骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-02-15 22:40


タイムマシーンでフクシマの未来を見てきたかのような気がする

チェルノブイリ原発周辺の立入制限区域にある日常を捉えた映画『プリピャチ』へのコメント
タイムマシーンでフクシマの未来を見てきたかのような気がする
映画『プリピャチ』より

3月3日(土)から渋谷アップリンクで公開となる映画『プリピャチ』は、1986年のチェルノブイリ原発事故から12年後、多くの人が避難するなか周辺地域30キロ圏の立入制限区域に留まり生活する人々を捉えたドキュメンタリーである。『いのちの食べかた』(2005年)で知られ、今年新作『眠れぬ夜の仕事図鑑』公開を控えているニコラウス・ゲイハルター監督が、音楽やナレーションに頼らず描き出す風景を、福島在住の人々やジャーナリスト、評論家はどのように見たのだろうか。

『プリピャチ』を観ると、タイムマシーンで「フクシマ」の未来を見て来たかのような気がする。
「ゾーン」の中で生活する老人がいることは、人間の生命力の強さを感じる、「帰りたい」と思う人に「希望」と「勇気」を与える。
収束作業にかり出された若者たちは、放射能に関しての知識もなく無用な被曝をさせられ死んでいったと、悔やむ女性技術者とは対照的に、「今後、事故は起こさない」と断言している責任者。 広大な大地を汚染し、多くの人々の人生を狂わせてしまった原発を、チェルノブイリでさえ止めずに稼動し続ける現実に、原発の魔力にとりつかれた人間の「欲望」を見ることが出来る。 未だに馬車を走らせ、バケツで水を汲むプリピャチは、日本の昭和30年代を見ているような懐かしい風景。モノクロの映像がなお郷愁を誘う。その中に、映像には決して映らない「放射能」が存在する。それと、どう向き合うのか、「フクシマ」に課せられた大きな課題でもある。

──佐藤幸子(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人/NPO法人青いそら設立理事長)

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映画『プリピャチ』より

チェルノブイリ原発事故の処理関連の仕事でこの立ち入り制限地区に入った人は、そこを平気で「ゾーン」と言う。
けれど、住み慣れたふるさとが外部からある日突然「ゾーン」などと命名されて、穏やかでいられる人はいない。原発建設とともにニュータウンに移り住み、今は外から発電所に通うかつての住民は、ずたずたの心をその饒舌にあらわにする。原発以前からの旧住民、それは仲のいい老夫婦なのだが、この二人は過酷な現実を威厳とユーモアではね返す。きのこや魚をとって食べるのは、貧しいからでも無知だからでもない。それが、祖先の知恵と努力が染みついたふるさとでの、誇り高い生き方だからだ。
モノクロの、人物を真正面から捉えたロングショットという話法は、ラストの老人の述懐に至って、叙事詩の作法だったと思い知る。寡黙きわまる映像にもかかわらず、それを追う者の内部にはおびただしい思念が渦を巻き、気がつくと深く心を耕されている。

──池田香代子(ドイツ文学翻訳家・口承文芸研究家)

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映画『プリピャチ』より

映画撮影のために監督たちは3ヵ月間《ゾーン》に滞在した。低線量の場所を選び、食物も外部から取り寄せたという。にもかかわらずオーストリアの放射線作業従事者の年間許容量を超える被曝をした。恐るべき危険な撮影だとこちらが息をのむ間もなく、監督は「その土地には線量計も持たず、外部から食料を取り寄せることもできず生活している人たちがいる」と指摘した。映画『プリピャチ』を見るという体験は、日常や社会通念が完全に食い違ってしまった2つの世界を往来することに等しい。郷土愛を語る言葉はまるで遺言のように響く。一方で「この土地には150年経っても人は住めない」という専門家の声は、10万年後というSF的な次元の話ではなく、今まさに人間の生活圏が壊れつつあるという現実を直視させる。『プリピャチ』のモノクロ映像は、《ゾーン》という領域がまさに不可逆的に生まれてしまった不条理を象徴しているのかもしれない。

──渋谷哲也(映画研究、ドイツ映画、比較文化)

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映画『プリピャチ』より

プリピャチはチェルノブイリ原発そばの村の名前である。原発から4キロという近さだ。原子炉から吐き出された冷却水を運ぶ川の名前でもある。
チェルノブイリ原発事故後、30キロ圏内は立ち入り禁止区域となり、プリピャチ住民5万人が避難した。避難後に戻ってくるなどして、事故から12年後の映画撮影時(1998年)には700人が立ち入り禁止区域で生活していた。
元原発作業員の老夫婦が冒頭と最後の場面に登場する。二人はプリピャチ川に釣りに出かける。「昔は川の水を汲んで茶を沸かした。川は浅かったけど水は澄んでいた。この河畔で生まれたんだから、ここで死にたい」。淡々と話す老人の口調が観る者の胸をえぐる。
「ここで死にたい」と願い、線量の高いことを知りながら福島に住み続ける老人は数えきれない。『プリピャチ』でチェルノブイリ原発事故から12年後に起こったことは、すでに福島で起きている悲劇である。

──田中龍作(ジャーナリスト)


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映画『プリピャチ』
2012年3月3日(土)、渋谷アップリンク他、全国順次公開

監督・撮影:ニコラウス・ゲイハルター
1999年/オーストリア/100分/HDCAM/モノクロ

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/pripyat/




▼『プリピャチ』予告編



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