骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-03-02 17:44


「学校にこそ言論の自由がなければいけない」

土肥信雄氏ほか教育現場での強制と闘う教師たちを描く『“私”を生きる』アップリンクで上映中
「学校にこそ言論の自由がなければいけない」
映画『“私”を生きる』より、土肥信雄氏

卒業式や入学式で国歌である君が代の斉唱・起立を職務命令での強制など、教育委員会により統制されてきていると言われている東京都の教育現場で、それに抗い、自分らしい生き方を主張する3人の教師を捉えたドキュメンタリー映画『“私”を生きる』が現在渋谷アップリンクで上映されている。出演者や土井敏邦監督によるトークショーも行われており、2月26日には、出演する土肥信雄氏が登壇した。

おりしもアップリンクでの公開前となる1月30日、土肥氏が東京都教育委員会に提訴していた裁判に全面敗訴が下された。土肥氏は、職員会議では職員の意向を確認するための挙手・採決を行うことを禁止することの撤回や、非常勤教員採用試験で意図的に不合格にされたことを抗議していた。

トークのなかで土肥氏は、裁判の結果に対し即日控訴したことを報告し、三鷹高校校長時代に受け取った全校生徒が書いた寄せ書きを手に「教育は生徒が主体。教育の主体者である生徒から評価されて、なぜ私が不合格なのか」と強調。職員の挙手・採決の禁止についても「最終責任者は校長だというのは決まっていますが、職員全体の意向を聞くというのはいいと思います。にもかかわらず、意向を聞くのがだめだということを言ったので、僕は異論を唱えた」と語った。
そして「学校にこそ言論の自由がなければいけない」「僕は裁判になってよかったと思っています。なぜならば、私の主張も、都教委の主張も公の場で話されるからです」と、東京都の教育委員会の実態を知ってもらう公開討論という意味合いで今回の裁判を争っていることを明らかにした。

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映画『“私”を生きる』トークショーに出演した土肥信雄氏。

トークの最後に土肥氏は「いま東京都教育委員会という巨大な権力と闘っていますけれど、ぜんぜん苦しいことはありません。ひとつは、この映画にあるように、東大闘争(大学紛争)のときに保身のために大学を辞められなかったことに負い目を感じていたこと。もうひとつは、教え子が支援してくれること。だから、負い目も今はなくなりました。正直言って。いま、やっぱり生徒のためにがんばりたいと思いました」と締めくくった。

人それぞれの生き方をきちっと写している映画

イベント後インタビューで、本作公開後の観客からの反応について土肥氏は、評価も批判も両方あったと語った。
「特に若い人がどう思ったか、すごく興味がありました。僕は日の丸・君が代の強制に抵抗するたちから見れば加害者なんですよ。僕は起立しなかった人を報告して処分者も出している。でも、生き方という部分でこの映画が作られた意味がある。今日のイベントでも『平等なんて教えてどうなるんだ、実際社会は不平等じゃないか』という僕に対する批判もあったんだけれど、そういうことはすごく良かった。人それぞれ許せないレベルというのがあって、人それぞれの生き方をきちっと写している映画だと思います」。

「やっぱり人間が好きなんです。だから先生になったんですけれど、ドキュメンタリーもそうですが、人間の生き様や思想性を問う映画が好きです。最近では『レオニー』が良かった」という土肥氏、土井監督からの「なぜ平和主義にこだわるんですか」という質問にしてさらりと「妻を愛したから」と語るシーンなどに、先生のパーソナリティが浮き彫りとなっている。

「あれね、正直に言うと土井監督に何回も聞かれたんですよ。いちばん大きいのは、女房にすごく迷惑をかけているわけです。もちろん好きだから結婚したんだけれど、世話になることやふたりで生活していくなかで、こいつだけは失いたくなという思いがある。40年間一緒でそういう思いできて、いますごく幸せだから、失いたくないというのがいちばん。こういう活動をしていて、また先生としては生徒がいる。愛する度合いは違うけれど、こいつには幸せになってもらいたいと思う。それはほんとうに愛さなければわからない。あなたのことを愛しているなら死んでほしくない。その人に好かれることをしたい。嫌われることをしたくない。子どもに対しても、嫌われることはやりたくない。それで平和主義の話のときに妻のことがでたんです。ちょっと照れちゃったけどね(笑)、でも実感だから」。

最後に、トークでも話題となった東大時代の負い目については次のように述べた。
「東大って権力のトップで、平等性を言いながらトップにいたら周りの人から信頼されると思う?どうせ学生運動やっても一流企業に行くんだろうという思いのなかで、東大を辞めて(東大卒というレッテルを外して)成田闘争等に行く人に対する負い目ってすごくあったの。それは正しいと思っていたから。生徒に対して、自分の言いたいことを教えてきた。主体性や自主性ってそういうことで、自分の考え方を持つこと。そうやって教えてきたのに、自分がおかしいなと思っても権力にへつらっていたら、生徒に対する負い目を持つことになったと思う。だからそれは嫌だった」。

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映画『“私”を生きる』より、根津公子氏
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映画『“私”を生きる』より、佐藤美和子氏

『“私”を生きる』に登場する3人の先生のそれぞれ、目の前にいる人のことを考え葛藤している。その葛藤が包み隠さず描かれていることが、重いテーマを取り扱っているにも関わらず爽やかな鑑賞後感を与えてくれる。
「佐藤(美和子)さんも根津(公子)さん(ともに今作出演者)も、どの先生の後ろにも生徒がいる、生徒のために一生懸命いるのはなぜか、素の人間がどんな人間であるか、そこからなぜ闘いをしているのか。そこを見てほしい」。

渋谷アップリンク・ファクトリーではこの後、出演者の佐藤美和子氏、根津公子氏のトークショーが決定している。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



土肥信雄 プロフィール

1948年京都府生まれ。元都立三鷹高校校長。現在、法政大学、立正大学非常勤講師。 72年東京大学農学部卒業。商社勤務を経て、通信教育で教員免許取得後、小学校、高校教諭。2002年都立神津高校校長、05年より都立三鷹高校校長。09年定年退職。校長現職中に「職員会議において職員の意向を確認する挙手・採決の禁止」(通知)の撤回を東京都教育委員会に要求。09年度非常勤教員不合格(97%合格)。その後、「学校の言論の自由」と「非常勤教員不合格」について東京都に損害賠償を求め訴訟を起こすが、2012年1月30日の東京地裁判決では全面敗訴。現在、東京高裁に控訴中。著作に「それは、密告からはじまったー校長vs東京都教育委員会―」(七つ森書館、2011年)など。




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映画『“私”を生きる』
渋谷アップリンクにて上映中

監督・撮影・編集:土井敏邦
製作:『“私”を生きる』制作実行委員会
日本/2010年/日本語/カラー/デジタル/138分
http://www.doi-toshikuni.net/j/ikiru/

トークショー開催

3月3日(土)佐藤美和子さん(出演者)
3月4日(日)根津公子さん(出演者)
※すべて上映終了後。出演者のトークには土井監督が対談者として同席予定です。

『"私"を生きる』&『田中さんはラジオ体操をしない』2本連続上映
3月10日(土)14:50開場/15:00上映(『"私"を生きる』)、
17:50開場/18:00上映(『田中さんはラジオ体操をしない』)
※上映後、田中さんによるトーク&ミニライブ
http://www.uplink.co.jp/factory/log/004359.php

▼『“私”を生きる』予告編



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