星崎久美子『さめざめ』より
知っていましたか?女性監督による短編映画祭「桃まつり」は、毎年選ばれた監督が、それぞれテーマに沿った作品を自主制作する、撮りおろしだったことを。今回のテーマは“すき”で、選出された参加監督9名が、それぞれ約半年かけて30分ほどの作品を制作した。そのテーマの切り口や手法は多種多様で、新作撮りおろしとは思えない完成度の高さに驚く。作品を撮るにあたって、特に女性というアイディンティティを意識した監督は少ないようだが、今年の9作品からは、男性監督作品ではまず見られないストレートな“女性の本音”があり、その複雑で奥深い女性像が浮かび上がってくる作品ばかりだ。監督の年齢は20代から40代、映画業界者や会社員、学生、主婦とさまざまで、今年は初の外国人監督が参戦しているのも見どころ。公開まで1ヵ月を控えた2月上旬、上映会場であるユーロスペースにおじゃまして、座談会形式で話を聞いた。バレンタインの今日、新進女性監督のさまざまな“すき”を感じてください。
「震災後も故郷を離れられないという郷土愛がテーマ」(竹本)
──今年のテーマは“すき”ですが、恋愛からヤクザ映画までと、その多彩さに驚きました。皆さん、それぞれどういうアプローチを試みようと思ったのか教えてください。
小森はるか:昨年は震災があって、自分もその渦中に居る中で、映画や音楽とか、それまで好きだったことが、全部一回どうでもよくなってしまった。でも生活を立て直していく上で、自分の好きなものを再認識して取り戻ししていく作業が大切で、その過程の中で、何か大きなものを知るという経験をしました。それを描きたかったです。
小森はるか『the place named』より
竹本直美:私は郷土愛。地域で生きるということですね。震災後、被災地の人から、帰りたいけど帰れないということをよく聞いたんですね。母親と祖母は東北出身で、東京で暮らさないかと言ったのですけど、「私たちはここで生まれて育ってきたから、ここを離れられない」と。それを郷土愛と呼ぶのかどうかわからないですけど、それをテーマに作品を描けないかなと思いました。
竹本直美『帰り道』より
熊谷まどか:ステファニー監督の作品(『春まで十日間』)もそうですよね。そのあたりを、すごく誠実に切実に切り取って描いていると思う。外国人の人が見ると、こうなんだなって思った。
私ははじめに“すき”というお題を聞いた時、「“隙”とか“スキー”とかじゃだめですか?」と聞いたのですけど、主催者からダメだと言われたので(笑)まじめに“すき”という感情を描いてみようと思った。相手があって描くことは簡単だけど、あえて一人の胸の内の“すき”を描こうと。そこで思い出したのは、以前、飼っていた犬が死んでしまった後、ある日映画館に入ったら、その犬と同じ匂いが漂ってきて、すごく懐かしくて愛おしい気持ちや記憶がこみ上げてきたこと。隣の席でおじさんが靴を脱いでいたからだったのですけど。でも、それを映画でやってみたくて、そこからがっつりドラマを作ろうと思いました。
熊谷まどか『最後のタンゴ』より
星崎久美子:私は言葉でコミュニケーションをとるのが下手だから、これまで、そういう主人公が出てくる作品ばかりで。一度ピンク映画の脚本を描いているときも、タイ語でわからないように言いたくても言えないエロい台詞を言うシーンを作ったくらい。今回は、素直な主人公を描きたかったんですけど。(一同笑)でも終わってしまう関係ではなく、続いていく関係を描きたいと思いました。
上原三由樹:私は、“すき”という気持ちは純粋でも、その人の年齢や立場と対象物によって、それが“気持ち悪いもの”になってしまうことがあることを撮ろうと思った。主人公の中では純粋な気持ちのまま成立していると思うのですけど、周りはそうは思わない、そういう複雑な状況を描けたらいいなと思いました。
上原三由樹『口腔盗聴器』より
名倉愛:私も始めは恋愛モノを考えたのですけど、途中で違うと思ってやめて、自分自身は何が好きなのかを考え直しました。男同士の熱い友情が好きだから、それでいこうと。初監督作品でちょっと無謀かなぁと思いました。でも、血しぶきのカットも、『椿三十郎』では血しぶきを3メートル飛ばしたと聞いたので、1.5メートルはやろうと思って(笑)。
名倉愛『SAI-KAI』より
「映画の存在意義は、現実を忘れさせる力」(熊谷)
竹本:みんな作品に自分が出ちゃってますよね。熊谷さんの『最後のタンゴ』は、主人公が熊谷さんにしか見えないし、名倉さんの『SAI-KAI』の主人公は男性だけど、名倉さんにしか見えない(笑)。
熊谷:星崎さんも『さめざめ』の主人公みたいな台詞、言ってるんだろうなって思った(笑)。
天野千尋『フィガロの告白』より
上原:私は(自分が投影されているのは)お母さん役ですね(『口腔盗聴器』)。昔の姥捨て山じゃないけど、女性って子どもを産む役割が終わったら不要なものという部分があるじゃないですか。今の時代は、私も含めて30代で子どもを産んでいない女性は多くなったけれど、やっぱりどこかでそういうものを感じる。子どもがいても、自分の娘は若くてどんどんきれいになっていく。女としてのその後や、つらさとか孤独感みたいなものを描きたかったんです。
熊谷:そういう価値観って実は住み分けがあって、私の周りは“類が友を呼ぶ”で、同じような価値観の人ばかり集まっているから何の不安もなかった。でも、インターネット掲示板を見ていて驚いたのは、「35歳の女子なんて何の値打ちもない」と言う価値観や、若さや年齢が“スペック”と呼ばれていることにびっくりして。
ステファニー・コルク『春まで十日間』より
名倉:私もまだ若いと思っているけど、世間的には全然若くないんだなって(笑)。女一人で男性スタッフの中にいると、「誰々が劣化した」なんて話をしていて、急に怖くなったり。でも、(歳をとることは)そんなの、仕方がないじゃないですか!
熊谷:(上原監督に)もう、そういう危機感を感じてるの?
上原:私もそうなっていくんだろうなって想像しますね。映画を撮るようになって変わったのが化粧品。忙しいから肌は荒れるし、でも稼いだお金は全部映画製作につぎ込んでるから、以前みたいにブランド化粧品は買えない。洋服も安物ばかり。平均的な同世代の女性がするおしゃれはできなくなりましたね。
竹本:わかる。どんどん化粧品のランクが落ちて行くよね(苦笑)。
佐藤麻衣子『LATE SHOW』より
小森:やっぱり、(映画を)作り続けて行くのは大変ですか?
熊谷:作り続けて行く以上、お客さんに届けなければいけないから、ちゃんと経済活動に組み込める企画じゃないとだめだなあと思う。回収できない自主制作は続けていくのが難しいから。
──それでも映画という手法にこだわるのはなぜですか?
熊谷:それこそ震災の時、ミュージシャンの方が被災地に行ったじゃないですか。演奏が始まれば、観客もリズムを取ったりして熱くなれるし、音楽は表現として、すごくプリミティヴに伝わりますよね。それに比べて映画って、人もお金も時間もかかるし、まどろっこしい。映画ってなんだろうって、ずっと考えていますね。でも緻密に考えられた物語は、それだけで現実を忘れさせる力がある。だから、それに耐えうる作品を作らなければ映画の存在意義はないなと思っている。私自身、小さい頃読書をしている間は、確実に現実から逃れられた。だから、これまで生きのびられたところがあって、その間にいろいろやっているうちに、映画に辿りついたことが大きいですね。
小森:私は、ちゃんと映画というものを意識して作れているかわかりません。でも、あれだけ長い間、みんなで同じスクリーンに映るものを観ていることが、すごいことだなと思って。作り手が覚悟して作ったものを、みんなが覚悟して観る対等さや、そこで成立する関係が面白いと思っています。だから自分が作品を作ることで、そこに関わっていたい。
上原:私はもともとシナリオライターで、頭の中に描いている絵を目の前のシナリオに落としていくという作業が面白くて、これまで作品を書いてきました。そして、そのシナリオに落としたものを、さらに実際の絵で観てみたいっていう気持ちが大きい。(映画監督には)そういう気持ちは、誰にでもあるんじゃないのかな。もし、私のことを100%理解してくれる監督がいれば任せたい気持ちもあるけど、今は、自分が監督で作った方が早いと思って撮っていますね。
竹本:映画の魅力は、自分ひとりじゃ作れないところですね。私もコミュニケーションが下手で、自分の映画は、いつも台詞が極端に少ないんです。でも映画では、多くの人と関わって、ひとつの作品作るという制作自体が、何ものにも代えられないと思います。
右から、小森はるか、上原三由樹、熊谷まどか、星崎久美子、名倉愛
座談会中、ところどころガールズトークが入りつつも、各監督から「映画を撮る」ことへのまっすぐな思いが伝わってきた今回の座談会。
最後に主催者の一人であるプロデューサーの大野敦子さんに話を聞くと、「桃まつりは、コンペではありませんが、監督の緊張感はそれ以上だと思いますよ。入賞しなければ上映されないコンペと違って、桃まつりは参加を決定したら、どんな作品が撮れるかわからなくても、上映自体がすでに決まっている訳ですから。そして同じテーマで作品を撮るということは観客に比較されるということが避けられない。参加監督はみんな仲が良いですが、同時によきライバルなんです」とのこと。
しかし“上映準備を始めた段階で、どんな作品が出来上がるのかわからない”というのは主催者側にとってもリスクが高いのではないだろうか。
「毎年主催者側で、今年はこの監督にぜひ頼みたいという人を選出して、その年のテーマに沿って作品を作ってもらいます。私は劇場で上映される以上、自主映画であってもお金をいただける作品にすべきという意識があるので、プロットの時点で、意見交換をしたり、仕上げ段階でやり直しをお願いすることもあります」と言う。2007年に始まった自主映画祭が静かに人気を博して続いてきたのも、こうした行程があるからだろう。
現在でも、制作から上映まで監督やスタッフの手弁当で行っている桃まつり。作り手の純度が高い“完全セルフプロデュース作品”ということで、毎年楽しみにしているファンも多い。「桃まつり」では現在スタッフや参加希望監督も広く受付けしている。興味のある方は、公式ホームページからメールを送付のこと。
(インタビュー・写真・文:鈴木沓子)
竹本直美
1970年生まれ。山形県出身。映画美学校第二期卒業。在学中『夜の足跡』(01/万田邦敏)に製作助手として参加。2006年、万田邦敏監督とともに映画上映会「十善戒」を主催。2007年「桃まつり」で『明日のかえり路』を初監督、08年『あしたのむこうがわ』、09年『地蔵ノ辻』、10年『迷い家(マヨイガ)』を「桃まつり」で続けて発表する。
天野千尋
1982年生まれ。約5年の会社勤務を経て、映画制作を開始。ENBUゼミナール卒業制作『さよならマフラー』(09)がCO2などの映画祭で上映され、『賽ヲナゲロ』(09)はPFF入選、『チョッキン堪忍袋』(11)はPFF、TAMA NEW WAVEなど複数の映画祭に入選した他、田辺・弁慶映画祭にて特別審査員賞。ハンブルグ日本映画祭にて上映される。
小森はるか
1989年、静岡県出身。映画美学校12期フィクション初等科修了。東京芸術大学美術学部先端芸術表現科卒業、同大学院在籍。映画、映像作品を制作。主な作品に、映画美学校修了制作『oldmaid』(09)。『彼女と彼女たちの部屋』(09)がイメージ・フォーラムフェスティバル2010にて上映。現在は東北で、震災の記録活動を行っている。
ステファニー・コルク
1986年、オランダ出身。高校二年生の時に日本にホームステイしてから日本に強い興味をもち、物理生物・天文学専攻で一年間京都大学に留学。オランダの大学院を卒業してから映画を撮り始める決意をして半年たった今。 初監督の短編映画『OUT』はオランダ映画祭にて上映。ロッテルダム映画祭やカメラジャパン映画祭などで通訳も行っている。
上原三由樹
静岡県伊東市出身。伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞短編大賞受賞『ひょうたんから粉』(2008)。同作品にて、清水映画祭(2010)監督賞受賞。福井映画祭(2010)、中之島映画祭(2011)にて入賞。『企画オムニバス映画 ISM』参加『初キス』(2010)。同作品にて第1回映画太郎に参加。2012年は桃まつり参加に加え、脚本参加作品が4作公開予定となっている。
熊谷まどか
04年NCWにて自主制作映画を作り始める。おもな作品歴として05年『ロールキャベツの作り方』、06年『はっこう』(PFF2006グランプリ)、09年『嘘つき女の明けない夜明け』(文化庁委託事業ndjcにて制作)、10年『古都奇譚・秋』など。現在はPV・メイキング・TVなども手がける。
星崎久美子
1981年、神奈川県出身。 青山学院大学卒業後、TVCM制作会社へ勤務。 会社勤めのかたわら映像制作を開始。 『おぼろげに』(05)が東京ビデオフェスティバル2006にて優秀賞受賞。 『茜さす部屋』(08)が第9回TAMA NEW WAVEにてクリーク・アンド・リバー社賞を受賞し、その後、渋谷UPLINKにて劇場公開。その他の作品に、『踊りませんか次の駅まで』(05)、『うつせみ』(06)、『夜のタイ語教室 いくまで、我慢して』(09、脚本のみ)など。
佐藤麻衣子
1978年、大阪府出身。京都外国語大学外国語学部英米語学科卒業。在学中より映像制作を試みる。卒業後、映画史と映画制作を学ぶため、大阪の上映室にて映写・翻訳などの運営、短編制作を続け現在に至る。最近作『ポンの氾濫』 (09) が調布映画祭にて入選。『かぞくのひけつ』 (07/小林聖太郎)、『ペデストリアンデッキの対話(仮称)』 (公開待機中/唐津正樹) などにスタッフとして参加。
名倉 愛
1976年、静岡県出身。映画美学校フィクションコース9期修了。自主映画を中心に、制作部として活動。本作が初監督となる。参加作品:『こんなに暗い夜』(09/小出豊)、『失はれる物語』(09/金子雅和)、『海への扉』(10/大橋礼子)、『アナボウ』(10/常本琢招)、『絵のない夢』(11/長谷部大輔)、『へんげ』(11/大畑創)など。
桃まつり presents すき
2012年3月17日(土)よりユーロスペースにてレイトショー
【壱のすき 2012年3月17日(土)~3月21日(水)】
『帰り道』
監督・脚本:竹本直美
15分/ 16:9/5.1ch/HDV
『フィガロの告白』
監督・脚本:天野千尋
22分/16:9/ステレオ/HDV
『the place named』
監督・脚本・撮影・編集:小森はるか
36分/16:9/ステレオ/BD
【弐のすき 2012年3月22日(木)~3月25日(日)】
『春まで十日間』
脚本・監督:ステファニー・コルク
13分/16:9/ステレオ/Full HD
『口腔盗聴器』
脚本・監督:上原三由樹
27分/16:9/5.1ch/HDV
『最後のタンゴ』
監督・脚本・編集:熊谷まどか
31分/ 16:9 /ステレオ/HDV
【参のすき 2012年3月26日(月)~3月30日(金)】
『さめざめ』
監督・脚本・編集:星崎久美子
29分/ 16:9 /ステレオ/HD
『LATE SHOW』
監督・脚本・編集:佐藤麻衣子
26分/16:9/ステレオ/HD
『SAI-KAI』
脚本・監督:名倉 愛
27分/16:9/ステレオ/HDV
桃まつり公式HP http://www.momomatsuri.com/