今年デビュー40周年を迎えるあがた森魚が映画音楽主題歌のカヴァーアルバム『女と男のいる歩道』をムーンライダーズの白井良明をプロデュースに迎え5月9日にリリース、4月21日から記念コンサートを全国5ヵ所で行う。また、前月の一ヵ月の活動をまとめた月刊映画『Qpola Purple Haze』上映とライブで構成するイベント『QPOLA PICTURE LIVE SHOW 2012』を2月より渋谷アップリンク・ファクトリーでスタートさせている。影響を受けてきた60年代の映画音楽の主題歌を選曲し歌うというアルバム制作の経緯、そして2007年から継続されてきた『Qpola Purple Haze』のコンセプトについて聞いた。
映画音楽は僕の音楽の根底にある空間のひとつ
── 今回、映画の主題歌、しかも60年代の主題歌を自ら選定して歌うことになったきっかけから教えてください。
オリジナル・アルバムとは別に、あがたが昭和歌謡などを含めたスタンダード・ナンバーを歌うといいよね、といろんな人が言ってくれるので、久々にそういうのをやってみようかなと去年おととしくらいから考えていて。以前『イミテーション・ゴールド』(1996年)という歌謡曲を集めたアルバムがあったんですけれど、40年の節目でやったらどうかなと思ってたんです。
僕は、1965年にボブ・ディランを聴いて音楽をはじめようと思った。1965年がAD(紀元後)とBC(紀元前)の境目みたいな感じで。64年までは、自分の幸せな幼年期で、65年以降はディランに出会ったがゆえに、過酷な現実との出会いがあり、そこから旅立ちが始まって今日に至る、という感じだね。その分かれ道である60年代の映画音楽を歌うのは、いろいろな意味で面白いんじゃないかなと。
── 60年代当時の主題歌は、現在のヒット曲や映画のテーマ曲と比べて、どのような魅力があるでしょうか?
昔は映画主題歌というものは、ポップスのひとつの中核にありましたよね。それぐらい映画というメディアが、時代や社会への問いかけ、ファッションやスターたち、なんでもかんでも映画に一回凝縮されているところがあって。映画にもっと目が向いていた時代で、毎年10本でも20本でもみんなが共通して観る映画があったような気がするんですよね。分かち合う文化的財産というと大げさだけど、共通な大衆娯楽で、また、そういう任務というか自負が映画にあったから。音楽もやっぱり素晴らしくて、映画音楽というのは僕の音楽の根底にある空間のひとつなわけです。
── それをいま2012年に新しく解釈するにあたって、白井良明さんをプロデューサーに迎えたのは?
最近定期的にアルバムなどに関わってくれている白井良明さんにぜひやってもらおうと思い、ムーンライダーズの一時休止があって、その折に「来年作るから頼むね」という話をしていたんです。その段階で彼は「できればプロデュースも一緒に」と言ってくれた。その向こうから切り出してくれた主体性に乗っちゃったっていうか(笑)。僕にとっては、白井さんと全面的にやるのは初めてだからどうなるのかな、と。だけども、実際に制作がはじまって、予測を超えたオリジナルなアレンジも登場したし、これは歌えるのかなと思った曲もいっぱいありながら、そこが面白かったね。
── 白井さんのプロデュースワークにより、曲ごとの世界観が明確になったんですね。
特に1960年代はヨーロッパ映画が中心で、60年代後半のアメリカン・ニューシネマまで、というつもりではないんです。65年以降にアメリカにおけるベトナム戦争の行いによる混乱や、日本でも日米安保闘争などの、政治的な混沌とした時期がくるんだけれど、それ以前にあった映画音楽は、まだ無邪気でいられたというか、大衆娯楽の域にいられた。1960年より少し後に映画の動員もピークを迎えて、テレビのメディアが中心になってくるから。ちょうど僕が小学校卒業して、中学校になっていくのが60年代なんですけど、日本映画も松竹ヌーヴェルヴァーグと言われたりしながら、もう子ども世代が観る映画ではだんだんなくなってくる。東映のチャンバラ映画も大島渚が撮ったりするんだけれど、子どもが喜ぶような馬鹿らしさ勧善懲悪的なものはだんだん影を潜めてきてしまった。
当時映画は、暗闇のスクリーンのなかで観るアミューズメント・パークみたいなもので、それには音楽というものが果たしていた役割というものが大きいんだなと思って。そういうディティールまでもアルバムに盛り込めないかなと思いながら今回は作ったんです。
── 選曲からも当時のエンターテインメントの活気が感じられます。
いかんせん数も多いし、好きな映画も多いから、できれば学術的に体系立てて絞るようにやってみたかった。ただ、実際にCDを聴くお客さんは、能書きはさておき、とにかく「1960年代ってこういう映画音楽だったんだ」とか「いいもの聴かせてもらった」とストレートに受け取ってもらえればいちばんいい。だから今回は、ヨーロッパからラテンアメリカ、アメリカ、最後は日本、『007は二度死ぬ』『二十四時間の情事』と、ジャパネスクに帰ってくるみたいな。映画の小さな世界を巡るみたいな感じにしたんです。
── 作品が持つ華やかさがサウンドからも伝わってきます。いま60年代の映画音楽を歌い直すことの意味については、どのように考えていらっしゃいますか。
希望というか、欲求から歌っているわけだから、客観的に意味があるかないか、需要があるかないかでは歌ってないんだよね。だから、いま、そろそろこれを伝えたいな、という感じです。
『Qpola Purple Haze』は映像のツイートのようなもの
── それからアップリンクで先月から行われている『QPOLA PICTURE LIVE SHOW 2012』ですが、このような場を作ろうと思われたのは?
今回アップリンクでこれができるのは、非常にラッキーだなと思ってます。それは、浅井さんがウェブになる以前の骰子とかいろいろなメディアで、映画を雑誌メディア、あるいはウェブメディアを作って増幅させようとする関係性にとても興味を持っていたんです。
『Qpola Purple Haze』は僕が普段ハンディカムを持って、誰かに会ったらこんにちはと言いながら撮ったり、そういうことの集積なんですけれど、あったことを時間軸でそのまま繋げ、それ以上も以下も細工はしない。映画音楽はつけない。もっともコンサートの音とかスタジオで作業をやっている音は入ってくるので、あえて映画音楽はつけない。実験映画的な部分もあるかもしれないし、音楽映画的なものもあるかもしれないし、ドキュメンタリー映画的なこともあるかもしれないし、あまりそういうことは企まないで、ともかく映像のツイートみたいな感覚で繋いだ集積だと思っています。
『Qpola Purple Haze』より
僕はツイッターもフェイスブックもいちおう登録はしているんだけれど、ほとんどやってないですね。なんかこっちのほうが性に合う。瞬間をリアルタイムで発するツイッターとかフェイスブックのメディア的な意味というのは、それはそれでわかるのね。じゃあこうやって毎月ハンディカメラで、毎月60分ぐらいの作品にまとめてみんなに見てもらうというのは、あがたファンなら見れるだけでも楽しいかもしれないけれど、不特定多数の人にこれを見てもらうということはどういうことなのかと。
これも一概には言えないんですけれど、変な言い方したら、あなたという目的があって、携帯で写真を送るようなものかもしれない。あなたに見てほしいから、写真を送る。今日の夕日がきれいだったから写真を送る。僕がこうやってハンディカメラを持って、渋谷の街をうろついたり、アップリンクにきたり、いろんなところに行ったり、スタジオでその日やってる作業を撮ったりして、それをみんなに見てもらう。そこに来てくれるのがあなたなのかもしれないし、仮にこのアップリンク・ファクトリーに来てくれたあなたという人がいたら、なんの意味があって作ったんだと、クエスチョンマークしか残らないかもしれない。
インターネットは無料で、劇場に来るには電車代と入場料がかかるけれど、それをリスクとしても、あえて厚かましくもフィジカルに出会いたい、あなたに見ていただきたい。それ以上も以下もない。歌も一緒ですね。歌謡曲でもポップスでも、あなたというのが必ず出てきますよね。あなたって誰なんだという。あなたが君だったりYouだったり、いろいろだけれど、でもやっぱりだれか特定のあなたに向かって歌っている。
だから『Qpola Purple Haze』は、その横並列にあるもの。僕の屁理屈でいうと、思想というか、物事のやり方、考え方の根底にあるのは言葉かなと思うんです。言葉はやっぱり、ひとつは詞があっての歌。もうひとつはスクリプトがあっての映像なわけね。同じ時間軸の表現性ではあるんだけれど、映画を観終わった後の読後感と、音楽を聴き終わった後の読後感は役割が違う。
── そうした映像の記録を、ネット上でなくリアルのイベントで上映し、他のお客さんと一緒に観るというところに、このイベントの面白さがあるのだと思います。
映画は映画館で、とよく言うけど、僕らは映画を映画館で観て育った世代、お産婆さんに取り上げられて産まれ、映画館で映画を観る時代の生き残りだから。かつて子どもは病院でなく、お産婆さんにより畳の上で母と対面して育ったように、こうやってお金を払って観にいって、そこに100人なら100人の人がいたとしても、まったく何の交流もない人たちが偶然そこに集ってるだけで、観終わってなにかコミュニケーションするわけでもない。だけど、何か幻想を共有できるんだよね。ある場面で自分が笑ってないのに、他の人が笑ったりすると、何でここで笑うんだろうと思うかもしれないし、俺が笑いたいと思ったとき、他の人が笑うとやっぱり嬉しくなる。あるいは問いかけのあるシーンに出会うと、みんなもきっと同じことを感じ取ってるんじゃないかと思う。
何かを分かち合おうとするものを、確実に感じ取れる、あるいは感じ取れたという気になれるというところが、やっぱり映画館の素晴らしいところだと思うんだよね。だから、それは家でひとりでヘッドフォンで見てるのとでは既に別のもの。どんなメディアが発達しても、最後は必要とされるコミュニケーションじゃないかと思うので、アップリンクでこれが今後続けられるというのは、おおいに楽しみですね。
(インタビュー・文:駒井憲嗣)
あがた森魚月刊日記映画
『QPOLA PICTURE LIVE SHOW 2012』#2
2012年3月28日(水)
渋谷アップリンク・ファクトリー
19:00開場/19:30開演(ライブは20:30頃より)
出演:あがた森魚
あがた森魚デビュー40周年コンサート
『女と男のいる舗道』
出演:あがた森魚、駒沢裕城、坂田学、白井良明、鈴木茂、鈴木博文、武川雅寛、矢野誠
東京公演ゲスト:岡田徹、かしぶち哲郎、鈴木慶一 ほか
2012年4月21日(土)札幌・道新ホール
2012年4月25日(水)大阪・サンケイホールブリーゼ
2012年4月27日(金)福岡・福岡市立少年科学文化会館
2012年4月28日(土)名古屋・愛知芸術劇場小ホール
2012年5月12日(土)東京・日比谷公会堂
http://www.agatamorio.com/
■リリース情報
あがた森魚『女と男のいる舗道』
2012年5月9日リリース
収録予定曲:
007は二度死ぬ
死ぬほど愛して
女と男のいる舗道
日曜はダメよ
愛しのレティッシア
男と女のサンバ
リオの男
カーニバルの朝
海底二万哩パレード
Pusherman
星に願いを
二十四時間の情事
VSCD3389
vivid sound
2,940円
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