骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-03-17 14:00


ブラジルで「幸せ」とはサバイバル・ツールなんです

『私は幸せ』監督・梅若ソラヤさんが語る「ドキュメンタリーはコミュニケーションの窓口」
ブラジルで「幸せ」とはサバイバル・ツールなんです
『私は幸せ』の監督梅若ソラヤさん(2月の渋谷アップリンク・ファクトリーでの上映会にて)

リオデジャネイロのスラム街・ファベーラを舞台に、そこに生きる人々の幸せについての表現や考えを描いたドキュメンタリー『私は幸せ』。満席で好評を博した2月の上映に続き渋谷アップリンク・ファクトリーで3月18日、24日に再上映が決定した。監督の梅若ソラヤさんは、映画の上映に加えライブやカポエイラも加えたこのイベントを、ブラジルのカルチャーを様々な角度から知ってもらいたいと語る。今回は今作制作の経緯や、常に複数の文化的視点を持つようになったという自身のバックグラウンドを中心に話を聞いた。

ブラジルで目に見える格差だけではなく、家のなかにある格差を知った

── 『私は幸せ』は前回のアップリンクでの上映をはじめ、各国で上映されていますが、これまでどのようなリアクションがありましたか?

ポジティブな反応が多かったです。ブラジルで上映した際、映画の登場人物が会場に来て大きなスクリーンで観てくれたのが感動的で、その後に現地の人が寄付金を募り始めました。それで大学に行けなかったヒップホップ・ダンサーが奨学金を与えられることになって、彼はいま看護師になる勉強をしているんです。映画の上映後に、具体的な行動につなげることができたんです。

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『私は幸せ』より 写真:トーマス・レイジェス

── こんな人たちの映画と撮りたいと決めたうえで、ブラジルに行ったんですか?

大学でポルトガル語を勉強して、企画を書き、その企画が通って、奨学金を貰いブラジルに行きました。ですが、ブラジルに着いたときは、今回取材した人を誰も知らなかったんです。

── 実際に行ってみて、格差の状況を知ったのですね。

普通のストリートで実際に目に見えるような格差だけではなく、家のなかでの格差。メイドさんと雇い主の格差も、人に影響を及ぼすことなので。そういったメイドの文化で育つと、貧富の差の考え方もちょっと変わってくる。

通訳者がいなかったので、登場人物の信頼を得てから取材を行って、向こうがちゃんと何を言ってるか聞いてから質問を変えていく。直接お話できてよかったなと思っています。予想していない答えが返ってくるのがドキュメンタリーのすばらしいところで。だから編集のときに構成がきちんと見えてくる。

── もともと「誰かに幸せについて聞く」というテーマがあったわけではなかったと。

最初の作品は、エクアドルのストリート・チルドレンの作品で、ブラジルでも同じようなテーマを取材しようと思ったんですけれど、単身で撮影をしたので、ブラジルでは危険でした。単身でのストリート・チルドレンの取材は、危険な目に遭う可能性が高かったので、ストリート・チルドレンではなく、ファベーラのコミュニティに住んでいる人と、その周りに住んでいる人の緊張関係について興味を持ち始めて。隣接しているのにもかかわらず、別世界のように取り扱われているので、そういう格差のなかでどういう風になっているのだろうと、その現実を理解できるか。

ファベーラに住んでいる人々に対しての偏見が多く、ひとつの目的として、その偏見を変えたい、ファベーラに住んでいる全ての人が悪いわけではなく、むしろ正直な働き者が多いというのを伝えたかった。でも世間が注目しているのは麻薬密売と堕落した警察官のニュースばかりだから。ハリウッド映画にはハッピーエンディングが多く、ニュースは暗く、ドキュメンタリーはその間かな。

だから、幸せというテーマは編集しているときに気づきました。ブラジルの文化では、幸せであることへの表現が毎日のように耳にするのはおかしくない。無意識のうちに幸せについての話しをする人々が多いのかもしれない。日本と少し違って、「私は幸せなんだよ」という表現が普通にある。ただ、お金持ちのブラジル人からは「私は幸せ」という表現はあまり聞かなかった。本当に厳しい生活を送っている人がたくさんいて、彼らは自分を強くするために「私は貧乏なんだけど、でも幸せだよ」と自分の気持ちを高めているんじゃないか。だから私の解釈では、幸せとはサバイバル・ツールなんです。

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『私は幸せ』より 写真:トーマス・レイジェス

幸せは自分で作っていくもの

──日本人は、自分が幸せだと主張したり考えることが苦手な国民だと思いますか?

思わないです(笑)。ただ表現しないだけで、感じていてもあまり言わないのかなと思って。例えば、力士が相撲で勝っても「やった!」って言わないですよね。それに象徴されるように、本当に嬉しくても「俺は幸せなんだ」と言い難い文化なのかなと(笑)。日本は格差がひどくはないので、いい教育を受けられるし、お父さんの給料がどんなに低くても子どもたちの社会的な地位がそれで決まってしまうということはない。一方、ブラジルでは貧しい家庭に生まれると貧しさから抜け出すのはとても難しい。
『私は幸せ』を観て、登場人物は本当に幸せなんだ、と思う人もいるだろうし、悲しい映画だと思う人もいる。彼らが持ち合わせている幸せと悲しみの両方を正しく理解することによって、その二つの感情の区別ができる。コントラストが激しい映画でもある。そして幸せは、誰もが必ず見つけられるものなのではなく、自分で作っていくものでもあるかなと気づいた。

── ドキュメンタリーに取り組もうと思ったきっかけはあるんですか?

19歳のときに研修員としてアフガニスタンに行った経験がありますが、小さなビデオカメラを持ち常に撮影をしていました。研究を終えアフガニスタンから大学に戻り、編集の仕方を学んだら、もうそれではまってしまって。ふたつ映像があってもどのように並べるかによって全く意味が違ってくるのが面白くて。それに、一時停止とか巻き戻しなんて現実ではできないでしょ(笑)。撮影している間は気づかなかったんだけど、編集している時にはちゃんと見えたり。いろんな情報が常に脳に入ってくるから、何にフォーカスするかによって記憶まで変わってくるし。ある意味ドキュメンタリーを作ることによって、焼きついていた記憶も一緒に編集している気がしますね。

── 映像制作については、作りながら学んでいったんですか?

一学期だけクラスを受けていたんですけれど、いちばん勉強になるのは、いいドキュメンタリーを観ること。好きな監督は『バス174』(ジョゼ・パジーリャ監督)他、たくさんいますね。ニュースでは観られないストーリーがある。ニュースには今日何人死んで、どのように死んだかという情報はあっても、その背景や詳しい前後の状況などの情報はない。締切があって、決まった時間に放送しなければいけないから。そういう意味ではドキュメンタリー作家とは締切に対しての意識が違います。編集に10年間費やす人もいる位だし、その場ですぐ答えを求めず、時間をかけて人と色々な会話をしながら取材できる。

── 客観的に、梅若さんは映像作家に向いているタイプだと思いますか?

人の話を聞くのは好きですね。あとカメラを窓口として、いろんな人とお話しできるのが楽しい。ドキュメンタリーの舞台はブラジルであっても作品が完成して、日本の人々に観てもらう機会がもてるのは貴重な経験だなと思って。全く別世界で暮らしていても、映像を観る事で何かを共有してもらえたら嬉しい。

── 撮った人に対していい作品にしなければ、という義務は感じませんでしたか?

いい作品は作りたいですけれど、でもいろんな矛盾も存在していて、それもちゃんと見せたかったんです。料理が好きなクラウジアというメイドさんの雇い主・マリーナは、「クラウジアはほんとうに私たちの家族のようだ」、という話をしたんですけれど、別の家のマリアというメイドさんの雇い主であるアンジェラはちょっと違って、メイドさんが自分の家族のような存在であるというのは嘘なんだと正直に打ち明けたので、そこも掘り下げて取材したかった。アンジェラはメイドさんの文化を非常に批判しているのに、自分の家庭にはメイドさんがいて雇い続けている、という矛盾がある。
残念なことは、メイドさんの給料が非常に安く、子どもを幼稚園に入れるよりはメイドさんに世話をしてもらい、レストランに行くより安いから外食せずにメイドさんに家で作ってもらったものを食べる、という現状。経済的なアンバランスがあるんです。

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『私は幸せ』より 写真:トーマス・レイジェス

常にふたつ以上の文化的視点を聞きながら育った

── 梅若さんが大学で比較政治学を専攻したのは?

各国の違いとか、政府がどのように人々の生活に影響を及ぼすかといったことに興味がありました。卒論ではカンボジアとラオスの政治がどのようにストリート・チルドレンに影響を及ぼしているかを書きました。その時にカメラを持ちながら研究を行ったんです。

ドキュメンタリーは、理解を深めるための道具ですが、それだけではなく、ドキュメンタリーを通して基金を募れば、リオデジャネイロのスラム街の教育奨学金にしたりもできる。そうしたアクションに繋がりやすいんです。

── 文化の違いと、そこに生きる人間に焦点を当てたいと思ったのは、梅若さんの生い立ちや育った環境も影響していますか?

そうかもしれない。生まれたのは東京なんですけれど、母がレバノン人で父が日本人、常にふたつ以上の文化的視点を聞きながら育ったので、物事を判断する時、ひとつの意見だけでは材料がちょっと足りない感じがして。別の価値観とか文化、哲学も存在するから。例えば、母と父の愛情の見せ方も異なる。
私はイギリスに住んだ経験がありますが、日本に戻ってきたときには、日本語を全部忘れていて、いじめられて、辛い思いをしました。11歳で日本に帰国したときに、あまりにルールが多いことに困惑し、「なんでこんなにルールだらけなんですか」って聞いたこともありました。でも他の学生たちは、私がなんでそんな質問をするのか不思議だったみたい。校庭で日本の旗が上がるのを見て、それが軍隊のように見えて不思議だったから、「私は兵隊じゃない」と言ったら、他の生徒は「うるさい」って。でもそんな風に、違う教育の仕方を比べることができたのは良い経験だったと思います。

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『私は幸せ』より 写真:トーマス・レイジェス

── 映画を意識して撮りはじめてみて、変わってきた気持ちはありますか?

映画は物事を表現する、素敵な窓口だと思います。研究するときも、撮影するときも、編集するときも、他の人に観てもらうときも、いろんな窓口があるんですけれど、すべてのプロセスにそれぞれやり甲斐があって。いちばん難しいのは制作するために資金を集めるマーケティング。『私は幸せ』は大学から奨学金をもらい制作しましたが、ときどき企業に出向いたりもしました。大企業だとCSR(企業の社会的責任)というディビジョンがあって、そこへのアプローチに成功するとその企業のロゴをエンドクレジットに載せることによって資金を提供してもらえたり、そういうやり方もあります。

── では、映画製作でいちばんやりがいを感じるのはどの作業ですか?

やっぱり撮影かな。いろんな人とお話して、友情を築くこと。あと上映後のQ&Aも非常におもしろくて、自分の映画を観る角度が変わって、様々な視点から映画を見ることができるので、今後も可能な限りいろんな質問に答えていけたらいいなと思います。

── 将来梅若さんが自分の家族を撮ったり、自分自身を撮ったりすることはあるでしょうか。

自分の父を取材する可能性は高いですね。でもどのように、かは未定。あまりにも近いから、取材しにくいところがあって。個人的な部分ですからね。

神経学の本を読むのが好きで、神経学の視点から幸せについて研究したことがあったんです。生き残るためには前向きに将来を考えていなければいけない。成功した人は将来のこと楽観的に考える人が多い。楽観的に将来のことを考えるプロセスによって記憶が前向きに編集されていくようです。

── なるほど、梅若さんにとって映画を撮るということは、記憶を組み替えていくように、映像を自分なりにポジティブに作り替えていくということなんですね。

ファベーラについてはメディアでもネガティブなイメージで取り上げられる事が本当に多いので、ニュースで見られないようなところに、ポジティブに、そしてそこで暮らす素敵な人々に焦点を当てたかった。たまたま「幸せ」という表現が多かったのでこのようなドキュメンタリーになったけれど、本当はそこに悲しみや辛さもたっぷり入っているのだと思っています。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



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写真:幸村千佳良

梅若ソラヤ プロフィール

東京生まれ。600年の伝統を受け継いだ能楽の家元・梅若家に生まれる。14代目の能楽師として、3歳の時より舞台に立った。プリンストン大学で比較政治学を専攻し、ドキュメンタリー制作を専門として映画制作を研究。プリンストン大学よりラボイース特別奨学金を授与され、ブラジルに赴き、リオ・デ・ジャネイロのスラムで「文化の創造と幸せの概念」に関するドキュメンタリーを制作。映画『街頭からの証言』と『私は幸せ』は、マイアミ国際映画祭、リオ国際映画祭、HBOニューヨーク・ラテン映画祭、ナショナル・ジオグラフィック映画祭などに出品。ドキュメンタリー映画制作に加え、NGO、文化協会、政府機関、映画制作会社などで働いた経験がある。2010年にイタリア「マヨラナ研究所国際会議」において、「精神・脳・教育賞」を受賞。2012年にレバノンで製作したドキュメンタリー映画『Tomorrow We Will See』がBader Young Entrepreneur's Prizeの陪審賞を受賞。

http://streetwitnessproductions.com/




『私は幸せ』(I am happy)追加上映

2012年3月18日(日)、24日(土)16:00/19:00
(両日2回上映、入換え制、トーク&ライブあり)
会場:渋谷アップリンク・ファクトリー

※3月18日(日)は規定の人数に達しました為予約を締め切らせていただきました。
料金:前売1,500円/当日2,000円

上映作品:『私は幸せ』
リオデジャネイロのスラムで、グラフィティライターは、犯罪ではなく芸術で生計を立て、サンバのダンサーは、より良い生活をしようと何時間もリハーサルをし、メイドは、市の南側の裕福な家庭で、一週間を通してせっせと働く。そして憲兵は最小限の予算でスラムの犯罪と戦う。社会的、経済的問題に直面しなければならないにも関わらず、これらの人々はそれぞれ、自分自身の幸せを創り出そうと必死に頑張る。それは彼らの精神的な幸福と密接に絡み合った、生き残るための手段なのです。
71分/ポルトガル語(日本語、英語字幕)/2010年

【上映後のプログラム】
18日各回
トーク、質疑応答:梅若ソラヤ監督
サンバ音楽のライブ:シルビオ サ/ライン ロンドン
24日各回
カポエイラのパフォーマンス:batuque capoeira
トーク、質疑応答:梅若ソラヤ監督

※18日よりDVDがリリースされます!このDVDはエクアドルの短編映画『ストリート・ウィットネス』(34分)とブラジルの『私は幸せ』(71分)の二つのドキュメンタリーが含まれます。

ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/factory/log/004328.php




▼『私は幸せ』予告編



レビュー(1)


  • 青木ポンチさんのレビュー   2012-06-12 09:43

    「幸せ」という言葉に込められたもの

    ブラジル・リオのスラム街に生きる“貧困層”の日常を綴ったドキュメンタリー『私は幸せ』。日本人とレバノン人のハーフという新鋭・梅若ソラヤ監督の作品だ。 同じ街の「海側」(=中産~富裕層)と「山側」(=貧困層)で、住む階層が分かれているという実態に...  続きを読む

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