長崎の軍艦島で新作の撮影を行った『プリピャチ』ニコラウス・ゲイハルター監督 撮影:四方幸子
現在渋谷アップリンクで公開中、チェルノブイリ原発から12年後の立入制限区域に生きる人々を描いたドキュメンタリー『プリピャチ』のトークショーに、キュレーターの四方幸子氏が登壇。渋谷哲也氏(ドイツ映画研究)とともに、今作の日本公開に尽力した四方氏が、ニコラウス・ゲイハルター監督のこれまでの作品について、そして昨年監督が来日した際、新作のために行った長崎の軍艦島での撮影のエピソードを披露した。
渋谷アップリンク・ファクトリー『プリピャチ』のアフタートークに登壇した四方幸子氏
特定の空間や時間がタイトルにつけられたゲイハルター監督作品
『The Year After Dayton』(Das Yar Nach Dayton)[1997年]
『The Year After Dayton』(Das Yar Nach Dayton)より
『プリピャチ』の前の彼の初期の作品で、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の終結が公式に宣言された1995年の「デイトン合意」の翌年に撮られました。デイトン合意の後にどういったことが起きているか、収束していないんじゃないか、現地の人はどう考えどう生きているのかを、『プリピャチ』のように人々に会って取材して作られた映画です。手法的には『プリピャチ』にかなり近いです。ちょうど翌年の春・夏・秋・冬と4回に分けて撮影され、人々の声で織りなされています。
『プリピャチ』[1999年]
『プリピャチ』より
映画『プリピャチ』より
『Elsewhere』[2000年]
『Elsewhere』より
この『Elsewhere』(どこかで)が撮影された2000年は、ちょうどミレニアムで、これから21世紀だと全世界が期待に胸をときめかせていた時期ですが、そんななか、アラスカやパプア・ニューギニア、アフリカやインドなど、昔ながらの生活がある、ほとんど現代文明が届いていない場所、もしくは届きはじめた世界の辺境の地に毎月行って撮影されました。各地を20分にまとめて240分の映画になっている、構造的にクリアな作品です。特定の場所や特定の時間を決めてシステマティックに撮って映画にしています。ゲイハルター監督は、自分なりのしっかりとした構成を持って映画を作っている人だと思っています。
『いのちの食べかた』[2005年]
食の生産現場とそこで働く人々を描き、日本でも話題を集めた『いのちの食べかた』より
『7915 KM』[2008年]
2007年ダカール・ラリーの道程を描き、日本でもイメージフォーラム・フェスティバル2009で『7915キロ ダカール・ラリーの轍の上で』として上映された『7915 KM』より
『眠れぬ夜の仕事図鑑』(原題:Abendland)[2011年]
『眠れぬ夜の仕事図鑑』(原題:Abendland)より
ゲイハルター監督の最新の映画です。Abendとは〈夕暮れの〉〈夜の〉という意味で、「Abendland」には〈大文明が黄昏る地〉という意味もあると思います。ヨーロッパ各地で夜の時間帯だけを撮影した映画なんです。ミュンヘンのオクトーバーフェストという有名なビールのお祭り騒ぎや、夜になっても継続されているEUの会議、全世界のカトリック司祭がバチカンに集まりローマ法王に本音を語る場面とか、火葬場とか、クラブとか、いろんな場所を取材して構成しています。日本で今年の夏『眠れぬ夜の仕事図鑑』というタイトルで公開されます。『いのちの食べかた』の『Our Daily Bread』という英語のタイトルは、キリスト教の「日々の糧」からとられていますが、日本では既に出ていた本(著:森達也『いのちの食べかた』)からつけられました。絶妙なネーミングですけれど、監督によるシンプルなタイトルとちょっと違うなと思うので、原題もぜひ覚えておいてほしいと思います。というのは、彼のほとんどの作品には、特定の空間か時間がタイトルとしてつけられているんです。彼は、一般の人があまり見向きもしない場所や時に関してすごく興味があって、それを追求している。タイトルからもそれが明確に見えるのではないでしょうか。
長崎・軍艦島で撮影された新作『Some Day』
ゲイハルター監督が昨年来日するにあたって、軍艦島に行けないかと打診されました。彼がやっていることは、例えば今すぐ福島に行って何かをするというよりも、時間が経ってしまって、メディアも振り向かなくなりほとんど忘れ去られようとしている状況や場所に対して、そこで何が起きているかを当事者の話をしっかり聞いて集めること。その意味で、彼にとって、自分のなかで構想しているものを進めるためにかつて炭坑として栄え、現在は廃墟となった軍艦島に行きたかったのだと思います。
撮影:四方幸子
軍艦島はいま長崎市に属しているんです。長崎の中心部からバスで50分くらい、近くの野々串港から船で10分くらいです。周囲を歩くと20分くらいでまわれる、電気も水道もガスもない島ですが、1960年には5,200人以上が住んでいて、日本一の人口密度があったそうです。
現在ごく一部が観光ルートとして整備されていますが、一面瓦礫でほとんどの場所は立入禁止になっているんです。世界遺産の暫定リストに入っていて(九州・山口の近代化産業遺産群)、市もその関係で忙しくて、アートとか文化といってもなかなか難しい。結果的に2ヵ月半以上の交渉の末、撮影許可をいただくことができました。
撮影:四方幸子
私が通訳とコーディネーターを兼ねて、今回は本人が自らカメラを持って、いろんな場所で三脚を立てて2日間撮影しましたが、言葉にしきれない、得がたい体験をしました。 軍艦島は次作の主な撮影地のひとつなんですけれど、仮タイトルが『Some Day』なんです。今回は人を入れない撮影で、人間がいなくなった後に文明の跡に自然がどのように入り込んでいくのかを考えているとのことです。『プリピャチ』では、最後のほうで原発の研究所で働く女性が、事故前に住んでいた自宅の方へいきますよね。あのときに「りんごの木が生えている、自然の力だわ」と言ったのが印象的で、ついそれを思い出します。自然の力がだんだん戻ってきて、文明の跡を支配してしまう。そういった状況を構想しているのかなと。
撮影:四方幸子
最新の電化製品を揃えていたし、日本ではじめてのコンクリート建築もこの島でできたということで、人々はいわゆる文化的な生活を送っていたそうです。でも1974年に閉山になり、誰もいなくなってしまった。19世紀以降、機械化・近代化され現在廃墟となった場所は世界各地にあります。
軍艦島もその一つですが、元の面積を3倍に拡張して、人間が資源を取るために大規模な施設を作って、へばりつくようにこの島に住んで、なくなったら廃棄されてしまった。
撮影:四方幸子
こういった文明のあり方とか思考法がここ150年から200年くらいあったと思うんですけれど、今はそういった時代じゃない。それは311以降の状況でも、すごく感じられたんです。なので、こういったものを作ってしまったこと自体も考えなきゃいけないと思います。
撮影:四方幸子
ゲイハルター監督の作品は、公共的な俯瞰と、人々の語りにみられるように、生きている一人一人の実感がうまく対比されています。彼が一貫して取り組んでいるのは、忘れられがちな人々の声や場所に向き合い可視化しようとしていること。眼差しとしては、人間とは何かということを問いかけているのかなという気がしていて。『プリピャチ』におけるチェルノブイリ原発のことも、それ以外の作品も、人間と技術の問題を描いていますよね。 人間というのは自然の一部なのに、自然を切り離し対象化して操作できる存在でもあると思うんですが、人間は自分たちのために大規模な技術やシステムを開発して、『いのちの食べかた』であれば食料を大量生産するとか、『プリピャチ』の原子力発電所もそうですが、自然を支配する方向に向かってきた。そういったものが人を幸せにしたのか、と。これからは新しい技術を使って、大規模なエネルギーや製品の生産や使用から、地産池消のようなかたちの分散的なエネルギーや製品の生産や流通の可能性を考えていく時代だと感じています。そしてそれぞれの人が、自分で考えたことを実行したり人と話していく時代だと思います。一部の人に語らせるのではなくて、いろんな人が語りはじめるような社会、そのような社会に向けて私も動いていきたい、と思います。
(2012年3月4日、渋谷アップリンク・ファクトリーにて)
映画『プリピャチ』
渋谷アップリンク、新宿武蔵野館他公開中、全国順次公開
監督・撮影:ニコラウス・ゲイハルター
1999年/オーストリア/100分/HDCAM/モノクロ
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/pripyat/
トークイベント開催
3月16日(金)19:30より トーク付き上映会 ゲスト:池田香代子氏(ドイツ文学翻訳家)
http://www.uplink.co.jp/factory/log/004336.php
以上、渋谷アップリンクにて開催
チェルノブイリから来日するサーシャ・スィロタさんの無料トークイベント開催
3月11日(日)16:20~
会場:UPLINK ROOM(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル2階)
ゲスト:サーシャ・スィロタさん(プリピャチコム副代表・チェルノブイリ被曝者互助団体「ゼムリャキ」広報担当)
料金:無料
http://www.uplink.co.jp/news/log/004348.php
▼『プリピャチ』予告編