようになるよ"って言われて。今考えてみると、確かにそうなんですよ。昔は出なかった声が、今は普通に出るようになっている。少しずつでも成長しているんだ、っていう実感があって、今はそれが楽しいですね。自分の成長とか変化とか、そういうものを感じる余裕が、できてきたのかもしれないなーなんて」
そう言われて、思い出す光景がある。2006年、廃校になった校舎で行われた『大人計画フェスティバル』。文化祭のように、各メンバーがやりたいことを1から準備して披露する、そのイベントの中で彼女は「紙オケ」なる企画を立てた。方々から集めた有志による吹奏楽の合奏会。演奏も練習も、仕切りは全部、平岩紙。ステージに現れた彼女の、凛々しさというか何というか、"引き受けた覚悟"感がただごとではなかった。
「ああ、あれは経験として、すごく大きかったと思いますね。最初はほんとに自信がなくて。みんな、吹奏楽だけ聞かされたところで、どうなんだろう?って。でもとにかくやりたかったんですよ、合奏が。部活以来だったから。ずっと温めてた夢が叶う!っていう喜びで、人を集めて、8ヶ月ぐらい練習して」
自分たちが持っているものを、とにかく全部ぶつけよう。全員でそう誓い合って、全員がその持ち場に着く。
「演奏を終えたらものすごい拍手で、泣いてくださってる方も見えて。私も緊張の糸が切れて、やってよかった!って思って泣いちゃいました」
そんな経験を経て、彼女が得たのはたぶん余裕だ。頑張れば、あそこまで行ける。そんな実感ひとつで、世界は変わって見える。平岩紙はそうやって、一歩ずつ、歩を伸ばしてきたのだ。
ブレない定点を目指して
素直な人だと改めて思う。目の前で起きたことを受け取って、笑ったり悩んだり、くすんだり体当たりしたり、やがて大切な何かをその手につかんで、彼女のペースで、歩いて、来た道を帰っていく。
「いつも、ゼロに戻ってる気がするんです。初顔合わせのたびにむちゃくちゃ緊張するし、読み合わせも、その後の稽古も、いちいち緊張してしまう。なんでこんなにうまくならないんだろう、って毎回思います」
そんなふうだから、与えられたせりふの真意に本番中に気づいたなんていうことも、あったりしたり、しなかったり。
「でも芝居を観る側として考えると、お芝居の全てを理解しきれなくても、楽しめたりしますよね。謎が残されている方が、むしろ余韻として、あとで思い返せたりする。私が好きなのはそういう余地のあるお芝居なので、自分が出演するときも、どこか曖昧な部分を残した人物を演じるのが好きなんです」
だから、プライベートでもみっちりと役柄の人物造形について必要以上に考察をめぐらせたりはしない。自分が俳優であることも忘れて、散歩とか、買い物とか、ごく普通のことをするのが好きなのだという。
「あと、家でラジオを聞きながらごろごろするのも好きですね。平日昼間の、AMラジオ。何十年も続いている長寿番組とか、あのブレなさが好きです。自分さえブレなければ、一度離れた人も、いつか戻ってくる。そんな感じがして」
定点。平岩紙の魅力のひとつはそれだ。飛び抜けて華麗でも突飛でもないけれど、画面や舞台のどこかで彼女は確かに、素直な色を醸しつづける。それを人はよく「存在感」なんて呼ぶんだろう。
「人生におけるすべての経験に、全部意味がある仕事だと思うんです。うれしいことも、悲しいことも。だからこそ、この仕事に就いてよかったなあと今あらためて思います」
そう言って彼女はきらきらと笑った。
平岩紙's ルーツ
小学校の時から、ごっこ遊びが好きでした。
学校の帰りにヘリコプターが飛んでいたら、狙われた犯人の気持ちになって逃げまわったり。水筒のお茶で酔っぱらいのふりをしたり。完全に、ひとり遊びの世界でした(笑)。
平岩紙(ひらいわ・かみ)プロフィール
2000年大人計画入団。同年上演されたミュージカル『キレイ~神様と待ち合わせした女~』で俳優デビューを果たす。その後現在に至るまで、舞台、映画、ドラマ、ラジオ、声優まで幅広いジャンルで活躍。2006年には吹奏楽団「紙オケ」を結成し、特技のホルンを披露した。最近の主な作品に、舞台『母を逃がす』『奥様お尻をどうぞ』、ドラマ『蜜の味』(CX)『本日は大安なり』(NHK)、映画『ハッピーフライト』『ゲゲゲの女房』などがある。2012年3月には大人計画『ウェルカム・ニッポン』に出演する。
大人計画『ウェルカム・ニッポン』
作・演出:松尾スズキ
出演:阿部サダヲ、宮藤官九郎、池津祥子、伊勢志摩、顔田顔彦、宍戸美和公、宮崎吐夢、猫背椿、皆川猿時、村杉蝉之介、田村たがめ、荒川良々、近藤公園、 平岩紙、アナンダ・ジェイコブズ、松尾スズキ、青山祥子、井上尚、菅井菜穂、矢本悠馬
公式サイト
東京公演
会場:下北沢本多劇場
2012年 3月16日(金)~ 4月15日(日)
大阪公演
会場:シアター・ドラマシティ
2012年 4月18日(水)~ 4月22日(日)
厳選シアター情報誌
「Choice! vol.24」2012年03-04月号
厳選シアター情報誌「Choice!」は都内の劇場、映画館、カフェのほか、演劇公演で配られるチラシ束の"オビ"としても無料で配布されています。
毎号、演劇情報や映画情報を厳選して掲載。注目のアーティストをインタビューする連載"Artist Choice!"の他にも作品紹介コラム、劇場紹介など、盛りだくさんでお届けします。
公式サイト